幸せのカタチ

 

 

 

「ロックバスター!」

 

ギリギリまでエネルギーチャージし、ポワルドEXにバスターを連射する。ポワルドEXのHPは100   10発は当てなければならない。

一、二、三、四、五、発までは、撃った。そして当てた。

真上からアースクウェイクを狙ってくるポワルドを、それ以上は押しつぶされると、右に回転し避けながら、またロックバスターを放つ。

六発  ポワルドが着地したパネルにヒビが入った。

七発 八発

少しでもポワルドとの距離を詰めようと移動し  視界の端を、緑色の砲台が掠めた。

キャノガードだ。

とっさに、前方にダッシュする。

ヘルメットの後ろを、光線が掠めていくのを首で感じ、背筋が寒くなる。

その間に、再びポワルドは跳ね始めた。

 

 

 

「疲れたー!!」

 

声を上げながら、ロックマンは黒い膝の上にダイブした。ヘルメットを脱いだ茶色の髪を、ころころころころ、大きな膝の上で右へ左へ移動させる。

 

「やっぱりさ、熱斗君が一緒じゃないと、僕の攻撃、て威力低いよねー」

 

軽く頬を膨らませ、青いナビはぼやいた。

胡坐をかいた膝の上  ふくらはぎの部分に、こめかみを押し付けるように、なつく。

復活したカーネルがひそかに確保した電脳空間  いわばカーネルの自室には、先程の戦闘訓練の様子が再生されている。

そしてその部屋の主は、床に直接胡坐をかきつつ、それらの訓練のデータを分析していた。

 

「だが、戦い方を鍛錬すれば、低い攻撃力でも効率的に数値以上のダメージを与えられるようになる」

 

ふてくされたような少年の言葉に、緩やかに低い声が語りかける。大きな黒い手が、なだめるように少年の頭を撫でた。

 

「…それはそうだけどさ……トマホークマンに『豆鉄砲』て言われた」

「……そうか」

 

一瞬、困ったように手が止まり  気を取り直したように再び、左手が柔らかく頭を叩く。ポン、ポンと、あやすような動きに、ロックマンは唇を尖らせた。

尖らせたまま、また膝の上を移動する。筋肉質の、適度な弾力を持つふくらはぎの感触が気持ちいい。高さも申し分なく、低すぎもせず首が痛くなるほど高くもなく。膝下から足首までの傾斜も申し分なく。意味なくころころころころ、頭を大きな膝の上を転がす。

 

「なんだかさー」

 

転がりながら、呟いてみる。

ころころ動いていても、大きな手は押さえつけない程度に離れない。その感触も、気持ちいい。

 

「僕、甘やかされている気がするんだけど」

「甘やかしているからな」

 

上目遣いに見上げた翠の瞳と、見下ろす翠の瞳が重なった。

しれっと言ってのける言葉に、恥ずかしさと嬉しさで、顔を伏せてじたばたしてしまう。

今のところ、恥ずかしさと嬉しさは、7:3で恥ずかしさの方が勝っている。

しばらく足をじたばたさせた後、また上目遣いで相手を伺うと。

精悍な口元の左端が、心持ち上がっていた。

 

「う〜〜〜!!」

 

何だか、自分だけが恥ずかしいようで、口惜しかった。

けれど、実際に甘やかされていると思った。

ころころ無意味に頭を動かして。

きっと、邪魔になっているはずなのだ。胡坐をかいた膝に頭を乗せているのだから。

それなのに、何も言わず、自由にさせてくれている。

そうしながらもカーネルは新たにいくつものウインドウを開き、ニュース番組やドキュメンタリー番組のコンテンツから情報収集をしていた。個人のHPの掲示板やブログ、匿名巨大掲示板もある。相変わらず、何を目的に情報収集しているかはわからない。

それでも、右手で画面をスクロールしながら、左手は変わらずロックマンの頭を撫でている。

甘やかされているなあ…と、思う。

戦闘訓練をしたいといえば、今日のように付き合ってもくれ、批評までしてくれる。

けれど、それはけして盲目的なものでも、ない。

譲らない所は、とことん、譲らない。

たとえば先の戦闘訓練  本当は、もう少し上のレベルを希望したのに、あっさりと却下された。「そのレベルはまだお前には早い。自分にあったレベルでミスをなくす方が先だ」と言って。それに納得しないロックマンに、「では、私の言うレベルでやってみてから上へ」と妥協案を出した。

