ヴァン幸せルート小説 9
									
										
										
										
										
										
										
										
										
										
										
										
											アルビオールはグランコクマ入り口に近い、東部の平原へ着陸した。
											キムラスカと戦争中であったマルクトは要塞化してはいるものの、戦場のルグニカ平野が魔界に降下してしまったため、事前のジェイドからの連絡もあってすんなりとアルビオールの着陸を受け入れていた。
									一行はマルクト軍先導のもとグランコクマへと入都した。
											だが、まずはジェイドがイオンと護衛のアニス、世話係りのタトリン夫妻のみを連れて、皇帝に謁見することとなった。
									ヴァン達が皇帝に謁見できるのは、マルクト側の議会との調整も考えるとしばらく掛かりそうだというのがジェイドの判断である。
									残ったガイ達は、街の入り口近くのホテルに半分軟禁状態ながら、その身を休めることとなった。
									
										
										
										
										
										
										
											「グランコクマは本当に美しい都市ですわね」
									ヴァン、ルーク、ガイ、ナタリア、ティアの五人は、ホテルのテラスに運んでもらったティーセットで、午後のお茶を味わっていた。
									ホテルのテラスからは、マルクトらしい、白と青を基調とした装飾の美しい建築や、バランス良く配された街路樹、街を取り囲む青い海が一望できた。
									「マルクトの議会は兄さん達を受け入れてくれるかしら…」
									ティアができるだけ冷静さを保ったまま呟く。
									マルクトの国土の大半を魔界に降下さた張本人であるヴァンが一転、世界を救うために協力を求めてきたのだ。
									背景の事情も複雑で、説明も難しく、議会としては受け入れ難いのではないだろうか。
											事情を多少は知っていたはずのティアでさえ、味方になるという兄の決意を真実だと受け入れるのは簡単なことではなかった。
									ジェイドはガイが説明役と言っていたが、ヴァンの主人格たるガイが議会に出廷した場合、今の段階では批判を一身に受ける可能性もある。
											ということで、ジェイドが議会への説明に向かうこととなった。
									そのジェイドだが、実はヴァンに関しては問題をさほど心配してはいなかった。
											イオンやダアトの秘文書をマルクトにもたらした功績は非常に大きく。
											ヴァンは今もダアトの主席総長の地位にあり、これからモースを排して実質的なダアトのトップとなるだろう権力者である点も非常に大きい。
									本来キムラスカのみに繁栄をもたらして、マルクトは滅亡する、という秘預言に従って動いていたダアトを、マルクトを救う方向に向けてくれる唯一の存在なのである。
											その証としてイオン導師と秘文書をマルクトに差し出してすらいる。
									ルグニカ平野の降下に関しても、本来崩落するところを、ルークの活躍によって死者は出ておらず、対策もこれから可能であり。
											アクゼリュス崩落はユリアの預言に従っただけという判断をすれば、かつてマルクトがホドに与えた悲劇への贖罪を差し引くと、今ならばヴァンの地位に傷はほとんどついていないという状況だと判断できるのだ。
									そのヴァンがマルクト議会に受け入れられるなら、ガイも自然とその地位に並ぶこととなるだろう。モースの配下であるティアも、今後正式にヴァンの配下となると判断される。
									
											
											
											実は一番問題なのは、ナタリアとルークだった。
									
										
											そもそも今回の戦争はユリアの預言を批准する目的のために起こされたが、
											その発端として二人の存在は利用されている。
											しかもキムラスカ内では逆賊として王位継承権を奪われて殺害されそうにまでなっていて、マルクトにとっては人質としての価値すら無い。
									無価値どころか火種にしかならない、やっかいな存在となってしまっていた。
									
										
										
										
										
										
										
										
										
										「セントビナーが崩落しそうだった時も、ピオニー陛下やゼーゼマンさん達は話を受け入れてくれたけど、議会の方はダメだったんだもんな…」
									空のティーカップを手の中に包みながら、ルークは不安を隠せないまま呟く。
									「カーティス大佐に一人で負担を押しつける形になってしまったわね」
									待っていることしかできないもどかしさが、ティア達にはあった。
									ナタリアも自分の立場は分かっていて、言葉少ないままだ。
									
											
											
