*優しい瞳の静けさも愛〜4*



「はははははっ!!」
カナンの屈託のない笑い声が室内に響き渡った。少し早いおやつタイムにリナリア姫特製のストロベリータルトを食べながら、和やかな語らいのひととき。午後の陽射しが一杯に差し込んで、少年の金の髪を愛でるように煌めかせる。
「・・・・・笑い事じゃありませんよ、カナン様。久々に再会した人間に石を投げられたほうの身にもなって下さい」
「いや、相当笑い事だぞ」
数日迷った末、セレストはカナンにありのままを打ち明けた。実家で旅人を療養させていることまで知られた以上、その正体を隠す方がかえって不自然だ。もっとも、再会の経緯を全て説明するつもりはなかったのだが、相手に上手く乗せられて、気が付くと包み隠さず語ってしまっていた。その結果、腹を抱えて爆笑されたのである。
「一応、ふたりとも真剣だったんですから」
「だから面白いんじゃないか。真の笑いは身体を張らないと取れん」
いかにも楽しげに言うと、大きめに切ったタルトを口の中に放り込んだ。お笑い芸人の一発芸でも見たときの反応と何ら変わりないのが悲しい。
「・・・・・カナン様・・・・・」
「しかし、あの気取り屋の白鳳が無様に担がれて行く様は僕も見たかったな。う〜む、実に残念」
カナンがその場にいなくて良かったと心から思った。彼のことだから、容赦ないツッコミの連発は間違いないだろうし、プライドの高い白鳳もからかわれたままでは修まるまい。ますます事態がこじれるところだった。
「よし、今日は夕方から休暇をやろう」
「は?」
主君の思わぬ提案に、セレストは手にしたティーカップを落としかけた。湯気と共に部屋一面に広がるアールグレイの香り。
「そんな状態で別れたのなら、あいつが心配だろう」
「そ、それはそうですが」
あの日から白鳳と顔を合わせることはなかった。毎朝、詰め所でアドルフから詳しい容態は聞いていたものの、これでは何も語り合えないまま、彼を送り出す日が来てしまう、と内心焦燥していただけに、カナンの申し出は実にありがたかった。
「その代わり、僕も一緒に行くぞ」
「え」
「ちょっとあいつと会ってみたい」
「カナン様が・・・・・白鳳さんと」
「うむ」
カナンもこの一年あまり、白鳳について考えたことがなかったわけではない。白鳳にはダンジョンの内外でさんざん邪魔をされたし、嫌がるセレストに臆面もなく迫り、酒場の外ではキスまで仕掛けてきた。いい印象を持っていると言えば嘘になる。けれども、ウルネルスの一部だったギルドのふたりの傍らで王冠を持って佇む姿。彼自ら、己の意思でここにいることを選んだと告げられたにもかかわらず、あれだけは今でも妙な違和感があった。そう、ちょうど盗賊団の親分アックスが王冠を奪うため、城の者に重傷を負わせたと聞いたときのそれに近いもの。白鳳は決して操られていたわけではない。それは実際に対峙して、会話をした自分が一番良く分かる。なのに、その違和感がどうしても拭い去れない。どんな根拠がと尋ねられても困るのだが、強いて言えば、あのお弁当、だろうか。身分上、これまで数々の美食を口にする機会もあったが、白鳳お手製の飲茶の味は格別だった。小手先の技術だけではない丹誠込めた温かな味わい。他人に対してあそこまで心のこもった料理を作れる人間が、根っからの悪人とはどうしても思えなかった。
「分かりました。では一緒にまいりましょう」
こちらから拒否する理由はない。こんなに日を置かずして休暇をもらえること自体特別なのだし。それに白鳳とふたりきりで会って、ぎこちないやり取りに苦しむより、第三者がいた方がワンクッション置かれていいかもしれない。
「よし、そうと決まったら、さっそく」
おやつもキレイに平らげて、意気揚々と立ち上がりかけたカナンの肩先をぐっと掴んで押しとどめるセレスト。
「カナン様、午後のお勉強をきちんと済ませてからにして下さい」
一刻も早く帰りたいのは山々だが、己の役目を疎かにするわけにはいかない。主君の碧眼から発せられる恨みがましい視線は見ない振りだ。
「ちぇっ、うるさいヤツだなあ」



