*テレパシー〜前編*



自由都市地帯を半周したのを機に、白鳳パーティーは私邸へ戻り、しばし長旅の疲れを癒していた。捕獲が順調に進んでいるのは、決して同行者のみの功績ではない。主人の留守をしっかり守る居残り組の尽力あってこそだ。短い滞在期間ではあるが、そんな彼らをねぎらおうと、白鳳は3食+おやつに精一杯、腕を奮うつもりだった。各国で評判の店は必ずチェキし、新たなレパートリーも増えた。主人手ずから丹誠込めた作品は、きっと男の子モンスターたちを満足させるに違いない。とは言うものの、遠国での郷土料理を再現するには、最寄りの市場で揃わない材料も多く、白鳳は買い出しのため、スイとハチを連れ、国境の繁華街までやって来た。良質の食材を選ぶには、ハチの野性の嗅覚さえあればいい。実際、ハチは各店で自信たっぷりに良品をより抜き、速やかに買い物を済ませることが出来た。購入した食材の配送手続きを終えた後、白鳳は大通りの一角にあるフルーツパーラーへ立ち寄った。和風パフェが美味だとグルメ雑誌で読んで以来、ずっと食してみたかったのだ。
「噂通り、美味しかったね」
最後の一口を名残惜しげに含むスイへ、白鳳がにっこり笑って言いかけた。程良い甘さが素材を引き立てており、上品で淡泊な風味が心地よい。口が肥えた白鳳も、十分合格点をつけられる優れモノだった。
「きゅるり〜♪」
「おうっ、美味かった」
弟の嬉しげな仕草に目を細める間もなく、ブサな福笑いがしゃしゃり出た。大きな口の周りは、小豆と抹茶でまだらになっている。すっかり興醒めした白鳳は、反射的にデコピンを発動させた。
「お前には言ってない」
「あてっ」
先細りの指に弾かれ、ハチはガラスのテーブルをごろりんと転がった。
「きゅるり〜っ」
仲良しの受難に、慌てて駆け寄ったスイが、兄を咎めるごとく声を張り上げた。
「怒らないでよ、スイ。一応、控え目に小突いたんだから」
「そだそだ、オレ、大丈夫だかんな」
1回転して元の体勢に戻ったハチが、屈託なく破顔した。時に理不尽な制裁と映りかねない白鳳の一撃も、ハチにとっては母子の触れ合いの一環なのだ。ちなみにDEATH夫の一撃は戦闘訓練らしい。もっとも、近頃はDEATH夫がハチを殴る場面はないし、白鳳のお仕置きも手加減攻撃がほとんどだった。
「詫び代わりに、ハチに和風パフェをこしらえればいい?」
相変わらずスイの眼差しが冷ややかなので、白鳳はやむなく賠償品を提示した。白鳳レベルの繊細な味覚と調理技能があれば、一旦、口にしたメニューの再現は容易いし、味見役たるハチの手助け次第ではオリジナル超えも夢ではない。棚ぼたでパフェをゲットする展開となり、ハチは手放しではしゃぎ回った。
「おおお、やた〜♪ひとつ、でっかいのを作ってくりや」
「はいはい」
「きゅるり〜」
「じゃあ、そろそろ行こうか」
スイの機嫌が直ったのを確かめると、白鳳は小動物コンビを肩に乗せ、ゆっくり立ち上がった。すでに陽は大きく傾き、街中は黄昏の色が濃い。勘定を支払い、パーラーを出るやいなや、白鳳はハチの首根っこをそっと摘んで、眼前に引き寄せた。
「ハチ、悪いけど、スイと一足先に帰ってくれる?」
「へ」
「きゅるり〜」
白鳳にいきなり切り出され、スイとハチはどんぐり眼を見開いた。珍しい食材ももれなく入手し、遠出した目的は果たしたのに、なぜここで別れなければならないのだろう。



