*テレパシー〜中編*



お目付役の盲点を突いた戦術の甲斐あって、完全勝利を得たはずだったのに、神風の登場により、白鳳は得意の絶頂からあっけなく転げ落ちた。衝撃と困惑がない交ぜで、頭の中は真っ白だが、窮地に陥った時こそ、焦りは禁物だ。いくら神風だって、計略の全貌を把握しているとは思えないし、思いたくない。ホテルを探り当てられた時点で、負けは明白にもかかわらず、白鳳は現実から目を逸らし、なおも強気な姿勢を崩さなかった。
「迎えを頼んだ覚えはないけど、なぜ、ここにいるのさ」
「それは私のセリフです。市街から外れた裏通りで、何をしていたんです」
「彼が道に迷って困っていたから、案内を買って出たんだよ」
「いろいろ教えていただいたばかりか、良い宿まで紹介してもらって助かりました」
××者の網にかかりかけているとも知らず、繰り返し頭を下げる青年。傍らで不自然なほど口角を上げる主人に呆れつつ、神風はコロニアル風の建物を一瞥した。
「この辺りは風俗店も多いですし、もっと停留所に近い宿屋にしたらどうですか」
「うううっ」
やはり神風にお為ごかしは通用しなかった。白鳳の立場を慮って、婉曲的な表現をしたものの、神風はホテルの真実はもちろん、先の筋書きも100%見抜いているようだ。またもや野心が潰えたのを悟り、白鳳はおやつ抜きのハチのごとく、しょげかえった。だが、神風はすぐに叱り飛ばしたりしなかった。まずは無自覚とは言え、とんだ災難に見舞われた第三者を逃がさなければ。
「申し訳ありませんが、主人に急用が出来たので、ここで失礼いたします」
「分かりました。僕のせいで、かえってご迷惑をかけてしまいましたね」
純朴な青年は、神風の発言に疑問を抱くこともなく、にこやかに返答した。相手が男の子モンスターだと承知しているらしいが、これっぽちも態度を変えたりしない。彼のような好人物が毒牙にかからないで良かった。神風は心の底から青年の無事を喜んだ。
「お気になさらないで下さい。向こうの十字路を左に曲がると、インフォメーションセンターがありますから、目的別の宿泊施設を教えてくれますよ」
「そうですか、本当にお世話になりました」
青年は最後まで白鳳を善人だと信じ、いたく感謝して去って行った。真の姿が腐れ××野郎なのは百も承知だが、他人に白鳳を悪く思われるのは本意ではない。白鳳の良いイメージを崩さず、彼と別れることが出来て、神風はほっとしていた。しかし、当の白鳳は、従者の涙ぐましい心遣いを知る由もなく、久々のオトコ漁りを潰された悔しさに歯噛みした。
「もう一息で、めくるめく一夜を楽しめたのにっ」
神風が単独で来たところを見ると、他の連中は白鳳の意図に気付かなかったのだろう。紺袴の従者さえ小賢しい知恵を回さなければ、望み通りのアバンチュールが待っていたに違いない。でも、もはや死んだ子の年を数えても虚しいだけだ。企みが露見した今、お目付役の小言と厳罰から逃れる術はなく、白鳳は遠い目をして、ふうっとため息をついた。



