ヴァン幸せルート小説17







アルビオールはバチカル近くの平原へと降り立った。

「烈風のシンクか…」
「うわっ ネクラッタもいるよお〜」

そこにはリグレットから連絡を受けたシンクとアリエッタが、ヴァン総長をを出迎えるために待機していた。
ヴァンが仲間になってくれたお陰で、敵対していた六神将と仲間として合流する…という展開は、やはりルーク達を妙な気分にさせた。

特にガイにはシンクと、アニスはアリエッタと因縁がある。
やっぱり不思議な気分だと仲間達は思うのだった。

「ご苦労。バチカルの様子は」
「モースの進言もあって、普通に厳戒態勢になってるよ。まあ入り口からすんなり街には入れないだろうね」
「正面から入るのが無理なら、バチカルから出た時みたいに、またこっそり入るしかないってことだな」
「じゃあまた、あそこの廃工場からか?」

バチカルの街と外とを隠し通路よろしく繋いでいる廃工場を、そこを何故か知っていたガイの提案で通ったのは、アクゼリュスへと一行が向かう時だった。
あの時のことを思い出すと、ルークは気持ちが重くなるのを感じる。

だがそんな所を通るまでもないと、ヴァンが別の提案をした。

「アリエッタのグリフィンを使い、空から城下に潜入すれば良い」
「なるほど、魔物を使って空からですか」

魔物を使って空から街に入るなどという手だては、六神将、妖獣のアリエッタがいてこそ成立する作戦だった。
その案にジェイドが素直に賛辞を送る。
そしてイオンも。

「ありがとう、アリエッタ」
「…………イオン様……」

アリエッタの意識がイオンに向くことに、その側にいたアニスはピリピリと神経を尖らせた。
しかし、アリエッタはただ悲しそうにイオンを見ただけで、かつての狂気のようなイオンへの拘りは形を潜めてしまっていた。

「イオン様……本当のこと全部…シンクから聞きました…」
「アリエッタ…………。そうですか…」
「アリエッタは……イオン様のためにも…イオン様の手助けが…したい…です」
「…ありがとう…アリエッタ…」
「…アリエッタ?…イオン様?」

二人の会話が理解できなくて、アニスは戸惑う。

一方、ヴァンの傍らに立つラルゴは、その光景を感慨深い気持ちで眺めていた。

アリエッタがイオン一行をダアトで急襲した後、その身柄はヴァンからラルゴへと引き渡された。

その際、アリエッタにイオンに関する真実を話すことを、ラルゴはヴァンから命じられたのだ。

アリエッタのイオン導師への傾倒を知っているラルゴは、真実を知ればアリエッタは自ら命を断つのではと危惧したが。
ヴァンは更に、アリエッタが短慮を起こさないように、シンクを見張りにつけるように命じた。

イオン導師に関する真実。
そして彼女の側に、他の誰でも無くシンクをつけること。

そこにヴァンの何らかの目論見を感じて、ラルゴはヴァンを信じてその言葉に従った。

そして今。ヴァンの思惑の通りに、アリエッタの中で何らかの変化が起きているように見受けられた。

(さすがヴァン総長)

ヴァンの命令の確かさを、ラルゴはまた心の中で確認した。

傭兵として命を削る人生だったラルゴにとって、常に的確な命令を出すヴァンは、心から信じることの出来る唯一の存在だった。
今回の方針転換に関しても、元々ヴァンから聞かされてい新世界への道筋と、ラルゴの中では矛盾しない。

ラルゴの拘る敵は、誰もの中に潜む弱さだ。
それだけが、人に耐え難い悲しみをもたらす。

その絶望に浸る中でヴァンと出会い、彼の目指す世界に、ではなく、彼がその世界を目指そうとするそのエネルギーに圧倒された。

残った燃えカスのような己の、その残りの命を、全てこの男に賭けようと。
ラルゴはそう決めた。
そう決めてしまったから。
それが揺るぐことは、これからもラルゴには有り得ないことなのだった。




「それにしてもホントに急な方針転換だったよね。ヴァンてばホントにその金髪がスキなんだねえ」

ヴァンの横に立つガイを、シンクはニヤニヤと眺めた。

カースロットでルークを襲わせられたガイは、シンクを軽く睨む。

あの一件は真実を打ち明けるきっかけにはなったが、一歩間違えばルークを斬り殺してしまうかも知れなかったのだ。
そこには腹が立つのだが。

しかし一度シンクの仮面の下の顔は見てしまっている。
フォミクリー研究や、その技術をヴァンが有していることを知って、そういうことなのだろうな…と漠然と彼の正体を理解していた。

「そう言えばシンクのカースロットで、ガイは随分と苦しんでいましたよねえ」

そこを面白がってジェイドが混ぜかえしにかかった。

「カースロット? どういうことだシンク?」

その一件の報告を受けていなかったらしいヴァンがシンクを質す。
シンクは強い相手に反撃しただけで、報告する程の事では無いと悪びれなかった。

「カースロットは精神を侵される前は、随分と痛みがあるみたいでしたから、ガイは痛みにうずくまって動けなかったりしてましたよ?」

そのジェイドの追い打ちに、

「…ガイラルディア様…申し訳ありません…」

部下のしたことをヴァンはガイに謝るしか無い。

「シンク。彼に関しては命令を出していたはずだが」
「ガイって奴は今後必要になる駒だから、命は奪うな…だろ? 六神将はみんなその命令は守ってたさ。だから僕だって彼を殺したりなんかしてないじゃない。反撃もダメっていうなら、金髪をお姫様みたいに大切にしろって命令を出してくれりゃ良かったんだよヴァン」
「おやおや、ヴァン謡将にとってガイは駒扱いですか」

