*MAYSTORM〜3*
年月を感じさせる木造の建物を背に、DEATH夫はいかにも気怠げな様子で佇んでいた。モンスターが生息するダンジョンと異なり、片田舎のちっぽけな宿屋で、戦闘技術が役立つ場面などない。そもそも、鄙びた村は訪問者自体少なく、宿屋の前を行き来するのは近所の農夫くらいだった。
(・・・・つまらん)
戦い以外に関心の薄いDEATH夫は、余暇があっても、部屋で時間を潰すのが関の山だが、趣味でぼんやりするのと、一定の場所で立ち詰めを強要されるのとでは大違いだ。とは言うものの、自分には他のメンバーみたいな、実生活上のスキルはない。そして、DEATH夫の属性を踏まえた上で、仲間が気を利かして、適職を用意してくれたことも分かっている。ゆえに、DEATH夫は名ばかりの用心棒に甘んじていたが、この状態がなお数日続くと思うと、さすがにうんざりして、整った眉を微かにたわめた。と、その時。
「ですおー、ですおー」
建て付けの悪いドアの隙間から、ハチがひょっこり顔を出した。
「どうした」
一寸の虫でも退屈しのぎになると考えたのか、DEATH夫の声音は心なしか穏やかだ。
「ちっと来ちくり」
真っ白い歯をむき出して、にんまり笑うと、ハチは両手で手招きした。食事のための交代にはまだ早い。意図が読めないまま、無造作に扉を開けると、フローズンの可憐な姿が目に入った。
「・・・・控え室へ行って、くじを引いて下さい・・・・」
「くじ?」
「おうっ、はくほーのお供を決めるんだー」
いきなりくじ引きを持ちかけられ、無表情なDEATH夫の瞳に、ほんのり訝しげな色が浮かんだ。友のわだかまりをいち早く察知したフローズンは、疑問を解消すべく、簡単な状況説明を始めた。
「・・・・白鳳さまが、村人を脅かすモンスターを退治すると名乗り出たのです・・・・。・・・・単なるレベルの比較なら、おひとりでも心配ございませんが、念のため、護衛を付けた方がよろしかろうと・・・・」
「モンスター退治だと。ふん、酔狂なことを」
「そんな言い方するなよう。はくほーは村の人たちを喜ばそうと引き受けたんだぞー」
真ん丸ほっぺを紅潮させ、”かあちゃん”の素晴らしさを訴えるハチの後ろで、フローズンが肩を落として、力なく首を振っている。つまり、白鳳の申し出は純粋な善意とは程遠く、裏も下心もありまくりということだ。予想通りではあるが、白鳳の黒い野心を叶える討伐に、同行させられる従者は堪らない。
「お前はくじを引いたのか」
「・・・・いえ、全員揃ったところで実施いたします・・・・」
年長組からすれば、好きこのんで腐れ××野郎の護衛はしたくない。しかも、ふたりきりでダンジョン探索なんて、相手につけ込む隙を与えるようなものだ。ある意味、ペナルティになりかねない危険を招くくじだからこそ、公明正大に行おうと皆が主張したのだ。神風もオーディンもフローズンも誠実な上、生真面目なので、DEATH夫の不在につけ込んで、イヤな役目を押し付けるという発想は欠片も出て来なかった。
フローズンとハチに連れられ、DEATH夫が従業員の居間へ入ると、気持ち悪いくらい破願した白鳳が待っていた。空間に幻のハートマークをまき散らしつつ、紅唇は猫撫で声で言いかけた。
「んもう、遅いじゃない、DEATH夫」
「行きたければ単独で行け。俺たちを巻き込むな」
「そんなあ、美しく気高い主人を守るのが従者の役目でしょ」
「きゅるり〜」
大げさなアクションと共に、不服そうに切り返す白鳳へ、お目付役の生温かい視線が向けられた。むしろ、彼らの使命は善良な第三者を××者の毒牙から守ることだ。けれども、能天気で自信家の白鳳は、己が世間の害悪とは夢にも思っていなかった。
「よし、さっそくくじ引きしよ」
だらしなく顔を緩め、机上のくじに伸ばされたたおやかな手を、神風が容赦なく打ち据えた。
「痛〜い」
「ダメです。抽選は公正に行います。白鳳さまは一切タッチしないで下さい」
「私のパートナーを決めるのに、なぜダメなのさ」
