「ちょっと待って」
そこまで聞いて、ロックマンは当然の疑問を口に出した。
「それでどうやって再起動したの。『何時』戦いが終わるか、分からなかったはずだよ?」
あの最終決戦時の状況で、バレルが「この時代」の最終決戦時間を把握していたとは思えない。また、もし分かっていて時限式にしたのなら、デューオの試練が終わった直後にカーネルは再起動していたはずだ。それが今 ビヨンダートの戦いすら終わってから起動した、ということは、時限式ではなかった、ということだ。
「バレル大佐の死から一年後、バレルから遺言が届いたはずだ」
「……!あのメディアチップ!!」
思い出したのは、バレルから届いた時期外れとも言える遺言状と形見の品だった。バレルの死亡時には、彼の存在すら知らなかった熱斗のために、執行時期をずらしてまで送られてきた手紙と、レコードと、レコードの曲が入った音楽メディア。
「あれが、あの音楽が君の再起動スイッチだったのか!」
だからこそ、わざわざバレルはレコードと同じ曲をメディアチップに移したのだ。
「そうだ。光熱斗が、あの曲のメディアチップをPETやパソコンなどで再生した時、ある種の信号を発し、その信号が一定数を超えると、私を解凍するシステムになっていた」
淡々と、カーネルはロックマンの推測を肯定しつつ、詳細な説明を加えた。
「だが、あれは一種の賭けだった」
熱斗がバレルの存在を知ったと思われる頃に、送られるように指定された、それら。しかし、まだ戦いが終わらない頃ならば、熱斗はあえて曲を聴こうとはしないだろう。
もし熱斗がそれを聞くとしたら、それは、バレル達が旅立った後のこと。
また、たとえバレル達が去ったとしても、熱斗がわざわざメディアチップを再生するとは限らない。なんといっても、曲自体は、熱斗の趣味ではないのだから。自分好みの曲でなくても、その曲を何度も聞くほどに、バレル達のことを想ってくれたなら……。
その点では、確かに賭けだった。
全ては、計算と、少しばかりの可能性に賭けた。
そして彼ら バレルとカーネルは、賭けに勝った。
「…こういう時、なんて言ったらいいのかな…。
お帰り?それとも、久しぶり?」
戸惑いながらも嬉しさを隠せないロックマンに、カーネルは静かに微笑んだ。
「どちらでも。お前の好きな方でいい。
それにしても、ロックマン、驚いたぞ。予想よりお前の来訪が早かったことには」
「だって」
くすり、とロックマンはおかしそうに笑った。今まで散々驚かされたカーネルを、自分が驚かせたことが、少し嬉しかった。
「君から貰ったメール、細工、してたでしょ?」
「 気付いたか」
「だから走ってきたんだよ」
あのメールには、何処にも差出人の名前は明記されてはいなかった。けれどメールを開いてみると、微妙な違和感があった。文面に影響のない程度に散らされたバグ それは、電脳世界では、些細な凹凸としてロックマンの視覚に認識された。
そしてその凹凸が描いていたのは、一つの図形。
大きな円の内部に、直径に平行な二本の平行線がはしり、その二本の間の両端を、弧で結んでいる図形が横たわっている。円の内側からは直角に直方体が二個、上下から垂直方向の直径の4分の1の高さまで伸びていた。
それは、カーネルの紋章だった。
だからロックマンは走ったのだ。
来るはずのない、カーネルからの手紙だからこそ。
「これからどうするの?」
「わからん」
簡素な返答の後に、彼の真情が続く。
「だが私は、バレル以外のオペレーターを得ようとは考えていない」
「…そうだよね」
カスタマイズされたナビにとり、オペレーターは唯一無二の存在だ。家族であり、友人であり、それは、自らの半身に近い。たとえオペレーターが死亡したからとはいえ、次のオペレーターの下で『活きよう』と言う気になるはずがない。そのため、最近ではオペレーターが死亡した後の、カスタマイズナビの処遇が問題視されてきていた。
これが、人間が自分のカスタマイズナビに飽きた場合だと何の問題にもならない。そのナビが不必要になったのなら、そのままデリートしてしまえばいいのだ。だがナビの場合、オペレーターが死亡前にデリートしていればいいが、そうでなければ、主なしのナビが一体、生まれることになる。ナビに対する責任を負う者がいなくなり、ナビの行動を制限するものもなく。つまり、オペレーターという『枷』を無くしたナビが増えることは、電脳世界の治安を侵すことに繋がるのだ。
そしてカーネルもまた、バレル以外のオペレーターを必要としていない。だが、民間のナビですら、オペレーターなしのナビの存在が問題になってきているのだ。軍事用の彼が、いわばオペレーターという鎖なしで存在するということは…。
「だから、しばらくの間、私のことは他言無用にして貰いたい」
カーネルが、そうロックマンに口止めを求めたのも、当然のことだった。
「それって、熱斗君にも話しちゃ駄目、てこと?」
「お前は忘れているのかもしれないが、私は軍事用ナビだ。いわば、軍事機密の集合体といっていい。その私の存在が公になれば 」
「そっか。軍事機密がそこら辺ウロウロしてちゃ大変だもんね……て、あれ?」
そこでもう一つ、ロックマンは重要な疑問を置き去りにしていたことに気付いた。
「軍事機密の君が、どうしてここにいるの?バレルさんが亡くなった時に、PETはアメロッパ軍に押収されるはずじゃ…」
「その通りだ。私のPETは軍に押収されて、機材保管庫に収容されている。軍用だったのだから、当然の処置だ」
「だったらどうして今、ここに君がここにいるの。PETが軍に保管されている、てことは、君は自由にネットワークに介入できない、てことでしょう?」
軍に押収されたのならば、ネットワーク犯罪に使われたナビがそれ以上ネットワークに介入できないようナビ刑務所に収監されるように、カーネルのPETもネットワークから断絶されるはずなのだ。彼が、バレルの死後も軍用ナビとして使用されるのでなければ。
そして今の彼は、どう見てもアメロッパ軍のナビではない。大体、つい先刻もバレル以外のオペレーターは考えられない、と発言しているのだから、とすると、彼は今オペレーターなしのナビ、ということになる。
「私が凍結されたのは、バレルのPETの外だ」
「外?」
「PETならば、先ほどお前が言ったように軍に押収される。そのためあえて、ウラ電脳世界の一角にいわば“隠れ家”のような場所を前もって作っておき、バレルの葬儀後、そこに移動し自分を凍結したのだ」
バレルが死亡する直前に、PETから室内のシステムに移動し、その後、裏電脳世界に向かったというのだ。全ては、PET内に留まった為に軍に押収され、他ネットワークと断絶させられないために。
バレルの死後も、軍用として使用されないために。
「……ホントに色々考えてたんだね」
ロックマンには、嘆息するしながらそう表現するしかなかった。カーネル達の用意周到さには、感心どころか驚嘆する。おそらく、自分の知らないところで、カーネルはこの電脳世界で生きるための裏工作を重ねているに違いない。
けれどそれは、きっと自分の知るべきことではないのだろう。
そんなことよりも、重要なことがあった。
「これからもよろしくね、カーネル」
差し出した右手は、しっかりと握り返された。
ビーストマンとの戦いの後に交わした、あの時のように。
そうして、彼は還って来た