    実際、危なかったのだから、カーネルの方が正しかったのだが。

そして何より、まだカーネルは熱斗に会おうとしていなかった。

ロックマンと再開して数ヶ月  カーネルは、引きこもったままだ。

他のナビに会おうともせず、インターネットシティにもほとんど出かけず、今自分達のいる電脳空間から出かけているのを見たことがない。

ロックマンが訪問すれば、いつだって、『ここ』にいる。

それは、正直嬉しい。ここに足を踏み入れれば、いつも柔らかな笑みを浮かべ、迎え入れてくれるのは、体中の力が抜けるほど安心する。

だがもし、自分が来なければ、誰とも会わずに一日を過ごすのだろうか  何日も、何日も。

だから、嬉しいけれど、同時に少し、寂しい。

せっかくまた会えたのだから、他の皆にもカーネルを紹介したい。時空タワーにいた人間・ナビ以外デューオ関連の記憶がなくなっているのだ。改めての紹介が必要だろう。「とっても強くて、とっても優しくて、とってもカッコイイんだよ!!」と言いたい。

それに、熱斗もきっとカーネルとの再会を喜ぶはずだ。

カーネルも、バレルとの思い出を、デューオとの宇宙の旅のことも含めて、熱斗に聞かせたい話がたくさんある、と言っていた。

けれど、カーネルは熱斗に会わない。

自分が軍事用ナビであり、国家機密であるから。自分の存在が公になることで、アメロッパ軍が熱斗に何をするか分からないから、と。

いや、アメロッパ軍だけではない。カーネルの予想では、最悪、他国も、オフィシャルも、科学省も、一般企業も敵になる  つまりは『世界中』だ。

アメロッパ軍の軍事機密を欲しがる他国も、企業も多い。そしてアメロッパ軍自体は、情報の流出を恐れる。また、今のカーネルは、アメロッパ軍の軍事機密の集合である軍事ナビというだけではない。記録上、二十年以上起動している、おそらく現存する最高齢のネットナビである。加えて超一流の軍人の軍用ナビであり、その経験値は類がない。年を経たネットナビがどのような進歩を見せるか  研究者ならば、調査をしたいと思うだろう。

  本当ならば、お前にも連絡を取るべきではなかったのだが」

ロックマンの頭を撫でながら、苦笑交じりでカーネルはそう呟いた。

……もしかしたら、それが正しいのだろう。

熱斗やロックマンのために、と引きこもっているカーネルの行動も。

けれど。

その言葉を聞いた時、ロックマンの胸は錐で刺されたように痛んだ。

そんなのは、悲しすぎると思った。

バレルだって、カーネルを引きこもらせるために、この世界に彼を遺したのではないと思うから。

 

「どうした、ロックマン」

 

視線に気付いたカーネルが、画面からロックマン視線を移す。そう  画面を真剣に見つめながらも、カーネルに視線を向ければ、今のようにすぐに気付き、同じ色の瞳が見返してくれる。

 

「ん〜〜…」

 

もぞもぞと頭と肩だけで体の向きを買え、カーネルの膝の上に仰向けになる。それから、何気なく両手をカーネルの方へ伸ばした。

青い小さめの両手を、黒と赤の非対称の大きな手がそっと掴む。掴まれたと同時に、そのまま一気に腕ごと体が上に引っ張られ、気が付けば、すとん、と膝の上に座らされていた。

両手は握られたままだ。

見慣れた  けれど、見飽きることはない面差しが、さっきとは比べ物にならないほど接近する。自然に目が合って、どちらともなく笑みがこぼれた。

 

「きっとさ」

 

言葉がするりと口をついて出た。

 

「『幸せ』て、こういうカタチをしているんだよ」

 

わかる?と言葉に出さず、尋ねてみる。

切れ長の瞳がロックマンの顔を真剣に見詰め、自分達のポーズを改めて見返し    

ヒントに、ロックマンはつなげた両手を少し、揺らしてみる。

 

  …『円』か?」

 

翠の瞳が思慮深さを増し、呟かれた答えは、まさにロックマンが感じたカタチそのもので。

導かれた言葉は、機械にも、もちろんただの兵器にも出せるはずのない答えだ。

互いに向かい合わせになり、ロックマンの右手とカーネルの左手が、ロックマンの左手とカーネルの右手が、それぞれしっかり握られている、そのカタチは、一つの小さな環を作っていた。

 

「手を伸ばしたら、握り返してくれてね?