											「なるようになるって、ジェイドはそう言ってたろ?」
									そんな中、落ち込む子供達にニコリと、ことさら明るくガイが言葉をかけた。
									「ま、色んな問題の発端がジェイドの旦那の研究にあるってのも事実だし、旦那の謝罪を受け入れるってことで、今回はその分頑張ってもらうさ」
									そう、そもそもホドの崩落が無ければ、ヴァンは“世界滅亡の秘預言”の回避策に、世界の滅亡を早めるという選択肢を選ばなかったはずであり。
									「ヴァンがしでかした事は大きいけど、責任の半分は、マルクトとキムラスカとダアトに負ってもらう」
									一瞬で“ホドのガイラルディア”という立場の顔をしたガイは、キムラスカの代表の一人としてナタリアを扱い、モース配下のダアト側の人間としてティアをそれぞれしっかり見ながら、
											「だから最終的には何としても協力してもらうからね」と、にっこり笑ってそう宣言した。
											ティアもナタリアも一瞬惚けて目を丸くする。
									「で、残った半分の責任はヴァンと俺が引き受ける」
											「っ!…ガイラルディア様」
									とたんに痛みを受けたような表情になるヴァンに、
									「ガイだろガイ」
									と明るく呼び方を窘める。
									「だからアクゼリュス崩落の責任も俺とヴァンで半分な」
									との言葉はルークに向けられて。
									「えっ、でもアクゼリュスは俺が…」
									とルークは焦る。
									「おまえはヴァンに従っただけだろ。
											十分責任感じてルグニカ平野やケセドニアの人たちを救ったじゃないか。
											それでとっくに十分だって。
											ルークが救ってくれなかったらヴァンと俺が負う罪は更に重かった。皆を助けてくれてありがとうルーク」
									いつもずっと自分に向けられてきた、その明るい晴れた青空の瞳に微笑みかけられて。
									ルークはとてもとても久しぶりに、心地よく肺に空気をいっぱいに吸い込むことができた。
									「それにこれからもルークには力を発揮してもらわないとならないよな。お前にばっかり頼ってごめんなルーク」
											「そ、そんな!俺ができることなら」
											「頼りにしてるぜ」
									ニコリと笑われれば、ルークは胸が熱くなるばかりで。
									「ヴァンもルークにお礼言わないとな」
											「えっえっ!?いいよそんな 師匠にそんな」
									と焦るルークに、促されたヴァンが少し眉根に皺を寄せながらも。
											自分のせいでガイラルディア負わせることになるはずだった罪の大半を軽減してくれたのが、レプリカルークの超振動であると認めないわけにはいかずに。
									ヴァンが視線をルークに向け
											「感謝する…ルーク」
									と低く言葉をかけると、ルークは舞い上がって失神しそうな顔をした。
									ルークを見守るナタリアとティアはそれを驚きながらも微笑ましく見ていたが。
									「わたくしも、キムラスカの負うべき罪をしっかり償いたいですわ…」
									ガイの求める“償い”はこれからの全ての世界を正しい方向に皆で進めていくという意味であるから。
											王女という地位を失い国を追われながらも、国のために誠実であるナタリアに、
											皆切ない気持ちを抱く。
									「ありがとう。頑張ってもらうよナタリア」
											「ええガイ」
									たとえ二度とキムラスカに戻れないとしても、故国を救いたいと…ナタリアはそう宣言した。
									それにガイは笑顔を深めてしっかりと頷くと。
									「考えてたんだけどさ、もし今回の話し合いでマルクトが今はナタリア達を滞在させたくないって立場をとった場合は」
									そう言いながら視線をナタリアからヴァンに向ける。ヴァンはひとつ息を吐いた後
									「ダアトで身分を保証して受け入れましょう」
									と言葉を続けた。
									本来ヴァンにとってナタリアはホドの仇の娘であり、ルークと並んで復讐のために命を狙っていた姫であるのだが、
											強請るようなガイの視線を今のヴァンは受け入れるばかりだ。
									その対応の随分な緩和に、ティアたちは驚くばかりで
									「あ…ありがとう…兄さん」
									何故か頬を赤らめてまずティアが礼を言い、ルークとナタリアもそれに倣った。
									「で、もしヴァンがダアト奪還に失敗なんかして、俺達にどこにも居場所が無くなっちまったら」
									それは可能性が無い話ではなく、
											ヴァンがモースから権力を剥奪できなければ、ジェイド以外全員が行き場を無くすという最悪の展開となるのだが…。
									「そしたら皆でさ、義賊になるってのはどうだい?
											 身分を隠して都市で暮らして、密かに悪と戦うんだ」
									そのガイの提案を聞いたとたん、ナタリアがまるで音機関を与えられたガイのように、瞳をキラキラ輝かし頬を紅潮させて
									「まあ!まあ! それはなんて素敵でしょう! 素敵ですわガイ!!」
									たまらないという声音でそう叫んだ。
									「義賊なら通り名とかいるよね」
											「マルクトの星がわたくし大好きでしたの! でもマルクトは使えませんものね、アビスの星…なんていかがかしら!」
									いいね、というガイにナタリアは興奮しながら言葉を続ける。
									「衣装も色違いでお揃いにしないとですわね! ああどんな衣装が宜しいかしら! わたくし、素敵な衣装を考えますわ!」
											「ナタリアの考える衣装だと、トンデモで露出が高くなりそうだよなー…」
									とルークがこっそり呟くが、ナタリアは気にしない。
									「ヴァンもお揃いの衣装を着るんだぜ?」
									とイタズラな瞳でくるりとガイがヴァンを見ると、
											ヴァンは「わ…私も着るのですか」と困惑し、
											「師匠が 兄さんが 大胆な衣装!?」と何故かルークとティアが照れる。
									「当然アッシュにも着てもらおうな」
									アッシュも普通にメンバーに数えられていて、ナタリアはその未来がたまらなく恋しかった。
									どの国にも受け入れられない“最悪”と思われる想定が、こんな素敵な未来像になるだなんて。
									だから決して一人にはならないのだと。居場所はしっかりと仲間達が作り上げるのだと。
									今は故郷の形すら無いホドの遺児のガイが。
									そのガイの言葉だからこそ。
									
