未 来 希 望 図 2

 

 

はじめに目に入ったのは、静かに揺らぐ浅黄色のマントだった。

踝までもあるそれを纏うのは、広い肩幅の、長身の男性型のナビだ。

左右にせり出した丸みを帯びた大きな肩当て。

燃え盛る炎のように逆立つ黒髪。

「カーネル!!

考えるよりも先に、声が出た。

「…早かったな」

振り向いたのは、確かにカーネルだった。

漆黒のヘッドギアも、鮮赤の頬当ても、軍将校のコートを模したような全体のシルエットも、左右非対称の手も、何も、何一つ変わりなかった。

バレルと共に、デューオの彗星で旅立った時と。

そして、ビヨンダートで、アイリスと共に消滅した時と。

ロックマンの記憶の中にあるままの、彼だった。

ほんの少し、目を見開いたのは驚いているかららしい。が、ロックマンの驚きは、それどころではなかった。

「ど、ど、ど、どうしてここにいるの?無事だったの?アイリスと消えたんじゃ、一体何がどうなっているの?バレルさんは?バレルさんは知ってるの?」

一気にカーネルまで駆け寄ったロックマンはカーネルの腰を掴んで揺さぶった。混乱したまま矢継ぎ早に疑問が口をついて出る。気分的には両肩を掴んで揺さぶりたいところだったが、いかんせん、身長が足りない。

「無事ならどうしてすぐに連絡くれなかったの?みんな、みんな心配して、悲しんで、熱斗君や炎山君やブルースや、それから、それから…」

自分でも何をいっているのか分からないが、言葉が止まらない。

半分パニックを起こしているロックマンに対し、不意に、カーネルがロックマンの両頬つまみ上げた。

その瞬間、完全にロックマンは固まってしまった。頭の中で渦巻いていた疑問も、感情も、何もかもが完全に停止し、頭の中が真っ白になる。

「落ち着け、ロックマン」

深く低い声が、耳のすぐそばで響いた。カーネルは膝を落とし、ロックマンを緩く抱きしめていた。

「私は逃げも隠れもしない。おいおい、説明もしよう。

 まずは落ち着け」

言葉に合わせるように、緩やかに右手で軽くロックマンの背中を叩く。

まるで、あやすように。

「お前は変わらないな。元気そうで安心したぞ」

身体を離し、正面からロックマンと目を合わせる。目を細める表情が、カーネルの笑顔だと、初めて知った。

 

 

固まったままのロックマンに、カーネルは適当なところで腰を下ろすように告げた。ロックマンは、促されるまま、腰を下ろした。下ろした地点の感触が、予想外に柔らかかったことを不思議に思い目を向けると、いつの間にか尻の下にはクッションが置かれていた。少し大きめの、青いふかふかしたそれは、確かに彼が腰を下ろすまで存在しなかったはずのもので  目の前の男が今の間に作り出したことを知る。それだけでもう、再びロックマンの思考を停止させるには十分な衝撃だった。軍人然とした  軍事用ナビなのだから当然かもしれないが  カーネルが、他者に対する気遣いを見せたのだから。

室内は、深緑のグリッド線が縦横に走るバレルの部屋のシステム管理を司る電脳空間だった。先程カーネルがいた周囲には大小様々なウインドウが十数枚開かれていた。カーネルは、手早くそれらを閉じていく。一つのウインドウを除き、全て閉じ終わると、彼はロックマンから少し離れた場所に腰を下ろした。

「…何処から話すべきか分からないのだが…」

ポツリ、とカーネルがそんな言葉を漏らしたのは、二人が腰を落ち着かせてから数分後だった。

「まず、私がお前に会うのは、七十年ぶりだ、という説明から入るのが、一番理解しやすいと思うが、どうだ?」

「どうだ、て訊かれても、僕には分からないことばかりで  ていうか、七十年!?

