*死神のRING・中編*



敵の戦力を冷静に分析して、どうも分が悪いと感じた場合、逃走という選択肢もあり得る。白鳳一行の目的はあくまで男の子モンスターの捕獲で、最強の名は要らないし、ましてや魔物退治をして、勇者になろうなんて志は露ほどもない。とにかく全員が無傷で、行程を乗り切れさえすれば良いのだ。けれども、相手との間隔が近すぎるのに加え、安直にダンジョンを出たことで、街の人々に被害が及ぶのは困る。決定打は不幸なアクシデントとは言え、元は自分が蒔いた種なのだから、災いの芽はきっちり摘み取っておきたい。やはり、正面から立ち向かうしかなさそうだ。
(いかに強大な力の持ち主でも、封印されていたからには、必ず弱点があるだろう)
襲いかかってきたわけでもないのに、背筋をざわつかせる瘴気の渦が、四方八方から身体を圧迫する。が、戦う前に気持ちが挫けたら、実力の半分も出せない。むしろ、火事場のなんとやらを発揮するくらいでなくては。白鳳は弟の身柄を神風から受け取ると、いつものようにちっこい虫の眼前に掲げた。
「ハチはスイを連れて、一足先に帰っておくれ」
少しでも集中して気を高めるため、不安や迷いに通じる要素は、出来る限り取り除いておきたい。ところが、足手まといになるまいと素直に指示に従う2匹が、今日に限って首を縦に振らなかった。
「やだっ、オレもはくほーたちと一緒に戦うっ」
「きゅっ、きゅるり〜っ」
戦闘能力が欠如した彼らにも、巨大な鬼と化した甲虫を思わせる魔物の脅威と、いつになく緊迫した雰囲気はひしひしと伝わって来た。武器や魔力がなくても、何か役に立てないものか。裏を返せば、ちっぽけな手助けでも必要なくらい、困窮した状態に見えたに違いない。
「ダメだよ、ハチ。白鳳さまの言うことを聞かなきゃ」
「オレだって何か力になりたいぞー」
白鳳の意向を通すべく、やや厳しい口調でハチを宥めるまじしゃん。本当は彼もここで離脱させたかった。故郷の村では優しい育ての親が、孫の帰りを心待ちにしているのだ。しかし、まじしゃん得意の魔法結界がなければ、反撃の糸口を見つけるどころか、全滅の危機に追い込まれかねない。長い眠りから目覚めたばかりの怪物は、まだぼんやりと緩慢な動きをしているが、復活の生贄に牙をむくのも時間の問題だ。
「スイを安全な場所に移すのは、ハチにしか出来ない大事な役目だよ」
「おかげで我々も安心して戦える」
「・・・・ハチは立派に力になってます・・・・」
「で、でもなあ。。」
仲間たちの説得にもかかわらず、依然、この場を去りかねているハチだったが、ふと最良の案を思い付き、元気一杯に切り出した。
「よ〜し、オレ、ですおを呼んで来るっ!!」
「今の状態では戦うことは無理じゃないかなあ」
「うむ、DEATH夫に必要なのは休息だ」
せっかくの提案を否定するのは心苦しいが、参戦が可能だったら、自ら白鳳を追い掛け、力ずくで箱を奪い取ったことだろう。だが、ハチは全くめげずに、両手を腰に当て、えへんと胸を張った。
「オレ、もっと効き目のあるすーぱー蜂蜜玉をこしらえたんだ。それを飲めば、きっと元気になるかんな」
「・・・・気持ちは嬉しいけれど、病気の類と異なりますから・・・・」
フローズンは得意げなハチに、正確な状況を説明しようとしたが、それをやんわり遮ると、白鳳は力強く声をかけた。
「なら、ハチはスイを運んだ後、DEATH夫を連れて来てくれるかな」
「おうっ、がってんだっっ!!!!!」
「きゅるり〜!!」
戦う技能がなくても、仲間のピンチを救えるかもしれない。ハチもスイも意欲が漲った表情でぐっと顔を上げた。
「ですが、白鳳さま・・・・・」