熱が下がってからの数日、見違えるほど顔色が良くなったとアーヴィング夫妻には喜ばれたが、逆に白鳳の胸の内は冴えなかった。
(今日もセレスト来ないのかな)
実際、彼の顔を見るまではどうにか平常心を保っていられたのに、一度会うともうダメだった。せっかく再会したのに、ロクに話もしないまま、離ればなれになってしまったのだ。傍らで戯れるスイを掌で優しく撫でつつも、形の良い唇からはため息ばかりが虚空に放たれる。
(このまま会えなかったらどうしよう)
しかし、セレストの役目を考えたら、再びこの家に姿を現すとは考えづらい。自分の軽率な行動が今更ながら悔やまれた。冷静に状況を判断すれば、ただでも身体が衰弱していたのに、土地勘のない場所でまともに逃げ切れるわけがない。こんなことなら思い切ってセレストと対面して、今の素直な心情を言葉にすれば良かった。時期尚早なのは否めないが、互いの立場を考えれば、次の機会などいつ訪れるか分かりはしないのだから。
(ん?)
軽いノックの音が聞こえたような気がしたが、薬は先程飲んだばかりだし、普段なら人がやって来る時間ではない。空耳かなと思い、しばらくやり過ごしていると、唐突にドアが開かれた。
「セレスト・・・・・」
待ち望んでいた緑の瞳の青年が現れたとき、白鳳はベッドを飛び降りて、駆け寄りたいくらい嬉しかった。が、間髪を容れず、金髪碧眼の少年がこちらを睥睨するごとく入って来たので、思わず身を強ばらせた。
「・・・・・坊ちゃん」
「久しぶりだな、白鳳」
「何しに来たんですか」
上体を起こした姿勢のまま、鋭い視線をカナンに流す。連れ立って、ベッドの傍らまでやって来る主従。
「王冠盗難及びクーデター事件の犯人として、お前を捕らえに来たに決まってるだろう」
「!!」
一瞬息が詰まり、スイを撫でていた手が硬直した。
「カ、カナン様っ、それはっ!!」
まさか主君がこう出るとは夢にも思わなかった。けれども、彼が白鳳の事情をまるっきり知らない以上、この場面も想定すべきだったのだ。家族思いのカナンからすれば、白鳳のしでかした所業が許せないのも頷ける。セレストはうっかり真相を話した己の迂闊さを呪った。
「何だ、セレスト」
「本気なんですか、白鳳さんを逮捕するなどと」
「当たり前だろう。この男がウルネリスの分身に荷担したばかりに、危うくこの国、いや世界が破滅するところだったんだぞ。お前だって重傷を負わされて、人質に取られて」
「でも、あの時はお咎めなしだったじゃないですか」
「操られていた父上たちや城の内部を立て直すことが最優先だったから、逃亡者を追う余裕がなかっただけで、こいつを許したわけではない。こうやって性懲りもなく、のこのこ舞い戻ってくるなら話は別だ」
「そ、そんな。。」
カナンの有無を言わせぬ口調に、事態が切羽詰まったのを悟ると、気取られないように白鳳を一瞥した。外見こそ日頃と変わりないが、どんな心境でいることだろう。
(・・・・・私の悪運もここまでかな)
真っ直ぐに投げつけられた少年の眼差しから目を逸らすことこそしなかったが、この後の展開を考えると暗澹たるものがあった。自分は国をひっくり返す陰謀に加担した大罪人。温泉きゃんきゃん捕獲の10年どころではない。30年?50年?いや、極刑に処されても当然だ。
(どうしよう、スイ)
呟いてみたところで、もはやなす術ないのは明白だ。結局、セレストとは分かり合えないまま、今生の別れとなるのだろうか。こんなに近くにいるのに、同じ空間で同じ空気を吸っているのに、募る想いのひとつも伝えられないなんて。