道中では基本的にパーティー単位の団体行動で、ひとりと2匹での外出など望めない。スイは兄弟、ハチは母子として、白鳳と休日を楽しんでいただけに、唐突な申し出が受け容れられず、ハチは素朴な疑問を投げかけた。
「何だよう、はくほーはどうすんだよう」
「私はまだ探しものがあるの」
「まさかっ、オレに隠れて、大ご馳走を食う気じゃないだろーな」
三界一の食いしん坊ならではの直球発想だ。白鳳は笑いを噛み殺しつつ、艶やかなぷっくりほっぺをつついた。
「残念ながら、食品ではありません。ショッピングモールで服や小物をゆっくり見ようかなって」
「そっか、食えないんじゃ仕方ないや」
「うしバスの時間があるから、なるべく早めに切り上げるけど、もし7時過ぎたら、遠慮なく夕食にして」
「おうっ、皆に伝えとくかんな」
「きゅるり〜」
念のため、朝のうちに3食分こしらえておいたので、館で待つ一同を、空腹で困らせることはない。年長組がいれば、就寝までのスケジュールも滞りなくこなせよう。
「ハチもそろそろ停留所へ行った方がよさそうだよ」
私邸近辺を通る路線は、30分おきの発車なので、1本逃すとかなり痛い。しかし、白鳳の指示を聞いても、ハチはその場から動かなかった。保護者不在の身でバスに乗れるのか、いささか不安に感じたようだ。
「なあなあ、オレたちどうやってうしバスに乗るんだ?」
「きゅるり〜?」
スイも同様の懸念を抱き、鳴き声の語尾を極端に上げた。バスに拒否された場合、ハチがスイを抱えたまま、屋敷まで飛び続けなければならない。いくら打たれ強い元気者でも、無理があるノルマだ。もちろん、白鳳とてハチにそこまで過酷な試練を課そうとは思っていなかった。
「余計な心配は無用さ。こっそり車体の上に乗って、運んでもらえばいいの」
白鳳は悪戯っぽく笑い、たおやかな手でハチの頭を撫でた。が、律儀者のハチはただ乗りに良心が咎めたのか、ごん太眉を八の字にして反論した。
「それって無賃乗車じゃないかよう」
「元々、スイもハチも料金要らないんだから、無賃乗車にはならないよ」
「あっ、そっか。はくほー、美人な上に頭良いなー」
ハチは律儀者ではあるが、おバカで単純だった。
「んもう、ハチは嘘がつけないタイプだねえ、良いコ、良いコ」
「でへへー」
「きゅるり〜。。」
ハチの褒め言葉に、我が意を得たりとばかり肯く紅いチャイナ服を目にして、スイは萎れた花のように脱力した。スイとハチが運賃無料な以上、白鳳の入れ知恵は決して非合法ではない。しかし、邪気のない子供に対し、犯罪スレスレの行為を、胸を張って勧める時点で、人として何かが間違っている。まあ、白鳳のダメ人間っぷりは今始まったことではないし、××趣味も含め、ある意味不治の病みたいなものだ。それでも、肉親からすれば、白鳳が不祥事をしでかす度、居たたまれない気分になるのは否めなかった。弟ゆえのスイの複雑な心境を知る由もなく、白鳳は小動物コンビをバス停の前まで連れて行った。
「おや、もうバスが来てる」
「よし、上手く潜り込むかんな」
「頑張って、ハチ」
図らずもDEATH夫に鍛えられたハチなら、楽に御者の隙を突けるだろう。万が一、バレたとしても、愛嬌たっぷりの謝罪で、きっと目こぼししてもらえるはずだ。
「スイもハチも気を付けて」
「きゅるり〜」
ハチに抱きかかえられたスイは、短い両手をぶんぶん振った。素行に果てしなく問題はあるが、白鳳がスイの呪いを解くべく、終わりが見えない旅を続けているのは事実だし、能天気に振る舞っても、胸の奥では常に己を責め苛んでいよう。せめて、ショッピングでささやかな気分転換をして欲しかった。
「おうっ、かあちゃんもな」
手が塞がったハチは、リズミカルに触角を振って、ひとときの別れを惜しんでいる。可愛い見送りに後ろ髪引かれながら、うなだれて角を曲がった白鳳だったが、スイとハチが視界から消えた途端、穏やかな表情が一変した。
「うふふふふふふふふふ」
慈愛の微笑は吹き飛び、怪しい歪みが満面に浮かぶ。まんまと目論見通りになり、白鳳は不気味な哄笑を止められなかった。
「これで私は完全に自由。今宵はオトコと遊び放題だもんね〜♪」
なんと、食材購入はあくまで二次的な目的で、白鳳の真の狙いはお目付役の監視を逃れ、心おきなくハンティングに専念することだったのだ。小動物とのお出掛けは、悪巧みをことごとく潰されてきた白鳳の起死回生の手段だった。いくら何でも、白鳳がスイたちまで利用するとは思わず、誰もが快くひとりと2匹を送り出してくれた。単独で繁華街まで出ればこっちのもの。お子様はとっとと帰らせたし、もう白鳳の狩りを邪魔するものはない。屋敷に到着したスイとハチを見て、主人の策略に初めて気付いても後の祭り。すでに子羊を籠絡して、いかがわしい宿へしけこんでいる頃だ。とうとう憎っくき年長組を出し抜いた。苦節○年、パーフェクトな勝利を得て、白鳳は強烈な達成感に酔いしれた。