目が合ったら、自然に笑いあえてね?

  そういうの、て、凄く幸せなことだよね」

「ああ……そうだな」

 

あの時  デューオとの最終決戦の時、バレルがデューオとのクロスフュージョンを決意し、カーネルもその供に宇宙へ旅立つ決心をした時、もう二度と会えないと思っていた。会えるはずがなかった。デューオは永の年月、宇宙を旅してきたオペレーションシステムだ。南アメロッパジャングル奥地の遺跡の古さから考えてみてもそれがわかる。熱斗が、ロックマン達が生きているうちに会えるとは思わなかった。

その後、落ち着いて考えてみれば、バレルが帰ってきていたのだからカーネルも…ということに思い至ったが再会は、予想していなかった。

だから、今のこの幸福を噛み締める。

もう二度と触れられないと思った人に触れられる幸せ。

その人が、自分に触れてくれる幸せ。

目が合っただけで、お互いに笑いあえる、幸せ。

男は、少しばかり眩しげに目を細めて、改めてつなげられた両手を見た。

 

「この環のような環の、幾多もの集まり、繋がりが、光熱斗やお前が作ってきた、他のオペレーターやナビ達との絆なのだな」

「…違うよ、カーネル」

 

ロックマンは、正面からカーネルの瞳を見据えた。翠の瞳の中に、真剣な自分の顔が映りこんでいる。声に、力をこめる。

 

「その環には、君もいるんだよ。皆との環の中に、君がいる。君の環だけが、別にあるんじゃない」

 

ロックマンと熱斗が作った仲間達との環  二人が共に戦い、共に危機を乗り越えてきたことで作り上げてきたもの。それは、始めは本当に小さな環だった。ロックマンと熱斗が二人で繋ぎ始めた環だ。だが、炎山と出会い、ライカと出会い、名人やディンゴ達との出会いの結果、ヒノケンなど元WWW四天王も含めた大きな輪が出来あがっていた。そして、その環の中には、当然、カーネルやバレルもいる。

 

「だからね、いいんだよ。カーネルもそうして」

 

ロックマンは、さらに相手の手を強く握り締めた。

自分と熱斗が作ったように、カーネルも環を  他人とのつながりを作ってもいいのだ。…たとえ、バレルとの以上のつながりは作れなくとも。それとは別に、新しいつながりを、絆を、作ってもいいと思う。

いや、ロックマンは、正直に言えば、カーネルにそれらを作って欲しかった。

もっと言えば、一度は切れてしまった熱斗との繋がりを、もう一度結んで欲しかった。自分を仲介せずに、熱斗と、直接。

自分達のために、ひっそりと隠れるように生きようとしているカーネルだが、彼の危惧は、熱斗とロックマンにも当然関わる問題なのだ。カーネル一人で結論を出さないで欲しいと思う。出来るなら、自分達にも考えさせて欲しい。

三人で考えれば、今のような生活を変えられる何かいい考えが、出そうな気がする。

 

「…とりあえず、今はその環を縮めようとおもうのだが」

「え?」

 

ロックマンは思わず眉を寄せた。環を  円を広げて欲しいという話をしていたのに。当の本人が縮めようということは  

 

「円というものは、二次元ユークリッド空間  つまりは平面上のある点0からの距離が等しい点の集合である曲線のことだが」

 

カーネルは握り返していた両手を開き、二人の絆のように繋がれていた手を解いた。

 

「円の直径が、限りなく零に近づけば、点になる」

 

つまりは、ゼロ距離。

解かれてしまった手が、ロックマンの華奢な体に回される。小さな体は、広い大きな胸にすっぽりと収まってしまった。

逞しい左肩の線に、直接ちょこんと額がぶつかった。

腕が、腹が、胸が、隙間もないほどに密着している。

突然の抱擁に、ロックマンの頭に一気に血が上り、顔が熱くなる。

火照ってしまった耳のすぐ横で、いつもより幾分低めの声が囁いた。

 

「すまない……ありがとう」

 

円周上にある二点の距離が零になれば二点は重なり、一つの点となる。

    これもまた、幸せのカタチ。

 

 

 

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