											
											
											「わたくし、こういう立場になってみなければ、きっとガイやヴァン謡将の失ったものの大きさや辛さを、理解できなかったと思いますわ…。」
									キムラスカが失われたわけではないけれど、居場所を失うという喪失感がどれほどか、感じてみるまで、その辛さは想像の中では分からないものだった。
									「きみはほんとうに、素敵な王女様だよ。きみが国を治めることができたら、きっと素敵な国になるね」
									ガイの暖かな陽だまりのような笑みに受け入れられて。
											ナタリアは頬を赤らめながら、瞳に暖かい涙をためて微笑み返した。
									
										
										
										
											ヴァンは以前の自分であったら耐えられないほど苛立ったであろうその光景に、何故か暖かい気持ちばかり抱くのを不思議に感じていた。
									キムラスカの姫とその幼馴染みのファブレ家の使用人。
											年頃の見目良い二人の仲睦まじい様子を眼前にしていて、ヴァンは落ち着いていられている。
											王女の想い人がアッシュであることを知っているからか、またはガイが誰にでもこのように優しいのだということを知っているからか。
											ガイが女性恐怖症であることも安堵の一因となっているかも知れないが。
									だがきっと少し以前の自分であれば、そのどちらを識っていたとしても嫉妬に苛立っていたことだろうと思う。
									今こうして平穏な心持ちでいられるのは、ガイが自分と伴侶になることを認めてくれ、そして暖かいものを与え続けてくれたからだろう…とヴァンは感じていた。
									自分を受け入れようと必死に堪えてくれる姿も愛しいものだったが、何より、
											抱きしめた腕に応えて抱きしめ返してくれる掌が…。
									それがこの短い期間であってもヴァンに大きな充足感を与えてくれていた。
									こうして平穏な気持ちであるお陰で、知っているつもりで知ろうとしなかったガイを深く識る機会を得て。
									ヴァンはガイの放つ柔らかで慈愛に満ちた、それでいて芯の通った真っ直ぐな力に心打たれていた。
									子供達を励ます言葉は心は、ヴァンにも分け隔てなく与えられていて。
									それは本当に少し以前の自分であったなら、その全てを我がモノにしたいと望むばかりであったろう。
									ガイラルディアの放つ、その初夏の日射しのような心地良さを独り占めしたいと望むのは、太陽の光を一身にのみ受けたいと望み、
											世界を広く照らそうとする太陽を、黒い月で覆い隠すような所行であるのだ。
									それがガイラルディアを苦しめるだけと分かっていたから、
											かつての自分は、自らガイラルディアを遠ざけようとして、…けれど果たせずに。
											未練がましく想いを積み上げては、それを隠すに必死でいたのだ。
									愚かしいことだと分かっていた。
									本当なら、太陽が己だけのモノにならないことを受け入れて、ただ我が身にも降り注ぐ光に感謝するべきであるのだと。
									その願いが… 今は自然と、成っている。
									相手がナタリア姫であって、あからさまにガイを狙う死霊遣いや甘やかされているルークではない、ということも大きいのかも知れないが。
									
