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二 人 へ 5 |
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『他に何か訊きたいことはあるか』 「えー…」 寝っ転がったまま、熱斗は考えたが、急にそう言われると浮かばないものだ。というか、ありすぎてどれから口にすればよいのか分からない。 「何か注意事項とかはないの?カーネル」 熱斗の代わりに、ロックマンが使用上の注意について尋ねた。 「ビヨンダートだと、10分実体化したら3時間、間をおかないとダメだったんだけど…後、一日の使用回数とかは?一日何度使ってもいいの?」 『かまわん、使いたいだけ使え』 簡潔すぎる言葉に、二の句が告げなくなる。 他の誰も持ちえない超技術の結晶を、何の制限も、副作用も無く使い放題と言うのは、RPGゲームで、ゲーム開始から使用キャラがレベル99になっているという、裏技状態に近いのではないのだろうか。 『ただ、こう言ったすぐ後に、矛盾するようだが』 「何?」 『あまり外では使わない方が無難だろう』 「何で?」 二人の少年の不思議そうな視線に、カーネルは淡々と言葉をつなぐ。 『いらぬ詮索を受けることになるからだ。 私の存在を公にすべきでない以上、誰にもらったのか口外されたくはないし、また何より、個人所有に関して、危険視されるだろうからだ』 「…一応、カーネルにも、自分が熱斗君にあげたモノが、かなりトンデモナイものだ、て自覚あったんだね」 平然と無茶な理屈で熱斗にディメンショナルチップを贈ったことから、科学技術の重要性についてカーネルの感覚が少々狂っていると思っていたが、そうではなかったらしい。 ロックマンがしみじみと口に出した感想に、カーネルも苦笑した。 『一応、今の地球では、な』 けれどすぐにその苦笑を消し、静謐な瞳を再び真っ直ぐに熱斗に向ける。 『だからもし、誰かにこのチップを奪われそうになったり、誰かから詮索を受けそうになったら、その時は躊躇うな。迷わずチップを破壊しろ。 必要であれば、また同じものを渡そう』 その瞳に込められた強い意思に、熱斗の心も引き締まる。自然、ベッドに転がったままの上半身が起き上がる。 『わかったな、光熱斗」 カーネルの改めての念押しに、熱斗は背筋を伸ばした。 今彼から送られたものは、それだけの価値と、同等の危険性をはらんでいるのだ。 「――なんかさ、バレルさんからの、サバイバルナイフみたいだな」 意識せずに、そんな感想が零れ落ちた。 『サバイバルナイフ?』 「これだね、熱斗君」 ロックマンが、勉強机に置かれたままサバイバルナイフに手を伸ばした。 「うわっ!重いね、これ」 それから、パソコン内のカーネルにも見えるように持ち上げる。ロックマンの、子供の手には大きすぎる金属の塊の存在感に、二人の少年の目は、自然に吸い寄せられる。 「今年のバレルさんからの誕生日プレゼント、そのナイフと、蒼い万年筆だったんだ」 『ほお…万年筆は、バレルが最後に購入した品だな。商品名が、とても気に入っていたのを覚えているぞ』 最後に、と言うことは、バレルが亡くなった年に購入された品だと言うことだ。その証言に、熱斗の心は僅かに痛んだ。 「…そう、なんだ…」 声が沈んだ熱斗を引き上げるように、ロックマンは明るく感想を口に出した。 「本と、凄いよね。刃の部分はキラキラしてるし、峰にはのこぎりみたいなギザギザついてるし」 「凄いね、てお前、バリアブルソードとか使ってるじゃん。あれよりは小さいぞ」 「あれとは全く別。なんていうのかな…もの凄く『力』の塊だ、て感じがするんだ」 カーネルが訪れる前に熱斗がしていたように、ロックマンも刃を室内灯にかざしてみる。重厚な鋼は、人工の光にも白く、鋭く輝く。触れるだけで肉すら抉るという、凶器から受ける印象は、常にロックマンが使用しているバトルチップの刃とは全く異質なものだった。 『確かに、このディメンショナルチップは、バレルのサバイバルナイフと同種のものかも知れんな』 おもむろに口を開いた男に、少年達は視線でその先を促した。 『それ“自体”が持つ”力“は、所有するだけで、周囲には脅威となりうる。 しかし』 翠の両眼は、まっすぐに、自分を見つめる二人を見返し、言葉を続ける。 『当然のことだが、使い所を間違わなければ、有用だ。 つまりは、使い手の覚悟と、判断力の問題だな』 「どんな時に、どんな場合に、その力を振るうか――考えて、考えて。 