*隣席のひと*



僕の隣の席のひとは僕より33歳も年上だ。
結構大きな電気機器関係の会社を経営しているらしいけど、
学歴がないことを前から気にしており、
会社に余裕が出てきたのをいい機会と、
一念発起してこの高校に入学したという。


僕はもう中学のころから、ほとんど学校へは行ってなかったのに、
義務教育だからと勝手に卒業させられてしまった。
勉強なんて大キライだし、実生活ではなんの役にも立たないと思う。
だけど、民生委員のおじさんや親戚が「せめて高校くらいは・・・・・。」
とウルサイので、仕方なく入ってやったのだ。
とは言うものの、僕の学力で全日制の普通高校はとうていムリなので、
結局この定時制高校に落ちついた。
ちなみに昼間はガソリンスタンドでバイトをしている。
年齢を3歳ごまかして働いているが、店長は何もいわない。
多分、ばれてるに違いないのにね。


あのひとは初日、いきなり教科書を忘れてきた。
直前まで会議で忙しかったみたいだ。
一応、実生活でそれなりの地位を得ているのに
どうしてそこまでして学びたいのか、僕にはちっともわからない。
けれども、「教科書を見せてくれ」のたった一言が言えずに
ちらちらこっちをうかがっているしぐさが、なんだかカワイくて気にいってしまった。
もちろん教科書は見せてあげたし、そのあといろいろ話もした。
中卒とは思えないくらい経済や文学を始め、いろいろなことを知っていたし、
僕のとったノートの誤字脱字も直してもらった。


あのひとは決して僕の初歩的な間違いを笑ったりしない。
分数や小数の掛け算、割り算ができなかった時も、
時間をかけて一から丁寧に解き方を教えてくれた。
今まで出会ったどんな教師よりも、
あのひとの説明は優しく、暖かく、そして分かり易かった。
「君は機知もあるし、頭の良い子だ。」
こんなこと言われたのは初めてだ。不覚にも目頭が熱くなってしまったよ。


学歴なんてなくたってこれだけ博識なら十分じゃないかと僕は考えるけど、
どうやらオトナの世界はそう単純なものではないようだ。
あのひとは誰よりも早く来て予習をし、先生にも一番たくさん質問してる。
相変わらず授業はちっともおもしろくないけど、あのひとを見ているだけで、
なんだかどきどきして楽しくなってくる。どうかしているね、僕は。


今度、下駄箱にラブレターでも入れておこうかなあ。
あのひとがどんな顔をするか楽しみだ。ふふ。
でも、添削されないようにちゃんと辞書を引いて書かなきゃね♪



TO BE CONTINUED


 

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