「じき衛兵が来るはずだ。覚悟を決めるんだな」
「カナン様、私は納得できません!!」
従者がきっぱりと異議を唱えたので、カナンはいかにも不服そうに彼を睨み付けた。ふたりの姿を眺めながら、白鳳は胸の鼓動が加速度的に激しく響くのを感じていた。なぜ、セレストが私のことなんか。
「何だ、セレスト」
「白鳳さんを捕らえるなんてお止め下さい」
「お前はこの国に仇をなした者を庇い立てするのか」
「確かにそう言われても仕方ない仕業だったかもしれません。だけど、それは全て・・・・・」
「セレストっ!!」
よもやスイのことを話してしまうのでは、と懸念して、白鳳は慌てて叫んだ。
「あなたに庇ってもらう筋合いはありません。自分のしでかした悪事の責任は取ります」
「ほう、なかなか潔いな」
「いけません。ここで貴方が捕まったらっ」
誰がスイ君を、という言葉をぐっと飲み込んだ。とにかくどんなことをしてもこの場を上手く収めなくては。
「どうか考え直して下さい、カナン様」
「この僕の決めたことに逆らうのか?」
「白鳳さんを捕まえるというのでしたら、まず私を罰して下さい」
「何だと?」
「せ、セレスト、何を言うんですっ」
セレストがいきなりこんな風に切り出したので、カナンも白鳳もさすがに驚いた。口を真一文字に引き結んだ表情は真剣そのもの。その場しのぎでなく、本気でなされた発言なのはまず間違いない。
「元はと言えば、従者である私の力不足が原因ですから。私さえしっかりしていれば、白鳳さんに人質に取られて、カナン様を危険な目に遇わせることもなかった」
自分のせいで、セレストがカナンから疎まれるようなことがあってはならない。全て己の愚かな選択が招いた事態ではないか。
「セレストには関係ありません!!坊ちゃん、さあ、早く私を逮捕でも何でもしたらいかがです」
「白鳳さん、貴方は黙ってて下さい!!これは俺とカナン様との間の話です」
「貴方こそ口を挟まないでくれませんか。坊ちゃんは私を逮捕すると言ってるんですよ」
「病人は引っ込んでて下さい」
「引っ込むのは貴方の方です」
白鳳の言葉には答えず、セレストは改めて眼前の主君に言いかけた。
「カナン様、とにかく白鳳さんを逮捕することだけは思い留まって下さい」
「・・・・・そこまでして、この男を庇う理由は何だ?」
「え」
「お前が僕の命令にそこまで抗うなんてめったにないことだ。僕もそれを無下に扱おうとは思わない。ただ、納得できるだけの理由を聞かせて欲しい」
「そ、それは・・・・・・・」
いい差したきり、しばしセレストは黙り込んだ。実のところ、自分でも上手く説明できそうにない。ただ、この人を捕らわれの身などにしたくなくて、気が付いたら真っ向から主君に逆らう暴挙を犯していた。三者三様の思いを抱えて沈黙が続く中、静かな室内に時を刻む秒針の音だけがカチコチと響き渡る。
(セレスト・・・・・)
あのセレストがカナンの命令に抵抗してまで、自分を助けようとするなんて。果たして彼はどう答えるのだろう。恐らくカナンよりも自分の方がずっとずっとその理由を知りたいはずだ。緊張のあまり、スイが痛がるほど、その身体を握ってしまい、不満げに啼かれてしまった。彼の唇の動きだけを追って、ぐっと息を飲んで。また鼓動が早鐘のように響いている。だが。





