ヴァン幸せルート小説14










「俺が生きてちゃいけないんじゃないのか?」

もしガルディオス家がその命の全てと引きかえに、ヴァンとティア(その時点ではティアを身ごもった母だが)を救ったのだとしたら。
だとしたらガイもあの時、一族と共に果てる運命を受け入れるべきだったのでは無いだろうか。

「んな訳あるかよ! 俺はガイがいてくれたから、ここまで来られたんだ! ガイがいなかったら俺は!」

「そうですわガイ あなたも私にはとても、とても大切な幼なじみですもの! アッシュにとってだって同じですわ!」

「ガイ、あなたがいなかったら、兄さんが味方になっくれることは無かったはずよ。今こうして世界を救うための話しをしていられるのは、ガイのお陰だわ」

「後ろ向きな考えはガイらしくないよー! ワガママばっかりのパーティーメンバーをずっと纏めてくれたのはガイじゃん!」

「僕も一緒に旅をしていて、あなたの暖かさに感謝していましたガイ。ルークが優しいのは、きっとあなたの影響があるからなんでしょうね」

「まあ今の話しは仮説に過ぎませんから。ですがガイ、あなたがいない世界でヴァン謡将はやはりこの場にはいないと思いますよ」

ですよね、とジェイドが視線をヴァンに向けると、ヴァンはガイラルディアの犠牲という不快な話しの展開に眉を潜めていたのだが

「ガイラルディア様が望まれたから、私はこの場にいるのです。もし貴公と再会することが出来なければ、私はただ、元の計画を実行するだけです」

ローレライに滅ぼされるより前に、ヴァンによって再構築される世界。
だがそこに、連綿と受け継がれてきた人々の暖かな想いなども無く。断固たる決意で進められてきたその計画を変えることが出来たのは、ヴァンデスデルカのガイラルディアへの想い…ただそれだけだった。

「ヴァン……みんな……」
「俺もずっとガイラルディアに会えることを楽しみにしていたぞ。このジェイドが報告書でベタ誉めし続けていたんだからな」
「陛下…」

照れて渋い面を作るジェイドを面白そうにピオニーはからかいつつ。

「もし先ほどの話しが真実だとしても、フェンデ家の方やホドの住民も多く亡くなっている訳ですから、その方々があなたの身代わりとなったとも理解できます。
あなたもまた、この世界に在るべき一人なのだと私は感じていますよ。
今のこの世界に、あなたの存在無しに、バラバラだった各勢力がこんなに簡単に膝を揃えることは有り得ないことでしたから。
あなたはマルクトの大貴族に生まれ、キムラスカで王子の世話係りとして育ち、ダアトを統べる者を配下としています。
そんな貴方だからこそ、バラバラだった私達を纏めることができた。全てホドの悲劇をあなたが生き延びてくれた結果です」
「ジェイド…」

ガイの人生にはいくつかの運命の選択肢があった。

ホドと共にその生を終える運命。避難先のセントビナーからマルクト貴族として家を再興する人生。
あるいは敵討ちを果たして、ルークやキムラスカの王侯一族を滅ぼし、ヴァンデスデルカと共に世界を再構築する選択。
あるいはルークと共に歩みつつ、ヴァンデスデルカを敵として戦う道。

だがガイラルディアは、そのどれも選ぶことは無かった。ガイラルディアが選んだのは…。

自分を取り囲む面々をガイは眺めてから。

「まあ皆世話が焼けて放っておけないからな。けどこれからはあんまり世話を焼かせないでくれると助かるけど」

少し困ったような表情をして、それから何とも言えない甘い柔らかな笑顔で、ほんわりと笑った。

その表情にルーク達も甘い気持ちで満たされていたのだが、必然的にそのやりとりを眺めることになった貴族や軍人達も、この王族達から絶大に愛されている青年の笑みに、逆らいがたい魅力を実際感じてしまっていた。

ある貴族は、近くの議員にこそりと呟く。
「そういえばガルディオス家の奥方は、誘惑の美女なぞとあだ名されておりましたな」
「キムラスカ人と由緒あるマルクト貴族との婚姻は一種スキャンダルのようにも扱われて、反対する者も多かったですからな、当時噂の的の彼女を知らない者はいなかった。
だがその美しさを目の当たりにすると、皆何も言えなくなったものです。あの青年は、ガルディオス伯爵にも似ておられるが、容姿は奥方様の血の方が強いようですな」
「実際にこの目で見てしまえば、出自を疑うことも無くなりますな。本当によく似ておられる…」