言い差した神風に紅い瞳が軽く目くばせをした。嘘も方便。これでハチが納得して、スイと共に宿へ戻ってくれれば、一安心だ。無論、DEATH夫の救援などこれっぽちも期待していない。確かに冥界の魔物の力は人知を超えたレベルだろう。でも、パーティーだってさんざん実戦で鍛えてきたし、何と言っても1対5ではないか。相手は脆弱な人間や男の子モンスターなど歯牙にもかけていない。油断から生じる一瞬の隙を突くことは、十分可能だと信じたい。




「お〜い、ですおー!!」
「きゅるり〜っっ!!」
全速力で宿屋へ帰還したハチは、DEATH夫の部屋の扉に幾度も体当たりをした。が、深い眠りについているのか、全く反応がない。
「どうにかして、中に入んないとな」
やむなく、ハチは両手でぶら下げたスイにドアノブを回させた。回転しきって、緩んだところで、2匹して力の限りそれを引っ張る。指も未分化な手だけに、何度も失敗したものの、奮闘の甲斐あって、扉が微かに動き、彼らが潜り込める程度の隙間が出来た。
「よっしゃ、行くぞ〜」
「きゅるり〜」
ハチとスイはぐっすり眠っているDEATH夫のベッドまで行くと、その頭を中心に左右に分かれて降りた。月明かりが射し込む枕の上で、大きく息を吸うと、耳元で声を限りに叫んだ。
「でーすーおーっっ!!!!!」
「きゅるり〜っっ!!!!!」
唐突な騒音に堪りかね、白い手刀が繰り出された。ひょっとしたら、連中が部屋の外に到着した時点で、気配を察して起きていたのかもしれない。
「あてっ」
お約束通り、ハチは無様に壁へ叩き付けられた。
「開けたのか・・・フローズン、お前が付いていながら・・・」
墜落した虫に見向きもせず、DEATH夫は窓から遠いダンジョンの方を見遣りながら、呻くように漏らした。覚えのある忌まわしい気がここからでも察知出来る。
「違わいっ。はくほーはかみかぜたちの言うことを聞いて、箱を元に戻そうとしたけど、そん時、躓いて落としちったんだ」
即座に復活したハチが、気怠げに上体を起こしたDEATH夫の肩先で、ぶんぶん羽音をさせている。黒い服の胸元でオニキスのリングが鈍く光った。男の子モンスターの服は身体の一部なので、就寝時も寝間着に着替えたりはしない。
「全員死ぬ」
「げげ〜ん!!そ、そんなぁぁっ」
「きゅ、きゅ、きゅるり〜っっ」
抑揚のない物言いで、死神が事もなげに告げたので、ハチとスイは衝撃のあまり、布団の上をのたうち回った。しかし、最悪の事態を避けるべく、心ならずも皆を残して来たのだ。とにかく、今、自分に出来ることをしなければ。
「早く、はくほーたちを助けに行っちくりっ」
「誰がだ」
「ですおなら魔物の倒し方、何か知ってるだろっ。仲間じゃないかようっ」
「きゅっ、きゅるり〜っっ」
「俺はお前たちの仲間になった覚えはない」
2匹の必死の訴えも虚しく、DEATH夫の答えはにべもなかった。しかし、すごすご引き下がるわけにはいかない。この攻防に白鳳たちの命運がかかっているのだ。
「冷たいこと言うなよう。今までずっと旅してきて、いろんなことがあったじゃないかっ」
「成り行きで同行しただけだ」
「パーティーに加入した頃と比べたら、ですおは随分穏やかになったって、ふろーずんが言ってた。オレもそう思うっ」
「戯言を」
「あてっ」
再び、手刀の洗礼を受け、ハチは頭から床に突っ込む形になったが、なおも挫けることなくDEATH夫に立ち向かった。
「放っておいたら、みんなホントに死んじゃうかもしんないんだぞーっ!!」
「きゅるり〜っっ!!!!!」
溢れる気持ちを爆発させたハチの絶叫で、初めて氷の表情が仄かに動いた。伏し目がちの眼差しがじっと一点を凝視する。
「・・・・・フローズンも、か」
「そうだっ、ふろーずんだって一緒に戦ってるんだっ」
「・・・・・・・・・・」
DEATH夫はしばし沈思していたが、やがておもむろに面を上げ、淡々と告げた。
「分かった」
「やったっ、助けてくれるんだなっ」
「きゅるり〜」
心強い味方の参戦が決まって、2匹は手を取り合い、布団の上を踊り回った。ひょうきんなダンスを苦々しく見つめつつ、DEATH夫はそっけなく付け加えた。