「あっはっはっは!!」
カナンがいきなり大笑いしたので、セレストと白鳳は彼を呆然と見つめた。
「驚いただろう」
「?」
まだカナンの言わんとすることが飲み込めず、ふたりは目をぱちくりさせている。
「なんて顔してるんだ。安心しろ、僕はお前を捕まえる気などないぞ」
「え」
相手からあっさり告げられて、白鳳はカナンに改めて視線を落とした。微妙な年齢のせいもあるのだろうが、たった1年で随分成長した気がする。まだ少年の面影は色濃く残るものの、凛々しく清々しい佇まい。
「で、では、今のは・・・・・」
「再会の挨拶代わりってとこだな。正直、あの時は大変だったし、これくらいのイヤがらせはさせてもらわないと」
白鳳の逮捕云々は全てカナンの悪戯心からなされたフェイクだったらしい。呆れたやらほっとしたやらで、セレストは我知らず大きな息を吐いた。
「あんまり驚かさないで下さいよ、カナン様」
「すまん、すまん。ちょっとやり過ぎだったかな」
実際、彼らがここまで見事に引っ掛かるとは思わなかった。
「なら、私のことは見逃して下さるのですか」
「まあ、お前との間にはいろいろあったけど、一年も経てば時効だろう」
あっけらかんとした雰囲気で、軽く笑みさえ浮かべて言い放つ。年端もいかぬ少年のようでいて、案外したたかで食えないところもあるカナンだが、内に悪意があるわけではないのでなぜか憎めなかった。
「思ったより、人がお悪いですね、坊ちゃんは」
とは言うものの、その策略にまんまと嵌められ、本気で動揺した事実が悔しくて、それを悟られないため、白鳳はわざと忌々しげな口調で切り出した。
「そうか?」
「病人を虐めてそんなに楽しいですか。王家の人間ともあろうお方が、随分悪趣味なことで」
「は、白鳳さん、いくら何でもそこまで言わなくても」
「悪趣味な人間に悪趣味と言って、何がいけないんです」
「しかしですね」
「坊ちゃんは貴方やこの国の人間にとっては王子かもしれませんが、ルーキウス王国とは縁もゆかりもない私からすれば、ただの小生意気なクソガキですから」
「な、な、なんてコトを!!」
真っ青になって押しとどめたセレストだったが、当のカナンはその場で怒るでもなく、きょとんとしたまま、白鳳をまじまじと眺め続けた。が、次の瞬間、堪えられないといった風に笑い出したではないか。
「あはははは!!それもそうだ」
「か、カナン様」
「お前のそういうところいいな。うん、結構気に入ったぞ」
自分を王族だと知りながら、これっぽちも特別扱いしない言動が、逆にカナンの心を捉えたらしい。考えれば、セレストに対する不満の一端も、まさにその一事にあるわけで。
「ふ・・・・・坊ちゃんは面白い方ですね」
相手の意外な反応に毒気を抜かれたのか、白鳳は柔らかく顔を綻ばせた。草原のダンジョンでのお弁当タイムを思わせる打ち解けた優しい笑顔。それに呼応するがごとく、カナンも彼に明るく笑いかけた。



