ヴァン幸せルート小説 13
「障気の発生源はローレライ…なのではありませんか」
そのジェイドの言葉が、シン…とした議会に重く響いた。
創世歴時代、世界は始祖ユリアとローレライとの契約によって救われ、人々はユリアの預言に従い続けてきた。
第七音素の意識集合体であるローレライは、この世界の人々にとっての神。
障気と大地の液状化という滅亡の危機を救ったローレライが、そもそもの危機の元凶だというのなら。
「地殻の第七音素が障気の発生源であることは認めるが… ローレライは始祖ユリアのみが接することができた存在。故にそのようなことが事実であるかどうか判別するのは不可能というもの…」
「ですが、こちらにはユリアの血をひく正当な後継者が存在します」
「……ヴァンか…」
議会は否応なくヴァンデスデルカを中心として進みはじめる。
「ヴァン謡将は、ユリアがローレライとの契約の際に使ったといわれる大譜歌を謡うことができる唯一の存在です。
そのヴァン謡将が譜術や譜歌を使われる時、流れ込んでくる意識のようなものを感じられると。…もう一度それを教えていただいて宜しいですか謡将」
促されたヴァンは、一度ガイに視線を向ける。ガイからの「頼む」と短く命令を受ける形でヴァンはようやく返答をした。
「ユリアの預言は少しの歪みをものともせずに秘預言の告げる終末へとへと向かうだろう。何故ならローレライがそれを望んでいるからだ。…そして…ユリアは人を愛している」
言葉という具体的な形でなく、感情のような本能的な意識の動きが、ヴァンには第七音素を介して入り込んでくるのだという。
「一体どういうことなんだ…」
ピオニーだけでなく、その場にいる議員全員が頭を抱える。人々はユリアやローレライをどう捉えてゆけば良いというのか。
遠くない将来、セフィロトが消滅すれば障気で人類が滅亡する…という現実の中で、創世歴時代と神と始祖ユリアという謎が大きな壁となってしまっていてた。
「こういう時は、問題を簡単な話しに置き換えてみましょう。たとえば借金です」
「は?」
「借金か。借り手がユリアと人類で、貸し手が…ローレライってトコか?」
「その通りですガイ♪」
ジェイドはガイの爵位返還の際に使ったカードゲームの話しのように、今度はこの困難な問題を借金の話しに置き換えようとしているのだとガイは直ぐに理解した。
「では、ティア」
「え、は、はい」
急に話を振られてティアは珍しく慌てて返事をした。
「あなたは今からユリア役です」
「私がユリア…ですか?」
「あなたもユリアの子孫ですしね。ローレライですが…」
「俺がやろう」
「ではピオニー陛下。お願いいたします」
ジェイドの提案に面白そうな匂いを嗅ぎとったピオニーが乗ってくる。
何が始まるのかと、議員達は予測できない展開を驚き見守るしかないでいる。
「では始めましょう。皆さん、今は創世歴時代です。世界は障気と大地の液状化で滅亡の危機にあります。
そこで、始祖ユリアは世界救うためにローレライに借金を申し込みました。さあティア」
「え、は、はい。お金を貸して下さいローレライ……陛下」
「おう! いいぞいくらだ」
「気前が良いですね。さてアニス。借金といえば?」
「はーい大佐! 借金すると、利息がいーーーーっぱいいーーーっぱい取られます! 元金なんかより利息の方が高かったりです」
「そうですねローレライの力を借りる代わりに、ティアは何を利息として差し出せますか?」
「……利息…ですか…」
困惑するティアに、それを見守っていたテオドーロがため息をついてから。
「人々が…ユリアの預言に従うこと。…それがカーティス殿の言う利息に当たるのでしょう。我々はその利息を管理する存在だった」
「どうして人が預言通りに生きると、オレにとって利息になるんだ?」
ローレライ役のピオニーの疑問に、テオドーロは諦めの表情を浮かべて続けた。
「ユリアの預言とは……ローレライとの契約。ローレライは人の未来を夢として見、それを預言として謡いあげたのが始祖ユリアだったと伝えられています」
「!」
「!!」
「つまりオレの見た夢の通りに人間達が生きるってことか。……それが面白いとはオレには思えんが。
だがオレはローレライだからな。利息として『オレの言うとおりに生きろ』これで良いなユリア」