「勘違いするな。お前たちのためじゃない、フローズンのためだ」
「うん、うん♪」
理由なんてどうでもいい。DEATH夫が来ることはもちろんだが、自分の頼みを聞いてくれた形になって、ハチはいたく感激していた。




単にDEATH夫を救助に向かわせるだけでなく、体調を万全にするのも託された役目。今こそ蜂蜜玉の出番だ。ハチは懐からいそいそと固形状の物体を取りだした。
「ですお、これ飲めっ!!オレが新たに開発したすーぱー蜂蜜玉だっ」
「きゅっ、きゅるり〜っ」
ハチは知らない。仮に完調だろうが、戒めが解かれない限り、DEATH夫とて白鳳主従と能力的にはさして変わらない。ただ、戦闘慣れしているから、動きや技が他者より洗練され、優れて見えるだけなのだ。ゆえに、蜂蜜玉を摂取しようがしまいが、大勢に影響はないのだが、説明する手間暇が惜しいので、DEATH夫は貢ぎ物を受け取ると、無造作に口に放り込んだ。
「ど〜だ、元気になったか〜?」
「さあな」
おぼつかない動きで床を離れてから、DEATH夫は帽子をかぶり、愛用の鎌を手に取った。真の準備はここからだ。命を削ったギリギリの戦いを続けながら、来るべき日のため、密かに貯めていたエナジー。まさか、こんな連中を救うため使う気になるなんて。どうかしていると己の愚かさに呆れながら、右手で胸のリングを摘んだ。
「そうそう、ペンダントを見てるとき、ですおは凄く優しい目をすんだよなー」
「きゅるり〜」
へっぽこ者から思わぬ指摘をされ、きっ、と威嚇の視線をぶつけた後、金の瞳は静かに閉じられた。ハチとスイがひたすら見守る中、リングが幻想的な青白い輝きを放ち始めた。指先から夥しい気を吸収しているのだろうか。光は徐々にDEATH夫の肢体を包み込み、ちょうど鎌の先にある炎が全身を焼き尽くしているように見えた。
「おおおっ、ですお、熱くないのかー」
「別に」
むしろようやく羽化出来た満足感が漂う。直前までの疲労困憊した様子はどこにもなく、無尽蔵の強烈な気が溢れかえっている。理屈はまるっきり分からないが、ハチは野性の本能でこれがDEATH夫本来の姿だということを悟った。
「すーぱー蜂蜜玉の効果で封印解けたんだな?!オレ、役に立てて嬉しいぜ〜っっ」
もちろん蜂蜜玉の作用とは関係ない。力は意を決し、自ら封印を抑えて解放したものだ。だけど、DEATH夫は敢えて語らなかった。数年ぶりに力が漲る状態は実に心地よく、軽い笑みすら零れてくる。
「ああ、いい気分だ」
「すっげ〜なあっ、カッコ良いっ!!」
件の魔物を遙かに凌駕する、大津波のごとき圧倒的な力。一気に明るい展望が開け、ハチとスイは満面に喜色を湛えた。
「これだったら、魔物だってこてんぱんだー」
「きゅるり〜っ!!」
「消える前の花火か」
浮かれる2匹を尻目に、最凶の死神は聞こえるか聞こえないかの小声で、ポツリと呟いた。
「へ?」
「・・・・・行くぞ」
「おうっ、場所はさっきのダンジョンだかんなっ」
指示を受け、ハチは助っ人を先導すべく、出口へ向かいかけたが、DEATH夫の掌が行く手を遮った。
「外へ出る必要はない」
「どして?」
「ここから直に移動する」
「んなこと出来んのか」
大きな瞳を見開き、首を捻るハチの疑問を解消することなく、彼は左の胸元をすっと指差した。そこは夢に見た憧れの場所。
「お前は中へ入ってろ」
「うわ〜っ、やった〜っっ♪」
予想もしない展開で念願が叶い、非常事態なのも忘れ、ハチは空中でコサックダンスみたいな動きを始めた。嬉しくて堪らないのか、にまにました笑みがぴったり貼りついたまま取れない。けれども、喜びの宴は長続きせず、DEATH夫に首根っこをむんずと摘まれた。
「そのみっともない顔と踊りをよさないと置いて行く」
「い、いいじゃないかようっ」
真ん丸ほっぺを膨らませ、四肢をばたつかせる虫を、DEATH夫はいかにも不服そうにポッケへ放り込んだ。
