*ふるーつ・おポンチ〜9*



「雨が降ってきたみたいだね。」
話に夢中になっている時は気付かなかったが、只今午前2時15分。さすがに4人ともちょっとお疲れで、会話も途切れがちだ。そんな彼らの耳に突然の雨音はごく自然に入り込んできた。
「え〜!?天気予報じゃそんなこと言ってなかったのにい。僕、傘なんて持ってないよ。」
「私もよ。でも、この雨足だったら俄か雨だと思うけどな。」
「朝になるころには止んでるんじゃないか。」
「だったらいいけど・・・・・・・。」
いつもだったらとっくの昔に就寝している時刻だが、彼らの先はまだ長い。まわりを見渡しても、ある者は木製の簡易イスで、ある者は下に敷いたマットに横たわって、またある者は壁に寄りかかったまま床に腰を落としてと、それぞれの形で睡眠モードに突入している。このあたりでしっかり睡眠を取って体力を温存するのだろう。
「なんだか、皆眠ってるみたいなんだけど・・・・・(^^;;)。」
「そりゃあ、そうさ。なんたって明日の朝10時過ぎまで、ここで並びつづけるんだもんな。少しは休まないと持たないよ。」
「僕お腹すいちゃったあ〜(><)。」
現状の認識から思いっ切り外れたカヲルの叫びが、エントランスホールに響き渡った。
「カ、カヲル君、さっきデニーズで食事したじゃないか。」
さすがに空腹に耐えきれなくなったので、8時頃に他の徹夜組にことわって、外に食事を取りに出たのだ。シンジたちに限らず、それぞれが交代で夕食を食べに出かけていた。
「コンビニでお菓子を山のように買ってなかったか?」
日中の光景を思い出すムサシ。
「そんなのもう全部食べちゃったよ。ああ〜、もうお腹ペコペコ〜。」
相変わらず我慢という言葉を知らないカヲルに、3人もすっかりあきれ顔だ。
「・・・・・さっき、3人前は食べていたわよね。」
「デザートも4種類くらい注文してなかったか・・・・・・。」
「僕が残した分も綺麗さっぱりたいらげてくれたんだよね、カヲル君。」
小声で口々に呟く3人。もちろんそんな気配をカヲルが察するはずがない。ゴミ箱に捨てられたコンビニ弁当の容器をモノ欲しそうに眺めている始末だ。
「あ!!まだフライが残ってる!!!」
目標に駈け寄ろうとするカヲルを、当然シンジたちは全力で阻止した。
「よせよ。誰かが捨てたものじゃないか、あんなの。」
「だってぇ〜、僕エビフライ大好きなんだもん。」
「そういう問題じゃないわよ。もっと人間として誇りをもちなさいよ〜。」
「いいんだよう、食べ物さえ口に出来ればそんなもんどうだって。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」(×3)
彼らは悟った。たとえ、自分たちがどんなに適切なアドバイスをしようとも、カヲルの”食べたい”という欲求を抑えることは不可能だということを。ならば、ここで取るべき方法はただ一つ。
「・・・・・・・じゃあ、またさっきのコンビニで何か買ってこようか・・・・・。」
「やったあ\(^O^)/!!!!!」
一般的には生物活動停止時間にもかかわらず、元気一杯で飛び跳ねるカヲルに3人は苦笑している。けれども、打ち寄せる波の音にも似た激しい雨音が、再び彼らの耳を劈いた。
「・・・・・買いに行くのはいいけどさ、この天気だぜ。」
「コンビニに着く前にびしょ濡れになっちゃうわよ。」
「ええ〜、そんなあ。せっかく食べ物たくさん買えるのに〜(><)。」
カヲルの嘆きを背中で聞きつつ、ごそごそとリュックを弄るシンジだったが、不意に中からひょいと折りたたみ傘を取り出したではないか。
「ほら、カヲル君。これで外へ行けるよ。」
「うわ〜い!!シンジ君、スゴイや。用意周到だね(^o^)。」
「ホント、よく持って来たわね。」
「日中は快晴だったし、まさか雨が降るなんて思ってもみなかったよ。シンジ君は慎重で偉いな。」
シンジの準備の良さを口々に褒め称えるカヲルたち。けれども、シンジからすれば、カヲルの無軌道な振舞いに比べたら、天気のほうがまだ扱いやすいと思う。何しろ常識も良識も皆無のカヲルである。どんな無謀な要求をしてくるかわかったものではない。だが、それを却下せずになんとか叶えてやろうと尽力してしまうところが、シンジの良く言えば優しさ、悪く言えば押しの弱さなのであろう。





