二 人 へ  2

 

 

 

全長340ミリ、刃長290ミリ。もはやナイフというより、鉈に近い、それ。

今は皮製の鞘に入っているが、巨大な刃は、それだけで疑いようのない凶器だ。

もともとサバイバルナイフは、それのみで生存可能なように設計された、大型のナイフである。他の道具がなくとも、山で、森で、密林で、生き抜けるように設計されつくしている。絵が空洞になっているのも、中に薬や釣り針、釣り糸やマッチといった道具を入れられるようにだ。峰の部分にはのこぎりのような歯が並び、また、鞘と組み合わせれば、ワイヤーすら切り裂く。

 

「こんなもの持ち歩いたら、警察に捕まっちゃうよ」

『違うよ、熱斗君』

 

どこか疲れたように、ロックマンは訂正を入れる。

 

『…持っているだけで、捕まるよ…』

 

ニホンには、アメロッパと違い銃刀法という、武器類の所持をある程度制限する法律がある。

銃刀法によると、この規制の対象になるのは「刀剣類」と「模造刀剣類」と「刃物」の3つで、刀剣類は、許可なく「所持」することを、また模造刀剣類と刃物は、業務その他正当な理由による場合を除いては「携帯」することを、禁じている。

サバイバルナイフの場合、『人畜を殺傷する能力を持つ片刃または両刃の鋼質性の用具で刀剣類以外』であるため、「刃物」にあたる。刃物については「所持」は禁じられたり許可を受けることを求められたりしていないが、「刃体の長さが6センチを超える」ものについて、第22条で「携帯」を禁じられている。「携帯」とは屋内・屋外を問わず、所持者が手に持ったり、身につけたり、その他それに近い状態で現に携えていると認められる場合をいう。運転中の自動車の中に置くのも携帯となる。たとえば、自分の持ち物ではない、他人のナイフを預かって持ち歩いていても、「携帯」とみなされる。

そしてバレルから送られたサバイバルナイフの刃体の長さは29センチ――完璧に、銃刀法違反だった。

 

『バレルさんも、せめて去年のクリスマスに来た、ツールナイフぐらいにしてくれれば良かったのに…』

 

ロックマンのぼやきを聞きながら、熱斗はそっと鞘からナイフを取り出した。その巨大な金属の塊を振ってみる。左から右へ、横になぎ払うように。

風を切る音と、右手にずしりと響くほどの重量――それらは、今、自分の手の中にある舞台の持つ確かな“力”を実感させ、ある種の高揚感と、そして畏れを呼び起こす。天井の、照明の光を反射する刃の輝きに、目が、心が吸い寄せられていくのを感じた。

 

「ああ、あれ、この間のキャンプで大活躍だったもんな」

 

去年のクリスマスに、これまたランダムに選ばれ届いたバレルからのプレゼントは、時計とツールナイフだった。

時計は、直径が8センチ、高さ1,5センチほどの、掌に乗るぐらいの大きさで、旅行にも携帯できそうなサイズと重さの置時計だった。それは変った形をしていて、磨き上げられた大・中・小の三連の金属の輪の中に文字盤がはめ込まれていた。どこか貴金属のようなその環のきらめきと、赤い革の箱に金字で装飾された化粧箱を見たとき、あまり物の値段にこだわらない熱斗ですら「…高そう…」と思うほどだった。そして母のはる香は、メーカー名を見て卒倒しかけた。

その時計は今、熱斗のパソコンの横に置かれ、包装紙に埋もれかけている。

ツールナイフは、ソルジャーナイフとも呼ばれている、携帯用の多機能ナイフのことだ。折り畳み式のラージブレード、それに缶切りや栓抜き、ドライバーなどの機能もつけられ、様々な用途への使用が可能だった。熱斗に贈られた物は、アメロッパ陸軍でも正式採用されているほどに名実を兼ね備えたナイフだった。

波縞模様が掘り込まれた銀色の柄のそれは、先日のキャンプの時に、木を削る、缶切りになる、と大いに役立った。ちなみにこちらはギリギリ、刃体が6cm以内だったので携帯も可能だ。

ふと会話が途切れ、二人は同時に時計を確認する。

三つの輪の中のアナログ時計の長身は、11の手前まで進んでいる。パソコンのデジタルは11時54分。

“今日”の終わりまで、後6分。

 

「…来るかな」

「…来るよ」

 

その時、熱斗のパソコンが小さな電子音を立てた。アクセスがあったのだ。

 

「来たー――!!」

「来たー――!!」

 

二人は思わず同時に歓声を上げた。

ロックマンはいそいそと出迎えに走る。

熱斗のHPを訪れたのは、まさしく、二人が待ちわびた人物だった。

ロックマンが見上げるほどの長身に、広い肩幅、静かに揺れるマント――黒い軍将校のコートのようなナビスーツと外装甲を纏った、彼。

カーネルだ。

 

