世の中、人間づきあいは色々で。
それにまつわる悩みも色々で。
他人にとってはかなりどーでもいいことが悩み事になるかと思えば、その逆もしかり。
他人から見れば喜ぶべきことも、悩みの種になったりする訳で。
雑然のしたマンションの一室で、男が一人、凹んでいた。
事務用の机になついている、その傍らには、黒いPET。
肩までもある長めの黒髪と、うっすらと顎を覆う無精ヒゲ。
ネビュラから秘密裏にネットワークを開放するチーム・オブ・カーネルの指揮官、バレル。
作戦行動中は強い精神力と意志力に引き締められた口元、透徹した知性の宿る瞳――見た目は少しくたびれた三十男だが、風格すら漂わせる男が。
ダレていた。
瞳も口も半開きで、しまりのないことこの上ない。
「〜〜〜〜……どうしたもんかな、カーネル〜」
机になついたまま、バレルは傍らのPET内の相棒に問う。
「これで三回連続でカレーだぞ、カレー。しかもその内二回はMAHA壱番屋だぞ、MAHA壱番屋。
いや、MAHAのカレーは確かに美味いがな、美味いがこう、もっとさあ〜違うものを御馳走したいワケで」
「贅沢だな、バレル」
しかしバレルの相棒ナビ、カーネルは容赦がなかった。
「ブランド物をねだられる世の男共に比べればマシだろう」
「そりゃそーだが…て、随分俗っぽい反応だな」
「お前が軍事や戦闘以外の知識も増やせと言っていたからな。
少々人間同士の“お付き合い”関連の情報を漁っただけだ」
「……ロックマンに手伝ってもらってか?」
「そうでもしなければ、何処から手をつけてよいかすら分からんからな」
どこか誇らしげに胸を張るカーネルに、バレルはこっそりと薄い笑みを浮かべた。けれど口調はそのままで、まぜっかえす。
「そこ、えばるトコじゃないだろう」
「だが間違ってもおらんはずだ」
ロックマンに手伝ってもらいながら、それら人間同士のお付き合い――有体に言って恋人同士関連の掲示板やら雑誌の記事やらを拾い読みをして、カーネルには余計な知識も増えた。
ちなみに『恋人同士』関連の知識を収集したのは、バレルが、熱斗とそーゆーお付き合いを希望しているからだ。
『犯罪だから、ソレ』、即効で仲良くナビ二人はツッコンだ。
熱斗の方もまんざらでもなさそうなのが、ロックマンには悩みの種だったりするのだが。
そして、そうして得た『余計な』知識の中でカーネルが不思議だったのは、ブランド品を欲しがる感覚だった。どうして、特に世の女性陣がブランド物を求めて東奔西走するのかが、理解出来なかった。
時計や財布といった実用的なものは、まだわからないでもない。それまで培ってきた技術や歴史といったものに付加価値をつけているのだろう、とは予想される。丈夫で長持ち、というのは、軍人も求めるものであるから。
しかし、中身がほとんど入らなそうなバッグ、どこが変わったのか首を傾げる程度しか変わらないデザインの靴、ロゴが入っているだけにしか見えないネックレス――それらに大金を払ってまで手中にしたい感覚は、理解不能だった。
ただ単に、希少性に値段がついているだけなのかもしれないが。人間、『限定生産』や『季節限定』など限定物や、希少価値の高いものを欲しがる傾向にあるからだ。
そして恋人へのプレゼントとしても求められるそれらブランド品は、当然、おいそれと買える値段であるはずがなく。給料三カ月分の、バッグやネックレスなど、正気の沙汰とは思えない。それらに汲々としている体験談を読むと、バレルの悩みは、本当に贅沢としか思えない。
要するにバレルは、もっと熱斗のために散財したいのだ。
しかし、光熱斗はネットバトルの腕は大人顔負けだといっても、小学六年生――つまりは子供なワケで。
しかも親御さんの教育の賜物か、そこら辺の礼儀もわきまえていて、おいそれと、他人に高価なものをねだるのを良しとしない。
何より、育ち盛りの彼にとり、物欲より、食欲。
バレルが熱斗に「欲しいものはないか?」と訊くと十中八九返ってくる答えは「カレー!!」。
「…いや、もう少し高いもの頼んでもいいんだぞ?」
と付け加えても
「んじゃね、スペシャルトッピングの大盛りカレー!!」
と笑顔で返される始末。
しかもおねだりされるカレー屋は、元WWWの面々が営むMAHA壱番屋。街中にある安く!おいしく!がモットーの店だ。当然、味のわりにお手頃価格で、一万どころか五千ゼニー持っていっても、十分、お釣りが出る。
かと言って、下手にカレーを却下すれば、
「ごめんなさい!!いっつもおごってもらっちゃって!」
ともっと安い、コンビニおにぎりやハンバーガーになるか、でなければ奢ってもらうことすら辞退してしまう。なかなか良く出来たお子さんだった。
「とても光熱斗らしく、私はこのまま彼が真っ当に成長してくれることを願うがな」
冷静で常識的なカーネルの意見に、それでもバレルは不満だった。
「まーな。そこが熱斗君らしくて可愛いところだとは思うがなー」
唇を尖らせ、上目遣いでPETに視線を送る。
そのどこか拗ねた様な表情に、カーネルの眉間に皺がよる。
「…机になついて、上目遣いで唇突き出して拗ねて見せても、三十男がやると気色悪いだけだから止めろ…!!」
情け容赦なく斬り捨てる。
「そんなことをしても可愛気があるのは、光熱斗か、彼と同年齢までの子供ぐらいだ」
「ちょっと待て、何でお前が熱斗君のその表情を知っている!?」
聞き捨てならないカーネルの科白に、それまでのだれだれな雰囲気も何処へやら、バレルはPETをひっつかんだ。
その表情を知っている、ということは、カーネルも熱斗の拗ねた時の表情を見たことがあるということだ。
「一体、何時、何処で見た!」
つーか、油断なんねー、とバレルは自分の相棒に胡乱な視線を向ける。
「愚か者!!ロックマンがネビュラに囚われた時、私を光熱斗のナビにしたのはお前だろうが!!」
激しくPETを揺さぶられながら、必死でカーネルは反論する。見当違いの抗議に腹も立つが、何よりPETの中は、ANSAの宇宙飛行士の対G訓練並みに大揺れだった。
「あ、そういえばそうだ」
ピタッとPETが止まった。急に止まった反動で、さしものカーネルも重心がずれてズッコケる。
「…もういいから!!」
画面の端に両手をつきながら立ち上がり、堪えきれずにカーネルは吼えた。
「そんなことをしているヒマがあったら、とっとと光熱斗宛のメールを書け!!
もうすぐ日付が変わるのだぞ!!またメールを届けるのが遅くなるではないか!!」