「 以上が、ダークチップファクトリーと思しき地点だ」
ヒグレヤ・仮説司令室で、カーネルはシャドーマンの前にいくつかのデータを提示していた。
「では、後ほど探索に向かおう」
データを一瞥し、シャドーマンはダークチップファクトリー所在予想地の確認をする。詳細は、後でこれらのデータをコピーすればいい。
ダークチップファクトリーの所在地=ネビュラの本拠地だ。
ここを叩けば、ネビュラの息の根を完全 でないにせよ、八割方、止められるはずだ。
「任せたぞ。供給元を叩かねば、被害は増えるばかりだ」
「心得た」
シャドーマンは、次の自分の任務の決定に、プラグアウトしようとした。
「ところでシャドーマン」
投げかけられた低い声に、足を止めた。
後で、足を止めなきゃよかった…!と激しく後悔したが。
「それとは別に、頼みたいことがあるのだが」
淡々とカーネルは続けた。
「何だ」
「私用なのだか」
――――イヤな、予感がした。忍びとしての第六感が、警戒音を鳴らしている。
「美味いせんべい屋を教えてくれ」
思わず、目をむいた。咄嗟に上がりかけた間抜けな声を、何とか喉に押し込むことに成功する。
一瞬、呆気に取られた。
今の今まで、対ネビュラの策を練っていた、戦の話をしていたその口で、せんべいとは、茶菓子の話とは、貴様の中で、ネビュラの根絶と菓子の話は同価値か――ッ!!
シャドーマンは内心激しくツッコンだ。
「…何故そんなものを所望する…」
突っ込む代わりに、低く押し殺した声で問う。
イヤな推測はあった。当たっても嬉しくはないし、当たったとしても、掛け金の配当だってきっと最低のハズだ。
だが、彼のチームのリーダーは、そんな煩悶も知らずにあっさりと応えた。
「ロックマンが」
「あい分かった」
カーネルの答えを、とっととシャドーマンは遮った。
「皆まで言うな」
やっぱり、予想通りだった。
このアメロッパ製の黒い軍事ナビが奇天烈な行動をするとき、そこには十中八九、ニホン製の青い民間ナビが絡んでいる。
正直、分かりたくなんかなかったが。
「さすがだな、シャドー。話が早い」
――――そこで、感心などしないで欲しかった。反射的にシャドーマンは手裏剣を投げつけたくなる。
「私用にお前の力を借りるのは契約の範囲外かもしれんが、他に頼める者もいないのでな。
すまんが頼む」
カーネルは真摯に頼んでくる。
「それに、私に『味』はわからん。
子供にも食べやすいものを頼む」
ロックマンに持って行く手土産なのだから『子供にも』という条件が出てくるのだろうが。
軍事用ナビであるカーネルには、ある種のデータを『味』と認識することもできないというのに。
「それでも、相伴するのだな」
「ああ」
当然、というようにカーネルは頷いた。
「ロックマンとお茶を飲むようになり、バレルが光熱斗に食事を奢る気持ちが分かるようになった。
誰かが、嬉しそうに、楽しそうに食事をしているのを見ているというのは、精神が安定し、緊張を緩和させるものなのだな。
『和む』というのはこういうことなのかと実感した」
しみじみと述懐するカーネルに。
「とぁ !!」
裂白の気合を込めて、シャドーマンは忍者刀を上段から振り下ろした。
カーネルの眉間を狙った白刃は、男のビームサーベルに遮られた。
低い音を立てて、刀の柄とサーベルの持ち手にあたる部分が擦れる。
「唐突だな」
シャドーマンの突然の斬撃を、カーネルは平然と受け止めた。
覆面の下で、シャドーマンは顔をしかめた。
カーネルは、自分が今、どんな顔をしていたのか、自覚しているのか、と内心の苦虫を噛み潰す。
ロックマンとのお茶の話をしていた時 普段が普段なだけに、少し目を細めただけで、少し、口元を緩めるだけで、柔和な表情になるのだ。
しかも、色ボケしたかと切りかかったとしても、今のように軽くいなされ 。
「 そういえば、いつでも私の隙を狙え、と言っていたな。
まだ、私はお前が従うに値するか」
平然と言い放つその様は、他者の上に立つことを当然とする威厳すら、漂わせ。
殺気と気合を十二分に込めた攻撃を受けても、顔色一つ変えず。
以前と変わらない技のキレ。
――――その、落差。
シャドーマンは、踵(きびす)を返すと、そのままプラグアウトした。
「頼んだぞ、シャドーマン。
ファクトリーの件と…せんべいを」
――――どうする、と正直思わないでもない。
闇の仕事人として、せんべい購入などという仕事を受けるか。
忍びとして、そんな仕事も出来ないのかと思われるのに耐えられるか。
二つのプライドの、落差に。
悩みながらも、電脳世界を赤マフラーをなびかせて、濃紫の忍びは駆け抜けていった。