ヒソヒソとあちこちで呟かれるそんな会話はピオニーやジェイドの耳にも入ったが、それは無視をしてジェイドは話しを進めることにした。

「不安な気持ちにさせてすみませんガイ。ですがもしユリアが時間を作ってくれたと仮定できるなら、この作られた時間の中にこそ、世界を救うためのヒントがあると考えての事なんです」
「こっちこそ余計な心配かけて済まなかった。とにかく問題は、障気をどうするか、そのためにローレライをどうにかできるのか、ざっくりとこの二つって感じだな」
「ええ。勿論前提として、ヴァン謡将やルーク達に様々な細かい問題を解決していただいた上で、ということになりますが」
「それは俺達で頑張るよ」

な、とガイが笑顔をルーク達に向ける。

真剣な顔でルークやナタリアが頷き、ヴァンが「御意」と恭しく応える。

その姿にも、ヴァン謡将の主人が誰であるのか、議会の面々に強く印象付ける。

もし全てが上手く運んで、ヴァン謡将がダアトを制圧し、ルークやナタリア王女がその地位を取り戻せば、マルクトの皇帝の懐刀が滅多に無い賛辞と信頼を寄せるこの青年はピオニー皇帝の信頼すらも既にその手にしつつあり、三つの大きな勢力の権力者から、絶大な信頼を寄せられることになるのだ。この柔らかな笑顔と凛とした物腰の美しい青年は。
議会の面々は皆、その事実に次第に気づいていくのだった。


議会での話し合いはしばらく続いたものの、結局障気についてもっと調べなければならないという結論に至り、そのためにはベルケンドやシェリダンの協力も不可欠であること。そのためにキムラスカの協力はやはり必要で、そのためにはモース派の制圧が第一、と、最終的にそこに至った。
またこういった形で議会を開くことが約束される。



議会の最後に、ガイへの爵位の譲与式が簡単に行われることになった。

正装に身を包んだ金糸碧眼の美青年が同じく美貌自慢の皇帝に礼をする光景は、実に神々しく絵になった。

ピオニーが形式的な挨拶を述べて目録などを簡単に譲与してから、逞しさと優雅さの混じる笑顔を向けると

「お帰り ガイラルディア」

ガルディオス伯爵となった青年を、その腕で包容した。

「ありがとうございます陛下…」

その微笑ましいとも美しい光景に皆見とれていたのだが、ルークとヴァン謡将だけは、かなり嫉妬丸出の表情で。
皆ガイの方を見ていたので、それに気づいたのは目敏いジェイドだけだった。



今後の展開に向けて、協力体制を取ることが確認されて、とりあえず議会は閉会した。







ルーク達が退出しようとすると、たくさんの貴族議員達に取り囲まれてしまった。

「ガルディオス伯爵にご挨拶を」

伯爵となったガイに祝辞を…という建前で、取り入ろうという魂胆が丸分かりだった。
見かねてジェイドが止めに入ってくれる。

「まだ私達はこれから話し合いをしますので、ご挨拶などは、申し訳ありませんが落ち着いた頃に改めて」

と憎まれ役になってくれたのを有り難く受けて、何とか来賓室まで戻ることが出来たのだった。




「ガイ、その、爵位おめでとう」

ガイが少し遠くなってしまったような感じもして複雑なルークに

「…ありがとうルーク」

ガイも色々と複雑な気持ちを抱えてしまっていたものの

「これからはガイラルディア様と呼んだ方が良いんでしょうかw」
「止めてくれよ旦那〜 旦那にそう呼ばれると正直気持ちが悪いよ」
「おや失礼な」
「ガイはガイですわ」

くすくすと笑うナタリアの言葉に皆が納得の頷きを返す。
地位や呼称などは役職の一種のような物で、それによって何が成せるのか、どんな責任を負うのか。それだけがガイの関心事だと皆理解していた。

「がイーvvvいつでもアニスちゃんが結婚してあげるからね!」
「遠慮します」

わいわいといつも通りの軽口で会議の緊張も随分とほぐれてから。

「とにかく、俺達がやるべきことをやらないとな」
「私、お父様をもう一度……いえ、何度でも説得しますわ。王女としてお父様の元で育てられた誇りにかけて」

皆でその決意に賛同して。


「さてこれからですが。キムラスカに向かうにも準備が必要でしょう」
「モースの動向は?」
「部下に指示は出してある。私は一度ダアトへ戻る必要があるが」
「ルーク達がキムラスカ王に会われる時は僕も同行します」
「イオン様」
「そうさせて下さい」
「では一度皆でダアトに向かいましょう。イオン様のことはヴァン謡将に護衛をお願いいただく形で。陛下の許可が出ていますので私も同行させていただきますよ」

