ヴァン幸せルート小説 12











数日そうやって、ガイがルークの所に避難したり、ヴァンの元に戻されたりしながら過ごしているうちに、ジェイドが魔界から戻ってきたという連絡がアニスから入った。

ユリアシティから代表のテオドーロと研究者たち数名も連れてくることに成功したとのことで、
流石ジェイドだとルーク達は感嘆した。









謁見と議会を同時に行うための会場整備も既に出来ているそうで、ルーク達も会議にかける議題の整理も済んでいたため、いよいよ明日、ヴァン達とマルクト皇帝との正式な謁見の儀が執り行われることが決まった。
ここまで時間をかけて形式を整えたのは、これが世界にとって、大きな歴史の動きの象徴となるからであるのだ。

「いよいよ明日だなあ…」

ホテルの豪奢な窓辺に片足を乗せて腰掛けたガイが、マルクトの夜景に負けずにきらめく星々に視線を向けながら、傍らに控えているヴァンに言葉をなげた。

「ガイラルディア様には辛い真相もまた明らかにされるやも知れません…」

明日は恐らくユリアの秘預言の対策についても議題に上ることになるだろう。
第七譜石、ローレライ、フェンデ家、ガルディオス家、ユリアシティ、ダアト。
創世期から秘密を隠したまま現在にいたるこれらの抱える謎を解き明かすことが、秘預言への対策には必要不可欠であり。
幼い頃に全てを失ったにもかかわらず家系の歴史を背負わねばならないガイラルディアにとっては、辛いばかりだろう…とヴァンは心を痛めていた。

だが、ガイは相変わらずの笑みをヴァンに向けた。

「俺は大丈夫だよ。それより議会のお目当てはお前なんだぞヴァン。明日はお前のことを支えなくっちゃな」
と、ガイは頼もしい表情を作って見せた。
それでも少し繊細な気持ちになってしまっているのが感じ取れたのだが、

「さあ、明日は早いし、今日はもう休もうぜ。今夜はちゃんと自分の部屋で寝ろよヴァン。ちゃんと眠っておくんだぞ」と、ヴァンは部屋から追い出されてしまったのだった。









謁見の日。

ルーク達はホテルから宮殿の控えの部屋へと移動し、そこでルーク、ナタリア、ガイは、ピオニーの用意してくれた衣装にと着替えることになった。

それらの部屋に連なる広間のような部屋では、宮殿に避難させてもらっているイオンと護衛のアニスが挨拶に来ていて、ヴァンが不自由はないかなどと尋ねたりしていた。

最初に支度を終えて出てきたのはルークだった。

「うわー! ルークってばちゃんとして見えるよー」
「何だよ褒めてないだろソレ」
「口を閉じていた方が威厳が無くならないのではないかしら」

ピオニーの見立ては見事だ、と、その場にいた仲間達が感心する。

ルークの赤い髪の華やかさとは良い意味で対照的な深みを持ったブルーの生地は、かちりとした燕尾のついた軍服風な堅さと、この短期間で仕上げたとは思えないほど見事な金糸の細工が高位の貴族らしさを飾っていて。
襟元からのぞく白い光沢あるスカーフタイと輝く宝石のタイ止めや、金細工で飾られた帯剣用のベルト。そして足先まで油断なく、上品な高級品で仕上げられていた。

「まあルーク やはりあなたはそういう衣装も似合いますわね」

次に反対側の扉から現れたのはナタリアだった。

「ふわわわわわわ!!!ナタリア!綺麗えええええ!」

アニスが派手にうらやましがる横で、ティアも隠れてうらやましがってしまう。それほどにナタリアのドレス姿は美しかった。

薄い水色の裾の長いふっくらとしたドレスは、ナタリアの瞳に似合った透明感のあるエメラルドグリーンのリボンやドレープで華やかに飾られ、それに白い光沢のあるレースがさらに華やかさを添えていて。けれど決して華美過ぎずに気品を引き立てるドレスだった。
肩から胸元にかけて多少肌を見せるようにデザインされていて、ピオニーから個人的な贈り物として、ダイヤとエメラルドでできたネックレスが飾られていた。
ナタリアの高潔さを象徴するような輝きに、女性陣はうっとりと目を奪われてしまう。

そして。

最後に現れたのがガイだった。
先にルークの着付けを手伝ったり、手伝おうとするメイド達に丁寧に退出ねがったりしていたらすっかり遅れてしまった、と、

「遅くなってすまない」

と現れたガイだったが。

「うわあー…///」
「ガイ…素敵ですわ///」
「ほんと…///」
「正統派の王子様って感じ! これで天然タラしじゃなくって女性恐怖症も無かったら完璧なのにー!」

