ヴァン幸せルート小説16






老マクガヴァンが語るガイの幼い頃の事情に耳を傾けながら、ルークは複雑な気持ちになっていた。

今まで使用人兼幼馴染みとして、一緒に暮らしてきたガイ。あれだけ一緒に過ごしながら、ガイ自身の話をしてくれることは殆ど無かった。
それが、この旅が始まってからは、次々と驚くばかりのガイの過去が明らかになっていった。

未だに恐怖症となって引きずるほどの記憶の傷を抱えながら、結局、例えようもないほどの包容力を発揮して、仇の子を育ててしまったガイ。ルークがレプリカだと分かった後も、アッシュではなくルークを親友として選んでくれた。

そんなガイはルークにとって、“親友”なんて言葉では軽すぎて、何と呼んで良いのか分からない。

主人と使用人という安定した関係は無くなって、自分はただのレプリカで、一方ガイは正式に爵位を持つこととなった。
失われていたホド戦争の記憶がこうして補完されていくに従って、ファブレ家がガイに与えた傷がどれほど深刻かも実感することになって。

(オレなんかが本当に、ガイの隣にいて良いんだろうか)

と、暗い気持ちになってしまう。

けれどそんな事をうっかりでもガイに漏らしたら、きっとすごい勢いで怒られるに決まってる。
それを想像しただけで、胸が熱くなるような、締め付けられるような、変な感じになるのだ。
ルークは胸にいっぱいに溜まった空気が苦しくなって、気付かれないように、小さく溜め息を吐いた。




「どうしたルーク、溜め息なんかついて」

老マクガヴァンと話し終えたガイが、明るく声をかけてくる。過去の話をしていた時の辛そうな表情は今は微塵も感じさせない。

(こいつはいっつも、こうして全部オレに見せないようにし続けてきたんだ)

という考えも、ルークは顔に全部出てしまうので、ガイはちょっと困ったように眉を寄せてから、またニコリと笑いかける。

「ジェイドの旦那がもう少しここで調べたいことがあるらしいから、皆でティアの家で休ませてもらおうぜ。ヴァンの部屋を家捜ししてやろう」

いたずらっ子みたいな提案に、ルークは目を丸くしてから、ついそれは面白そうだと胸をときめかせてしまう。
やっぱりガイには敵わない。多分時間があるなら、アルビオールのメンテナンスなんかをしたい筈なのに、ルークの機嫌を取ることを最優先してくれる。
ルークはまた暖かいような、胸が苦しいような、けれど幸せな、不思議な気持ちになるのだった。






「ほとんどヴァンの私物は無いんだなあ」

ヴァンの部屋は、グランツ家の書架の一部を部屋に改装したような造りになっていて、古い歴史書や譜術書の独特な匂いの他は、生活感か全く無かった。
ルークがティアの部屋に滞在していた間はティアがヴァンの部屋を使っていたために、少しだけティアの私物が置かれている。

何度か訪れたことのあるこの部屋に、ヴァンとルークとガイが揃っているのは、何だか思えば不思議な光景とも言えた。
女性陣は、居間でお茶を楽しんでいる。

「ダアトに赴いてからは、こちらには殆ど戻りませんでしたからな」
「それじゃティアは寂しかったろ」
「……メシュティアリカは六神将の副官に懐いていたので、その者に面倒を頼んでいました」
「六神将って、あのすごい美人か。ずっとティアのこと連れていこうとしてくれてた人だよな」

ガイはヴァンがホド崩落の後、この殺風景な世界で育ったことに内心同情していたのだが。
実際はダアトであんな美人とずっと一緒だったと気づいて、何だか気持ちにムッとするものを感じた。その苛つきが何なのかは考えないまま。

「けどなヴァン、ティアはお前に甘えたいんだよ。ルークもそう思うだろ?」
「えっ!? あ…。んぐっ!イテテ」

急に話を振られて、冷血女が甘えるとかって、と言いそうになって、ヴァン師匠の妹だったと思い直して慌てたまま、ルークは舌を噛んで勝手に痛がった。ティアがヴァン師匠に甘える姿も、ヴァン師匠がティアを甘やかす姿も、なんだか上手く想像できない。