「じゃあ、行ってくるっ」
「きゅるり〜」
「心配すんな。すぐにはくほーたちと帰ってくっから、待ってろ」
劇的な変貌を見届けて、少しは心が落ち着いたのか、スイも大人しく留守番する気になったようだ。DEATH夫は胸元のリングを包む形で右手を被せ、呪文めいた文言を唱え始めた。身体を覆う炎が更に強まり、妖しく輝きながら不規則に揺れ動く。
「何だ、何だっ・・・うわ〜っっ」
「きゅるり〜っっ」
ハチが事態を把握する間もなく、黒ずくめの立ち姿はオプションも含め、キレイさっぱり消え失せてしまった。後に残されたのは掛け替えのない兄と、心強い同行者たちの無事を、ひたすら祈って啼き続ける緑の小動物1匹。背後の窓を蒼い流星がついと横切り、そして儚く溶けた。






スイとハチを逃がし、死力を尽くして魔物に応戦した白鳳一行だったが、予想以上の能力差に苦戦を強いられていた。互いにかばい合い、快復魔法を効果的に使うことで、どうにか致命傷だけは避けていたものの、すでに少なからぬダメージを受け、皆、ボロボロだった。もっとも、この強者揃いのパーティーじゃなければ、とっくの昔に敵の血肉の一部となっていたに相違ない。
「はあっ、はあっ・・・ここまで力の開きがあるなんてっ」
予測してはいた。だけど、言葉や想像で観念的に理解している事柄と、実際の経験とは明らかに別物だった。誰だって自分が可愛いし、己の死など考えたくもない。多少、楽天的な要素を含んで分析しても当然だし、甘いと責めることなど出来やしない。が、現実は限りなく過酷だった。敵は大きな角と複数の手を伸ばし、広範囲に攻撃を繰り出すタイプで、外見より動作も素軽く、懐に入るのは厄介に思えた。ただ、物理攻撃系なので、恐らく魔抵力は低いはずだ。そこで、まじしゃんたちの魔法をメインに立ち向かう作戦を採った。ところが、意に反して、敵は魔法抵抗も異様に高かった。まともに喰らっているにもかかわらず、ほとんど体力を削れないし、魔物のくせに光属性にも強い。時折、オーディンの強烈なパンチが命中しても、鎧みたいな堅い甲羅に阻まれ、逆に拳が破壊されかねなかった。
「白鳳さま、お逃げ下さい。後はどうにかします」
主人を護るごとく、傍らに陣取った神風が決意に満ちた顔で言いかけてきた。言葉が終わらないうちに、敵の頭に狙いを定め、素早く光の矢を放つ。しかし、矢は刺さることなく、虚空であっさり叩き落とされた。
「バカなっ、そんなこと出来るわけないだろ」
日頃はワガママ放題の白鳳でも、一定のラインは心得ている。自分が掘り起こした災いの後始末もせず、安全な場所へ逃げ出すわけにはいかない。
「ここで頑張っていても、全員倒されるだけです。せめて白鳳さまだけでも脱出して、スイ様と旅を」
お付きがハチだけでは心許ないが、DEATH夫がいれば、捕獲に支障を来すことはなかろう。今の彼なら文句を言いつつ、きっと白鳳たちの護衛を続けてくれる。根拠は上手く説明出来ないが、個人的な感情はさておき、なぜか神風はそう確信していた。
「イヤだっ!!ひとりだけ助かったって、ちっとも嬉しくないっ」
確かにスイを残して死ぬわけにはいかない。だけど、自分たち兄弟のために他者を犠牲にするのは本意ではない。己の身も顧みず、退避を勧める潔いコたちならなおさらだ。
「・・・・我々は大丈夫ですから、どうかお先に・・・・」
「今こそ決断の時だ」
「白鳳さまっ、早く」
攻防の手を休めることなく、皆が口々に促しても、白鳳はがんとしてその場を動かなかった。ここかしこに血が滲む痛々しい様子が目に入り、我知らず涙が出そうになった。
「従者の分際で主人に命令しようなんて、許さないからっ。頭数が減ったら、余計不利になるだけじゃないか。諦めずにもっと良い方法を考えよう」
「しかしですね・・・・・」
