あなたの誕生日なんて来なければいいのに。

*第三新東京モナムール～番外編*

（・・・・・・・・・・駄目か・・・・・・・・・・・。）
駅の改札を出て、東口の方に歩いていくゲンドウだったが、そこからでも色とりどりの傘の花が目に止まる。どうやら雨足は強くなる一方のようだ。
（・・・・・・・夕方からだと言っていたではないか・・・・・・・・。）
自然相手の天気予報を鵜呑みにする方が間違っている。しかも出掛けにシンジから傘を持っていくことをあれだけ勧められたにもかかわらず、億劫がって手ぶらで出て行ってしまったのだ。次回作の打ち合わせのため、久しぶりにネルフ書院を訪れたゲンドウ。社長であると同時に旧知の友でもある冬月はじめ編集部員たちと和やかなひとときを過ごし、すこぶる上機嫌で会社を出たところまでは良かった。だが、突然雲行きが怪しくなり、焦る間も与えずに雨が降り出してしまった。それでも彼は列車の揺れに身を委ねつつ、駅に着くまでには何とかなるだろうと楽天的に考えていた。ところが、何とかなるどころか今やスコールを思わせるような激しい降り。ゲンドウはすっかり途方に暮れた。
（コンビニでビニールの傘を買って間に合わせるか・・・・・・・・・。しかし・・・・・・・・・・。）
碇家の大蔵大臣シンジはそのようなムダがもっとも嫌いなのをゲンドウはよくわかっていた。それに残念ながらコンビニまではちょっと距離があるので、現在の雨量ではそこにたどり着く前にびしょ濡れになることは目に見えている。
（まさかこんなに早く降りだすとは・・・・・・・・・・。）
けれども、そう考えたのは何もゲンドウだけではなかったようだ。恨めしそうに天を見上げながらため息をつく人々の群れがそれを物語っている。
（・・・・・・・・・・・・・・・家に電話するか・・・・・・・。シンジにはイヤミをいわれるだろうが・・・・・・・・・・・・・・・・。）
そう決断して公衆電話の方へ戻ろうとしたゲンドウだったが、考えることは皆同じ。緑の電話機の前にはすでに長蛇の列が出来ていた。
（・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。）
しぶしぶ列の最後尾に並ぶゲンドウ。手持ち無沙汰なので駅構内の人々の様子などを観察し始める。
（祭日だからさすがに子供連れも多いな。こんな天気になって生憎だった・・・・・・・・・・・・・。）
ふと構内でしゃがみ込んでいる少年が目に止まった。
（・・・・・・・全く、最近の若者はなっとらん。電車の中だろうと街頭だろうとお構いなしに座りおって・・・・・・・・・・・・・・・！？）
遠目に苦々しく見ていたその少年がこっちに向かって手を振っているではないか。あまつさえ投げキッスまで。
（・・・・・・・・・・・・・・・・・カヲル・・・・・・・・・・・・・ーー；；。）
ゲンドウは身体中の力が一気に抜けて行くのを感じた。