どどっと女性陣に囲まれて、ガイは「ヒ!」と小さい悲鳴をあげた後ガタガタ震えはじめたので、見かねたルークがお前等ガイから離れろよとガイを背中庇いに逃がしてやる。
それにホっとしたガイが背中からルークに礼を言う。
それを黙って見ていたヴァンとようやく視線が合った。

「おかしくないかな」
「………お美しいです…ガイラルディア様…」

本来あるべき衣装を初めて身に纏ったガイラルディアの美しい姿を目にして、ヴァンはしばらく言葉を発することができなかった。

白と明るい青を基調としたガイの衣装は、上品な金の縫い取りで高貴さを加え。
襟元などの基本の形は軍服風であったけれど、もっとマルクトの貴族風にアレンジされて、空気をはらめば動きを生むような、柔らかさのある素材が使われていた。
整った体躯をより引き立てる形と、ガイの輝く金髪や空色の瞳に合わせた色はとても美しく、ガイの血筋の高貴さをそのまま表すものだった。

髪型も前髪を立てすぎずに、それなりに上品に整える方向にしていて、元々女性陣には絶大な人気のあるガイだったが、部屋に控えていたメイド達も含めて皆クラクラになるほどの王子様っぷりであった。

そんなガイを前にルークとヴァンは、ガイの本来の地位にふさわしい姿への喜びと、誰の目にも触れさせないで、大事に仕舞ってしまいたい…という逆の欲求のジレンマにこっそり陥っていたりしたのだった。



それにしても…あのガイラルディア様の衣装は…

その衣装にはホド特有のデザインが模されていて、ホドの領主が式典の際に着用する礼服に明らかに似せている。

ガイラルディアの血筋の高貴さや出自の確かさを、一瞬で議会に詰めている面々に知らしめる効果を持った衣装となっているのだ。

なかなか心憎い気の利いたことをする男のようだな…マルクトの皇帝は。

ヴァンは興味をそそられたようだった。

そして
ガイラルディア様は本当に美しくお育ちになったものだ。
もっと豪奢な衣装でもお似合いになるだろう。
…だが私の主は何も身に纏わない姿がまた最も美しく…

と、表情には全く出さないまま、余計なことを内心考えていたりした。








「皆さん支度は出来たようですね」

そろそろ時間だと、ジェイドが現れた。

「陛下にしては、なかなかに気の利いた衣装ですね、みなさん似合っていますよ」

そしてソツ無くルーク達の衣装を褒める。

「それなりに偉そうに見えることは大切ですからねえ。張ったりになりますから、けっこうけっこう」

と嫌みも忘れないので、ルークがまた反論したり、アニスが自分もドレスを作ってもらいたかったと強請り、それを売り飛ばすつもりでしょう、とジェイドに突っ込まれたり。
そうやって緊張がずいぶんとほぐれてから。

「ではそろそろ参りましょうか」
「うん、行こう!」

明るく張りのあるルークの声に導かれて、皆も笑顔で謁見の場へと向かったのだった。













謁見の場は中心に長いテーブルを配し、その奥側にピオニー皇帝とその腹心達、
その反対側にルーク達が座すことになり、
側面にユリアシティの一行と、イオン導師。
そのテーブルの周囲を、貴族議員と上級将校達が何重にも取り囲んでいた。

ピオニーが用意した衣装の効果は抜群だったようで。
特にヴァンを従えているガイの気高い美しさに衆目が自然と集まることになった。

悲劇のホドの生き残り。それが敵であったはずのファブレ家の血筋の者と共に在るのだ。そして圧倒的な力を持つヴァン謡将を傍らに控えさせ、ピオニー皇帝に対等に協力を求めてきている。
議員達は否応無く、動く歴史を視覚で感じることとなった。

まずは全員立ったまま、ジェイドがルーク達一行とユリアシティからの面々を一人一人紹介をする。

それに皇帝がねぎらいの言葉をかけてから、ルークが代表して挨拶の言葉を述べた。

本当はピオニー皇帝にヴァン謡将が謁見するということが主要なことであるのだが、ヴァンの強い希望もあり、ヴァンはあくまでもガルディオス家を主家とするフェンデ家の代表という立場を取ることになっている。

議会はどうしても正式にヴァン謡将の力を取り込みたいのだが、そのためにはガルディオス家の意志が必要であり、そのガイラルディアの意志はルーク・フォン・ファブレの意志に寄っている。

そのような構造で、今は正式な地位の保証のないルークが、一行の代表として強く支えられていた。

「俺たち…いえ、私たちが望むのは、全ての国の平和と、障気に今苦しんでいる人達を救うこと。そしてユリアの秘預言にあるっていう、人類の消滅を、何とか止めたいということです。そのためには俺たちの力だけじゃ駄目なんです。力を貸して……いえ、それも違う。皆の力を合わせるんです。そうじゃなきゃ」