とりあえず次の目標が決まって、元の衣服に着替え終わった一行は、今夜はホテルで休み、明日準備を整えてから出発することになった。











食事も済んで就寝の時間に、ガイはルークの部屋に来ていた。
ヴァンから逃げる目的で部屋に先日来た時に、ルークに思いの外喜ばれて。

今まで宿では大概同部屋で、一人部屋はとても久しぶりだったのを思い出した。

なんとなく最近寂しい思いをさせてしまったのではないかと心配して、ガイはそれからできるだけルークを寝かしつけてから自分も寝るようにしていた。

「ここしばらくのんびりしてたから、明日からまた忙しく飛び回るのに調子崩さないようにしないとな」
「俺は飛び回ってた方が向いてるかも。会議があったし正直のんびりって気分にはあんまなんなかったな」
「そっか。けど会議では立派だったぞルーク」
「べ、別に、俺だけが頑張った訳じゃねーし」

照れてベッドにごろんと横になったルークに、ガイはくすくす笑いながら、上掛などを整えてやる。
膨らんだベッドをぽんぽんと優しくたたいてから、

「おやすみルーク」
「おやすみガイ



ルークが寝付くのを少し待ってから部屋を出る。

ホテルの豪奢な部屋に似合った装飾の施された廊下は淡いシャンデリアの光に照らされていて。そこに…

「もう用はお済みになったのですか?」
「ヴァン」

謡将の外装は取り払って肌にぴたりとしたインナーと、ボトムは通常装備のままという、
なかなか精悍ないでたちのヴァンが腕を組んで廊下の壁に背を預けたまま佇んでいた。

ルークを寝かしつけてから部屋を出ると、こうしてヴァンが待っている。
もしかするとルークの部屋に泊まった時も、こうして待っていのでは無いのかと思ったりもするのだが。

「……今宵もお一人で休まれるのですか?」

昨日の夜、部屋を追い出したことを拗ねているのだろうか。ガイはくすりと笑う。

「なあヴァン。ちょっとまだ飲み足りない気分だし、飲まないか?」
「はい」

その誘いにヴァンが何とも言えない笑みを浮かべるので、何だかガイも照れてしまう。

「貴公の部屋で宜しいか?」
「うん。あ!、でも、その…今日は…し…シないぞ。そんな気分じゃないし」
「……心配はいりませんよ」

ヴァンは余裕の表情で、ガイに暖かく微笑みかけたので、ガイは安心した。

「部屋に酒も用意されていたよな。あ、でも部屋のは高いのか」
「部屋にあるものでお気に召さないようでしたらご注文されれば良いのですよ」
「でもどれも高そうだけどなあ」
「これからはそういった物も嗜まれないとなりませんよ」
「そういうもんか」

部屋に二人して戻ると、ヴァンが薦めるボトルを開けた。
手に馴染むグラスに氷と琥珀色の液体。深い香りと味わいに、気分が解されていく。

コの字形に配された豪華なソファーに隣合って座り、高い天井まで延びた窓の外の星に何となく視線を向けていた。

「何か色々今日もあったな…」
「お疲れになったでしょう」
「父上達のこと…ヴァンはどう思う?」
「…全ては推測です。お気になさらぬ方が宜しいですよ」
「……けど…」
「ホドを崩落させたのは私の力です。戦火を生き延びた人々も巻き込むことになった。
そこに罪があるのなら、伴侶であるあなたが半分はその罪を引き受けて下さるのでしたな。
逆に領主であるガルディオス伯爵がホドの運命を知っていて領民を救えなかったのだとして、その罪をあなたが継承したいと望むなら、その半分は私が受けましょう」
「ヴァン…」
「罪を負うと分かっていても、成さねばならぬこともあったでしょう…」
「………そう…だな。ヴァン…ありがとう」