『夜分にすまない。光熱斗、ロックマン』

 

低い、幾分錆を含んだ声が、まず深夜の来訪を謝罪した。その言葉に合わせ、軽く頭を下げる。

 

「遅いよ、カーネル」

『僕も熱斗君もずっと待っていたんだよ!』

 

男の謝罪に少年達は軽く口を尖らせた。

 

『何か今日、手が話せないことでもあったの?』

 

半分引きこもっているようなカーネルでも、用事はあるかもしれない、とロックマンは尋ねてみる。

 

『いや』

 

カーネルはすぐに否定した。

 

『ただ、他の者(ナビ)と顔を合わせる訳にはいかないので、ギリギリまで待っていただけだ。光熱斗、お前の誕生日だからな』

 

そこで緑柱石の瞳が、柔らかく熱斗を見上げた。

 

『おそらく多くの者が、誕生祝いのメールを寄越すだろうとふんでいた。さすがにこの時間になれば、もう来ないだろう』

「…そりゃ、“今日”はあと5分ぐらいで終わるし」

 

カーネルの返答に、熱斗とロックマンは内心溜息をついた。

予想通りの答えだったからだ。

 

 

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ロックマンにしか会わなかった、存在を明かさなかったカーネルも、すったもんだをした挙句、熱斗と再会を果たしたのは、先日のことだ。

熱斗とロックマン、二人の強引及び半ば脅迫じみた説得の甲斐もあり、時折カーネルは熱斗のパソコンやPETにも訪れるようになった。

だがそれは“時折”であり、また、他のナビに会おうとはしないことに変りはなかった。

熱斗やロックマンとしては、毎日でも来てくれてかまわないのだが、その点では、変らずカーネルは警戒を解こうとしなかったのだ。頻繁に熱斗のPETを訪れることで、他のナビと出会うことを極端に警戒しているのだ。

メイルちゃんやガッツマン、ナンバーマンに対しては、まだ警戒は薄い方だった。理由を話せば口止めも可能だからだ。しかし、本当にまだ幼児並みの判断力に近いアイスマンやアクアマンの口から自分の存在が公になってしまうことを、彼は恐れていた。

だがカーネルが何よりも恐れているは、ブルースやサーチマンと出会ってしまうことだった。

この二人に出会うことは、IPCの副社長である伊集院炎山に、そしてシャーロ軍のライカに、カーネルの存在が明らかになってしまうことに等しい。

アメロッパ軍と冷戦状態に近いとはいえ、敵対するシャーロ軍に知られれば、シャーロ軍がカーネルの捕獲に乗り出すことは、想像に難くない。アメロッパ軍の、しかも指揮官クラスのナビがさまよっているのだ。

アメロッパ軍の技術を手中に収める千載一遇のチャンスだ。是が非でも、手に入れたいと考えるだろう。

それは、IPCにもいえることで、こちらも同様の行為に出るだろう、と予測していた。

この点に関して、熱斗もロックマンも何度も『炎山もライカもそんなことしない!』『ブルースやサーチマンだってそうだよ!』と言葉を募ってみたが、カーネルは譲らなかった。

 

それは、彼らの人格とは別問題だ』と。

 

カーネルの個人的な観点からみれば、確かに炎山もライカも、彼を捕らえようとはしないだろう。それは、カーネルも理解している。

だが公的に見れば、それぞれ大会社の副社長であり、軍人である。会社の、軍の利益にならない行動は取れないのだ。よしんば、二人が公的にも、それらの行為を拒否しても、それぞれの組織内で、彼らの行為は容認されない。二人の思惑や感情など踏み散らし、コトは進むだろう。

もともと軍属であったカーネルには、容易に想像できるシナリオだった。強大な組織は、個人など意に介さない。

そして何より、カーネルをかばってしまえば、二人はその行為をそれぞれの組織内で背信行為として捉えられ、厳しく罰せられてしまう。カーネルの存在を黙認していたとしても、同様だ。

だからカーネルは炎山やライカに存在を知られないように、彼らのナビであるブルースやサーチマンにも会わない。

『もしもの時』のために。

だから熱斗達もあまり強く言えないのが正直なところだった。結局のところ、カーネルの警戒は熱斗達だけでなく炎山やライカのためでもあるからだ。

それがわかってはいても、カーネルの遠慮や警戒に、熱斗達は寂しさを隠せない。カーネルは意図してはいないはずだが、熱斗達を拒絶しているように感じてしまうからだ。

 

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『では、今日が終わってしまう前に渡さなくてはな』

 

そう言いながらカーネルは、腰のバックルに手をかけた。

 

 

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