熱く訴えるルークに、ピオニーが深くうなづく。

「世界を救うために力を合わせるか。それで俺の大事な民を救えるなら俺個人には何の異論も無い」

そうはっきりと宣言してから、ジェイドに視線を向ける。

ジェイドはそれを受けて、魔界へ同行させた地位ある貴族議員の一人に報告を促す。議員は先日の議会でジェイドが報告した魔界に関することが事実であることや、魔界に墜ちた大陸に残されている人民の状況について簡潔に報告した。

議会がざわつく。それが静まるのを待ってから。
議会はどう判断するのか、とピオニーが促す。

反論などが出ないことを確認する短い時間を経てから、議長が一歩前に進み出る。

「陛下の御心に我々臣下は従う所存です」

そう宣言し、更に異論の無い時間を確認してから、ピオニーが笑みを向ける。

「意志はまとまった。マルクトは領土の大半を失って、民達を救う術も無い。力を貸して欲しいと頼むのはこっちだが、申し出をありがたく受けよう。力を合わせ、困難にある人々を救おう」

あくまでもマルクトのために、という立場をピオニーは崩すことはなかったが、今はルーク達にはそれで十分だった。

「さて、堅苦しい挨拶はこれで十分だろう。具体策について話しを進めようぜ」
「はい」

形式ばった会話を終了させたピオニーが、さあこれからだ、と身を乗り出す。

「とにかく救援だな。まず一番てっとり早そうなのがセフィロトツリーってのを復活させて、大地を今のオールドランドの位置まで戻せないかって辺りだが技術的にどうにかできないのか?」
「これはまずユリアシティの技術者の方に伺いたいですね」

促されたユリアシティの研究者が席から立ち上がって説明を始めた。

「まずアクゼリュスのセフィロト自体が破壊されてしまっていますので、セントビナーを中心とした辺りは復帰は不可能です。それ以外の地域も、液状化した大地に浮かぶ程度の出力は維持できていますが、再び外郭大地の位置まで戻すことは現在の技術ではやはりほぼ不可能でしょう」
「この大地を支えているセフィロトツリーも不安定な状態ですね」
「そうなのです」
「その原因を説明いただけますかヴァン謡将」

ヴァンに話しが促されて、見守っていた議員達が緊張した視線を一斉に向ける。

ヴァンは世界の支配者のような威厳をもって、それに望んだ。

「世界を作り替えるために、大規模なフォミクリー実験を行っている。その影響があるだろう。だが根本的には、セフィロトをコントロールしているパッセージリング自体がもう間もなく耐用年数を迎える。どのような手を打とうと付け焼き刃にしかならぬ」
「そう遠くない未来に、大地は全て墜ちると」
「左様」

落ち着き払ったまま恐ろしい発言をするヴァンを、議員達は歯がゆくギリギリと睨むしかない。
世界は実質、この男の手に握られてしまっているのだ。

「ただ障気から人々を救うことの方が急務です。アルビオール2機をフルに稼働させても、全ての人を外殻大地まで運ぶのは不可能ですし」
「ユリアロードを使わせてもらうのはどうだろう!」

ルークが割って入る。

「あなたがユリアシティから戻った手段ですね。利用は可能ですかテオドーロさん」

ユリアロードはユリアシティのやはり機密であるのだが、もはやこの状況ではユリアシティ側も協力せざるを得ない。

「重症者や物資などに限定すれば利用はできるだろうが、やはり多くの人間の移動には向いておらんな。もしユリアロードに障害が起きても、我々に機能を回復する技術は無い」
「重症者や弱者の移送はすぐにでも是非お願いしたいです。が、転送先もダアトですし、今現在の状況ではモース派の妨害を考慮する必要があるでしょうね」
「だが根本の解決にはならないな。何か手は無いのかジェイド」
「いくつか考えてみたのですが」

そうしてジェイドは、ディバイディングラインを利用して障気を閉じこめながら、外殻大地全体を魔界に下ろしてしまう、というアイディアを初めて披露した。世界を先に降ろしてしまえば、世界全体が崩落するという危機からも逃れることができる。
これには議員達もユリアシティの専門家も唸らされる。

「ほんと流石ジェイドの旦那だよ…」

ガイはこそりと感嘆の言葉をこぼした。

これは今現在最も効果的で実現性のあるアイディアで、それ以上のアイディアが出ない場合は、この計画を実行するという意見がすぐ様纏まった。

「キムラスカの反発があるかも知れないが」
「そこはヴァン謡将がモース派を抑えて下されば、こちらにはイオン様もいらっしゃいますから、キムラスカもそう硬質な態度は取り続けられないかと愚考します」
「ふむ…なるほど。ではとりあえず今はこの線で皆に動いてもらうことにしたい」