でも、『その時』には、躊躇うな、てこと?」 『そうだ。道具が凶器となるのは、使い手によるのだから。 包丁も、カッターナイフも、本来は道具でしかない。それが凶器と変化するのは、使い手の選択だ』 二人に言い聞かせるように語りながら、同時にカーネルが思い浮かべたのは、自分がネット上で見かけた武器を持つべきでない人間達だった。 『ナイフを、人に向ければたやすく凶器となりうるものを所持することで、己が強くなったと錯覚する輩がいる』 普段、自分の電脳空間で雑多な情報収集をしているカーネルは、様々な場所の掲示板などを覗くことも多い。その中で、時折、幾人か見かけるのだ。己の不完全さ、未熟さ、恐怖を、武器となるものを人知れず握り締めることで、克服したつもりになっている人間達を。そしてその錯覚のまま、ネット上で発言している人間達を。もちろん、そういった発言をしている人間全てが、そう、だとはカーネルも判断はしない。だが、全員が、そうではない、はずがない。 何かを支えに持つこと自体は、カーネルも否定はしないし、何を支えにするかも、人それぞれだろうとは理解している。だが人知れず握り締めた武器が、一歩間違えばたやすく他者を傷つけてしまうものだということまで、考えが及ばないのが不思議だった。もっとも、他者を傷つけるからこそ、所持しようとするのか、と考え直したが。 自分を傷つけられることには酷く嫌がり、敏感であるのに、他者を傷つけることには頓着しない、その、アンバランスさを目にし、暗澹たる思いにもとらわれる。 けれど、とカーネルは自分の眼前に並ぶ少年達の神妙な面持ちに、僅かに口元を緩めた。 彼らなら、大丈夫だと思った。本来脅威となるクロスフュージョンを、その稀少性にも特異性にも引きずられること無く、他人のために、使用しているのだから。 『もっとも、お前達ならば大丈夫だと、私は思うがな』 普段が余り感情を表に出さないカーネルは、たとえわずかでも口元を緩め、目を細めるだけで、驚くほど表情が和やかになる。 その言葉と表情に込められた絶大な信頼に、熱斗もロックマンも自然、頬が熱くなる。自分達が目標とすべき相手に寄せられる信頼は、二人に改めて気概と活力と、そして気構えを与える。 二人は同時に、しっかりと頷いた。 ロックマンはきらめく刃を丁寧に鞘にしまった。 「明日、パパに頼んで鍵つきケース、買ってもらおうね」 「そうだな。管理も俺の責任だもんな」 たやすく他者を殺傷する武器が、自分達以外の手に渡らないように。誰よりも尊敬し、目標となっている人からの贈り物が、彼の人の望まない使用をされないように。 バレルから受け取ったのは、ナイフだけではない。武器を持つものの覚悟や、心構え、そして熱斗ならば誤った使用をしないという、信頼だ。 『ディメンショナルチップを送った私が言うのもなんだが、お前が使用できないだろうものを、バレルもいくら自分が愛用していたからと言って、お前に送ったりはしないだろう』 「あれ、カーネル、バレルさんもサバイバルナイフ、使ってたんだ」 『ああ。デューオとの旅の間――――――』 そこでふと、何を思い出したのか、カーネルの言葉が途中で消えた。ついでに、視線が右往左往し始める。珍しいことに、動揺を表に出している。その様子に、熱斗の好奇心はいたく刺激された。 「よし!!じゃ、カーネル、今日はそん時のバレルさんの話な!! それからロックマン、これから透君が貸してくれた対戦ゲームやろうぜ!!せっかく実体化したんだから、目いっぱい、楽しまなきゃな!」 溌剌とした宣言を、すぐに相棒兼お目付け役がたしなめた。 「て、熱斗君、明日も――てもう今日だけど、学校だよ!?日曜だけど、朝から部活動で集合だって、言ってたじゃない」 「あ、そうだっけ?」 「もう〜、忘れちゃダメだよ」 「でも、せっかくの俺の誕生日だぞ?カーネルも来てるんだぞ?もったいないよ〜」 「熱斗君〜」 夜更かしの計画を立ててしまった熱斗と、明日のためにはあまり夜更かしをさせたくないロックマンと、いつもの口喧嘩が始まりそうになった時。 『安心しろ、ロックマン』 錆を帯びた声が、二人の言い合いを遮った。 『明日の朝は、私が全身全霊をもって光熱斗を叩き起こしてやろう』 いっそ朗らかに告げられたその言葉に、人間とナビ、二人の背を冷たいモノが駆け下りた。 叩き起こす? ――…全身全霊でもって? ――――…カーネルが!? それは、想像するだに恐ろしい申し出だった。そして二人は、そろって具体的な行為の想像を拒否した。 