黄味がかった街灯の光が、白鳳主従を煌々と照らしている。端正な顔にくっきり陰影を作り、神風は極めて事務的な口調で言いかけた。
「さあ、白鳳さま、帰りますよ」
性懲りもない主人を、叱責したいのは山々だが、裁きは年長組とスイ勢揃いの場で行うべきだ。苦虫を噛み潰したような顔で踵を返すと、神風はすたすた歩き始めた。無論、大人しく従う白鳳ではない。誰が好きこのんで地獄の釜の入り口へ向かうものか。
「せっかく来たんだから、この宿で一緒にしっぽり過ごさない?」
「いい加減にして下さい」
無理とは感じつつ、白鳳は媚びモード全開の上目遣いで囁いた。が、神風は視線すら合わせてくれない。取りつく島もない様子に、彼の怒りがただならぬことを察し、白鳳は暗澹たる気分になった。
「そんなに怒らなくたって。お茶目な主人の些細な悪戯じゃない」
少しでも罪を軽くしようと、愛想笑いと共に、天然をアピールする白鳳へにこりともせず、神風は同行者の行方を尋ねた。
「スイ様とハチはどこにいるんです」
「先に帰らせたよ。バス停まで連れて行ったから、今頃、屋敷に到着してるでしょ」
「最初から出しに使うつもりだったんですね」
「あのコたちに損はさせてないもん。美味しいパフェだっておごってあげたし」
いたいけな小動物コンビを利用したあげく、勝手に放り出しておきながら、まるっきり悪びれていない。神風の生暖かい眼差しが、白鳳へぐっさり突き刺さった。
「私がスイ様だったら、とっくの昔に、白鳳さまとは縁を切ってます」
「ひ、酷いっ、私とスイは大陸一仲睦まじい兄弟なんだよ」
「××道楽のたび、ないがしろにしておいて、よく恥ずかしくもなく言えますね」
「くくっ」
口は達者な方だと自認している白鳳だが、不祥事関連の論争では、なぜか神風に勝てなかった。日頃は、決して饒舌ではない神風が、白鳳の詭弁を容赦なく覆していく。屁理屈捏造取り混ぜて弁解しても、敢えなく言い負かされるのがオチだった。負けパターンに突入したと察するやいなや、白鳳は速攻で話題を切り替えた。
「ねえ、神風はどうやって、私のパーフェクトな計画を知ったの?」
将来のため、ぜひ確かめておきたかった。大雑把な白鳳が細心の注意を払って、実行に及んだのに、いつぼろを出したのだろう。上手の手から水が漏れるというが、白鳳は未だに企みの発覚が信じられなかった。
「なんとなく」
「はあ」
「なんとなくピンと来たんです」
神風の答えは、白鳳を納得させるものではなく、紅唇は不満げに切り返した。
「答えになってないよ」
「そうですか」
「だって、なんとなくでホテルの場所が分かるはずないじゃん」
付き合いの長い従者だけに、百歩譲って、思惑を見透かされたのは仕方ないが、白鳳が目を着けた宿まで感知したのは肯けない。
「ホテルについては、なんとなくではありません」
「え」
神風の面持ちが仄かに緩み、白鳳は安堵して口元を綻ばせた。けれども、緊張が解けたのも、ほんの一瞬だった。
「前回、私邸へ滞在していた時、改装したホテルの広告を、白鳳さまが見ておりましたから」
「そんな広告あったっけ」
神風に指摘されても、白鳳は全然、記憶にない。宿に関する情報はインプット済みだが、どこで仕入れたかはキレイさっぱり忘れていた。
「白鳳さまは随分、熱心に読んでました」
「う〜ん、覚えてないけどなあ」
たぐり寄せる記憶すら見つからず、白鳳は首を捻った。第一、この前休養したのは、半年以上前のことだ。ただでも鳥頭の白鳳に、館での生活が詳しく思い出せるわけがない。
「私の目が届く限り、白鳳さまの日々の言動はことごとく押さえています」
神風に大真面目な顔で告げられ、白鳳の背筋にたらりと冷たいものが流れた。本人でさえ留めていない言動を、逐一チェキされるなんて、四六時中見張られているも同然だ。
(神風・・・・・恐ろしいコ。。)
私心ない従者ゆえに、忠誠心の一環で片付けられるが、一歩間違えればストーカーになりかねない。わくわく××ライフまで脅かされると、もはや笑い話では済まされなかった。
(そう言えば、前に歪んだ愛が暴走した結果、想い人の生活を脅かしてしまうストーカーのドラマがあったっけ)
白鳳は魔法ビジョンの時代劇のみならず、ドラマも大好きだ。問題の解決に全く役立たないことに、ムダな記憶力を発揮した白鳳だったが、ふと、素晴らしいネタが閃いた。
(ひょっとして、麗しい主人への愛が、神風をストーカーまがいに変えてしまったんじゃ)
きっかけひとつあれば、白鳳の妄想はどこからでも始まる。己に都合のいい解釈にかけては、人後に落ちない白鳳は、浮かれポンチでドリームを膨らませた。