「どうですユリア?」
「迷っている時間が人にはありません。仕方ありません。今はその契約を飲むしか…」
すんなりとそんな台詞が出てきて、ティアは驚いた。
そしてそのピオニーとティアのやりとりが、その場にいた全員に、まるで創世歴時代、ローレライとユリアとの取引を目の当たりにしているような感覚を自然と生んでいた。
「ですがユリア、その契約ですと、二千年後にはまた同じように人類は障気によって滅びてしまいますよ?」
「今は他に方法がありませんから…。……サザンクロス…博士の…音機関で地殻を浮かせて…障気を地殻に閉じこめるのです。
そのためにはローレライの力がどうしても必要で…」
「………ユリア…?」
まるで本当にユリアがこの場で話し始めたような、人々はそんな錯覚を覚えた。
「私は信じます。二千年後の人類が、きっとその危機を、乗り越えてくれることを…」
「二千年後。つまり今の俺たちってことだよな…」
ルークの言葉に皆、はっとなる。
「ですがユリア。あなたが期待している現在という世界は、あなたの預言に従うことにすっかり馴れてしまっています。どうしたら解決できるでしょう」
ティアのユリアとしての台詞は続いた。
「ローレライとの契約で、その終わりの時を預言に織り込むことは出来ませんが… きっとその時になれば…理解るはずです。そのように…私は…」
「だからあなたは、ルグニカ平野とケセドニアの崩落を、預言に詠まなかった」
「………!」
「そうしてだからこそ、預言の最大の監視者であり守り手であるユリアシティの代表が、今この場に居られる…という現実があるのではありませんか」
「ううむ…」
テオドーロは唸るしかなかった。
ユリアは預言を詠まないことで、その時期の到来を人類に警告していたのだとしたら。
今預言そのものに疑いを持ったテオドーロがここにいるという現実こそが、それを確信付ける何よりの証拠だと認めざるを得なかった。
「さてアニス」
「はい大佐!」
「この借金の話しですが、まだ足りない部分はありませんか?」
「そうですね〜。ローレライが貸し手。ユリアが借り手、ですけど、保証人は誰なんですか? ユリアシティの人? ローレライ教団ですか?」
「そう、借金には借り手よりも重い責任を背負わされる保証人という存在が欠かせません。
ですがこの場合、借金の借り手はユリアだけでなく、人類全体です。だから利息をローレライ教団が代表して取り立て続け、ローレライに払っているのでは?」
「そっか、保証人は、借金してる人が逃げない限りは何もしなくっても大丈夫ですもんね」
両親が借金の保証人になってしまったばかりにモースの間者となるしかなかったアニスにとって、この借金話しにも保証人という存在は欠かせないものだった。
「他にはありませんか?」
「えーっと、後はちょっと考えてたんですけど、ローレライ教団は、“未曾有の繁栄”の日が来るのを楽しみに頑張ってきたんですよね。
その先に預言が無いのを疑問に思われないためなのかも知れないですけど、終わりを迎える人類への最後の大サービスなのかなーって。でも…」
「でも?」
「ヴァン謡将がこの時代にいて、超振動が使えるルークもいて、そのせいで預言の問題が発覚して、その対策がぎりぎりできそうな期間が残ってるグッドタイミングな時期じゃありませんか?今って。
未曾有の繁栄って、大サービスし過ぎかなーって。普通契約って、ほとんど借り手にばっかり不利なもんじゃないですか」
「未曾有の繁栄は、人類にとって有利すぎると?」
「何となくですけど、感覚的にそんな感じです。持ち上げて落とすみたいな意地悪なのかも知れないですけど」
「まあ私がローレライならわざわざ幸せなんかあげないで、じわじわ終わりの恐怖を味あわせるかも知れませんが♪」
「大佐ぁ…」
「ジェイド…」
「オッサンこえーよ…」
「でも良いことが最後にはあるって言われた方が利息の返済頑張れるだろ? だからじゃないのか?」
「ふむ なるほど」
「でもさ、その利息払わなかったらどうなるんだ?」
その単純なルークの質問に
「良い質問ですね。どうしますかローレライ陛下」
「まあ利息が払えないなら、普通は元金の取り立てか?」
「人々が予言に従わなくなった時点で、契約は終了。オールドランドは地核に落ちてオシマイ。ですね」