ここぞという場面では、意外に頑固な主人を説き伏せようと、伸ばされた大角を横っ飛びでかわして、神風が反論しかけたとき、味方と魔物の間に巨大な炎がほの青く浮かんだ。
「?」
「まさか、仲間を召還したのか」
「ひ、人魂っ」
まじしゃんの指摘にぎょっとしつつも、改めて目を凝らすと、炎は徐々に人型に落ち着き、見慣れた仲間の姿となった。





「DEATH夫!?」
「ハチも」
「みんなっ、もう大丈夫だぞ〜っ」
黒服のポケットにちんまり収まったハチが右手を突き上げ、高らかに告げた。頼れる味方の登場に、誰もが活気を取り戻し、自分でも驚くくらい、心身共に新たな力が湧き起こってきた。単に救援が到着した事実のみならず、DEATH夫の元気を取り戻した様子が嬉しかった。やはり、パーティーはフルメンバー揃ってこそ。さんざん回り道はしたけれど、DEATH夫も白鳳団の仲間として、確実に受け容れられつつあった。が、なぜかフローズンだけが可憐な唇を小刻みに振るわせ、呆けたように呟いた。
「・・・・自分で封印を・・・・」
DEATH夫はそれを掻き消すごとく、傷だらけの面々を眺め遣ると、ふてぶてしく言い放った。
「ふん、ざまあないな、この程度の雑魚に」
「な、何だよ。ずっと寝込んでたくせして偉そうにっ」
皆の決死の戦いを全面的に否定され、カッとした白鳳は、後先考えずDEATH夫に掴みかかろうとしたが、鎌の切っ先を喉元に突き付けられ、前進の術を失った。
「邪魔だ、下がってろ」
「ううっ」
有無を言わせぬ迫力に、紅いチャイナ服は不本意ながら屈服せざるを得なかった。魔物の四方八方からの不規則な攻撃を難なくすり抜け、ハチをポケットに入れたまま、余裕たっぷりにその眼前へ歩み出るDEATH夫。たまに一撃当たっても、炎がバリヤー代わりになって、黒いシルエットは無傷のままだ。これは完全に次元が違う。中途半端にちょろちょろしては、かえって足枷になると察し、皆はひとまず撤収して、傍観者となった。炎はなおも鮮やかな輝きを発し、見守る一同に威圧感さえ感じさせる。
「青い光は炎というより、噴出した気の塊のようです」
「僕、あんなの初めて見たよっ」
「体内に収まり切れない気が具現化しているんだろう」
「なら、ひとつ、お手並み拝見と行こうか」
生意気な態度を取られたのがよほど悔しかったのか、卓越した力は十分認めながらも、白鳳はまだ口を尖らせている。と、その時、切羽詰まった掠れ音が耳に流れ込んできた。
「・・・・白鳳さま、みんな、お願いですから、DEATH夫を止めてください・・・・」
状況判断の正確さは群を抜くフローズンとは思えない指示に、誰もが首を傾げ、素直に従いかねた。期待分を多少、割り引いても、形勢逆転は間違いない。5分の力も使わず、敵の猛攻をことごとく無力化しているのだ。封じられていた力が解放され、DEATH夫は実に伸び伸びと、楽しそうに戦っている。
「えっ、どうして」
「あれだけ強ければ、きっと勝てるのにっ」
「・・・・いいえ、すぐやめさせないと・・・・っ」
フローズンが言い差したとき、新顔の想定外の強さに驚いた魔物が、まじまじと相手を見直した。ずっと箱に閉じこめられて、多少、記憶が鈍っていたのかもしれない。ふと、戦士の正体を思い出したらしく、露骨に驚愕の表情を示した。
「お前はっ・・・ザ・ラックの!?」
「消えろ」
ほんの1秒だった。DEATH夫がふわりと鎌を一閃させただけで、相手は何の抵抗も出来ないまま、粉々に切り刻まれ、塵となって空間に霧散した。





「ほえ〜」
至近距離で見ていたハチですら、DEATH夫の動きが全く分からなかったらしい。白鳳たちも一様にあっけに取られ、目をぱちくりさせている。
「い、いったいどうなってるんだい」
「僕にも何がなんだか」
あまりに物足りない幕切れに、達成感の欠片もない。パーティーがあれだけ苦闘したのは何だったのか。
「正確なところは不明ですが、彼が究極の早さで縦横無尽に鎌を振るったのではないかと」