神風がいつも血眼になって、オトコ狩りを阻止するのは、最愛の主人を他者に奪われたくないからだ。色恋に免疫がないだけに、器用な駆け引きなど出来ず、こういう形でしか白鳳への思慕を表せなかった。そうだ。そうに決まっている。一旦、でっち上げの解釈が完成すると、白鳳の脳内ではもはや妄想ではなく、さくっと既成事実に変換される。真紅の瞳に星を煌めかせつつ、白鳳は佇む従者へ声をかけた。
「ああ、可哀想な神風。天上に咲く高嶺の花に魅せられたばっかりに」
「・・・・・・・・・・」
己の捏造にうっとりする白鳳を見遣りながら、また始まったと神風は思った。神風が自分に焦がれるあまり、ハンティングの妨害に走る云々のストーリーは、定期的に提示され、今更聞かなくても一部始終を暗記しているほどだ。が、白鳳は相手の冷め切った表情に構わず、なおも芝居めいた独白を続けた。
「ホントは私が誰かのものになるのが耐えられないんでしょ。長い付き合いだもん。神風の本心は分かってるってv」
「白鳳さま、寝言は寝てからおっしゃって下さい」
「が〜〜〜〜ん!!」
「真底おめでたい性格なんですから。長生きしますよ」
にべもなく否定された上、ハチを評するような言葉を使われ、白鳳の夢にぴしりとひびが入った。でも、ムダに前向きな××者は、この程度で引き下がったりしない。白鳳はしぶとく神風片想い説に固執した。
「だって、違う場所にいても直感が働くのは、常に私の面影を抱いているからだよねえ」
「白鳳さまの思考は底が浅くて、分かり易いんです」
「じゃあ、私の言動を事細かに記憶しているのは?」
「善良な第三者へ迷惑をかけないようにです」
「嘘っ、気高い主人から目が離せなくて、イヤでもくっきり刻み込まれたんじゃないの」
「大間違いです」
根っからお調子体質の白鳳は、1を許すと1000、1000を許すと100万、100万を許すと1兆と、限りなく増長するので、手心を加えず潰しておくに限る。神風にぐうの音も出ないくらい叩きのめされ、白鳳は本気で苛立っていた。
(む、ムカつく〜っ)
昔は色事ネタを持ち出すと、多少は動揺を見せたのに、最近は眉一つ動かさない。マジで可愛くない。日常生活やダンジョンではもっとも頼れる神風だが、事オトコ道楽に関しては最大最凶の敵だった。
「白鳳さま、どう策を弄そうと私の目は欺けません。今日限り、実のない戯れはおやめ下さい」
ただでも不愉快なところに、優等生の忠言を掲げられ、白鳳の気持ちはますます荒んだ。
「うるさいなあ。実があるかないかは私が決めるよ」
「行きずりの関係に実りがあるとお思いなんですか」
敢えて目を逸らしてきた核心を突かれ、白鳳は少なからぬ痛みを感じたが、計略を邪魔された腹いせもあり、刺々しい態度で言い返した。
「刹那の快楽だって、十分心身を満たしてくれるもん」
「白鳳さま!!」
心が満たされないからこそ、絶えず理想の伴侶を求めているのではないか。本音とは程遠い投げやりな言い種に、神風が珍しく声を荒げた。けれども、白鳳は従者の真心に応えようとせず、さらに憎まれ口を叩いた。
「そんなにかりそめの相手が不満なら、神風が伽をしたらいいじゃない」
主人の伽をしろ。この命令も今まで何度聞かされたか分からない。手垢の付いたフレーズに飽き飽きして、神風はうんざりした面持ちで突き放した。
「ふざけないで下さい、白鳳さま」
「ふざけてないよ。どうせ、遅かれ早かれ、私の愛人になる運命なんだから。あの晩の約束を忘れたの?」
白鳳に誇らしげに尋ねられ、神風は内心、頭を抱えた。暴れうしの突進も手伝って、真価を理解されにくい白鳳が、毎度玉砕する姿を見かね、つい将来を誓ってしまったのがいけなかった。もっとも、実のところ、条件付きなのだが、ご都合主義の白鳳には最善の結果しか見えていないようだ。取り合えず、未だ条件は成就してないと認識させるべく、神風は説明を始めた。
「私にお鉢が回るのは、あくまで理想の相手が現れなかった場合です。無差別なつまみ食いをやめて、真摯に努力すれば、必ずや相応しい殿方と出会えます。私との約束はそれまでの支えにしていただければ」
お堅い神風は正論ばかり振りかざして、ちっとも誘いに乗ってくれない。白鳳はすっかり興醒めして、仏頂面で吐き捨てた。
「ふんだ、全然融通が利かないコ。DEATH夫と大違い」
ふてくされた白鳳がDEATH夫の名を出した途端、神風の端正な面が心なしか険しくなった。