「・・・・白鳳さまにくじを委ねたら、不正まっしぐらです・・・・」
「うむ、自分の欲望のままに操作しかねん」
「きゅるり〜」
「ちぇっ、つまんないの」
相変わらず、オトコ絡みの事柄だとこれっぽちも信用がない。神風たち3人+スイにきっぱり拒絶され、白鳳は渋々引き下がらざるを得なかった。もっとも、今回に限っては、退いたところで痛手は皆無だ。モンスター退治が目的だけに、お供候補は戦闘能力を有する者のみ、へっぽこハチは除外されている。すなわち、誰が護衛になろうと大当たり。空くじなしの豪華賞品尽くしなのだ。
(今までの完璧な作戦がことごとく失敗したのは、全員を相手にしていたせいだよ。ただでも聡明な連中が、計画を阻止すべく、協力して知恵を出し合ったんだもん。いくら、思慮深い私でも敵わないはずさ)
でも、仲間と切り離してしまえば、互いの弱点を補い合えないし、状況は一変する。純情な神風やオーディンは、露骨な色仕掛けが効果的だし、非力なフローズンは腕ずくで押し切れる。元々、白鳳に憧れているまじしゃんは与しやすいし、これといった隙がないのは、DEATH夫ぐらいなものだ。
(いやいや、DEATH夫は世事に疎いだけに、案外騙くらかせるかも。とにかく、誰が当たりを引こうと、愛の狩人の底力を見せてやるっ)
不純な期待が胸に燃え盛り、真紅の虹彩はぎらぎらと彩りを増す。白鳳の暑苦しい眼差しを見て見ぬ振りで、神風はこより状のくじを掴むと、大きな紙袋の中へ入れた。ひとつだけ先が赤くなっており、それを選んだ者が白鳳のお供になるらしい。
「では、同時にこよりを取ろう」
「・・・・ええ・・・・」
「うむ」
「は〜いっ」
「分かった」
5人の従者は揃って袋へ手を入れた。運命の一瞬が近づき、それぞれの面持ちにも微妙に緊張が漂う。
「おおおっ、誰がはくほーの護衛になるんかな」
残念ながら事前選考ではねられたハチが、興味津々でどんぐり眼を動かしている。白鳳も胸のときめきを抑え切れず、胸元で両手の指を絡めた。彼らはしばし中を探っていたが、やがて5人ともこよりを手にしたようだ。抽選自体は終了したのを察し、フローズンがおっとりと切り出した。
「・・・・スイ様の合図で、一斉に手を抜きましょう・・・・」
「そうだねっ」
「お願いします、スイ様」
神風の丁重な要請を受け、スイは誇らしげに一声啼いた。
「きゅるり〜っ」
室内に響き渡るサインに合わせ、くじに参加した男の子モンスターは、口を真一文字に引き結んだまま、こよりを手元へ引き寄せた。
くじを引いた当事者はもちろん、白鳳他ギャラリーも、こよりの先の色に注目した。DEATH夫が摘んだものだけ、先端がくっきり赤く染まっていた。結果を見定めるやいなや、白鳳は満面に喜色を浮かべ、派手なガッツポーズをした。
(やったあ♪)
いくら手練手管の見せどころでも、順調に仲を深めつつあるオーディンとフローズンには手を出しづらい。DEATH夫とて厳密にはフリーと言い切れないのだが、対象が側にいないだけに、略奪愛のチャンスは十分あるし、白鳳自身、むしろそういうシチュエーションに酔っている節さえ感じられた。
(マラソンデートだったディナーと違って、攻略時間がたっぷりなのもいいよねえ)
なまじ、時間があり過ぎると、不用意な言動をやらかして、DEATH夫の怒りを買うリスクも大きいのだが、ムダに前向きな白鳳は、己が失敗するなんて0.1%も考えていない。腐った脳内は早くもいかがわしい妄想てんこ盛りだった。
(うふふふふ、楽しみ〜v)
肝心のモンスター退治を忘れ去り、白鳳はすっかり自分の桃色世界に浸っている。一方、従者たちの反応は年長組と年少組で正反対だった。
「羨ましいっ、僕が白鳳さまのお供したかったなあ」
「んだ、ですお、上手いことやったなー」
お供の座を射止めたDEATH夫に、羨望の眼差しを向けるまじしゃんとハチ。しかし、それ以外の面子は、同情を禁じ得ないといった風で、躊躇いがちに声をかけた。
「・・・・DEATH夫、外れましたね・・・・」