「あ～もう待ちくたびれちゃったよ。何してたんだい？打ち合わせとか称しておいしいものでも食べてたんじゃないだろうねえ。」
「あんなところで座り込むな。」
「だって疲れちゃったんだもん。」
「いい若いものが何を言っとるか。」
「その言いかた、思いっきり年寄入ってるなあ～。こんなことじゃ困るよ。先生には僕の恋人として誰に披露しても恥ずかしくないようなステキなオジサマになってもらわなくちゃ♪」
「誰が恋人だって・・・・・・・・・・・・・・（ーー；；）。」
ワナワナと拳を震わせるゲンドウ。
「怒ってばかりいると血圧上がるよ。ほら、そんな顔しないで。せっかく傘持って迎えに来てあげたんだからさ。」
カヲルは艶然と微笑んで傘を差し出した。思わぬ救援にほっと一息つくゲンドウだったが、良く見るとカヲルは傘をひとつしか持っていないようだ。
「この傘を私が使うとして、お前はどうするのだ？」
そのセリフが終わらないうちにカヲルは弾けるように笑い出した。
「あはははは・・・・・・いやだなあ、先生。僕がただあなたに傘を届けに来ただけだと思ってたの？もちろんこの傘は僕たち二人で使うんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか・・・・・・・・・・・・・(ーー；；）。」
ゲンドウの胸の中ではイヤな予感が縦横に駆け巡っている。その予感を全く裏切らずにカヲルはこう返してきた。
「そ。恋人達の定番、相合傘。よりらぶらぶ度が上がるように傘も一番小さいのをわざわざ持ってきてみました～（*＾＾*）。」
「・・・・・・・・・コンビニで傘を買って帰る。」
ゲンドウは荒々しくそう言うと踵を反そうとした。
「え～、いいの？そんなムダ使いしたらシンジ君怒ると思うなあ。せっかくのご馳走、食べさせてもらえなくなるかもよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・（ーー；；）。」
「それどころかプレゼントも貰えなかったりしてね。ふふふ。」
そう、何を隠そう今日はゲンドウの４９回目の誕生日なのである。今ごろシンジは父のために腕をふるってスペシャルディナーを作成しているころだ。いつも言いたいことを言ってはいるが、この不器用な父の愛すべきところも息子はちゃんと理解していた。
「晩ごはんは先生の大好物のしゃぶしゃぶと野菜の天ぷらとたけのこ御飯と和風海鮮サラダに加えて、前菜まであったよ。えーと確かデザートは・・・・・・・・。」
すらすらとメニューを読み上げるかのようにゲンドウに聞かせるカヲル。なるほど。今日という日を十分踏まえた心尽くしの取り合わせだなとゲンドウはかなりご機嫌になっている。
「ふふふ・・・・・・・この年になっても誕生日が嬉しいのかい。」
ゲンドウのそんな様子を見逃さずにすかさず突っ込むカヲル。
（・・・・・・・・いつもながらへらず口ばかり叩きおって・・・・・・・・。）
けれども言い返したところでその10倍の攻撃が浴びせられるだけだと分かっているので、もはや放任状態だ。
「さあ、わかったら一緒に相合傘で帰ろうよ。ねっ。」
（・・・・・・・・・・・・・止むを得んな・・・・・・・・・。）
元はといえば自分の自然に対する認識不足が招いた事態なのだ。この程度のことは我慢すべきであろう。そう自らに言い聞かせて、ゲンドウはカヲルの申し出を渋々受け容れることにした。

「もっと離れて歩けんのか。」
仏頂面でボソッと呟くゲンドウ。カヲルはゲンドウの左腕に縋りつくように自分の右腕を絡め、磁石のようにぴったりとくっ付いている。
「イヤだよ。これくらい近づいていないと濡れちゃうもの。この服、先週買ったばかりなんだよ。」
傘はゲンドウが持っているので、カヲルが降りしきる雨の洗礼を受けないようにするには、確かに過度の接近は不可欠だった。
（それにしても・・・・・公衆の面前でベタベタし過ぎだ・・・・・・・・・・・・・・ーー；；。）
人前でいちゃつくバカップルなんぞはもっとも忌み嫌うような気性のゲンドウである。現在のこの状態が著しく彼の信条に反したものであることは想像に難くない。
「ふふふ・・・・・・・こうしてると僕たち恋人同士に見えるかなぁ？」
いつになくはしゃぐカヲル。この程度のシチュエーションでさえ、めったに遭遇する機会がないのだ。今までの華麗なる遍歴からすれば、こんなことで喜んでいる自分自身が信じられなかった。
（・・・・・・・・・僕もたかだか相合傘ごときで満足しているなんてね・・・・・・・・・。）
しかし、せっかくこうして並んで歩いているのにゲンドウは気の利いたセリフひとつ言えない。いや、それどころか必要以外に自分から話しかけてくることすらない。しかも、それは今、このときに限らず、常にそうなのだ。カヲルから必死に話題を振って、やっと一言二言答えが返ってくるのだが、大抵「うむ。」とか「ああ。」とかの相槌レベル。これではとても会話とは呼べない。二人が出会ってからすでに９ヶ月近く経っていてこれである。
（・・・・・・・・僕と話していても楽しくないのかなあ・・・・・・・。）
悲しいかな、世代が違い過ぎて、共通の話題は皆無に等しい。ゲンドウがもっと新しいことに関して進取の精神を持った大人だったら良かったのだが、昔ながらのオヤジの王道を行く男。一方、カヲルは流行の最先端を突っ走るこれまた典型的な今どきの少年。これでは接点を探すほうがムリというものだ。

