二 人 へ 4

 

 

 

「ええ―――!!」

「ええ―――!!」

 

二人は同時に叫んだ。叫ぶ他無かった。お互いにお互いを指差し、叫ぶ。

 

「何で?何でロックマン?」

「熱斗君?て、僕実体化してるの?何で?どうして?ビヨンダートでもないのに?」

 

ロックマンはせわしなく自分の体と周囲に視線をめぐらせる。自分のいる場所が、普段の電脳世界ではなく、熱斗のベッドの上だということに、混乱する。

ここは自分達の世界で、ビヨンダートではないのだから、実体化は不可能のはずだ。

 

「夢?夢じゃないよね?」

「そしたら俺も夢見てることになるぜ」

 

熱斗はPETを机の上に滑らせると、ロックマンに駆け寄った。

とりあえず、ロックマンもベッドから降りる。視点が違うせいか、いつもPET内から見ている部屋が別の部屋のように見える。

 

「すっげー!!本当に実体化してるよ!ほらロックマン、触れる触れる」

 

熱斗はたらされていたロックマンの手をとって握り締めた。暖かく、しっかりとした感触に、ロックマンをその手を握り返した。久しぶりの、実体での触れ合いだった。

 

「…本当だ…こうして熱斗君に触れるのも、久しぶりだね」

 

自分の手の中の熱斗の手に、ロックマンは混乱も忘れ、感慨深げに呟いた。

 

『とりあえずは、成功だな』

 

その声に、熱斗は思わず勉強机の上に目を向けた。その視界のフレームに納まったのは、パソコンの中から自分達を見つめる贈り主である黒いナビだ。

 

「どうやったんだ、カーネル?ロックマンの実体化なんて――コピーロイドは、この部屋に無かったはずだし」

「ディメンショナルコンバーター!もないよね」

「あとネットナビを実体化できるもの――て言ったら…」

 

口々に、思い当たる技術を挙げていくが、最後に思い出したモノに、その存在自体のとんでもなさに、ロックマンは呆然とした。

 

「ディメンショナルチップ……!」

「え?」

「ディメンショナルチップだよ、熱斗君!!アステロイドを実体化させた!」

「ああ!!」

 

合点がいった熱斗も半ば呆然と、再びカーネルに視線を向けた。

カーネルは、二人の興奮も穏やかな眼差しで見つめていた。まるで弟を見守る兄のように。

 

「そうなのか?カーネル」

 

確認のために、熱斗は尋ねた。

そしてカーネルは平然と肯定する。

 

『その通りだ、光熱斗。気に入ったか?』

 

そうは聞かれるが、モノがモノだけに、単純に喜べない。

 

「嬉しいし、ビックリもしたけど……」

「どうしたの、これ」

 

一番の問題は、それだった。

ディメンショナルチップは、”デューオの試練“の際にスラーがアステロイド共に世界中にばら撒いた、ネットナビを実体化させるチップである。

地球外の技術――いわば、オーバーテクノロジーの産物だ。

地球上ではいまだ為しえない、ネットナビの現実世界での実体化という、いわば奇跡を起こす仕組みについては、まだまだ謎が多い。というより、わかっていることの方が少ないのだ。

プログラムなのだから、一種の機械言語で構成されているはずだが、何故それが実体化を可能にするのか、解明されていない。何より、物質化には、本来莫大なエネルギーが必要とされるはずなのだ。

そのエネルギーを、一体どこから得ているのか。あの小さなチップと、誰もが所有しているPETから生み出されるはずが無いのに。

ディメンショナルチップは、それを可能にしている。

そして、それらの謎が、全てあの小さなチップに収納されている点も、謎の一つだった。

今も科学省では、何人もの科学者が、日夜その謎と格闘している。

けれど、プレゼンターは、彼らの苦労も知らず淡々と種明かしをする。

 

『デューオが餞別にくれたものだ』

「デューオが?」

『私とバレルは、デューオと供に宇宙を旅して来た。その後、我々を地球に戻す際に、デューオがくれたものだ』

「…そんなお土産、ありなのか?」

 

熱斗は浦島太郎が玉手箱を貰ったようなものだろうか、と少々牧歌的なことを思った。

 

『まあ、あれの侘びの気持ちもあったのだろう』

 

当時のことを思い出したのか、カーネルは苦笑を浮かべた。

 

『自分の無知のせいでバレルの運命を大きく変えてしまった、と、悔やんでいたからな。

その<迷惑料>の一つ、ということらしい』

 