「済まないけど、白鳳さまを頼む」
「厳正な抽選の結果だから諦めてくれ」
「きゅるり〜。。」
「・・・・・・・・・・」
仲間のフォローの言葉を聞いても、DEATH夫は無表情で指先のこよりを弄ぶだけだったが、まるで厄介者を押し付けるごとき表現に、白鳳はいたく気分を害した。
「ちょっとぉ、外れって何さっ。上品で魅力的な主人とふたりきりで、モンスター討伐へ行けるんだよ。普通なら感動で打ち震えるのが当然じゃない」
けれども、白鳳の声高な抗議も虚しく、一同は間髪を容れず、冷たく切り返した。
「・・・・そう思い込んでいるのは白鳳さまだけです・・・・」
「寄りによって、真性××者と差しの道行きなんて最悪ですよ」
「モンスターと戦うより、遙かに危険だ」
「きゅるり〜」
奔放な白鳳に散々振り回された者しか共有出来ない危機感に、スイが丸い頭を何度も沈めて同意した。いつもなら、ぐうの音も出せずに言い負かされる、お定まりの結末を迎えるのだが、今日の白鳳は余裕たっぷりだった。しもべからどう罵られようと、DEATH夫と一緒に出掛けることは、すでに確定している。しかも、白鳳が同行を強制したわけではなく、神風たちの方から申し出てくれたのだ。
(分かってるって、皆の叱責は全て愛情の裏返し。なんだかんだ言っても、麗しい主人を心から慕っているんだよねえ)
メンバーの思惑を勝手に捏造して、うっとり目を細める白鳳だったが、無論、護衛の目的は白鳳の解釈と180度かけ離れていた。浮かれポンチの主人を尻目に、年長組とスイは小声でやり取りを始めた。
「DEATH夫に決まるとは予想外だったけど、大丈夫かな」
「・・・・DEATH夫でしたら、少なくとも白鳳さまのワガママを許したりはいたしません・・・・」
「うむ、あくどい白鳳さまに丸め込まれそうなまじしゃんよりは適役だ」
「きゅるり〜」
対モンスターに限れば、単独で間に合うにもかかわらず、あえてお供を付けるのは、お目付役から逃れたのをこれ幸いと、白鳳が繁華街まで足を伸ばしたり、罪もない旅人を襲うのを阻止するためだ。要するに、男の子モンスターは護衛という名の見張り役なのだ。DEATH夫にはこの辺の事情は伝えてないものの、結果的に白鳳の不祥事を防げれば良いのだから、改めて監視を頼むこともあるまい。
正式なパートナーが決定したので、白鳳とDEATH夫は吊り橋を目指して、速やかに出立した。宿での作業にほとんど支障がない討伐隊で、女将や従業員に迷惑をかけずに済み、留守番の連中は内心ほっとしていた。
「るんるんるん♪」
美形の従者と1対1で行動する僥倖を得て、白鳳はチャイナ服の裾を翻し、大股で街道を進む。生い茂った青葉の間から降り注ぐ、鮮やかな陽光が眩しい。ふたりきりの道中、ふたりきりの戦闘、これからどんな劇的なイベントが待っているのだろう。だが、白鳳の期待へ水を差すように、DEATH夫は抑揚のない口調で宣言した。
「断っておくが、俺はお前を手伝う気はない」
「どうして?DEATH夫は護衛としてついて来たんでしょ」
「橋を封じているモンスターは、ダンジョン内のそれと同種と聞いた。お前程度の未熟者でも十分だ」
「だとしても、ひとりよりふたりで戦った方が早いのに」
「甘ったれるな。お前が勝手に引き受けたことだ。自力で解決しろ」
「が〜〜〜〜ん」
宿を出て10分も経たないうちに、冷たく突き放され、白鳳は媚びモード全開の上目遣いで助力を訴えたが、DEATH夫は取りつく島もない。いきなり負の劇的イベントに見舞われ、白鳳の気持ちは萎みかけたが、DEATH夫が抽選結果を素直に受け容れただけでも良しとすべきだ。反抗的な態度など、十分、予測の範囲内ではないか。
(この程度の試練で挫けるもんかっ。山は高ければ高いほど、征服した時の達成感も大きいんだから)
もはや、モンスター退治は眼中にない。DEATH夫と懇ろになれるか否かが、彼との行程の全てだ。めげない白鳳は目一杯キュートな作り笑いで、無愛想な死神に語りかけた。