										
										
										ガイラルディア様は、私などの伴侶に収まっていて良い方ではない… 
									けれどガイラルディア様を望む気持ちをもはや押さえることは出来ぬ。
									せめて騎士として、この私には眩しすぎる主を守り通したい…
									
										
										
										隣に座って仲間達と他愛ない話を続けるガイを、ヴァンはひたすら尊く感じていた。
									
										
										
										
										
										
										
										
										
									
									その日のうちにジェイドが戻ることは無く、アルビオールの点検を済ませてきたノエルも同じホテルに滞在してもらうことにして、それぞれグランコクマの夜は大人しく過ごすこととなった。
									部屋に二人きりになったヴァンとガイだが、まだ敵地となる可能性を残したここで愛を深めることは望まずに。
									ただ、ヴァンは静かにガイを抱きしめる。
									「申し訳ありません…」
									唐突に謝ってきたヴァンにガイは「?」となったが。
											ヴァンが仲間となることで、ガイにヴァンの罪を背負わせる結果になったことを謝罪したいらしい、とすぐに気づいた。
									「伴侶なんだから、何でも半分こなのが当たり前だろ?」
									ヴァンの胸に埋もれるように抱きしめられていたガイは、その腕をヴァンの背に回して、安心させるように抱きしめる。
									「ガイラルディア様…」
											「悪いことも半分こだけど、良いことも半分こだからな♪覚悟しとけよ。 あ、けど、豆腐が食事に出たら、俺の分は全部ヴァンにやるよ」
									そんな軽口にヴァンはクスリと笑いながら。
									「貴公は私などには眩しすぎる方です。ですがどうか貴方から離れられない私を許してください…」
											「ヴァンデスデルカ…?。俺の方が、お前が一緒に居てくれることを感謝しているんだぜ? 俺の力が足りないのは分かっているけど…だけど、お前が俺から離れることは俺が許さない。もし離れたら地の果てまで追いかけて、ぶん殴ってやるからな」
									軽口まじりのその要求が、ヴァンにとって最も欲しい言葉で…
											深い所でまたガイラルディアに感嘆しながら、
									「殴られるのは遠慮したいですな」
									ヴァンも軽口で合わせる
									「だろ? 俺の拳はけっこう痛いんだからな。だから絶対離れたらダメだぞ」
											「身命にかけて…。貴公を守るためにこれからは生きて参ります」
									貴方が主であることを誇りに思います…
									とそう告げると、
									主なんて柄じゃないんだけどなー
									と照れるガイ。
									
											きっと昼間子供達に示した眩しい心持ちを賞賛しても、ガイはそれは普通のことだとサラリと流すだけだろう。
									
											
											
											天然の光を、その身に、心にお持ちになって生まれていらしたのだ…ガイラルディア様は。
									
										
											深い恨みにまみれた自分とガイラルディアは、同じ復讐を遂げると誓いあいながらも、違う道を選ぶことになった。
									それはきっと、ガイラルディアの身の内に在る光が、闇に身を浸らせていた自分とは違う世界を見つけさせたのだろう。
									その光を、ヴァンは無意識に求め続けた。
									もし、暗い想いから逃げることなく、最初からガイラルディアに全てを打ち明けていたならば、自らが選んだ血塗られた道をも、彼は光照らして、
									違う場所へ続く道を共に探してくれたであろうに。
									頑なであり続けた後悔はある。だが、今はこうして共に在ることが許されているのだ。
											この奇跡に何度でも感謝をしながら。
									「ガイラルディア様、あなたこそが、あなただけがただ一人。私が剣を捧げる我が主です…」
											「ヴァン…??」
									ヴァンはガイラルディアの前にひざまづくと、とまどうガイの手をとって、その甲に口づけの誓いを落とす。
									「一体どうしたんだよヴァン…」
											「ただ、あなたがあまりにも眩しかったもので…」
											「変なヤツだなあ」
									ガイは困った顔をしながらも、ひざまづくヴァンの頭を抱くようにして、その髪を撫でる。
											ヴァンが幸せそうに胸に顔を埋めてくるので、おっきな動物が懐いてきたみたいだなーと暢気なことを思ったりしながら、ガイはヴァンを甘やかしてやるのだった。
									
										
										
										
										
										
										ジェイドが現れたのは、翌日の深夜近くになってからのことだった。
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