「じゃ、さっそく買い物に行こう行こう〜♪うわーい、シンジ君と相合傘だねえ〜(#^.^#)。全く気が利くなあ、シンジ君は。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ーー;;)。」
露骨に不服そうな顔を見せるマナの前で、目一杯得意げな顔をしながら、嬉しげにシンジに寄り添おうとしたカヲルだったが、その前に差し出されたもう一本の傘。
「・・・・・・・・・・シンジ君・・・・・・・・・・これ何だい?」
「カヲル君の分だよ。いや〜、念のため二本持ってきて良かったよ(^o^)。」
「な、何だよう、シンジ君。余計なことをして〜。ちっとも良くないよう(`ヘ´)。」
せっかくらぶらぶ相合傘を目論んでいたのに、あっさりと計画が崩壊してぶーたれ顔のカヲル。今度はマナが反撃する番だ。
「さすが、シンジ君ね。渚先輩の分まで傘を持ってくるなんて、物事を先の先まで考えている証拠だわ。うーん、ますます夢中になっちゃう♪」
言い終わらないうちに、彼女はシンジの傍らへ素早く移動して腕を回そうとした。だが、無論カヲルが黙っちゃいない。ふたりの間に強引に割り込む。
「あいにく、これからシンジ君は僕といっしょに買い物に行くんだよ〜だ。霧島さんはムサシ君と留守番しててよ。」
「・・・・・こういう時だけは素早いのね・・・・・。でも、いいわよ。こんな大雨の中、わざわざ出て行きたくないし。買ったばかりのスカート、びしょ濡れになっちゃうわ。相合傘にならないとわかったから、もう安心だしね〜。」
「ふ〜んだ。せっかくだからこれからシンジ君とブティックホテルに泊まっちゃうもんね〜(>冊<)/。」
とんでもないことを大声で叫ぶカヲルに焦りまくるシンジ。
「ち、ちょっと、よしてよ、カヲル君(@@;;)。知らない人が聞いたら誤解するじゃないかあ。」
「・・・・・大丈夫、その心配はないよ。すでに皆とっくの昔に眠ってるし・・・・・・。」
ムサシの一言であたりを見渡すと確かに今現在、起きて活動してるのはシンジたち4人だけだった。ホントのところ、彼らとて決して眠くないわけではないのだが、初めての徹夜経験に少々、いやかなり浮かれて気分がハイになっているため、睡魔も封印され未だに元気を保っているのである。まだ、雨が降り続く深夜の街をカヲルとシンジはコンビニ目指して歩き出した。カヲルの相合傘の主張も空しく、カヲルは黄色い傘、シンジは青い傘をそれぞれさして、浮き始めた水が激しく跳ねるアスファルトを踏みしめていく。
「なんだか寒くなってきたなあ。」
日中が暖かかったのでわりと薄着で来てしまったシンジだったが、ここに来てはっきりと肌寒さを覚えていた。
「シンジ君もかい?僕もだよ。やっぱり僕たち気持ちはひとつなんだねえ。」
「・・・・・・・・・・こう言っちゃなんだけど、別に僕らじゃなくたって同じことを感じると思うよ。4月でもさすがに夜中は底冷えするものなんだなあ。」
「もお、シンジ君ったら、ちゃんと僕の言ったことに答えてくれなきゃあダメじゃないか(`ヘ´)。せっかく”気持ちはひとつ”って言ってるんだから、ここで相槌のひとつも打ってくれなきゃ。」
そんな催促に乗るシンジではない。むしろ、カヲルと”ひとつのぽんちな気持ち”になるのは頼まれても御免蒙りたかった。押し黙っているシンジにカヲルは不服そうだったが、めげずにすぐ次のアプローチに出る。
「これ以上寒くなったら、カラダとカラダで暖めあおうね(^^)。そうなれば心もカラダもひとつさ♪」
にこにことこんなベタなセリフを恥ずかしげもなく言うカヲルに、ますます口を開く気力を無くすシンジだったが、悲しいかなカヲルはちっともそんな様子に気づかない。
「あ、コンビニが見えてきたよ。今度は何を買おうかな?」
店の明かりに早くも浮立ち、足取りも軽く小走りになっている。カヲルの状況を問わない底抜けの明るさにはいつもながら感心させられる。シンジ自身はむしろいろいろなことを引き摺って落ち込むタイプなので、このカヲルの能天気さに救われたことも1度や2度ではなかった。今更、面と向かって感謝の言葉をかけるのも照れくさくて躊躇われるが、困ったところも数多くあれど、それを加味しても心の奥底ではカヲルのことを得がたい友人だと思っているシンジだった。




