ばり ばり ばり ばり ばり ばり ばり ばり
「…全く、バレルにも困ったものだ」
ばり ばり ばり ばり
ぼり ぼり ぼり ぼり ぼり
二拍子で噛み砕かれた焼き菓子が、凄い勢いで減ってゆく。
「結局また、深夜に届けることになったではないか!」
ぼやきながら、カーネルはぐいーっと湯飲みを傾ける。ごくごくと喉仏が二、三回上下し、一気に飲み干してしまったようだった。
『まずーい、もう一ぱーい』というナレーションが流れるCMのような飲みっぷりだった。怒りに任せてダンッと勢いよく置かれた湯飲みに、ロックマンは間髪入れず、お茶を注いだ。一気飲みをしても大丈夫なように、少し、ぬるめに。
深夜二時の、光熱斗のPET内部。
今、この時のPET内部を、他の人間でも、ナビでも目にしたら、目が点になり、固まってしまっていただろう。
カーネルは、光熱斗のPET内でロックマンと深夜のティータイム中だった。
ロックマンの個室に当たる光熱斗のPET内部には、こげ茶色のちゃぶ台が一脚、置かれている。
ちゃぶ台の上には、黒く大きめの湯飲み茶碗と、お菓子鉢、赤土色の急須に、コバルトブルーの細身の湯飲み茶碗。脇に置かれた白い保温ポット。
典型的な、昔懐かしのニホンの茶飲み風景だった。
けれど、そこに座っているのがナビだと――というより、カーネルだと、はっきり言って、ヘンだった。
ウルトラセブンとちゃぶ台を囲んだメトロン人並みにシュールな光景だった。
二人は、そこで差し向かいに座っていた。
ロックマンは正座、カーネルは胡坐をかいている。
ちなみに、今晩のおやつは、電脳豊島屋の電脳鳩サブレー十六枚詰め合わせ、である。
カーネル持参の品だ。
ついでに今、彼が使用している黒々とした、現実世界の寿司屋で使用されるような大きな湯のみ茶碗も、カーネルのマイ湯飲み(持参品)である。
「んー…まあ、僕はナビだし、人間の熱斗君達と違って、あまり眠らなくていいから、このぐらいの時間だったらかまわないよ?」
パリッと鳩サブレーの頭を齧りながら、ロックマンは曖昧に笑った。
「それよりカーネル、ちゃんと味わって食べてる?」
しょりしょりと自分の正面で丁寧に食べるロックマンの姿に、カーネルもいささか頭が冷える。
ばり ばり ぽり
「すまん。先ほどから、私ばかりが食べていたな。
客が持参の菓子を自分で食べ尽くすなど、本末転倒だ」
律儀にカーネルは頭を下げた。
「気にしないで。僕一人じゃ食べ切れないし、誰かとお茶するの、好きなんだ」
にこやかなロックマンの表情に、カーネルもかすかに口元を緩めた。
「そうか。では、今度は何がいい。
希望があればきくぞ。遠慮するな。どうせバレルの金だ」
「カーネル……それは、ちょっと…」
歯に衣着せないカーネルの言いっぷりに、ロックマンは内心冷や汗をかいた。
というか正直、普段は冷静沈着、不言実行なカーネルが、こんなにバレルとざっくばらんな関係とは思わなかった。対等というとカッコはいいが、何だかビミョーに、違う気がする。
これでカーネルが実体化出来たら、バレルとドツキ漫才でもしそうな勢いだった。
「僕は好き嫌いないから、何でもいいよ。
カーネルは?カーネルは何か食べたいものある?
この間食べた羊羹、気に入っていたみたいだけど」
「気に入るというか」
カーネルは茶を啜りながら、ロックマンの発言に訂正を入れる。
「軍事用ナビである私に、お前達民間ナビのような味覚にあたるものはない。
だからこれら」
カーネルのマニュピュレーター状の右手が、鳩サブレーを掴む。
「に対して、『おいしい』とは感じることはない。
これらを噛んだ時の歯触りといった触感――いや食感というべきか――の違いを楽しんでいると言うべきだろう」
「ふーん……」
パリン、とロックマンは両手で鳩サブレを割った。この割った時の指の力のかけ具合とか、音とかを楽しんでいる、てことか、と少年は自分の言葉で組み直す。
かなり味気ないんですけど、人生。
「だからこの間の羊羹か?あれは今食べている『鳩さぶれー』――――…何故鳩の形にしたのだ、わざわざ」
突然、かなりどーでもいい疑問にぶち当たったようだが。
「……まあ、いい」
チームリーダーは、その疑問をアッサリ放り投げてしまった。
「『鳩さぶれー』と違い『ようかん』は明確に噛み砕く感触がなく、歯につきそうでつかない不可思議な感触が興味深かったのだ」
「じゃあ、羊羹と鳩サブレー、どっちの食感がカーネルの好み?」
「『鳩さぶれー』 か。音が出るのが興味深い」
「音か…」
ロックマンはしばし考え。
「じゃあ、ニホンのおせんべいなんてどう?鳩サブレーより硬いから、音も出るし、歯ごたえもあるし」
「うむ。せんべいだな。了解した。後でシャドウマンに協力を要請しよう」
ロックマンの提案に、一人納得して頷くカーネルを見ながら、青い少年は少し、遠い目をした。
つい先日、そのシャドウマンに詰め寄られたのだ。『お主達の色恋沙汰に、拙者を巻き込むな…!』 と。どうやら、カーネルのマイ湯呑み購入時に、つき合わされたらしい。
また文句が来るなー、と諦めに似た推測が浮かんだ。