しょっぱなから飛び出してきた理解不能な単語に、ロックマンの声はきれいにひっくり返った。

ビヨンダートの戦いは、つい先日のことだった。デューオとの戦いとて、二年前の出来事だ。『七十年』という想像もしなかった時間が何処から出てきたのか、そこから理解が追いつかない

「そうだ。ロックマン、私は、バレル大佐と共にデューオの彗星で宇宙を旅し、再び地球に戻ってきた『カーネル』だ」

「…ごめん、カーネル。今の時点でもう、君の言うこと、全然わかんないよ…」

「では、お前達と共に、デューオと最終決戦に臨んだのは、お前達の視点で二十年前の『私』だと言い換えよう」

 

そうして、カーネルの説明をかいつまむと、こういうことらしかった。

デューオの彗星が二十年前の地球に落下した際、バレルも『デューオの紋章所持者』となった。未来から、PETの情報とカーネルのデータを送られたバレルは、パストトンネルからのワープゲートを使用し、カーネルをロックマン達の時代へ、何度も救援に向かわせた。

ここで、二十年前の時代からロックマン達のいる『現代』に来ていたカーネルを、カーネルAとする。

今から二年前  デューオの試練が始まった年  パストトンネルの存在が始めて明らかになった時  つまり、ロックマンが初めて会ったカーネルは、カーネルAだ。

当然、デューオとの最終決戦に臨んだカーネルも、カーネルAである。

話は変わるが、ロックマンとカーネルが『初めて』会った時、すでにバレルは地球に戻っていた。そしてちょうどその頃、彼は老衰で亡くなった。ということは、バレルと共に旅立ったカーネルも、無事に戻ってきたはずなのだ。この、『現代』にいるはずのカーネルを、カーネルAと同一人物であることからカーネルA′とする。

ちなみに、ビヨンダートのカーネルは、『こちら』のカーネルとは全く別人なので(パラレルワールドの住人である以上、記憶の共有などがない)カーネルBとなる。

ロックマンの危機を何度も救ったのはカーネルA

ネビュラグレイの時も、時間戦争の時も、戦ったのはカーネルA

二十年前に戻り、デューオと共に宇宙へ旅立ったのも、カーネルA

その数年後、地球に戻って来たのがカーネルA

そしてこのカーネルA′の場合、バレル達と宇宙を旅したのは彼の主観では五十年以上の月日であり、その後デューオが再び時を遡り、旅立ってから数年後に、地球に戻ってきたのだ。

 

「つまり今お前の目の前にいる私は」

ゆっくりと噛んで含めるように、カーネルは告げた。

「カーネルA′ということになる。そして私の中には、お前達との戦いの記録と、バレルと共にデューオの彗星で宇宙を旅した五十年分の記憶、そして地球に戻ってきてから今までの、十数年分の記憶が内在している」

「…だからさっき、『七十年ぶりだ』て言ったんだね」

「そうだ」

再び柔らかく目を細めると、彼はゆっくりとロックマンの右頬に触れた。

ここから話が少々ややこしくなるかもしれないが、と前置きをされ、『……熱斗君がいなくてよかったかもしれない…』とロックマンはこっそり視線を泳がせた。

 

カーネルAは、二十年前から、ロックマン達のいる『現代』にやってくる。

カーネルA′は、その『現代』で存在している。

そうすると、同一人格を持つナビが、同時代に二人同時に存在することになる。

一種のタイム・パラドクスが生じる可能性がある。

勿論、人間と違い、ナビは元々データの集合体である。データならば、複数データが存在していようが、何の不思議もない。データとは元々、複製されるものであり、同時に存在することが可能であり、共有されることが利用目的でもあるのだから。

しかし、人に限りなく近く進化してきたナビが同時に二人、そう設定されたわけでもないのに存在するというのは、前例がない。

そして、バレルはあくまでも慎重だった。

ロックマンやカーネルAにとっての『未来』を知っているカーネルA′が戦いに参加することによって  戦わないまでも、アドバイザーとしてであっても、関わることによって未来が変化してしまう可能性

カーネルAとカーネルA′が同時代に存在することの、時空間の歪みに関する危険性

それらを考慮に入れた結果、カーネルA′を凍結させることにした。

当然ながら、これは一時的な処置だった。デューオの試練が始まり、それが二十年前に時間を遡り終了するまでの、光熱斗達の主観時間での、約一年間。

カーネルAが『現代』にやってくる期間のみ、カーネルA′の活動を完全に停止させる。

それが、バレルの決定だった。

カーネルA′が機能を停止させるのは、バレルの葬儀の日から。

そして、その決定の通り自身の全機能を凍結させていたカーネルA′は、つい先日再起動を果たしたのだった。