白鳳・スイ・ハチがパーラーを後にする数分前、お供たちは居間で気ままにくつろいでいた。愛用の弓の弦通りを見遣る神風。書斎から何冊も本を持ち込み、読書に耽るフローズン。ハチとスイ専用の洗面用具をこしらえるオーディン。ソファに身体を預け、ぼんやりするDEATH夫。故郷の師匠夫婦に長い手紙を書くまじしゃん。一応、休養中ではあるが、メンバーの過ごし方は宿でのそれとさして変わらない。
「・・・・どうしたんです、神風・・・・」
椅子を乱暴に下げる音で、部屋のまったりした空気が乱された。まだ矯正が済んでいないのに、突如、神風が弓を投げ出し、席を立ったのだ。中途半端が嫌いな彼らしからぬ行動に、雪ん子が疑念を抱いたのは当然だった。
「これから白鳳さまを迎えに行ってくる」
神風の脈絡のない宣言に、仲間たちは訝しげな反応を示した。
「えっ、夕食には戻るって言ってたよっ」
「うむ、スイ様やハチも一緒なのだから、そう遅くはなるまい」
「・・・・うしバスを利用しているのですから、心配ございません・・・・」
「お前は過保護過ぎだ」
「皆の意見はもっともだけど、なぜか、行かなければならないと感じたんだ」
理屈では説明出来ない。弦に触れた瞬間、背筋に稲妻のような衝撃が走った。と同時に、白鳳の黒い得意顔がはっきりくっきり浮かんだのだ。小動物コンビと仲睦まじく出掛けた主人を疑うのは心苦しいが、悲しいかな、この手の不吉な予感は未だかつて外れたことがなかった。事態を甘く考え、第三者に取り返しがつかない迷惑をかけてからでは遅い。たとえ、取り越し苦労に終わったとしても、様子を探る価値はあろう。
「思い過ごしならいいし、とにかく行くだけ行ってみる」
軽率な言動は取らないし、一度決めた結論はまず覆さない頑固者なので、一同は敢えて神風を止めようとはしなかった。
「・・・・分かりました・・・・」
「好きにしろ」
「すぐ白鳳さまと会えればいいねっ」
「食事や雑事は我々に任せてくれ」
「私の勝手な閃きで、迷惑かけて済まない」
心強い同士に切り盛りを託し、神風は後顧の憂いなく出立した。残った連中が弓の片付けをどうするか相談し始めたところへ、ハチがスイを連れて飛んできた。
「く〜っ、ハラ減った〜」
「きゅるり〜」
てっきり白鳳も一緒と思いきや、保護者抜きで2匹が登場したので、全員、驚いて矢継ぎ早に尋ねた。
「白鳳さまはいないのか」
「おうっ、オレたちだけだ」
「きゅるり〜」
「・・・・白鳳さまはいかがなさったのです・・・・」
「まさかっ、何かアクシデントがあったの?」
「うんにゃ、はくほーは服や小物を買うって」
蒸発した白鳳を案じる従者の問いかけへ、言われた通りの内容をリピートするハチ。白鳳の不在が事故の類ではないと判明して、パーティーに安堵の色が漂った。
「でも、ハチやスイと別行動しなくたっていいのにっ」
「たまにはひとりで息抜きしたいのかもしれん」
「ふん、それはこっちのセリフだ」
ハチから白鳳の意図を聞き、男の子モンスターもだいたい納得したが、唯一、フローズンのみは解せない表情を隠そうとしなかった。オーディン新作の用具を試すべく、まじしゃんとハチが洗面所へ向かった隙に、フローズンは堪え切れず呟いた。



