*運命なんかじゃないけれど*
観光地からは程遠い、誰も知らない針葉樹の森。
その最も奥まったあたりで轟く滝つぼの裏には、ひっそりとサンタクロースの集落が隠れている。
僕はこの里でただひとりの子供だ。
物心つく前に長老の家に引き取られて、もう幾年が過ぎたのだろう。
ここは現と夢との狭間の世界ゆえ、下界とは時間の流れが違うらしい。
何年経っても僕はちっとも成長しない。皆はそのうち大きくなるって慰めてくれるけどね。
毎年定められた日にソリに乗って、プレゼントを配り歩くというのは、
実はサンタの仕事のうち、ほんの一部分でしかない。
日頃はプレゼントの資金を稼ぐため、街に出稼ぎに行ったり、
子供用のおもちゃをこしらえたりしている。
僕は幼いのでまだ配達の仕事はさせてもらえず、
毎日おもちゃ工場で働いている。
退屈な単純作業だけど、半人前だからお金は稼げないし、
手作業の精巧なおもちゃの作成なんてとてもムリだ。
いずれは挑戦してみたいとは思ってるけれど。
この集落では僕が一番若い。それどころかここにいるのは老人たちばかり。
誰もが孫のように可愛がってくれる。だけど、ちょっと物足りない毎日かなあ。
そんな或る日、里に新しい住人がやってきた。
顔中髭だらけの冴えない中年男。
けれども、今まで爺さんしか見たことがなかった僕にとっては十分好奇心を掻き立てる存在だ。
それに初対面のはずなのに、なぜかこみ上げるような懐かしさを感じたんだ。
ちょっとワクワクして、せっかくこっちの方から声をかけてあげたのに、
露骨にそっぽをむかれてしまった。ちぇっ。
ショックと怒りでふくれていたら、長老が「あの男こそお前が前世で会うべきだった半身だ。」などと言う。
なんだよ、それ。つまり、僕はヒゲオヤジと出会う運命にあったってこと?
そういうのってイヤだな。自分のことくらい自分で決めたいよ。
長老のセリフが心に引っ掛かって、わざとオヤジを避けるようにして来た僕だけど、
どうにも気になってたまらない。だってアイツ、救いようがないくらい不器用なんだもん。
作業の段取りを覚えないから、何度も同じ失敗を繰り返す。はっきり言って工場でも足手まとい。
プライドからか照れからか、決して誰にも教えを請うたりしないし、
無口で愛想がないため、話し相手さえ出来ず、いつもひとりぽつねんと立っている。
やたら背が高いだけに、その寂しげな姿は一層目に焼きつくけれど、別に同情なんてしてあげないよ。
そうさ、しょせん僕とは何の関わりもないひとなんだから。
なのに、工場長に叱責されてうなだれるオヤジを見ているのが段々辛くなってきた。
最初はざまあ見ろって鼻で笑ってたはずなのに。
とうとう、僕は自発的にオヤジにいろいろ教えてやるようになってしまった。
アイツは最初こそ迷惑そうな素振りを見せてたけれど、
内心では自分のダメダメぶりを自覚していたのだろう。
息子くらいの年齢の僕のいうことを素直に聞くようになった。
そうなるとなんだかカワイク思えてくるから不思議だね。
毎日反復練習するうちに徐々に作業のコツを飲みこんできたし、
要領は悪くても真面目な努力家なので、
数ヶ月もすると、オヤジはすっかり熟練工の手さばきを身につけて、
2.3人前の働きをするようにまでなった。
褒められて得意げなアイツに僕の教え方が良かったからだねと笑いかけたら、
大真面目な顔で頷かれて、かえってこっちのほうが面食らったものだ。
そんな経緯で、少しずつ僕たちは打ち解けていった。
時間があるときにはふたり一緒に過ごすことが多くなった。
あのひとは寡黙だから、会話は殆ど弾まない。
僕があれこれ捲し立てて、あのひとはうんうんとうなずくばかり。
でも、こうして同じ空間にいて、同じ時間の流れに身を委ねているだけで、
なんだかとても満ち足りた気分になれるんだ。
どうやら僕は完全にあのひとのことを好きになってしまったらしい。
もちろんそれは運命なんかじゃなくて、僕が自らの意志で選び取ったこと。
だけど、あのひとも初めて僕の顔を見たとき、なぜか懐かしい感じがしたんだって。
それは長老の”前世で会うべきだった半身”という言葉と関係あるのかなあ。
やっぱり気になったので、長老ににじり寄って問い詰めたら、
「そんなことを言ったかの。最近物忘れが激しくてのう。」と
とぼけるばかりで、結局何にも教えてもらえなかった。
僕の心を乱す問題発言をしておいて、肝心な時にはボケ老人の振りなんて許せないね。
まあ、もうどうでもいいや。とにかく今の僕はあのひとのことが大好きなんだもん。
今年のクリスマスを前にして、とうとう僕にも配達の区域が割り当てられた。
しかも、あのひとと一緒に東方面の第17ブロックを担当することになった。
待望の外回りの仕事で、小躍りして喜んだ僕だったけど、
考えてみれば、一度たりとも外の世界を見たことがない僕に、
ちゃんと目的地までたどりつくことが出来るんだろうか。
僕が地図を片手に不安そうに視線を泳がせていると、
あのひとが静かだけど、力強い声で「任せておけ。」と優しく肩を抱いてくれた。
たったそれだけなのに、とても心が落ち着いて、どんなことでも出来そうな気になってくる。
でも、プレゼントのラッピングはまだまだ僕には遠く及ばないみたいだね。
今にも降り出しそうな満天の星の下、僕たちは初めての配達に出かける。
ホワイトクリスマスじゃないのがちょっぴり残念だけど、
こうして一緒にお仕事を続けていけば、いつかはそんな夜にも行き当たるはず。
これが運命だなんて絶対認めないけど、あなたと出会えて良かった。
ねえ、あなたもきっとそう思ってくれてるよね。
ENDE
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