ガイは眉根を寄せ苦痛な表情のまま、けれどヴァンに深く感謝した。
過去の事を確かめようもなく、推測ばかりとなるのは仕方ないのだが、それでもそこで成された決断が、“今”という世界に繋がっている。
状況が分からないまでも、もしガイが過去の父と同じ立場に置かれたとしたら、父と同じ決断をするのではないのだろうか。
そう考えて初めて、伯爵という地位、フェンデ家を守るガルディオス家、そしてそのフェンデ家の者を騎士とする立場の重さを、ガイはその身にひしひしと感じ始めていた。

「ガイラルディア様…そろそろお休みになられますか?」

こういう時のガイラルディアは一人になりたがる…
それを識っているヴァンは、今宵共に過ごすことを諦めつつ。

「んー…そうだな…。けっこう飲んだしいい加減にしないとな。ここは片づけておくから先にシャワー使っていいぜヴァン」
「……一緒にいても宜しいのですか?」
「え?」
「お一人になられたいのではと…」
「あー…」

そのヴァンの言葉に、ガイは首を横に振る。

「一人で悩んでも仕方ない問題だしな。その…ヴァンさえ良いなら一緒に居たいんだけど…」
「ガイラルディア様…」
「う…。あ! でも、今夜は…その、そういうのは無しだからな」

見ていられないような喜びの表情になったヴァンに、ガイは照れつつも慌てて釘を刺す。

「……まあそういう約束でしたからな」

しぶしぶなヴァンの返事を言質にとって、ガイはさっさと寝る支度にとりかかった。

ガイがシャワーを済ませて戻ると、ヴァンはベッドの上で半身をベッドヘッドに寄りかからせながら閉じていた目を開いた。

「先に寝ててくれて良かったのに」

髪を乾かしてからガイがベッドにもぐりこもうとすると、ベッドから腕が伸ばされて、

「わっ…」

ヴァンの胸元へと抱き込まれてしまった。

さらりとしたシーツとヴァンの力強い温もりに包まれて気持ちは良いのだが。

「もっ…急に………」

むくれるガイにヴァンはくすりと笑う。

「貴公はここのところ、逃げてばかりおられたからな」
「むー…」

逃がさないとばかりに抱きこまれながら。

「口づけくらいは宜しいか?」
「え………うん…そのくらいは別に良……!んンン〜!」

逃げ回っていた自覚はあるので、そのくらいは良いよなと返事を全てし終わる前に

「んっ……ンんー…」

貪るような激しさにガイの身体が強ばりかけると、

「はぁっ……もっ…またお前…はっ 急な…」

息継ぎを許されて文句を言ってやろうとするのだけれど

「……ぅん…」

今度は緊張を溶けさせようと、甘く、甘く、唇をはまれる。

その甘さに思わず抗議もできなくなって

「ン…… フ…」

ガイも甘い息を漏らして身体を弛緩させる

「! …んんっ!ン!」

すると今度は奥まで深く舌を絡められ。
ヴァンに半身をのしかかられるように押さえ込まれてしまうと、ガイにはその口づけから逃れる方法が無かった。

「んんん! ンー…」

熱い吐息と共に絡められる舌の動きに翻弄されるまま、唯一自由になる足をバタつかせようとすると、今度は足も絡められる。
ヴァンの手が、ガイの身体のラインをゆっくりと辿り、

「んっ! ぁ…!」

たくさんあるガイの弱いラインを優しく撫で続けた。その度にひくひくと身体が跳ねる。

今夜はそういうのは無しって約束したのに!
キスだけっていうから良いって言ったのに!

このまま強引に色々されてもヴァンの圧倒的な力からは逃げられそうに無い。
いつの間にかヴァンの口づけはガイの弱い耳元から首筋を甘く撫でていて

「ア!…ぁ…」

ガイが思わず高い声を上げてしまい、何だかもうどうにでもなれ…と力を抜いたとたんに…
ふわっと二人の間に涼しい空気が入って、

「……え…?」
「お休みのキスには少々過ぎましたかな…」

ガイから少し身体を離したヴァンがガイの髪を優しく撫でながら、憎らしいほどの爽やかなような企んでいるような笑顔になり。

「お休みなさいガイラルディア様」

額に一つキスを落とすと、そのままガイを腕の中に納める格好で横になって目を閉じて寝に入ってしまったのだった。

な…な… なんだそれはーーーーー!!!

一方的に煽られた挙げ句に放り出される格好になったガイは色々とヴァンに怒りたかった。
けれどそれ以上に…若くて元気な身体は既に困った事になっていて、ガイは深く深くため息をついたのだった。








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