「この際、DEATH夫は関係ありません」
困った主人に対し、冷静に対処していた神風だったが、DEATH夫との比較は、彼の神経を微妙に逆なでした。生来、聡明で円満な神風は、パーティーの中心的存在だ。しかし、唯一、DEATH夫とはしっくり行っていなかった。身を尽くし、人間に仕える様が気に触るのか、DEATH夫は初対面から神風にきつく当たり、ぎくしゃくした関係のまま来てしまった。年月を経て、白鳳や仲間たちとは打ち解けつつあるDEATH夫だが、神風への悪意は変わらない。一方的に毒づかれ、いくら穏やかな神風でも、多少のわだかまりは否めなかった。彼らの感情のもつれを白鳳は十分、心得ている。心得ているからこそ、わざと死神を引き合いに出したのだ。
「DEATH夫は自ら私に口付けしてくれたもんね〜♪」
白鳳に大威張りで告げられ、神風のこめかみが一瞬ピクリと動いた。いや、DEATH夫に限って、白鳳の意に添う行動を取るはずがない。この期に及んで、懲りずに脳内ドリームを垂れ流したに決まっている。
「そんな虚言が私に通用するわけないでしょう」
神風は即座に夢物語を否定したが、白鳳はムキになって抵抗するでもなく、余裕たっぷりに微笑みかけた。
「おや、神風なら、私の言ったことが本当だって分かると思ったのに」
「開き直っても無駄ですよ、白鳳さま」
白鳳のふてぶてしい様子にいささかムッとして、神風は第六感をフルに働かせた。ところが、妄想センサーには何も引っ掛からない。改めて、主人から醸し出される気配を探ったが、偽りを並べ立てた場合の気の乱れは微塵もなかった。
(嘘じゃ・・・・ない)
白鳳のお供になって以来、数々の欺瞞を見破ってきたのだ。いかに巧妙に隠そうと、メッキの綻びはすぐ気付く。さしもの神風も、白鳳の爆弾発言は真実と悟らざるを得なかった。
(まさか)
神風の胸の最奥におびただしい針が突き刺さった。驚きでも怒りでもない。身体から力が抜け、鬱々の波が心を覆い尽くしていく。白鳳とDEATH夫の間にいったい何があったのだろう。不意に湧き起こった未知の感情に戸惑い、ひたすら途方に暮れる神風だった。


TO BE CONTINUED


 

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