「にしても、お前たちがあそこまで必死になるなんてなあ」
己の身も顧みず、互いを庇い合うふたり。まさかこんな光景を見せつけられるとは。と同時に、あのとき自分が白鳳に対して抱いた違和感は誤りではなかったと、改めて認識させられた。性格と性癖に多少の難はあるが、どう考えてもこの男は心底悪人にはなりきれない。きっとウルネリスの企みに荷担せざるをえない、よんどころない事情があったのだろう。自分は性善説で甘い人間なんだろうな、と自覚しつつも、なおカナンはこう結論づけたかった。
「それはカナン様が無茶なことをおっしゃるから」
「ここに来るまで衛兵と会話などしてないんだから、ちょっと考えれば、悪戯だって分かるだろうに」
そんなことにも気付かないほど、従者は度を失っていたに相違ない。
「で、ですが」
「あれで僕はいろいろ合点がいったぞ」
「はあ?」
「お前が最近浮かない顔で物思いに耽っていた理由とかな」
「セレストが・・・・・」
カナンの発言を聞いて、白鳳は少なからず驚いたし、心の片隅にささやかな期待も抱いた。それはつまり、ひょっとして。しかし、物思いの内容が示される前に、カナンの口からストレートな問いかけがなされた。
「なあ、お前たち、いつの間にそういう仲になったんだ?」
「「え」」
いきなり核心に触れる質問をされ、ふたりは息も止まらんばかりに仰天した。彼らの衝撃もどこ吹く風で、白鳳の膝の上でくつろぐスイが大あくびをしている。
「そ、そういう仲って、何をおっしゃっているんです?」
「あんなに白鳳のことを嫌がっていたのに、世の中、どう転ぶか分からないものだなあ」
酒場の前でのキスのことを問い詰めたとき、セレストが言った言葉に嘘はなかったと確信している。あの時点では彼らは本当に何でもなかったのだろう。だが、今カナンが第三者の目で見て、ふたりがただの知り合いに過ぎないとは思えなかった。もちろん、エリックとシェリルの臆面もないらぶらぶっぷりとは比べるべくもないが、己の身を投げ出して、互いを庇い合う姿はまさに恋人同士のそれだった。
「坊ちゃん、なにか誤解してるんじゃありませんか。残念ながら、私とセレストは別にそんな関係ではないですよ」
確かに一度は夜を共にしたけれど、自分はともかく、セレストは我が身を愛して抱いてくれたわけではない。悲しいけれどそれが現実だ、と受け止めている。
「そうですよ、カナン様。白鳳さんがこの家で病を癒しているのはあくまでも偶然で」
不本意だとばかりに返してくるふたりの姿を見て、カナンは内心苦笑いをした。気付いてないのは自分たちだけ、というヤツだろうか。確かにセレストはそういう朴念仁な部分のある男だが、まさかあの遊び慣れた白鳳まで自覚がないとは。
(全く、いい年したオトナのくせに)
白鳳がセレストの一挙手一投足をじっと目で追っている。そしてセレストもまた白鳳のしなやかな動きを逃すまいとひたすら瞳を凝らす。年少者の自分でも歯がゆくじれったくなるくらい、不器用で無自覚なすれ違う思慕。
「僕はもう帰る」
「カナン様」
「白鳳、今日はセレストを譲ってやる」
「坊ちゃん」
酒場で酒を酌み交わした時、人質と略奪者の関係だった時、ふたりの間にいかなるやり取りがあったのかは知る由もない。幼い頃からずっと一緒にいた自分に話してくれないのは寂しいが、秘密を持つのはある意味、互いの関係が主従ではない証拠とも言えるし、口にできないよほどの事情があるのだろう。状況が落ち着けば、全てを打ち明けてくれるかもしれないし、今はそれを待つしかない。
「お城までお送りいたします」
「そんなものはいらん。この辺の道もすっかり覚えたし」
「覚えられるほど、おひとりでこっそり外出されてたということですか」
セレストにじろりと睨まれても、カナンは眉一つ動かさない。
「細かいことは気にするな。禿げるぞ」
「せめて玄関まで」
「くどい。邪魔者は消えるから、ちゃんと話をするんだぞ」
心中のモヤモヤを完全に払拭できないまま、立ち去るのは本意ではなかったが、そこまで焦る必要もあるまい、とカナンは思った。ふたりの様子を見る限り、白鳳とはそう遠くない将来にまた会える気がしたから。







賑やかだったカナンが姿を消すと、急に部屋の中が広く感じられた。だだっ広い空間の中に、二人きりで置いてきぼりにされたような気分。
(さて、何をどう切り出したらいいものか)
相手の出方を窺いながら、視線だけは逸らさず、無言で見つめ合うふたり。一度は身体を繋ぎ合ったこともあるのに、その関係はまだ友人とすら言い難いものだった。事ここに及んで、彼らは互いの妙な距離感を実感せざるを得なかった。とはいうものの、この機会を逃せば、おそらくきちんと語り合うことは出来まい。一年間ため込んでいた想いが肩透かしを喰うような展開にだけはしたくない。
「「あ」」
声がハモって、顔を見合わせた。相手もこっちに言いたいことがあるのだと察して、ほっとするやら、どきりとするやら。それでもまだしばらくは牽制しあっていたが、先に静寂を破ったのは白鳳の方だった。
「・・・・・さっきはありがとうございます」
驚くほど素直に切り出せた。セレストの思い切った行動がそこまで嬉しかったのだ。まさか主君たるカナン相手に自分のことを庇ってくれるなんて。
「お礼なんか言ってもらえる資格はないですよ。俺が軽率に貴方のことを話したばっかりに不愉快な思いをさせてしまって・・・・・本当に申し訳なかったです」
カナンだからあれで済んだが、万が一、他の王家の人間に知れたりしたら、取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。
「貴方が謝ることはありませんよ」
単に自らしでかしたことのツケが回ってきただけなのだ。むしろ詫びなければならないのはきっと、こちらの方。けれども、眼前の青年は更に強い調子で先を言いかけてきた。
「・・・・・いえっ、俺が本当に謝りたいのは、そんなことではなくて」
「!!」
いきなり詰め寄られて両の肩先を掴まれ、間近にある緑の瞳の真摯な光に息を飲んだ。その光から目を離せないまま、白鳳は身動ぎもせず、彼の次の言葉を待った。



TO BE CONTINUED


 

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