「だからユリアシティやローレライ教団という存在がどうしても必要だったと…」
新たにされる納得せざるを得ない推測に、皆反論もできずただ唸るしかない。
「でもそこまで利息払ってくれたんだから、オレだったらもう元金は勘弁してやっても良いけどな」
「さすがローレライ陛下はお優しいですね。で、この契約をずっと続けて力を貸し続けてくださると」
「ああ良いぜ。…けどそれでローレライとしては何か困ることとかあるのか?」
「言い伝えではローレライは、ユリアとの契約によってその力を人類に貸すために、地核の中に囚われているらしいのです」
「……てことは、契約が終わらない限りオレは…」
「ずーっと地中に閉じこめられっぱなしってことですね」
「………それは…………辛いな…」
ピオニーはケテルブルクに軟禁されていた時期の自分を重ねた。
ジェイド達がいてくれた自分とは違い、地核でただ一人きり、ただ人類が自分の夢の通りに生きることだけを楽しみにしながら…
もう自分の声を聞くことのできるユリアも存在しない世界で…たった一人。
「まずいな……オレには耐えられないかも知れん」
計らずも、ローレライの役として適役だったピオニーだった。
「ですがあなたが地核から出て来てしまうと、障気で世界が汚染されてしまうんですよ」
「それが…この話しの核心てわけか。なるほどな。俺たちが考えなくてはならないのはローレライという存在について…か」
ここしばらくのヴァン謡将との親交で、ジェイドが掴んだらしいこの問題の本質は説明や理解が難しく。
こういった公衆の前で同時進行的に解明させていく手法を取ることは最善であったとピオニーは理解する。
己が親友ながら、本当に切れる男だと内心感服していた。
「で、その契約なんだが、たとえばオレが途中でもう閉じこめられるのがイヤになるってこともあるよな。やっぱり契約はやめようぜと」
「そのために、ユリアはローレライと契約する際、大譜歌と共にローレライの鍵を使っています。
これはローレライからユリアへの契約の証でもあり、ローレライの力をコントロールできる働きがあったと言われています」
「じゃあそのローレライの鍵があれば、契約を強引に続けることができるんじゃないのか? まあローレライ陛下には気の毒ですが…」
「障気の問題を解決してくれくるんなら、再契約してやっても良い。障気さえ無くなれば外に出てもかまわんだろう?」
「オールドランドが降下し終わって、液状化も解決できた後でしたら、障気の無いあなたならいくらでも外に出てかまいませんよ」
「新しい契約を結び直すってことか」
「そのためにはユリアと同様に大譜歌と、ローレライの鍵が必要となりますが」
「大譜歌ならヴァン師匠が謡えるし! あとはそのローレライの鍵だけど、何処に亜るんだ?」
「ダアトの秘歴史では、ユリアが地核に沈めてしまったと伝わっていますが…」
とのイオンの言葉に
「それも秘密を守るためのギミックです。ローレライの鍵は…ずっとホドにあったと…」
その機密もテオドーロは明かす決意をする。
「!」
「!!」
「ローレライの鍵は宝珠と剣に分かれて、ガルディオス家とフェンデ家が管理していたはずです…」
「だけどホドは…」
「これはユリアシティの最高機密の一つですが、約束の日の始まりのその日、栄光を掴む者がホドを消滅させ…そしてローレライに鍵を返す…と」
「ホドが地核に沈んだのは…鍵を返すためだったと…?」
「我々はだからこそ、ユリアにとって重要な地であったホドの崩落を、その日喜んで迎えたのです」
表情に出さないようにガイは静かにその言葉に堪える。
「つまりローレライの鍵はずっと密かに人間の手にあったものの、契約終了も間近いということで、今現在はローレライの手に戻されているということですか?」
「それってヤバいんじゃないんですか? いつでも勝手に契約終わらせられちゃうって事ですよねえ」
「いえ、ユリアとの契約が正式に終わるまで、ローレライは強力な譜陣によって地核に留まらされるはずです」
「契約不履行なんかがあると譜陣が解けてヤバいってことだな」
「まあアクゼリュスの崩落やルグニカ戦争などの大きな預言には従ってきていますし、まだ猶予はあるはずです」