もっと紛糾するかと思われた最大にして最難関の議題が解決に向かい、議会は安堵の空気に包まれかけたが。

「ですが外殻大地を魔界に降ろせば、根本的な大問題がやはり生まれます」

というジェイドの言葉が続けられて、また一同に緊張が走った。

「ディバイディングラインが機能するのは、セフィロトがパッセージリングによって機能している間だけです。セフィロトが消滅してしまうと、封じ込められなくなった障気に世界中が包まれてしまいます。そうなると障気を再度地殻に閉じこめるのは不可能になります。
また液状化した地殻に大地は浮いていることが出来なくなり、全ての大地はゆっくりと地殻に飲み込まれてしまうことになる。
この世界は創世歴時代と全く同じ状態になり、残るのは魔界に滞在するために作られたユリアシティだけとなるでしょう。そしてそこで生き残ったとしても、すぐに食料は尽き、結局誰も生き残れない」
「………それって…」
「そうです。ヴァン謡将からもたらされた、ユリアの秘預言の人類の終末そのままです」

ざわざわと議会がざわつきに満ちる。

「まあ直ぐにそうなるという訳ではありませんから、セフィロトが消滅してしまう前に、一つ一つ順に手を打っていくしかないでしょうね」
「現況打開のためにどんな対策を取るにしろ、最終的には障気と地殻の液状化をどうにかしなくてはならないということか」

「地殻の液状化については、イオン様から提供いただいた禁書の解読によって原因が大体特定できていますので、今の技術で対応できそうかと」
「それは心強いな。流石ジェイド。残るは障気か」

「障気に関しては、できれば世界中の英知を集結して研究に当たるべきかと」

「お前がそう言うということは、かなりの難問なのか…」
「解決不可能ではないはずですが、情報が足りない状態ですね。そのこともあって、今回ユリアシティから専門家にご足労いただいたという訳なのですが」

ジェイドの促しとともに、その場の視線がユリアシティからの来賓に向けられる。

「ユリアシティではそれほど障気に関しては研究はしておらん。本来我々の職務は、世界の監視者としての役目であるからな。約束のその日まで、人々がユリアの預言の通りに生きることを影から導いてきた。その約束の日まであと僅かであったのだが……」
「ユリアの預言には無いことがヴァン謡将によって引き起こされた。あなたにとっては、あり得ないはずだったことが、実際に起きてしまった」
「…左様」

突然アルビオールでやって来たジェイド・カーティスの協力要請を全面的に受け入れたのには、テオドーロ自身も現在の状況に疑問と迷いが生じていたからなのだ。

ヴァンは更に、ユリアシティに対しても隠し続けられていた、第七譜石の秘密についてもここに至って明らかにし、それは信じていた繁栄の未来を覆す内容であり。

「実は障気の問題については、ここしばらくヴァン謡将から情報を色々いただいてかなり真相に迫っているのです。
ユリアシティの方であれば、お話する内容に正否をいただけると思いまして、ご足労いただいたという訳です」
「ヴァンが…」

テオドーロが何とも言いがたい表情でヴァンを見る。
あのホド崩落の日から、ヴァンの保護者的立場であったテオドーロは、ヴァンを完全に御しているように勘違いをしていた。

ユリアの血を受け継ぐフェンデの子。
この世界で唯一、大譜歌を謡うことの出来る存在。

「ヴァン謡将によれば、障気は第七音素が汚染されていることによって、発生しているのだと」

「……」

テオドーロはしばらく沈黙していたが、その重い口を開きはじめた。

「ディバイディングラインやセフィロトツリーは、オールドランドを支えると同時に、下向きの強い力を発しているのは理解しておろうう」

「それは地殻を浮かせるためだけでなく、障気を封じ込めるための技術なのですね」

「第七音譜術士が数少ないのは、第七音素のほとんどが地殻に存在しているからだ。
地表をめぐる記憶粒子が人々の生活を支えるエネルギーを生み出しているのに対して、地殻の第七音素は、セフィロトを作り出すためだけに大量に費やされいる」

「そして、地殻から地表をめぐる記憶粒子や、地表に元々ある第七音素は障気を含んでいない」

「汚染されているのは、地殻にある第七音素だけってことなのか。だが一体どうしてなんだ」

誰もが抱いた疑問をピオニーが代表して質問する。

「地殻の中の第七音素だけに、障気に汚染される原因があるからですね」

「…………」

「瘴気の発生源は…ローレライ…なのではありませんか」

そのジェイドの言葉が、シン…とした議会に重く響いた。









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