ヴァン幸せルート小説20
公爵家らしく重厚に飾られた広間の長い長いテーブル。
シミ一つない白いテーブルクロス。伝統あるカトラリーの数々が整然と並べられ。
奥のドアから現れた公爵夫妻が最後に席につくと、執事とメイド達が静かに料理をサーブし始めた。
(ここで食事をすることになるなんて、今まで考えたこともなかったな…)
パーティーの時などに配膳の手伝いなどをすることはあったけれど、ここに自分が存在しているとすれば、使用人としてか、あるいは全ての決着をつけるその時か…くらいにしかガイは想像することがなかった。
本当の身分を明かした上で、ヴァンと自分が、ファブレ公爵と食事を共にするなんて。
敵対国の将であるジェイドはどうなのだろうとチラリとジェイドの方を見てみると、いつもの食えない表情のままで。
ではヴァンはと視線を向けると、ファブレ公爵と同等の威風堂々さで淡々と食事を進めている。アニスはイオンに、美味しいタダ飯を堪能しようと提案している。
それに少し微笑ましい気分になって、ルークの方に視線を向けると、冴えない表情のまままのようで。
(緊張してんのは俺とルークだけってか。味が分からないような、喉につまりそうだなこりゃ…)
部屋に入ってきた最初から、ファブレ公爵はほとんど喋っていない。料理が冷めるので挨拶などは後でと簡単な言葉だけで晩餐は始まって。
その後の沈黙がどうにも痛いのだが…。
「みなさんと晩餐をご一緒できてうれしいですわ。皆さんのことをルークからいろいろ伺いましたのよ。ルークが本当にお世話になって…」
ファブレ公爵の奥方のシュザンヌが、気まずい沈黙を軽やかに打ち破った。
それからシュザンヌは、ルークから聞いた仲間たちの話をそれぞれに語りかけた。ルークは気まずがって「母上〜!」と焦るのだが、そんな照れたルークの反応は場を和ませることとなった。
「それからカーティス大佐は、見た目も怖いけれど中身も怖いそうですわね」
麗しい方でいらっしゃるのにとコロコロとシュザンヌは笑った。
「無骨な軍人ですから」
と、ジェイドも優雅ににこりと笑う。
そして………
「ガイ……ガルディオス伯でしたね。ずっとルークの側で支えてくれて、貴方には本当に感謝しているのですよ…」
「奥様…」
シュザンヌは使用人の立場だったガイに、いつも優しく言葉をかけてくれる人だった。身分や目的を偽ってファブレ家に居たことを、ガイはシュザンヌには素直に申し訳なく思う。この優しい人を悲しませたくなかった。
「貴方の…お母様のことは。…ユージェニー様のことは、わたくしはよく覚えているのですよ」
「……え」
何と言っていいのか分からず俯き迷っていたガイは、そのシュザンヌの言葉に驚いて顔をあげた。
仲間達も意外な話の流れに意識を傾ける。
「母上はガイの母上のことを…知ってるんですか?」
ルークの素直な疑問に、ジェイドが説明を兼ねて言葉を重ねた。
「ガルディオス伯爵家の奥方様は、キムラスカのご出身だったのですよ」
「そうなんですか」
アニスやティアも驚きの反応をした。そんな話は初めてで、ガイがいかに自分のことを仲間達に語らないのか、改めて認識してしまって、少し恨みがましいような水くさいという気持ちにもなってしまう。
ルークもそれは同じだったようで
「そうなのかガイ…」
とガイ本人に確認のように尋ねた。
「ああ、そうなんだ。言ってなかったっけかな」
言ってないっての!と、ルークが子供っぽくむくれる。
ガイのことは何でも知っていると豪語していたのは、まだつい最近の話だ。
それから色々ありすぎて。そうして今も、ガイについて知らなかったことをまた一つ知ることになった。
そのやりとりをにこやかにシュザンヌは見守った後。
「ユージェニー様はわたくしたちと、幼なじみでしたのよ」
「え… 母上と…」
「ファブレ家と縁の深い方でしたから、わたくしが婚約者の旦那様に会いにこのお屋敷に来ると、ユージェニー様もいらしていて」
「!!………」
それはガイも初めて聞く話だった。
