ばり  ばり

   ぼり  ぼり

 

しばらく二人の鳩サブレーを食べる音だけがPET内に響いたが。

「大体」

不意に、カーネルが口を開いた。

「そんなに光熱斗を喜ばせたいのなら、別の方法をとればいいのだ」

どこかあきれたように、空を見つめながら吐き出した。

「あまりにも忙しく、構って遣れないから、金を使ってやりたいんだろうが、一歩間違うとダメ大人の典型だぞ、それは」

「まあねー」

ショリ、と、ロックマンも鳩サブレーをかじる。

「気持ちは分からないでもないんだけどねえ」

もちろん、金銭でだって愛情は示せるし、それも一つの方法だ。だが、それだけではダメなワケで。

「愛情を、金銭でまかなおう、てのはねえ……大体熱斗君、モノでつられるタイプじゃないし」

「カレーには釣られるがな、全力で」

「…………」

的確すぎるカーネルの批評に、ロックマンはあさっての方を見てごまかす。否定できなかった。

「まあ、だから炎山君も苦労してきたんだけど」

ロックマンの口から出てきた、バレルのライバル候補の名に、カーネルは話を元に戻した。大企業の副社長とはいえ、小学生相手に本気で張り合おうとしているバレルに大人気ないと頭が痛いが、言うだけ無駄なので、放っている。

「もっとも、そちらの方が簡単ではあるが手間もかかり、ついでに、金はもっとかからんがな」

「別の方法?」

カーネルの矛盾した表現に、ロックマンは素直に首を捻った。

「時間を、与えてやればよい」

目線をひたり、とロックマンに合わせ、カーネルは断言した。

「光熱斗のために、一日は無理かもしれんが、せめて半日だけでも、雑務をすべて排除し、ずっと一緒にいてやればよいのだ。

そうすれば、そこがたとえバレルの部屋の中であっても、食事が宅配ピザでも、光熱斗はとても喜ぶだろう――私の推測は間違っているか?ロックマン」

「ううん…きっと熱斗君、凄く喜ぶと思うよ」

ゆっくりと首を横に振りながら、ロックマンは微笑んだ。

だが、今のバレルは、対ネビュラ戦略に関してほぼ一人で請け負っているようなものだった。各関係機関への根回しやら、情報収集、情報分析、リベレートミッションの立案――もし、それらを半日でもストップさせようとするのなら、そのために、バレルはどれ程の仕事を前倒ししなくてはならなくなるのだろう。

カーネルが『手間がかかる』と表現したのは、そのことだ。

そして、同時に『やっぱり似てるよね、バレルさんと』と思った。

ナビとオペレーターは似た者同士だとはいう。

ナビがオペレーターのためを思い方策を考えているように、オペレーターもナビの行動を手助けしようとしている。

大体、この深夜のお茶会も、始めからこの形ではなかった。

カーネルがバレルのメールを届けに来て。

だが、大抵その時間は熱斗が眠ってしまっている深夜で。

「――――返信を待っている訳でもないのに、三十分も何をしているんだ?」

というバレルの当然の疑問に。

「ロックマンと会話しています」

と正直に答えるカーネルもカーネルだが。

おそらく、バレルは気付いたのだろう。

メールの往復の度にたわいのない会話を繰り返す、自分達に。

「カーネル、そういう時は、お茶菓子の一つでも持っていくもんだ」

そういって、手土産を持たせてくれたのだから。それがこの間の羊羹であり、今日の鳩サブレーであり、今度もって来るだろうせんべいだ。

「茶菓子でもあれば、会話が続かなくても間がもつからな」

そんなアドバイスまで付け加えて。

何て似ているんだろう、と思った。

バレルが熱斗とうまくいくように考えているカーネルと、

カーネルがロックマンと仲良くできるようにアドバイスしてくれたバレルと、

――――本当に、二人はよく似ている。

それが何だか嬉しくて、ついつい笑いがこぼれてしまう。

そしてそれは、何だかとても幸せな実感だった。

「……熱斗君ね、パパが忙しい人じゃない?

だからね、結構忙しい人にはワガママ、言わないんだよね。

『もっと一緒にいて』とか『もっと遊んで』とか。

そりゃ、一、二度は言うよ?言うけど、それでおしまい――自分が、お仕事の邪魔しちゃいけない、て分かってるんだ。

だから、もし、バレルさんが熱斗君のために時間を作ってくれたら、熱斗君、凄く、凄く、嬉しいと思うよ」

その時の、熱斗の笑顔を想像するだけで、ロックマンの顔に自然に笑みが浮かぶ。

「そうか。ではバレルには、とっとと報告書を仕上げるように働きかけるとしよう」

心底嬉しそうなロックマンの表情に、カーネルも目を細める。言っている内容に、容赦はなかったが。

「やはり光熱斗に言われるとキくようで、おかげで煙草の本数が減ったぞ。

おまけに、髭も以前より剃る様になったしな」

煙草吸い本人は気付かないものだが、その体には煙の臭いが染み付いている。髪にも、服にも、肌にも、染み込んでいるその存在はいわば、人間燻製だ。そしてその匂いは、当然、タバコを吸わない者には、かなりキツイ代物で。

先日、熱斗は、彼を抱きしめたバレルに「――――バレルさん、何かケムいんだけど…」と告げたのだ。ちなみに髭の件も、別の日に「ヒゲが当たってちょっと痛いんだけど…」と伝えてある。

とりあえず、抱きしめるぐらいはナビ二人にとっては許容範囲だ。

以後、相変わらずバレルはタバコを吸ってはいるが、量が減った。灰皿+350ml空き缶使用・簡易灰皿に溢れるほどだったのが、灰皿一つで納まるようになった。さらに、量に気を配るようになった。それだけでも、カーネルにしてみれば大進歩である。

「じゃ、僕はそのために熱斗君が宿題ちゃんと終わらせるように、言っておくね。

宿題終わらなくて、バレルさんと遊べない、なんてことになるなんて、熱斗君もイヤだろうから」

それに、宿題やってて、分からなかったらバレルさんに教えて貰える――話しかけるきっかけになるし、と内心付け足す。

「それがよい――では、そのように」

「うん。お互いがんばろーね」

お代官様と越後屋の悪巧みの相談のノリで、顔を見合わせる。

こうして、ナビの間で、お互いのオペレーターの生活習慣改善運動は着々と進められていた。

オペレーターのあずかり知らぬところで。

 

 

 

カタツムリ 枝に這い

神 空にしろしめす

 

全て この世は こともなし