大きなコンビニの袋を下げて、戻ってきたカヲルとシンジの目に入ってきたのは楽しそうに談笑するマナとムサシの姿だった。
「やっぱりお似合いだと思うけどなあ、あのふたり。何とかならないものかなあ〜。」
カヲルは彼らをくっ付けて恋敵を排除するという計画をまだ捨てていないようだ。
「そんなこと僕たちが気にする問題じゃないだろ。こんなに買ってきたんだから、さっそく食べたらどうだい?」
そうカヲルを諭したシンジだって、彼らの仲については、過去のムサシの暴言の真相込みでかなり心に引っ掛かっているのだが、一応の決着を見た問題を再び蒸し返すわけにはいかなかった。
「うん、そうする。シンジ君も一緒に食べようよ〜。」
「・・・・・い、いや、僕はいいよ。まだそんなにお腹空いてないし。」
「ふーん。シンジ君って少食だねえ(^.^)。」
君の胃袋が底無しなだけだよ、と小さく呟いてみるシンジだったが、もちろんカヲルは全然聞いていない。早くもスナック菓子の袋を全開して、豪快にパクついている。
「あら、シンジ君と渚先輩。いつの間に帰ってきてたの?」
「戻ってるんだったら一声かけてくれればいいじゃないか。」
なにしろ活動している生命体が皆無に等しいエントランスホール。ふたりの帰還はすぐに見つかってしまった。
「あ、なんか楽しそうに話してたし・・・・・。」
「ふぉうふぉう。ふぉいひふぉほうひみふぁいはっはひょ(そうそう。恋人同士みたいだったよ)。」
相変わらず、食べることとしゃべることの二者択一が出来ないカヲル。
「いやだぁ。何、気を使ってるのよ。どうせ楽しく語らうんだったら、シンジ君のほうがいいに決まってるじゃない〜(*^_^*)。渚先輩は食べるのに夢中だし、こっちに来ていろいろ話しましょうよ。」
「そうだよ、人数が多い方がいろいろな話題が出て面白いぜ。」
にこやかにシンジに参加を促すふたりだったが、もちろんカヲルが割って入ってきた。
「ひょっとはってひょ。ほうひてふぉふふぉふぉかふぁふぁふへひふるふぉふぁ(ちょっと待ってよ。どうして僕を仲間ハズレにするのさあ)。」
誰も理解できない暗号と化したセリフを発するカヲルに3人もどう答えたらいいものやら思案顔。
「・・・・・・・・カヲル君、しゃべるか食べるかのどっちかにしようね(^^;;)。」
ようやくこれだけ絞り出したシンジにカヲルが返した答えはもちろん
「ひゃあはべるひょ(じゃあ、食べるよ)。」
だった。



