ヴァン幸せルート小説18











深夜の闇に紛れて。
ルーク一行は、アリエッタの魔物であるグリフィンの背に乗って、バチカルの街へと潜入を果たした。

「モンスターに乗って空飛ぶなんてやっぱスゲー」
「いやあ 貴重な経験でしたねえ」
暢気な台詞も飛び交うが。


「で、城に入るには昇降機を使う必要があるけど…」
「直前までは無駄な争いは避けたいですから、ティアに譜歌をお願いしましょう」
「分かりました」
「城の入り口からは、僕が導師としての権力を使わせてもらいます」
「それにこちらにはマルクトからの正式な親書を携えたガルディオス伯爵もいますしね」
「お父様に直接お会いすることができれば…」
「ナタリア。俺も頑張る。一緒に叔父上を説得しよう」
「ええ ルーク」

そして。
城での執務が始まる時間に合わせて、計画通りに一行は城への入り口に辿り着く。
ヴァン謡将や死霊使いという後ろ盾もあり、イオン導師一行とマルクトの使者は、キムラスカ王の御前へと通ることが出来た。

まずイオンはモースに導師の指令に従うように告げた。
この命令にモースが従わなければ、正式にモースを問責することが出来る。

「導師のレプリカなどの言うことが聞けるものか。預言こそが我が主。この裏切り者ヴァンの傀儡め」
「イオン様が…レプリカ…?」

モースの暴言にアニスが戸惑う。その場に詰めていた警備兵にもざわめきが走り、ナタリアやルークも動揺しかかったが。

「確かにイオン導師のレプリカは存在するよ。けどレプリカには導師としての譜術能力が足りないんだ。ダアト式譜術を使えることこそが本物の導師の証。だからそいつは本物の導師なんだよ」
そう言い放ったのはシンクだった。そして

「だって僕がそのレプリカなんだからね」
皆の前でその仮面を外して見せた。
イオンと同じ顔が仮面の下から現れて、場が驚愕にざわめく。

「シンク…」
「レ、レプリカは何人も作ったのです陛下! 二人ともイオン導師のレプリカで…!」
「いい加減にせぬかモース。次はキムラスカ王もレプリカだとでも言い出すつもりなのだろう」
「なっ」
生きている状態でその人物がレプリカかどうか、その場で判別する方法は無い。シンクとヴァンの機転で、モースの言葉が言いがかりに過ぎないと、その場にいる者達に印象づけることに成功した。

「キムラスカとマルクトの和平はダアトの総意」
よく通る声で、ヴァンがそう宣言する。そして

「ピオニー・ウパラ・マルクト九世より、
親書を預かってまいりました。お受け取りいただきたく」
前に進み出たガイが、伯爵としての初めての仕事を果たす。

モースが更にわめき立てたが、ナタリアとルークが、その親書には自分達がその目で見、体験してきた真実が記されているのだと訴えた。
「ナタリア…」
一度はその命を奪う許可をしたものの、目にしてしまえば父としての心が揺らぐ。一緒に過ごした記憶を大切にしてほしいという、ルークの切実な訴えが響いた。

そうしてキムラスカ王は親書を受け取り。
翌日、マルクトとの和平を受け入れると宣言した。

モースとディストは六神将によって更迭された。
ディストは研究さえ捗れば誰に付こうとかまわないのだが。モースの方がフォミクリーの研究により積極的だったために着いてきた結果、二人揃って更迭という結果に納得できずに、しばらくキンキンした声で喚き立て続けていた。


ルークとナタリアは王の直接の命令で、その身分を保証されることとなった。
その場にファブレ公爵も呼ばれて在り。

「ルーク…」
「父上……」
「陛下のお許しがあったのだ。屋敷に戻ってくると良い。シュザンヌが随分とお前に会いたがっていた」
「母上が……。でも…俺…レプリカで…」
「息子が二人に増えたことは喜ばしいことだと言っていた。お前が気に病む必要はない」
そう淡々と公爵は息子に告げた。
「それから、今宵は陛下も王女と過ごされたいであろう。国賓の方々は我がファブレ家の屋敷にて歓待させていただきたい。宜しいですかなイオン導師、ガルディオス伯爵」
「!!」
公爵に名を呼ばれ、ガイに緊張が走った。ガイの事情を知っているイオンも返答をガイに託しているようで、返事をせずにガイの方を見ている。

「…ご招待ありがたく…お受けいたします」
「では導師ご一行とマルクトの御使者の方々には、後ほど屋敷の方にて」
公爵の姿が見えなくなってから、ガイはようやく息をそっと吐いた。
「みんな済まないな、勝手に決めちまって」
「我々はどこで過ごそうとかまいませんが、貴方は大丈夫ですか?」
ジェイドのその気遣いにガイは苦笑いを浮かべ。
「いち使用人とは言え、ルーク付きの俺のことは公爵はよくご存知なんだ。その正体を知ってあの態度ってのが、恐ろしくもあるのは正直なトコだけどな…」
それでもガイはどうしてもこの機会に公爵の屋敷に入りたい理由があった。
「ペールの安否をどうしても知りたかったもんだから…」
「ガイ…」
ルークが心配気に名をつぶやく。
ヴァンデスデルカは傍らに控えながら、黙ってガイを見守っていた。
王宮の客間の一部屋でナタリアにお茶などを振る舞われてから、彼女を残して他のメンバーはファブレ家へと向かった。