　「あれ？碇先生、こっちじゃないよ。」
突然、ゲンドウが最寄りの帰り道とは別の小径に入っていったので、取り残されそうになったカヲルが素っ頓狂な声をあげた。でも、ゲンドウは全くお構いなしで、どんどん奥へと進んでいく。
「これじゃあ遠回りになっちゃうよ。シンジ君たち待ってるのに。」
「黙って歩け。」
やっと口を開けば、命令口調でただ一言。それきりまた大股で歩き続けるゲンドウ。
（ちぇっ、なんだい。）
しかたなくゲンドウの横で貝になって、置いて行かれないように急ぎ足で追いかけるカヲルだったが、心の中は完璧にたそがれ気分だ。
（はああ・・・・・・・・・・どうして僕、こんなことしてるんだろ。）
めったにないことなのだが、ため息が後から後からこぼれ出てくる。
（せっかく相合傘までこぎつけたのに・・・・・・・・・・こんなはずじゃなかったのになあ・・・・・・・・・・・・。）
ここまで考えて、恨みがましくゲンドウの横顔を睨みつけては見たものの、当のゲンドウは全く動じる様子がない。カヲルのそんな表情にも気づいているのかどうか怪しいものだ。なぜなら、駅から出てここまでの間、一度たりともゲンドウはカヲルと視線を合わせようとはしなかったからである。
（しょうがない・・・・・・。言葉がダメなら態度でアピールしてみようかな。）
なんとか気を取り直して、カヲルはより一層ゲンドウに密着してみた。もはや、これくらいしかアプローチする術がなくなっている。
（どーせ、また文句言われるんだろうけど、もう聞きなれてるし、いいや。）
ところが、予想に反して、ゲンドウは何も言わないばかりかカヲルの絡みついた両腕を振りほどこうともしてこなかった。ただただ無言で歩いていく。心なしか歩調も緩やかになってきており、カヲルの速度に合わせてくれてるかのようだった。
（あれ・・・・・・・・・・・・？）
駅前通りと打って変わってここには人の姿も殆どない。この天気では無理からぬところだ。降りしきる雨の中を寄り添って静かに歩んでいく二人。２００メートル近く過ぎたあたりだろうか、不意に見なれた景色が飛び込んできた。
「あ、白金台公園だ。」
振り返れば、ここから全てが始まったと言っても過言ではない。ゲンドウがカヲルを見初め、毎日通ったこの場所も、カヲルが碇家で暮らすことになってから訪れることはなくなっていた。
「葉桜がキレイだね。」
花のように雨に負けることもなく、一層鮮やかさを増す緑を眩しそうに仰ぎ見るカヲル。そんなカヲルの姿をゲンドウが横目でこっそりと見つめている。
「・・・・・・・・・・この前のお花見は楽しかったな。」
桜が満開のころ、ネルフ書院主催の花見の宴が催され、カヲルもゲンドウやシンジと一緒に参加したのだ。もう、カヲルはすっかり碇家の一員として認められていた。
「来年は二人きりで行きたいねえ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ゲンドウは答えない。でも、日頃のようなあからさまな否定の意思も示さなかった。
（・・・・・・・・・・・ちょっと恋人気分だなあ・・・・・・・・・・・*^o^*。）
思いがけない展開にウキウキするカヲル。その時だ。
「あ、碇先生。めずらしいですね、こんな時間に。」
不意に誰かに呼び止められた。その瞬間、恐ろしいスピードでゲンドウがカヲルの腕から自分の腕を引っこ抜いたのは言うまでもなかった。
「・・・・・・ああ、君か。今日は出版社のほうへ打ち合わせに行っていたものでな。」
振りかえるとそこには馴染みの眼鏡店の主人の人懐っこい笑顔があった。
「突然、降って来ましたよねえ。碇先生は大丈夫だったんですか？」
ここで黙っているカヲルではない。
「僕が迎えに行ってあげたんだよ。大切な碇先生が風邪でもひいたら大変だもの。」
言い終わらないうちに再びゲンドウの腕にしがみつこうとするカヲルだったが、さすがにその気配を察して、押し留めるゲンドウ。
「よせ、人前でみっともない。」
人前でなければ、まんざらでもなかったくせに。
「碇先生、この少年ですか。引き取った親戚のコというのは。」
カヲルの素性については、世間向けにはこんな説明でお茶を濁していた。第三者にカヲルを同居させる羽目に陥った正確な経緯を語る必要などないのだ。
「表向きはそうだけどねえ、実は僕、碇先生の愛人なんだよ。」
（・・・・・・・・・・・・また始まった・・・・・・・・・全くちょっと甘い顔をするとすぐこれだから・・・・・・・ーー；；。）
だが、ゲンドウも最近はあまり神経質にはなっていない。なぜなら・・・・・・・・・・・・・。
「ははははは・・・・・・・・(^o^)。こりゃあいい。よりによって愛人だなんて・・・・・。でも、スゴイ美少年じゃないですか。どーですか？先生、ひとつ真面目に考えてみたら・・・・・・・・・。」
そう、誰一人本気にしないことがよ～くわかったからである。要するにどっしり構えてさえいれば、あとは相手が勝手に冗談だと受け取ってくれるのだ。しかし、相手の茶化すような態度と反比例するように、カヲルの表情はいつでも険しく切なげで、時には諦めさえ混じった眼差しを投げかけた。そんな反応を見ると可哀想だとは思うのだが、これが現実なんだとゲンドウは考える。仮に自分とカヲルが本当の恋人同士だったとしても、１００人が１００人ともそうは見てくれないに違いない。当たり前だ。カヲルは自分の息子とたった１歳しか違わないのだから。

