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二 人 へ 3 |
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ナビマークのついたバックルを開き、中から青く輝く正八面体を取り出す。一見すると、電脳世界に落ちているミステリーデータのようだ。 『…開くんだ、そこ』 「てゆーか、どー見てもバックルよりでかいよ、それ」 二人のツッコミを軽くいなし、カーネルは八面体を掌に浮かべ、それを熱斗に差し出した。 『祝いだ、光熱斗。受け取れ』 「ありがとう!カーネル」 熱斗は素直に礼を述べた。が、これだけでは、渡されたものが何か、はわからない。 「で、これをどうすればいいんだ?」 当然の疑問である。その疑問に答えるのは、当然、贈り主だ。贈り主は、さりげなく、凄いことを聞いてきた。 『不必要なギガチップはあるか?』 「……いらないギガチップ、て…」 そんなギガチップは、普通はない。 ギガチップは最先端の技術で強力なデータを記録した貴重なチップである。地球外の力を封じ込めたと噂されるものや、ブルースのデルタレイエッジといった最強クラスのナビの必殺技データを記録したもの、オメガフックなど攻撃力の高いバトルチップも、それに含まれる。 そのため、レア度も他のバトルチップと比較にならず、オークションでも高値で取引されている。そしてフォルダに入れられる枚数に制限があるとしても、入手すれば、入手した人間は十中八九、手元に置く。 そんなギガチップに、黒いナビは『使用していない』ではなく『不必要』という形容詞をつけた。 『熱斗君、この間のカースオブバグは?お小遣いが足りなくなったらヒグレヤに売ろう、て言っていた』 「あ、それがあった!!」 ロックマンのアドバイスに、熱斗はリュックの中のカードケースを漁った。 「カースオブバグはロックマンが『悪』状態の時以外使えないもんな。そんで使ったらバグが回復するバグチャージと違って回復無しだし… よし!あった!」 カードケースの中から、チップを一枚、取り出す。 「カーネル、これでいいか?」 『うむ。ではそのギガチップに、このデータを入力する』 思っても見なかった、カーネルの次の行動に、二人は素っ頓狂な声を上げた。 「ええ!?」 『どうやって?』 一般的に、PET内、パソコン内に、電脳世界で拾ってきたデータを移動させることは可能だし、よく行われる。だが、チップの方にPET内からデータを移植するなど、不可能に近い。バトルチップは、フロッピーディスクやメモリーチップとは違うのだから。しかし当然の疑問に、カーネルは答えず、自分の要求を口にした。 『光熱斗、カースオブバグをPETに差し込め』 「う、うん……」 言われるままに、熱斗は『カースオブバグ』をPETに差し込むが、『悪』状態ではないロックマンでは、使用不可能だ。PET内に、メガチップを差し込んだ状態であることが表示される。それだけだ。 その表示に、黒い左手が伸びた。右手には、青い正八面体が浮かんだままだ。 不意に、八面体の輝きが増した。淡い光が一瞬の閃光を放ち、次いでスタンドライト程度の眩しさになる。脈動するように光は強弱を繰り返しながら、八面体の下方の先端部からまるで砂時計の砂が零れ落ちるようにデータが消えていく。 「な、ロックマン」 幻想的な光景を横目に、熱斗は自分の相棒にそっと声をかけた。どうしても、気になることがあるのだ。 「…どうしてバトルステーション使って訳でもないのに、チップに直接データ入力できるんだ?」 『それも問題だけどさ、熱斗君』 光の反射で奇妙な陰影を作るカーネルの横顔に目を奪われながらも、ロックマンも口を開く。 「なんだよ」 『……ギガチップの中身、まるッと入れ替えるほどのデータの中身、て何?』 ギガチップはその名の通り、大容量のバトルチップだ。それと同じだけのメモリが必要なデータ量――しかもそれは、わざわざ誕生日のプレゼントとして持ってこられたものだ。二人には予想もつかなかった。 少年達はこっそり顔を見合わせた。 八面体が、四角錐になった。 『普通のデータじゃないよね…やっぱり。…フォルテ、とか?」 「まさか!それ、貰っても俺使えないぜ」 『だよね…いくら強力でも、フォルテだもんね…』 どのような方法を使ったのかはわからないが、ギガチップの中には、フォルテの必殺技が記録されているものもある。しかしフォルテである。バトルチップとしては強力だが、使うには勇気がいる。 そうこうしているうちに、四角錐も底辺から光の粒子となり、消滅していく。その間、黒いナビは微動だにせず、二人の会話にも口を挟まなかった。光の粒子と、強弱を繰り返す結晶体の光を受ける様は、どこか荘厳な趣で、科学技術の産物であるネットナビというより、異界の魔法騎士のようにすら見えた。 彼が口を開いたのは、完全に角錐が消滅し、代わりに、元はカースオブバグだったはずのデータ表示が、全く別種のデータに書き換えられたことを確認してからだった。データは、翡翠のように深い緑色に変化していた。 『うむ。終わった』 カーネルは至極満足そうに頷いた。 『カーネル、これ一体何のデータなの?』 恐る恐る、ロックマンは未知のデータを指先でつついてみた。が、謎のデータは、その色に相応しい輝石のような硬さで指をはじき、光を放つだけだった。 『光熱斗、このチップをPETに差し込み、使用してみてくれ。起動の確認をしたい』 「えー…じゃあ……」 『……僕の質問は無視?』 ロックマンは軽く頬を膨らませた。そんな少年ナビに、大人は宥めるように言穂をつなぐ。 『黙って言うとおりにしていてくれればわかる』 熱斗はチップを取り出し、いつものように構えた。 『PETは室内に向けた方がよいかと思う』 カーネルの指示に首を捻りながらも、熱斗は言われたとおり、ホルダーからPETを外し、部屋の中央に向けた。 『僕もPETの方に移動した方がいいよね』 青いナビは、一瞬でパソコンからPETに移動する。 「じゃ、行くぜ。カーネル」 熱斗は大きく息を吸い込んだ。 「謎チップ、スロットイン!!」 右手が慣れた動作でバトルチップをPETのスリットに差し込んだ。カチリという小さな音と、最後までチップが押し込まれた感触と共に。 ロックマンの姿が、PETから消滅した。 「ロックマン!?」 同時に、熱斗のベッドの方に、何かが落ちてきた。 「へ?」 『え?』 そこには、熱斗のベッドの上には、彼のカスタマイズナビであり、最高の相棒でもあるロックマンが、正座していた。 |