「こうしてこんな形で、この屋敷に戻ってくるなんてな…」
ガイは屋敷の門をくぐりながらルークに話かけた。
王宮の隣に広々とした屋敷を構えるファブレ邸は、ルークとガイが育った場所でもある。
アクゼリュスへ親善大使としてルークが出発してから、この場所と自分達の関係は随分と違うものになってしまった。
「アッシュのやつ…姿を現さなかったな…」
ルークはこの家の本当の跡継ぎであるアッシュのことが気にかかっていた。モースの動向を探ると言っていたので、バチカルで会うかと思っていたのだが、彼は姿を現すことはなかった。シンクから聞いたところでは、直前までバチカルに居たらしいのだが。
複雑な気持ちになっているであろうガイとルークを、仲間達は静かに見守りながら後に続く。



屋敷の玄関ではメイド達が国賓である一行を出迎えるために勢揃いしていたが。
「……ガ…」
その中に見慣れたものとは違う、立派な衣装に身を包んだガイの姿に気づいて、メイド達は動揺を隠せなかった。
「やっぱ着替えてから来ればよかったかな」
正式なマルクトの使者という立場で使用人の衣服という訳にもいかず、ガイは昨日と今日はピオニーから贈られた貴族服を身にまとっていた。
「仕方ないよ、元の服で来た方が余計混乱しちまうだろ。何着てもガイはガイだし」
「ん…」
けれどルークはガイの貴族姿は確かに綺麗だけれど、どこか遠い存在になってしまったようにも感じていた。いつも自分の傍らで見ることのできた、あの使用人服姿のガイが大好きだった。


屋敷の広々としたエントランスは、アクゼリュスに出発した日から何も変わらずに。
あの剣も柱に掲げられたままだった。


「ルーク様、ご帰還お祝い申し上げます。シュザンヌ様がお部屋でお待ちでございます。お客様のお部屋の用意が整いますまで、皆様はどうぞこちらでおくつろぎ下さい」
貴族として現れたガイにも眉一つ動かさず、執事のラムダスは一行を出迎えた。
広間で再びお茶を振る舞われる中
「ラムダスさん」
「…使用人ですので、呼び捨てか、役職名でお願いいたします」
ラムダスに話しかけると慇懃にそう返されて、ガイはやはり複雑な気持ちになったが。
「庭師のペールは…どうしていますか? その…世話になったので」
どういう状況になっているのか分からないので、ガイはあくまでペールは庭師であって自分の出自と関係ないよう振る舞ってみた。
「ペールでございましたら今日も庭の手入れをしております」
「その、彼と話したいのですが」
「では後ほど部屋の方に使わしますか?」
「お願いします」
「畏まりました」
ペールが無事だと分かって、ガイはホッと息を吐いた。
「良かったですね」
仲間たちが同じように緊張を解いて笑顔を向けてくれるのが、ガイにはありがたかった。
「じゃ、次はルークだな」
「うん…」
レプリカとして母親に会わなければならないルークを、ガイは笑顔で送ろうと思った。

「なあルーク。この屋敷で俺は人生の半分以上を過ごさせてもらった訳なんだけどさ」
「ガイ…」
ガイがこの屋敷で暮らしていたのはファブレ家に復讐するためだったのは皆の知るところで。
「今日こうして再びこの屋敷に来ることができて。俺にとっても大切な場所だったのかも…って、そう感じたんだ」
「ガイ」
ルークはガイの名を呟くことしかできないでいたけれど、その声色は少し変化して。
「お前がいてくれたからだよ、ルーク。ルークがいてくれたから、この屋敷も、俺にとって大切な場所になったんだ」
「ガイ…」
ルークが切なそうな笑顔になる。
「そう感じてるのは俺だけじゃない。シュザンヌ様のお前への想いも、大切にして欲しいなって思う。きっと俺以上にお前のこと大切に想われていらっしゃるんだから」
暖かいガイの言葉にルークも緊張に固まっていた気持ちに暖かい火が灯った感覚になった。
「うん。ありがとうガイ。行ってくるよ」

穏やかな表情になったルークを、仲間たちもガイとルークの絆の暖かさに少々当てられながらも、優しい気持ちで見送った。






それほど時間を置かずに、一行は整えられた客間へとそれぞれ案内された。一人一部屋、豪奢な部屋が用意された。二階の回廊奥には客用の広間などもあって、部屋で落ち着たら後で皆でそこに集まろうという話になった。


部屋に落ち着く間も無く、ガイはすぐに隣のヴァンの部屋を訪ねた。







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