投げた石が思いの外面白い波紋の広がりを見せて、ジェイドはニマニマとした表情を浮かべている。

「駒などと言ったことはありませんガイラルディア様。いずれ正式にお迎えするつもりでしたが……」

流石に眉を潜めたヴァンが、傍らのガイに釈明する。
真実を打ち明けられなかったせいで、ガイをダアトに迎えることも出来ず、ファブレ家でルークレプリカを育てさせてしまった。
そして結果として、ガイの信頼を得たのはヴァンでは無く、己が作ったレプリカで。みすみすガイを遠ざけてしまった己の不甲斐無さに内心打ちのめされるばかりだが、顔色にはあまり表さないのだった。




一方シンクにとってガイは“不思議な男”だった。

戦いでの強さと素速さにも舌を巻いたが、カースロットへの抵抗の強さもシンクを驚かせた。
いったいどう生きれば、そんな強い心を持つものなのか。興味を掻き立てられ、殆ど個人的な興味で彼の心に深く侵入し続けて。

そうして覗き見ることになった彼の心。


皆の信頼を得ている優男の外面とは真逆の、深い、深すぎる闇。

シンクはまずその闇の深さに震えるような歓喜を覚えた。
しかしルークという子供を育てることで彼に起きた変化を覗き見て、苛立つようなよく分からない感情が芽生えた。
彼を使ってそのレプリカを処分することが出来れば、この苛立ちは消せるかと思ったのだが。
だがガイへの妙な拘りは、しばらく解消されることは無かった。

その後、ヴァンからアリエッタが自害しないように見張れと命令された時のことだ。

イオンを喪い死んでしまいたいと嘆くばかりの彼女は、シンクを苛立たせた。
そうして我慢ならなくなったシンクは、イオンレプリカ達がどのような酷い扱いをされたか、彼女に八つ当たりのように訴えた。

彼女が愛したというオリジナルに能力が及ばないという理由だけで、無惨に殺されていったレプリカ達。
自分はたまたまヴァンに拾われ、役割を与えられたが。自分達レプリカには何も無く、オリジナルには命すら捧げる愛情が与えられる。

シンクは自らの仮面を外し、アリエッタに全ての怒りをぶつけた。

だが、不思議なことに、それが彼女を何故か変化させることになったのだ。
それが何故なのかシンクには理解できない。

けれど、そのアリエッタの変化をきっかけに、その変化のようなものが自分にも起きたのではないか…と感じるようになった。

それをすんなりと受け入れることが出来たのは…。

…あの金髪のせいだ…


あのガイという男の心に起きた変化。
カースロットで心を覗いた際に、その変化を疑似的に追体験してしまったのだ。

それは苛立ちをもたらすと同時に、しかしその時にシンクは“知った”のだ。

あれほどの闇を晴らす光を、自ら生み出すことがある…ということを。

からっぽだと思っていた自分の心に、妙な種を植え付けてしまったような、そんな失敗感。

侵したはずの心から、自分で自分に侵入を許した。

全てが変わり初めてしまった今、ヴァンが最初に望んだオリジナル消滅の未来ではなく、金髪とヴァンがこれから作ろうとする未来に興味があった。

「方針転換に不服があるか、シンク」

ヴァンは不遜な態度のシンクを質すが。

「その金髪は僕のお気に入りだからね。まあそいつがヴァンのご主人様だっていうなら、それなりに扱うよ。ああお詫びに、カースロット使った時に、そいつがどんな風にヴァンを想ってるかも見えちゃったから、何だったら報告するけど?」
「………そんな必要はない」

ヴァンの返事は少し間があったが。
真実を告げられなかった自分がガイラルディアにどう思われていたか、教えてもらうまでも無かった。

そのやりとりを側で聞いていたガイだったが。

「なあシンク」
「え…」

シンクはさっき自分を軽く睨んでいたはずのガイに、何だか気安いような感じで呼びかけられて、一瞬自分のペースが乱れ

「あんまりヴァンを苛めないでやってくれよ?」

ちょっと困ったような顔で、そんな風に頼まれて。

それを耳にしていたヴァンも、周りを囲んでいる仲間達も、何かを堪えるような変な空気になってしまっていて。

シンクはあっけにとられている自分を、しばらく経ってから取り戻した。

(僕はヴァンみたいに、こいつに骨抜きに……されないように気をつけよう……)

何だか手遅れな気もしなくもない、とは考えないようにして。

「あんたのことは気に入ってるからね。あんたがそう言うなら、まあそうしてあげるよ」

そう告げると、

ガイって呼んでくれと笑みを向けられる。

それに少し間を置いてから「気が向いたらね」と返事をして。

やっぱり変な奴だなあ、とシンクは面白いような気持ちになっている自分に気づくのだった。






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