ヴァン幸せルート小説19











あてがわれた部屋に落ち着く間も無く、ガイは隣のヴァンの部屋を訪れた。

ガイを出迎えたヴァンは丁度謡将の外装を外している途中だったらしい。
胸元が途中まで開いている装備を

「ガイラルディア様?」

ガイはいきなり脱がそうとしてきた。

ヴァンは驚くというよりいぶかしんだが、
されるがままに装備をガイに取り払わせた。

長身のヴァンの衣服を脱がせるのは一仕事で、ガイはヴァンをベッドに座らせると、アンダーシャツも取り払った。


「よかった、怪我してる訳じゃないんだな」

露わになったヴァンの肌に真剣に視線を走らせてから、ガイはまたほっと息をついた。

「心配して下さったのですか」
「まあヘマをするよなヴァン謡将じゃないんだろうけどさ」

ガイは肩をすくめた。

昨日、一行は親書を渡してから一度王宮を後にしたのだが、
シンクに礼を言う間もあまり無いまま、ヴァンと六神将はローレライ教団のキムラスカ支部に行ってしまったのだ。

ルーク達はその日は宿をとったが、ヴァンが戻ってきたのは翌朝で。

その時ヴァンがわずかに血の匂いをまとわらせていたのが、ガイはずっと気になっていたのだ。

ヴァンのことだから、怪我をしても自分には隠しそうな気がして。
怪我の心配もそうだが、隠し事をされることもガイには辛く感じられて。

だから問答をする手間を省いて、直接自分の目で確かめてしまう方が最善と考えての行動だった。

よく考えると突飛だったかも知れないけれど。

「ガイラルディアから珍しく積極的に迫ってくれるのかと期待したのだが」

しれっとそんなことを言いながらニマリと人の悪い笑みを浮かべるヴァンを、ガイはしっかり睨む。

「まったく、そんなことばっか考えんな」

それでもベッドに座ったままのヴァンが、その前に立つガイの身体に腕を回してきても、それを振り払うことはなくて。

「あ、ここではそういうのは無しだからなっ」

今度こそは、とガイは先にあわてて釘だけは刺しておく。

「貴公はそればかりだな」

抗議を含んだヴァンのため息に、

「そういうのは、言うことをきちんと守ってから言え」

ガイも負けずに言い返す。

「言うことを聞かない騎士を持って、主人は苦労するのであろうな」
「ひとごとみたいに言うなっての」

文句は言うものの、けれどガイは、胸に顔を
埋めてくるヴァンの髪留めを取ると、緩んだ髪をわさわさと撫でた。

「…あまり煽らないでいただきたいが」
「あ、煽ってなんかないだろ!」

うっとりとガイの胸に顔を埋めているヴァンが、抱き込める腕の力を強めてくる。

「こら、ヴァン」

その腕がじわりと動いて腰から下へ移動しようとするのを、ガイは慌てて叱った。

「シャワー浴びるとこかなんかだったんだろ? 邪魔して悪かったよ」
「一緒に浴びますか?」
「ば、バカ。…それに後でペールが来ることになってるから、待たないと…」

その返事にヴァンはくすりと笑う。

「では主の言うことをきいて、大人しくしますかな」
「え…」

珍しくヴァンがすんなりと引くので、ガイはなんだか肩すかしな気分になったけれど。

「これからまた教団の方へ戻らねばなりませんので」
「…なんだよ、珍しく言うこときいたかと思ったら」
「ご期待でしたかな」

ガイの腰を抱えたまま、顔を上げたヴァンが熱を込めて視線を送る。

「き…! …ち、違うからな!」

焦って顔を赤くするガイを、ヴァンは更に愛しそうに見つめた。
その視線に堪えきれなくてガイは視線を逸らすと、額に落ちたヴァンの長い髪をぐい、と後ろに引っ張る。

そして

「!」

露わになったヴァンの額にチュと軽い音を立てて唇を落とした。

それに驚いたヴァンの腕が緩まった隙に、その身体がするりと離れる。

「用事あるんだろ。さっさと汗流して支度した方が良いんじゃないか?」
「………まったく、…煽らないでいただきたいとお願いしたばかりですが」

ペールも教団も擲ってガイラルディアを捕まえたい気分だが。

「晩餐会までには…戻れるのか…?」

そのガイの言葉に少し冷静になる。

「晩餐までには必ず。貴公を一人にはさせませんよ」

晩餐に恐らく居るであろうファブレ公爵の前に、ガイラルディアを一人で臨ませるわけにはいかない。
同行の連中もガルディオス家とファブレ家の因縁は多少は知っているらしいが、それでもガイラルディアの精神的な支えになれるのは自分しかいないとヴァンは理解っていた。

ガルディオス家の遺児がその履歴を隠してファブレ家の使用人となっていた。
こういう形でそれが明らかとなっても、眉一つ動かさないファブレ公爵の真意も気になる。

あの男…何を考えてる…?