熱斗達の知るデューオは、一言で言えば、頭の固いわからずやで、己の正義を信じて疑わなかった。熱斗たちの言葉を理解せず、また理解しようともしなかった、そのデューオが。

過去を悔いていたらしい。

二人の知るデューオとは、別人のようなその姿に、熱斗達にはまた、カーネルから聞きたい話が増えた。

 

「でもさ、何でディメンショナルチップ、ていうか実体化プログラムなんてくれたんだ?嬉しいけど、ちょっと意外、てゆーか」

『ああ…それは、お前が朝寝坊が多いと聞いていたからな」

 

淡々と続けられた意味不明な理由に、二人の頭には仲良く疑問符が浮かんだ。よくよく今日は、――といっても、『今日』6月11日は始まったばかりだが――疑問符が浮かぶ日らしい。

何故そんな理由でディメンショナルチップを贈ろうなどと考えたのか。

 

『ロックマンが、光熱斗、お前は寝汚くて、毎朝毎朝寝坊して、学校に遅刻しかけてばかりだとぼやいていて』

「ロックマン!俺そんな毎日って程じゃ!」

『…しないのか?朝寝坊』

 

反射的に抗議の声を上げようとした熱斗は、静かに向けられた翠の瞳にたじろいだ。

 

「……イエ、タシカニチョットネボウガオオイデス」

 

『自分が起こしても、またすぐ寝てしまって、しかもそれで何故起こさなかったと文句も言われ』

 

どうやら光家の朝の騒動はロックマンのおかげでカーネルに筒抜けらしい。

 

『どうしたら寝坊がなくなるか、と言っていた』

「……それで?」

『だから誕生祝に目覚まし時計でも贈ろうかと考えたのだ。そうすればロックマンの苦労も少しは減ることだろう』

 

そこまでは、わかった。だが何故そこで、ディメンショナルチップに変更されたのか。

 

『だが、よくよく考えてみれば、毎朝ロックマンが起こしているにも関わらず、また寝入って遅刻しかけているのだ。目覚まし時計を贈ったとしても、おそらく自分で止めてしまい、また眠ってしまうだろうことは、想像に難くない』

「……確かにね」

 

心底の同意をこめて、ロックマンは頷いた。カーネルの推測は、全くもって正しい。

 

『音声だけでは効果がないのならば、直接起こせばよいのだ、ロックマンが。

そうすれば、さすがの光熱斗も、しっかり起床するだろう』

 

淡々と、そして理路整然と述べられているが。

その内容は、贈り物同様にとんでもないものだった。

 

「――――…つまり」

 

恐る恐る、ロックマンは確認した。

 

「目覚まし時計の代わり、てことなの?このディメンショナルチップ、て」

『そうだ』

「うわー!信じらんねー!!」

 

思わずそう叫ぶと、熱斗はベッドに仰向けに倒れこんだ。

 

「思い切りよすぎるよ、カーネル」

「パパには教えられないね、熱斗君…」

 

地球外文明の、超技術の結晶であるディメンショナルチップ――それを、惜しげもなく熱斗に、子供に与えたのだ。現所有者は。

現存するナビを実体化させる技術としてはコピーロイド、ディメンショナルコンバーターなどがあるが、それらは様々な制約のこともあり、一般には出まわってはいない。コピーロイドは、ロボットを一体、製造、所有しなければいけないため、手間がかかる。ディメンショナルコンバーターは場所をとり、また大掛かりな設備も必要だ。しかし、ディメンショナルチップがあれば、まさにチップ一枚で事足りる。また、元がプログラムであるのならば、複製もたやすい。つまりは、量産がしやすいと言うことになる。

ロボット一台とチップ一枚――どちらが量産し易いかといえば、答えは、決まっている。

物質化一つをとっても、その価値は計り知れない。それがあれば、たとえばビルディングを建築する場合、鉄筋等の資材を情報化し、ネット上で運搬した後、現場で物質化して組み立てるという作業が可能になる。とすれば、資材を運搬する際の時間や手間は大幅に短縮され、簡略化される。その結果、社会における影響は、電脳世界だけではなく、流通や交通などの各分野に波及することは間違いがない。

そのため、ディメンショナルチップの解明は、新たな技術革命を起こすのでは、と期待されていた。

それを、この現所有者の黒いナビは。

たかが子供の朝寝坊対策にディメンショナルチップが使われると知れば、何人もの科学者が首を吊るに違いない。

 

 

≪  novel   ≫≫