預言の次の大きな展開はマルクトの皇帝の死を暗示するもので、それだけは皆何としても回避したかった。
その後に来ると預言されている未曾有の繁栄が訪れてしまえば、いつ人類が滅亡してもおかしくない訳で、誰もそれを望む訳が無いのだ。
「ユリアなら…」
ティアの言葉に皆が耳を傾ける。
「ユリアなら何か、大切なヒントを、預言に織り込んでいるのでは無いでしょうか」
「預言ですか」
「私が…ユリアが残せるのは預言しかありません。」
「それはどんな事だと思いますか?」
「…すみません…わかりません。ですが…」
ティアはユリアの気持ちにできるだけ寄り添おうと、意識を深くした。
「世界を救うには、力を持った人が必要です。創世歴時代のサザンクロス博士のような。
ローレライと対するなら、第七音素を扱うに長けた天才が必要です。その人達が揃うことが出来た時代に、私は…」
「確かにこの、今 という時代、譜術や譜業の天才が存在することを俺たちは知っている」
そんなピオニーの言葉にジェイドが嫌そうな顔をしながら
「譜業はともかく、大譜歌を謡えるヴァン謡将に加えて、超振動を扱えるルークという存在が大きいと思います。
そういった存在が生まれる時代もあれば、存在しない時代もある。…ということは…ユリアはこの時代だからこそ…」
そうか…とジェイドは独り言のように呟いてから。
「秘預言を明かすタイミングにこの時代を選んだのはユリアなのではありませんか。ローレライと契約終了の時期について彼女は交渉してくださったのでは」
「この時代に都合良く世界を救うための人材が揃っているのは偶然じゃないと?」
「アニスは終末に向けて借り手に優位な状況が揃い過ぎていると言っていましたが、その直感が正しいのではないでしょうか」
「つまり、人類が預言の秘密に気づいて、迫っている危機に対策ができるように、…ユリアが時間を作ってくれたって…ことか?」
「さすが説明の上手いガイです。そういうことなのではと。
本来契約を終えるのであれば、ローレライの鍵という契約の証を返した時点で終わりとするのが、すっきりした終わり方です」
「本当ならホドが崩落した時点で、世界も終わりを迎えている筈だったってことか」
「ローレライの意見としては、まあもうすぐ契約も終了だし、少しくらい良い思いさせてやっても良いぜ…? ってトコか」
と、ローレライ役のピオニー。
「大事な終わりの時期ですよ? 油断すると、終末預言に気づいた人類がローレライの鍵を返さないかも知れません」
「それはマズいな。なら先にローレライの鍵は返してもらう。その時点から終末までの時期に良い預言を与えてやるよ。
それとそうだな、追加で利息でも取るって方がローレライらしいか?」
「だそうですよユリア。何が払えますか?」
「新しい利息…ですか…」
ティアはしばらく逡巡してから
「私の命に代えられるならそうするのですが、その時代に私は既にいませんから………。私の………子孫達を…」
「子孫達の命を捧げると?」
「酷い祖先と恨まれるでしょうけれど、契約者である血筋の運命として…」
その言葉は、ホドと共に滅んだフェンデ家の状況そのままで。
自然に生まれてくる言葉を紡ぎながら、ティアも困惑していた。
「ですが大佐。私も兄もこうして生きています。それにこの時代には、大譜歌の謡える天才が必要なはずです。だからこんな契約は…」
「だからここで、…………保証人………なのではありませんか?」
ジェイドのその言葉に、議会場に詰めた貴族や軍人達ならば思い当たる、その一族の名が否応無く浮かぶ。
当時その決定を支持した者が、少なからずこの場に椅子を与えられて存しているのだ。
その日その屋敷には、嫡男の五歳の誕生日を祝うために、血族全てが集められていた。
だからホドが落ちてしまった後、国庫に預けられていたその家の財産は、相続する者が一人も存在しないまま、現在に至ったのだ。
たった一日で一族全てが失われてしまった家系。ただ一人生き残ったのは……
「……だとしたら……それが本当なのだとしたら、……」
俺は生きていたらいけないんじゃないのか?
その小さいガイの呟きは、静まっていた議会場には思いの外よく通った。
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