教団での事後処理は時間がかかりそうだったが、ダアトから事務処理をする人員が来るまでに、モース下の精鋭達や影響の強い者達の処分などを判断しておかなければならない。
とにかく処理を確実にかつ急いで片づけることをヴァンは優先することにした。








ヴァンが教団支部へと出かけるのを見送ったガイは、二階奥の客用の広間へと向かった。

「あ、ガイ。ねえねえやっぱり公爵のお屋敷ってすごいねえ! 高そうなものがいーっぱいあるよう」

既にそこにはルーク以外の皆が揃っていて、アニスが無邪気にはしゃいで見せた。それにガイは「ははは」と笑ってみせながら。

「ルークはまだ戻ってないのかい?」
「親子で積もる話でもあるんでしょう」
「まあ心配はしてないんだがな」
「おやおや」

あなたも大概親バカですねえ、とジェイドがからかう。
それに親バカってなんだと反論したりしていると

「お茶をお持ちいたしました」
「はわー!美味しそう」

メイドが数人、お茶とケーキと軽食などが乗ったワゴンや盆を運んできた。

「ありがとう ご苦労さま」

ガイはいつもの癖でついキラキラとした笑みをメイド達に送る。

「ガ……!」

思わずガイの名を叫んでしまいそうになったメイドの一人を、他のメイドが必死に止める。
メイド達は皆ガイに言葉をかけたそうにしていたが、言葉をかけてはならないという達しでも出ているらしく、皆それを堪えたまま、一礼をしてその場を後にした。

「急な来客だから、裏方は大変だろうなあ」

なんて明後日な心配をするガイに、ジェイドはやれやれと肩をすくめる。

「みなさん貴方と話したそうでしたねえ」
「…まあ使用人だったはずの俺がこんなことになっちまってるんだからなあ。けど説明していい事でもないし…」

ガイは、復讐のためにファブレ家で過ごしたことを知られてしまったと心配しているようだったが。

「っもう、ガイったら、にっぶうううう〜。ねえイオン様だって分かりますよねえ」
「そうですね、僕もちょっとそれはどうかと思いました」
「私だってそう思うわ ガイ」
「貴方並に鈍いティアにこう言われてしまっては、ガイには鈍ちん王の称号を付けた方が良いでしょうねえ」
「え? え? は?」

仲間達に呆れた視線を集中されて、それでも何を言われているのかわからないガイはひたすらに戸惑うのだった。

それから少しして

「失礼いたします ペールを連れて参りました」

執事のラムダスがペールを連れて現れた。

ラムダスがその場を後にして姿が見えなくなってから
「ペール! 無事で良かった」
我慢していたガイが、ようやくペールに再会の喜びを素直に吐き出した。

「ガイラルディア様もご無事で何よりです 。…ご立派なお姿ですな」
ペールは貴族服姿のガイを眩しそうに目を細めて眺めた。

「これはピオニー陛下のご配慮なんだ」
「陛下の…」
「うん、いろいろあったんだ」
「ガイ、とにかく座っていただいては?」
「ああ! お茶いれるよペール」
「まったくどんなお姿でも、変わりませんなガイラルディア様は」
にこにこと翁は呆れつつも笑う。

「あ、イオンは初めて会うよな。ペールは俺の育ての親みたいなものなんだ」
「ナタリアとルークが王宮に捕まっちゃった後、私たちが脱出するのを助けてくれたんですよお。確かガイの剣のお師匠さまなんですよね!」
「そうなのですか」
イオンは、仲間達っを救ってくれた礼をペールに丁寧に告げる。ジェイドも軍人らしい顔をして丁寧に礼を述べた。

それから王宮を脱出してから今までに起きたことを、皆でわいわいとペールに話し始めた。
王宮を脱出してからベルケンドへ向かい、
そこでヴァンと再会したこと。ヴァンがガイと共にあることを選んで仲間になったこと。
そしてガイには隠されていた真実を知ったこと。
グランコクマでピオニー陛下が爵位をくださったこと。その時の大会議。そしてマルクトとキムラスカの和平のために、昨日皆で王に訴えたこと。

その話をときに驚き、けれど暖かく笑みながらペールは穏やかに聞き続けてくれた。

大分話し込んで陽も暮れかけた頃、ルークが仲間のところへ戻ってきた。

「ペール!」
「おかえりなさいルーク、ちょうど貴方の大活躍をペールさんにお話ししてたところでした」
「おかえりルーク」

にこにこと仲間達はルークを迎え入れる。

「ルーク坊っちゃま ご無事でのお帰りお喜び申し上げます」
「ありがとう…ペール。ペールも無事で良かった。あの時は本当にありがとう」
「シュザンヌ様とはゆっくり話せたみたいだな」
ガイがルークを気遣いながら明るく笑う。

「…うん。いろいろ話した」

何かを考えるようにするルークに、仲間達は深くは質問しないようにして。
「あ、もうそろそろ晩餐だからって」
それでシュザンヌの話から解放されてきたルークは晩餐の時間を伝えた。
「では私は戻りますかな」
ペールが席を立つ。
「あ、ペール」

まだガイにはペールから聞きたいことが色々山のようにあった。
老マクガヴァンと話したことについてや、これからのことについて。

「私は毎日庭の手入れをしておりますから、滞在中は中庭の鑑賞などされてはいかがですかな」
今の盛りの花が見事だとペールはにこやかだ。
「そうだな。今日はもう陽も暮れちまったから、明日には自慢の中庭を見せてもらいたいな」
そのガイの言葉に笑みを返して、では明日、とペールはその場を退出した。





「晩餐のご用意が出来ましたので広間にお越しください」

ヴァンも丁度よいタイミングで屋敷に戻ってきたので。

皆で晩餐の席へと向かったのだった。









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