「ティアのこと、もっと気遣ってやれよ?」

少し上目使いで見上げてくるガイを前に、一方ヴァンは感慨深い気持ちになっていた。

この部屋で過ごしていた頃、少年だったヴァンは、世界を呪うだけ呪っていた。

世界に対する莫大な怒りは身を焼き付くすほどで、その燃え尽きることのない炎を持ってして、世界への復讐を着々と進めてゆくことが出来た。

ユリアシティでグランツ家の養子となってからは、ユリアの血を引く者としての立場をも利用するだけ利用して、ダアトでの権力を若くして得るに至った。

そうしてユリアシティやダアトの秘情報を得られるだけ得ながら、マルクトに渡ったホドのレプリカ情報やレプリカ技術すら早々に手中にすることが出来た。

預言の監視者である立場を利用して、キムラスカの王族との関係強化を提案すると、目的であったファブレ家に、剣術の指南役として赴くのはどうかという話が来た。
そこには聖なる炎と預言に詠まれた存在がいるはずで。その存在が持つという超振動と呼ばれる能力は、世界への復讐に必要な歯車の一つだった。

そうしてファブレ家に赴いて……。




ファブレ家でのガイラルディアとの衝撃的な再会。

彼もまた復讐のためにファブレ家に潜入しており、それを決めたのが他ならぬ幼かった彼自身だと聞かされて。

同じ復讐を望む者同士。

再会への歓喜は、胸の底の耐え切れぬ痛みを伴った。

ガイラルディアに真実を知られることを恐れた。
せめて少しでも、今からでも、彼を真実の痛みから守りたかった。

復讐は共に果たそうと約束をした。
そのために、自分がダアトで権力を固めるまで待って欲しいと。
そして彼にはキムラスカとファブレ家の内偵を頼んだ。
約束の日までは、お互いに静かに力を高めていようと。

真実の復讐の相手が、ユリアの預言と、マルクト、ダアト、キムラスカ、そしてホドを崩落させたヴァン自身…であることをひたすらに伏して。


あのまま己が道を突き進んだなら、ガイラルディアとは道を違えてしまうままだったろう。
きっと自分は最終的には、彼の気持ちなど無視して無理矢理にその身を捕らえ、逃がさぬように閉じこめてしまったかも知れない。
こうして愛しいガイラルディアを目の前にして、穏やかな気持ちでいることは果たせない夢となっていたはずだ。


抱きしめたい。
焼け付くような苦しみしか思い出の無いこの部屋に、ガイラルディアとの甘い思い出を刻みたい。
ガイラルディアのいない世界がどれほど自分にとって暗黒と絶望で埋めつくされていたか、この部屋にいると生々しく思い出してしまう。

すぐ腕を延ばせば届く距離にいる、愛しくてたまらない我が主人。

本当ならば、ただ慈しむしか許されないはずの愛情が、年月を経て美しく成長していく彼を目にする度に、欲を含む愛情へと否応なく増幅していった。

それらを全て受け入れてくれると誓ってくれた愛しい主人。

どれほど愛せば、この想いを伝えきることができるのか。



「ヴァン…?」

少し小首を傾げて、その青く澄んだ瞳で見つめ、その声が我が名を呼ぶ奇蹟。

その唇に己が唇を重ねたい。
甘い蜜を貪って、身体中に愛を刻みたい。

その白く柔らかさを残す頬に手を伸ばす。

愛しい人の全てを…ここで我がものに……


「なあなあガイ! 師匠とガイは同じ剣の流派だったよな? ヴァン師匠はどこで剣の修行したんだろ。神託の盾騎士団に入ってすぐ剣術でも首席だったって! やっぱユリアシティに秘密の特訓場とかが。ヴァン師匠に聞いても良いかな〜」

おのれ!愚かなレプリカルーク!!!