夜明け前。空が白々と明るくなってきた。が、それと同時に寒さもピークをむかえる頃だ。徹夜したことがなければ、この時刻の春先とは思えない底冷えするような寒さを想像することは難しい。厚手の上着でも持ってきていればまだしも、さすがのシンジでさえ、そこまでの準備はしてこなかった。
「ウエ〜ン。寒いよう〜(><)。」
とにかく困難に耐性のないカヲルが、真っ先に泣き言モードに突入した。仮眠を取っていた人々もさすがに目を覚ましており、やはり寒さに凍えているようだ。ごく一握りの徹夜経験者はダウンジャケットなどをしっかり持参してきており、まわりの連中の羨望のまなざしを受けていた。
「さ、寒いわねえ・・・・・・・。」
「さっきからの雨が拍車をかけたってカンジだな。」
一瞬のにわか雨と思いきや、勢いを弱めながらも雨は渋太く降り続いており、さらにまわりの熱を奪って行く。
「明け方がこんなに寒いものだったなんてえ〜。」
カヲルが震えながらボヤく。だけど、逆にこれは絶好のチャンスかも!!と閃いたらしく、愛らしい笑みをたたえながら、シンジにこう切り出した。
「シンジ君、これはもう抱き合って暖めあうしかないよ(#^.^#)。そう考えるとこの寒気も神様の贈り物かもね♪」
にこにこしながらシンジにしがみ付こうとするカヲルだったが、シンジは無言のままリュックから何やら取り出してカヲルに手渡す。
「ええっ?これは・・・・・・・・・。」
使い捨てカイロだった。続けてマナとムサシにも同じものを渡すシンジ。
「シンジ君、どうしてこんなもん持ってるんだ?」
「さっきカヲル君とコンビニに行った時に偶然見つけてね。念のために買っておいたんだ。役に立ちそうで良かったよ(^o^)。」
カヲルがあれこれお菓子を選んでいる間にこっそり購入したらしい。たとえこんなささやかな暖房手段でも、今の彼らにとっては十分ありがたいブツだ。
「ありがとう、シンジ君(^o^)。ホントにシンジ君って気が利くのね。」
「シンジ君、悪いな。遠慮なく使わせてもらうよ。そうだ、会場外の自販機に暖かいコーヒーがあったっけ。あれも暖房代わりになりそうだな。さっそく買ってくるよ。あ、もちろん俺のおごりだから(^.^)。」
素直にシンジに感謝の気持ちを表わすマナとムサシだったが、ひとりカヲルだけは口を尖らせ、肩を落としている。
「・・・・・・・・・つまんな〜い。シンジ君、どうして余計なことばかりするのさ〜。ぶ〜ぶ〜(`へ´)。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(^^;;)。」
皆のために良かれと思ってやったことを、自分の都合だけでこんな風に否定されてはたまらない。しかし、カヲルの一連のブーイングは全て自分に対する好意から来ているものだと思うと、無下に怒ることも出来ず、ただただ苦笑するしかないシンジであった。




「前から5列目かあ。」
「結構良い席が取れて良かったわね。」
「このあたりが一番見やすいんだよね。」
結局、頑張り抜いた4人は目出度くチケット購入に成功したのだ。
「みんな、よく粘り抜いたわよねえ。」
「でも、いざチケットを手に入れたら、気が抜けて一気に眠くなってきたよ。さっそく帰って寝よう。」
確かにもう全員体力の限界に来ている。なにしろ殆ど立ちっぱなしで一夜を過ごしたのだ。
「カヲル君もよく頑張ったね(^o^)。」
シンジはカヲルに労いの言葉をかけずにはいられなかった。不平不満が多かったとは言っても、ちゃんと一般に混じって徹夜してチケットを買ったのだ。日頃の努力や我慢のかけらもない生活態度から考えれば見上げたものだ。
「うん、シンジ君と一緒だから頑張ったよ(#^.^#)。ちゃんと買えて良かったね。あ〜あ、でももう眠たくて倒れそうだよ〜。」
確かにいつもはくりんとした瞳がしょぼしょぼしている。早寝遅起き、12時間睡眠のカヲルが、限界まで耐え抜いた結果だろう。
「だけど、こうやって努力の成果が形になって現われるのはウレシイものだな。」
「ホント。月並みな言い方だけど、このチケットは血と汗と涙の結晶ね。」
「なんだか達成感さえ感じるよね。いつもこんなことは出来ないけど、たまには悪くないなあ。」
「うん。ひとりじゃちょっと心細いけど、みんなでワイワイ言いながら貫徹するのも良きかなってとこ?でも美容にはサイアクね〜。これからたっぷり睡眠取って取り返さなきゃ。」
「そのときは苦しいことがあっても、乗り切るとあとでいい思い出になるよな。」
チケットが買えたことで、昨夜の苦労もすっかり吹き飛んだ3人。誰の表情も穏やかだ。
「どう?カヲル君もまたこんな経験してみたいと思うだろ?」
優しく微笑みながらカヲルに問いかけるシンジだったが・・・・・・・・・。
「シンジ君、正気かい?もう、僕、こんなの絶対イヤだよ。お腹は空くし、寒いし。やっぱりチケットは伯父さんに頼んで手にいれるのが一番さ。つくづく思い知ったよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カヲル君・・・・・・・・・・・・(ーー;;)。」
「僕、楽して良いとこ取りの人生が目標なんだもん。余計な苦労はしたくないや〜。シンジ君も今度こんな機会があったら、早めに教えてよ。頼んどいてあげるから。ねっ(^o^)。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」(×3)
言うような気はした・・・・・したけれど、ここまで堂々とストレートに主張してくるとは・・・・・。あまりにも己の心の声に忠実なカヲルのセリフに、徹夜開けで疲れ切っていた他の3人はもはや突っ込む気力さえなく、無言のまま帰宅の途についたのであった。


TO BE CONTINUED


 

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