「・・・・白鳳さまは服飾関係の品を自ら買わないのが、信条だとおっしゃっていました・・・・」
「自ら買わないとはどういう意味だ、フローズン」
浮かない顔の想い人へ、オーディンが首を捻りつつ、声をかけた。
「・・・・誰かに貢がせるものだそうです・・・・」
生真面目な神風、純情なオーディン、無関心なDEATH夫では、白鳳と色恋について語れるわけがなく、恋バナの相手は、専らフローズンが引き受けていた。ただし、奥ゆかしいフローズンはあくまで聞き役で、実質的には白鳳の独演会に終始するのが常だった。結果、フローズンは白鳳の世の中をなめ切った主義主張の数々を否応なく吹き込まれていた。
「貢がせるだと」
「・・・・要するに、殿方の懐を当てになさっているのです・・・・」
「きゅっ、きゅるり〜っっ」
白鳳の理由付けは、腐った信条と明らかに矛盾している。ふたりのやり取りを耳にしたスイは、兄に一杯食わされたと気付き、クッションの上でけたたましく鳴き始めた。オーディンとフローズンも白鳳の単独行の裏にピンと来たようだ。
「ひょっとして、白鳳さまは我々の目を逃れ、繁華街で羽を伸ばすために、スイ様とハチを連れ出したのかっ」
「・・・・間違いございません・・・・今頃は久々の男漁りに張り切っているかと・・・・」
「ううむ、不覚を取った」
「・・・・優しい保護者のポーズに、私もつい油断してしまいました・・・・」
「己の快楽のため、スイ様まで使うとは許せん」
××者をうっかり野放しにした責任を感じ、唇を噛みしめるオーディンたちに引き換え、DEATH夫は抑揚のない声音でクールに吐き捨てた。
「あんなヤツ、放っておけばいい」
「きゅるり〜。。」
認めたくなかった全貌を悟り、スイはしょんぼり肩を落とした。先に帰れと指示されたとき、闇の企てを見抜いて、必死で抵抗していれば、最悪の状況は避けられたかもしれない。薄情な兄に対する怒りより、またもやお供や第三者に迷惑をかけた事実が、いたいけな心を締め付ける。むしろ、被害者たるスイが目を潤ませる姿を見かね、オーディンは力強く言いかけた。
「気に病む必要はないぞ。神風が白鳳さまを迎えに行った」
「きゅっ?」
オーディンの一言で、スイは短い首を伸ばし、室内を見渡した。いつもは××阻止対策の中心となる、紺袴の従者はどこにもいなかった。スイの疑問を解消すべく、フローズンが説明を付け加えた。
「・・・・神風は白鳳さまがおいたをすると、第六感が働くみたいです・・・・」
「うむ、最初から白鳳さまと旅しているだけのことはある」
フローズンやオーディンとて、白鳳の発想や生態は熟知しているが、本人が不在にもかかわらず、負の気配を我が事のように察知する神風には到底かなわない。
「きゅるり〜♪」
最強のストッパーが出動したと聞き、スイの面持ちから暗さが消えた。神風さえいれば、白鳳の不祥事を必ずや未然に食い止めてくれるはずだ。兄の傍らでずっと私心ない忠誠を見続けてきたゆえに、神風に対する信頼は絶大なものがあった。



街はすっかり夜の帳に包まれたけれど、街は色とりどりのネオンを散りばめ、いっそう華やかさを増している。単身、カップル、家族連れと様々な客層がひしめく大通り。老若男女に混じって、白鳳はしっかり生贄を従え、浮き浮きと歩いていた。僻地から出て来た、純朴かつ気弱そうな青年をとっ捕まえたのだ。容姿は中の上だが、小金を貯めてそうだし、この際、贅沢は言っていられない。土地勘のない彼へ、街を案内すると申し出て、巧みに警戒を緩ませた。偽りの親切にほだされた気の毒な青年は、白鳳が腐れ××者だとは夢にも思っていない。
(うっふっふ、後は曖昧宿へ一直線)
良心的なホテルを紹介する振りをして、いかがわしい宿屋へ同伴し、退っ引きならぬ状態に追い詰めてから、強引に押し倒す筋書きだった。これから行く宿は、今風に改装したばかりで、外観は一般のホテルにしか見えない。田舎者をごまかすには十分だろう。
「さあ、あの角を曲がったところですよ」
「本当にありがとうございます」
青年は嘘八百の厚意に謝意さえ述べている。白鳳は笑いを噛み殺しつつ、彼の手を引いて、脇道へ一歩踏み出した。と、その時だ。眼前に立ちふさがる神風が脳裏に映った。
「え」
ぎょっとして四肢を竦めた白鳳だったが、改めて周囲を見渡せば、慣れ親しんだ袴姿のシルエットはない。白鳳はやれやれと息を漏らした。
(いくら神風でもあり得ないって。完璧に練り上げた作戦だもん)
事ここに至って、従者の幻影にびくついてたまるものか。知恵と執念で、ついに厚い壁を打ち破ったのだ。胸を張って、凱旋門へ入ってやる。己を鼓舞し、白鳳は目当ての建物へ大股で近づいた。
「遅かったですね、白鳳さま」
「ぎゃっ」
ホテルの門扉の前で、神風が仁王立ちしていた。何度か双眸を凝らしたが、幻ではなく、紛れもない現実だった。非の打ちどころのない計画を、細心の注意を払って進めたのに信じられない。そもそも、夥しい宿泊施設の中で、白鳳がなぜここを選ぶと分かったのだろう。恐怖のデジャブを目の当たりにして、白鳳は小刻みに紅唇を震わせた。


TO BE CONTINUED


 

back