すっかり自分の世界に入って、ガイラルディアしか目に入っていなかったヴァンは、ルークが同じ部屋にいたことを、ようやく思い出した。

というか、妹達が居間にいるというのに何をしようとしていたのか、ルークは存在自体がグッジョブなのだった。









少しの休息を経て、一行はアルビオールでダアトへと赴いた。

イオン一行は、トリトハイム詠師と神託の盾騎士団、そして六神将のリグレットとラルゴに出迎えられた。

モース下の第一小隊の一部は六神将下に再編成されており、ダアトに残っていたモースの側近も更迭が済んでいた。

だがその編成に疑問を持った一部の兵士がキムラスカ滞在中のモースの側近に連絡をとったことで、この動きが漏れた。

モースは少数の精鋭兵士とディストを伴ってキムラスカを訪れていた最中で、キムラスカ王を取り込んで、体勢の建て直しを謀っているらしい。

「モースがキムラスカで体勢を整えてしまう前に、こちらは動く必要がありますね」

ジェイドの提案に皆が頷く。

トリトハイムは元々大詠師派であるし、イオンの命令には逆らう姿勢は無いものの、モースの更迭には本来乗り気では無いようで。事態が拗れる前に、権力争いには終止符を打っておくべきだった。

「モース大詠師の存在は、キムラスカとマルクトとの協力体制の構築に対して、決定的に反勢力となるのは明らか。滅びの秘預言を回避するために、預言に詠まれた道とは別の道を、世界の英知を結集して探すことが必要となった。秘預言の回避こそが始祖ユリアの真実の願い。イオン導師の願いもまた、ユリアの真の願いを叶えることにある。我らはそれに従う」

重く発せられたヴァンの言葉に、ダアトの重鎮達も従うしか無い。

リグレットやラルゴは、元々ヴァン自身に付き従ってきたため、ヴァンが決めた方針転換であるなら、それを受け入れるには吝かでは無かった。








「モースに情報が漏れてしまったこと不手際でした。改めて申し訳ありませんでした閣下」

大体の公的な挨拶が済んだ後、執務室に一行は集まった。凛とした美女のリグレットが、ヴァンに再度頭を垂れた。

「想定のうちだ。問題ない。ご苦労だった」
「はっ」

リグレットはヴァンの言葉に姿勢を正し、輝かしい者を見る目でヴァンに視線を送る。
これまでのリグレットとティアの邂逅でもそうだったのだが、リグレットがヴァンに心酔しきっているが明らかで。

「いやあ、あの美女とヴァン謡将は、なかなかにお似合いじゃないですか。そう思いませんかガイ♪」

ニヤニヤした笑みのジェイドが、傍らのガイに面白そうに話しかけてくる。

確かに権力者でもあり逞しい丈夫なヴァンと、彼に付き従うスタイル抜群の金髪美女の副官という並びは、男の目線からいって、すこぶる羨ましいの一言だった。

…うらやましい…はずだ。
だからこんな、モヤモヤする…んだろう。

ガイは自分の気持ちの中の不具合を、上手く説明できないでいた。

「あの髪の色も目の色も、どうしてヴァン謡将が彼女を副官にしているのか、分かりやすいですよねえ」
「? 優秀なんだろ?」

ヴァンのことだから、副官に据えるには能力以外は見ない気がする。
セクシーな美女だからという理由だったら、………。

何だかまたムカっとして、ガイは考えるのを止めることにした。

「っていうか、さっきから俺、あの美女にスゴい勢いで睨まれてる気がするんだけど……気のせいだよ…な? はは…は」
「気のせいだと良いですねえ」

ふふふとジェイドは笑った。

その間にイオンがキムラスカ・ランバルディアへの親書と、モース大詠師への命令書をしたためる。
リグレットは引き続きダアトの管理のために残ることになり、バチカルまではラルゴが同行することとなった。




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