「……ロックマン、俺、今日はバレルさんの話だけにする……」 「うん…その方がいいね…」 同じ顔を持つ二人の少年は、これまた同じこわばった笑みを浮かべながら、呟いた。 熱斗がディメンショナルチップを手に入れた今、ロックマンとの対戦ゲームを今晩にこだわる必要はない。やろうと思えば、いつでも出来る。 それよりも、カーネルだ。警戒心の強いカーネルが、熱斗のパソコンに長居する機会は、あまりない。ならばいるうちに、そしてきっかけがあるうちに、バレルの話を聞く方が優先される。バレルのこと、デューオのこと、話したい昔話はあると言っても、自分の存在を公にするべきではないと考えるカーネルとは、まだまだ話足りないのが、熱斗の正直なところだった。 「そうと決まれば!」 熱斗はPETをパソコン横のアダプタに接続した。これでカーネルもパソコン、PET間を移動できる。 「いつ寝てもいいように俺、歯、磨いてくる!カーネル、帰るなよ!!」 勢い良く自分の部屋のドアを閉め、熱斗は階段をその勢いのまま駆け下りる。 ふと、階段の途中で足を止め、振り返った。 あの何の変哲もない茶色のドアの中には、いくつもの秘密が詰まっていることが何だかおかしく、そして、誇らしかった。 実体化したネットナビに、地球外科学技術で作られたプログラムのチップにそして、何よりも、いるはずのない軍事用ナビに。 あの時――『お前達ならば大丈夫だろう?』カーネルがそう言った時。 熱斗は、バレルの存在を感じた。バレルもまた、そう自分達に語りかけたように思えた。 声は違う。もちろん、瞳の色も違う。けれど使われた言葉も、声に込められた響きも、声の調子も、そして、自分達を見つめる穏やかで暖かい眼差しも、間違いなく、バレルのものだった。 バレルを髣髴とさせるものだった。 そう、彼に伝えたら、あの心配性の軍事ナビは、どんな顔をするだろう。 熱斗の口元は自然に綻び、小さな笑みを作る。 カーネルと再会してから、何度も熱斗はバレルがそこにいるかのような錯覚を覚えた。 バレルの肉体は滅んでしまっても、バレルはカーネルと共に、カーネルの中に生きている。 そのことを、熱斗は疑わなかった。 熱斗は、その笑みを浮かべたまま、洗面台に向かった。 熱斗が飛び出して行った姿を、二人のナビは、現実世界、電脳世界でそれぞれ見送った。それから、何の気なしにお互いに目線を向け、一対の翠の瞳が重なった。 思わず、外見年齢も、性格も違う二人は、同時に小さく吹き出した。そのままロックマンは小さく笑い続けた。 「ね、カーネル」 しばらくして、声を収めたロックマンは、静かに笑っていたカーネルに声をかけた。 「何か、僕、得しちゃったね」 『得とは?』 ロックマンはカーネルに背を向け、ブラブラと室内を歩き始めた。歩きながら、照れたように両手を意味無く組んでみたり、離したりを繰り返す。 「だってさ、ディメンショナルチップ、熱斗君への誕生日プレゼントだけど、僕にとっても嬉しいプレゼントだったから」 ネットナビにとって、オペレーターと直に触れ合うということは、見果てぬ願望の一つだ。オペレーターとの絆が強固であればあるほど、たとえお互いの存在するべき世界が違うと理解していても、直接肌を触れ合わせたいと願う。しかし電脳世界と現実世界をつなぐ術(すべ)は少ない。パルストランスミッション、コピーロイド、ディメンショナルコンバーター、ディメンショナルジェネレーター……これらはどれも、今は制限がある。全く制限の無いのは、地球外科学技術の産物である、ディメンショナルチップぐらいである。 けれど今回、思いがけずディメンショナルチップが手に入った。 つまりは、「直接オペレータと、ネットナビと触れ合いたい」という願いが、叶えられたのだ。 「僕の誕生日でもないのに、僕の願いまで叶ちゃってさ。――て、ネットナビに誕生日、てヘンかも知れないけど。 だから、得しちゃったな、て」 はにかんだような笑みでロックマンは振り返る。それから、とってつけたように、ベッドの脇に大股で近づいた。 「あ〜あ、熱斗君たら、服、脱ぎっぱなしじゃない」 しゃがみこみ、脱いだままになっていた服や靴下を片付け始める。 せっせと服を畳む背中に、カーネルは静かに瞑目した。 『――――そうでもない』 緩やかに綻んでいた口元は、ゆるゆると満足気な笑みを形作る。 『今日の『これ』は、お前の分も含めた祝いなのだから……”彩人“』 深い想いが込められた呟きは、他の誰の耳にも届くことなく、電脳空間内に吸い込まれていった。 |