「じゃあ、せめて目的地へ着くまで、話し相手になってよ」
「お前と話すことなどない」
「うううっ、酷い」
一瞥もされずにきっぱり否定され、白鳳は現実の厳しさに打ちのめされた。理想通りの筋書きが展開されるのは、頭の中にそびえ立つ××ハーレムだけだった。まさか、処刑を待つ囚人よろしく、吊り橋まで無言のまま進んでいくのだろうか。我ながら救いのない未来図に、白鳳は思わず身震いしたが、意外にもDEATH夫が言葉を紡いでくれた。
「そうだ」
「?」
「お前、悪魔を呼び出すため、魔法陣を書いたらしいな」
DEATH夫に似合わぬ積極性へ光明を見たのも束の間、白鳳は即座に奈落の底へ叩き落とされた。
「だっ、だ、誰がそんな戯言をっ」
余計なお世話がばれたら、トラブルの元なので、DEATH夫本人には秘密にするはずだったが、いつの間にか筒抜けとなっている。動揺を隠しきれず、慌てふためく白鳳が目に入ると、DEATH夫は己の指摘が正しかったことを悟った。
「やはりな」
「ハチだねっ、ハチから聞いたんだねっ。ったく、あのスットコドッコイときたら、脳みそのみならず、口まで軽いんだからっ」
「フローズンが言った」
「おや、意外」
日頃は秘密を守るフローズンが、不用意に魔法陣ネタを漏らすとは思わなかった。しかし、この出来事がきっかけで、友の帰還を認められるようになったのだから、心境の変化を報告するのに、魔法陣作成の経緯を絡めてもおかしくない。
「白鳳、もう、俺にかまうな」
DEATH夫のつれない言い種にムッとして、白鳳は柳眉を逆立てて反論した。
「そんな反応ってないんじゃない。お節介かもしれないけど、私もフローズンもハチもDEATH夫自身が納得する道を選んで欲しくて、無謀な挑戦をしたんだよ」
「・・・・・・・・・・」
「今のDEATH夫を見る限り、一旦、マスターの元へ戻って、封印他諸々に決着付けるのが最善だと思う。私の愛人になるのは、その後でも遅くないってv」
お気楽な締めくくりとは裏腹に、白鳳はDEATH夫の永久離脱も覚悟していた。せっかく、パーティーに溶け込みつつあるし、戦力的にも美観的にも手放すのは非常に惜しいが、DEATH夫の一番の幸せが悪魔界にあるのなら、諦めざるを得まい。××趣味を別にすれば、白鳳の最大の望みは、スイと従者たちの揺るぎない幸福なのだから。
「・・・・でいいのか」
「は?」
「お前はそれでいいのか」
DEATH夫の質問に、白鳳は紅い双眸をきょとんと見開いた。まさか、DEATH夫がこちらの心情を慮ってくれるなんて。いや、待てよ。きっと、ぶっきらぼうな問いかけは、彼なりの精一杯の愛情表現に違いない。
(うふふ、DEATH夫も案外いじらしいねえ)
白鳳の妄想では1のものが1万、10万になるのは当たり前。たちまち、DEATH夫が実は自分に惚れていたという脳内事実を作り上げ、ひとり勝手に盛り上がった。
「DEATH夫の本心、しかと受け止めたよ。私の愛人になりたければ、なりたいって、最初から正直に言えば良かったのに」
「誰が愛人だ、バカバカしい」
「ち、違うの。。」
金の瞳に軽蔑の眼で見つめられ、白鳳のドリームはあっけなく霧散した。が、DEATH夫らしくもない思わせぶりな表現は、いったい何を意味するのだろう。首を捻りながら、次の言葉を待つ白鳳へ、ショッキングな内容が言い渡された。
「俺が悪魔界へ帰れば、お前の弟は絶対、元へ戻れない」
「ええっ!?」
DEATH夫の真意はまだ理解できない。けれども、冗談の類を言わない彼が、スイの呪いは解けないと断言するからには、なにがしかの根拠があるのだろう。弟の解呪と従者の帰還が両立しない?白鳳は衝撃のあまり、激しい目眩を覚えた。耳鳴りに苛まれ、肢体を支え切れなくなった白鳳は、大木の根元によりかかり、重いため息をついた。
TO BE CONTINUED
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