「うむ、最初の数度を見切るのが精一杯で、後は追えなくなってしまったが」
「ええっ、最初も最後も、私には一回しか見えなかったけど」
長足の進歩を遂げたといっても、白鳳はまだまだ彼らにも及ばないようだ。
「神風とオーディンは分かったんだっ、さすがだなあ」
目にも止まらぬ神業の分析はそこそこにして、一同は殊勲者の元へ駆け寄った。誰もがにこやかな表情で、歓喜と安堵を表していたが、ただひとり、DEATH夫の一番の理解者たるフローズンだけが、相変わらず真っ白な顔で呆然と佇んだままだった。
「ありがとうっ、DEATH夫」
「かたじけない」
「心から感謝している」
「DEATH夫が来なかったら、どうなっていたか。本当に助かったよ」
口々に謝意を述べる皆を一瞥もせず、DEATH夫は面倒そうに切り返した。
「礼を言われる筋合いはない。フローズンを助けただけで、お前たちはおまけだ」
「こんなこと言ってっけど、照れ隠しなんだぜ〜」
仲間が助かって浮かれポンチのお調子者が、言わなくてもいい解説を付け足した。
「いつまで入ってる」
「あてっ」
余計な一言が逆鱗に触れたのか、ハチは憧れのポッケから追い出され、岩地に思いっ切り叩き付けられた。戦いはしなかったが、ハチだって立派な殊勲者だ。白鳳はすぐに身を屈めると、ちっこい身体をすくい上げた。
「ハチもよくやってくれたね」
「でへへ〜」
照れ笑いしながら身を捩る、滑稽な仕草をひとしきり観察してから、対象をゆらめく大きな炎へ移した。身動ぎもせず、すっくと立つ冷徹な姿は、兇悪な死神か破壊神か。
(ここまで天賦の才があるとはねえ)
DEATH夫はかつて魔界で主人に仕えていたと聞いて、正直、半信半疑だった。少なくとも旅の過程では、一番の手練れではあるけれど、修行次第では追いつき、追い越せないこともない程度の差だった。しかし、今夜、真の能力の片鱗を見せつけられ、ようやく話のつじつまがあった気がした。炎として具現化するほどの限りない気。魔物を瞬時に塵と化す戦闘力。悪魔界はどんな上級悪魔の子弟でも、生まれたときは最下級からスタートする実力主義の世界だけに、これだけの能力があれば、種族を超えて取り立てられてもおかしくない。
(だけど、DEATH夫が遠くなったみたいで、少し寂しいな)
あの規格外れの強さは、もはや現世のものではない。封印さえ解ければ、彼の望み通り、魔界で思う存分暴れるのが相応しいのかもしれない。
(あれ、そう言えば・・・・・)
解呪されたわけでもなさそうなのに、なぜ彼は本来の力を出せたのだろう。ひょっとして、それがフローズンの憂い顔と関連しているのだろうか。不意に胸騒ぎがして、白鳳はDEATH夫に問いかけようとしたが、その前に、フローズンが彼らしからぬ感情を露わにした声音で絶叫した。
「・・・・・なぜっ、自ら禁断の秘術をっ・・・・・」
即座に制止すべきだったのは百も承知だ。でも、壊滅寸前のパーティーを目の当たりにして、つい対応が後手後手に回ってしまった。
「元々、お前にもらった命だからな」
DEATH夫は友を見据えて、ふっと口元をほころばせた。初めて目にした優しい面持ちに、白鳳は内心はっとした。だが、次の瞬間、彼は燃料切れの機械よろしく活動を停止し、その場に崩れるように倒れ込んだ。喜びも一転、意識を失った仲間を、愕然と取り囲む白鳳主従。
「DEATH夫っ」
「どうしたっ?!」
「・・・・やはり、限界が・・・・」
「うえ〜っ、ですお〜っっ」
白鳳が肩を抱き上げ、軽く揺すっても、声をかけても、ピクリとも動かない。倒れた時の衝撃で鎖が切れたのか、オニキスのリングがころころと、洞窟の奥へ転がって行った。


TO BE CONTINUED


 

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