　カヲルは俯いたまま一言も話さなくなってしまった。甘えてベタベタしてくることもない。静穏な中に暖かい雰囲気が漂っていた先程とは一変して、重苦しい沈黙が二人を包み込んでいる。こういうときにカヲルを励ます気の利いたセリフが言えればいいのだが、もちろんゲンドウにそんな才覚はない。
（・・・・・・・・・・・・困ったな・・・・・・・・・・。）
カヲルには常に明るく溌剌と振舞っていて欲しかった。カヲルの暗い顔なんて見たくもない。
（・・・・・・・・・・・いったいどうすれば・・・・・・・・・・。）
顔にこそ出ていなかったが、内心激しく困惑するゲンドウ。そんな彼の動揺を知ってか知らずか、カヲルがやっと口を開いた。
「・・・・・・・・・あなたの誕生日なんて来なければいいのに・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「そしたら一年ごとに僕と年齢差が詰まるから、少しはあなたと釣合いがとれるようになって、あなたも僕のこと本気で考えてくれるかもしれないもの････・・・・・・・・・・・・。」
カヲルと初めて会ってから、まだ二人の間には何もない。カヲルの執拗なまでのアタックをゲンドウは時には焦り、時には怒り、また時には心揺らされながらも結局全てかわしてきていた。けれどもカヲルはどんな拒絶を受けようと決してあきらめようとはしない。ゲンドウの心とて木石で出来ているわけではないのだから、そのような一途な気持ちが嬉しくないはずがなかった。確かにどんなに美しくてもカヲルは男だし、その上息子シンジと同世代。普通だったら恋愛対象としては考えられない存在だ。世間的にもそんな関係が受け容れられるとは到底思えないし、週刊誌の格好のネタにされるのは間違いないだろう。それにもかかわらず、真摯な思いの前では諸々の障害などどうでもいいような気すらしてきている。、今年に入ってから、亡き妻ユイの夢を一度も見たことがないゲンドウなのだ。
「今のままじゃ、誰にも僕たちのこと、恋人同士だって認めてもらえないし････････。」
別に恋人でも何でもないのだから当然である。
「･･･････・・・・･お前らしくないな。他人の目なんて気にしないのではなかったのか？」
「でも････････でもさ・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり一度くらいは･･･・・・・・・・・・････。」
そこまで繋いで、急に口篭もるカヲル。日頃はまわりの状況お構いなしで言いたいことをしゃべりまくるのに、いったいどうしたことなのだろう。その柄にもない躊躇いがゲンドウの興味を誘った。
「････・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一度くらい何だ？」
好奇心に引きずられて、元来、詮索好きではないゲンドウが、いつもなら決してしない類の問いかけをしてしまった。いや、実のところはカヲルを困らせてやろうという年甲斐もない悪戯心の方が大きかったかもしれない。その狙い通り、明らかにカヲルには戸惑いの色がうかがえた。日常のナマイキぶりはどこへやら。落ち着かない目線が妙に愛くるしい。先ほどのような沈んだ顔とは違い、こんなカヲルだったら新たに見せられるのも悪くはないな、などと密かに満足に浸っているゲンドウ。その耳に、カヲルの呟きが聞こえてきた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お似合いとか・・・・・・・・言われたいなって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ぶっ！！」
あまりにも普段のキャラクターに似合わないセリフを聞かされて、ゲンドウは思わず吹き出してしまった。こんなことはもう10年以上もなかったような気がする。
（・・・・・・・・・・・・ここで笑うか・・・・・・・・・・このオヤジ・・・・・・・ーー；；。）
せっかく堪えていたのにいきなり恥ずかしさがこみ上げてきた。カヲルだってこんな言葉が自分に全然そぐわないということはよく解っている。でも珍しくゲンドウの方から尋ねてきたから、仕方なく形にしたのに、この仕打ち。カヲルの頬が見る見るうちに朱に染まってきたのは恥じらいのためか怒りのためか。そんな様子を見られまいと慌ててそっぽを向くカヲル。ゲンドウはまだ含み笑いをしている。だが、今度のそれは可笑しさというより、むしろ、カヲルの照れ隠しが可愛らしく感じられたからだった。

　「傍からみて似合いに見える二人でも実態は冷めているということは世の中にはいくらでもあるぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「互いの気持ちさえ通じ合っていれば、他人からどう受け取られようが構わないではないか。」
諭すように語るゲンドウの顔を、じっと見つめるカヲルの瞳が心なしか潤んでいる。ゲンドウからこんなことを言ってくるなんて夢にも思わなかったのだろう。驚きと嬉しさがないまぜになった表情はいままで見たこともないような可憐なものだった。
（・・・・・・・・・・・はっ！！・・・・・・・・・・し、しまった（＞＜）。これではまるで私とカヲルが相思相愛みたいではないか・・・・・・・・・。）
いまごろ自分の発言の意味することに気づくゲンドウだったが、もう遅い。カヲルは熱い眼差しでゲンドウをうっとりと見上げている。
（違うぞ、カヲル。お前は誤解している・・・・・・・・・・・・・・・ーー；；。）
「・・・・・・・碇先生・・・・・・・・。・・・・・・・・僕、ウレシイよ（*＾＾*）。」
しかし、その誤解を解くヒマもなく、感極まった口調でカヲルに話しかけられてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・ホントは最近落ち込んでたんだ。いくらあの手この手で口説いても先生はちっとも相手にしてくれないし、やっぱり僕ではあなたには相応しくないのかなって。所詮、あなたと対等の関係にはなれないのかなって思ってた・・・・・・・・・・・・。」
ゲンドウは何も答えない。と言うより、どう返していいのか分からなかった。いつもワガママで強引でしたたかで、人の迷惑顧みずにゲンドウに迫ってるようにしか見えなかったカヲルが、こんなにも思い悩んでいたなんて、不覚にも今の今まで気づかなかったのだ。
「でも、ちょっとは可能性出て来たなあ。ものの譬えとは言え、先生があんな表現で説明してくれるとはねえ・・・・・・・・・。」
カヲルもゲンドウの発言を100％鵜呑みにして舞い上がっているわけではない。話の流れでついつい出てしまったのだろうということもちゃんと察している。けれども、それですらこの９ヶ月間で一番希望を持たせるに十分過ぎる内容だった。
「・・・・・・・・・ふふふ・・・・・・もうちょっと頑張ってみようかな・・・・・・・・・(＾o^)。」
最後にこう締めるとこぼれるような笑みをゲンドウに投げかける。危なくつられて口元が緩みそうになったゲンドウだったが、なんとか耐え抜いた。これ以上カヲルに期待させてはいけない。カヲルには平凡でも普通の恋愛をして、普通の家庭を持って欲しいとゲンドウは思っている。あと10年たったら、カヲルはまだ２５だが、自分は５８。すでに初老の域に差しかかっているといってもいい年齢ではないか。若いカヲルの貴重な歳月を自分などのために浪費させるわけにはいかない。されど、カヲルを他所に移す踏ん切りもつかなかった。ホントは高校進学を機にそうしようと目論んでいたのだが、実行に移せないまま、ずるずると今日まで来てしまっている。
（・・・・・・・・・・・・・・・いずれは決断せねばなるまい・・・・・・・・・・・・・・・。）
しかし、いつ、と言われるとはっきりとは特定しかねるゲンドウであった。まだまだこの宙ぶらりんな関係を続けていたいのだ。もはや後戻りできない岐路に立たされるその時までは。

ようやく二人は家に到着した。心なしか雨足は弱まってきている。
「遅くなっちゃったね。シンジ君たち待ちくたびれてないといいけど。」
カヲルの言葉には答えず、名残惜しそうに傘をたたむゲンドウ。どうやら遠回りもシナリオ通りだったようだ。
「プレゼントもあるんだよ。乞うご期待♪」
楽しげに言ってカヲルはにっこりと微笑む。その輝く笑顔さえあればプレゼントなど要らないとまで考えてしまうゲンドウだったが、こんな感情をカヲルに気取られてはならない。
「碇先生、何もたもたしてるんだい。置いてっちゃうよ。僕、もうお腹すいちゃったあ。」
ぼんやり立ち尽くすゲンドウを促すカヲル。
「・・・・・・う、うむ。」
内心の葛藤はこれっぽちも見せずにゲンドウはインターホンのボタンを押す。
「シンジ、今帰ったぞ。」
大きな扉がゆっくりと開いて、彼らを優しく迎え入れた。

ENDE

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