「ユージェニー様は本当に誰よりも美しくて華やかな方で、社交界では男性だけでなく女性達にとっても憧れの方でした。わたくしもユージェニー様と過ごす一時がとても楽しくて…」
遠い目をするようにシュザンヌはその頃を思い出しながら
「ですから…。ルークとナタリア様と貴方が庭で遊んでいるのを見ていると、あの頃のわたくしたちのようで…」
「それは……」
その言葉にうながされて、仲間達はその光景を思い浮かべてしまう。
ファブレ家の赤い髪の男子と、その婚約者の王族の娘、そうしてもう一人、華やかな笑顔の金の髪の………。
そこから先の悲劇を既に仲間達は知っている。
ガイの家族や親族を、母親であるユージェニーという女性共々その手にかけたのは、ファブレ公爵旗下の軍なのだ。
そして逆にガイは身分を偽って、ファブレ家の子息を手にかけようとしていた。
けれど今、こうしてその面々が、同じ卓を囲んで食事を共にしている。
その場に居合わせることになった仲間達は、その複雑な縁と、この場の奇跡のような展開に、やはり食事が喉に詰まるような感覚になってしまうのだった。
結局ファブレ公爵本人はとりつく島も無く黙したままだった。
ガイにとって不利な話は出なかったこともあって、隣に座っていたヴァンも落ち着き黙したままで。
けれどガイにとっては複雑な気持ちにさせられるシュザンヌの話の最中、隣にヴァンの存在があるというだけで、随分と気持ちが落ち着くことを感じていた。
食事の後、ルークを気にかけていたガイは、ルークの部屋を訪れた。
案の定一人で悶々としようとしていたルークは
「ガイ」
「よう」
「何でまた窓からなんだよ」
使用人時代のように窓からやってきたガイに文句を言いながらも、ほっとした表情を浮かべた。
「知らなかったよ。父上達とガイのお母さんが幼なじみだったなんて…」
「俺もそこまでは知らなかったんだ。ファブレ家の庇護下にある家柄なのは聞いていたけど、俺がこっちに来た時には、…その、社交界みたいなとこには関わらない家になっていたから」
「そうなのか…。だけどさ…」
父親であるファブレ公爵がガイの母親に成したことを、ルークは想像して身震いする。
「幼なじみだったのに…。……やっぱ預言のせい…なのかな」
「そうなんだろうな。けど俺はお前を手にかけようとしなくて良かったよ」
「!!……ガイ…」
「そんなことしたら、俺自身が苦しいだけだって…気づくことができて良かった。ルークのお陰だよ」
「でも…」
自分はレプリカだから…とか、アッシュのことはどうなのかとか、まとまらない気持ちがルークには渦巻いていたけれど
「わっ…」
ガイは悩みの詰まっていそうなルークの頭をくしゃくしゃと撫でた。
触れるガイの手のひらから、ガイの暖かい気持ちが伝わってくる。
それだけで、それまで不安だった気持ちが洗い流されていくようで、ルークは自分の現金さにちょっと苦笑する。
小さい頃から今になっても、ガイはいつだってそうやって自分に触れて、不安を吹き飛ばしてくれるのだ。ルークが明るい表情になるまで、ガイはそうやってルークを撫でていた。
「ありがとガイ」
「俺の方こそ、ルークがそうやって笑うと気分がよくなるよ」
お互い様だとガイは笑う。
二人して並んでルークのベッドに腰掛けて、たわいもない話をゆっくりと続けた。
「ここでこうしてガイと一緒に居ても、もう誰にも怒られないんだよな」
「見つからないように窓から忍び込むことなかったんだな」
二人してくすくす笑いあうが、
「それで……俺は………ずっとここに居なくてもよくて……」
ルークはすぐに気分が不安定に揺れる。
自由を手にしたルークは、同時に居場所も失ってしまったような気分だった。
レプリカである自分が、本当にここに居ても良いものなのか。いくらシュザンヌが言葉を重ねてくれても、何だか気持ちが落ち着かないままなのだ。
「なあルーク、今夜俺、この部屋に泊まってもいいか?」
「え?」
「せっかく怒られなくなったんだし、一晩中この部屋で喋ってよーぜ」
ルークが考えすぎないように、疲れて眠くなるまでいろいろ喋らせ吐き出させてしまおうと、そうガイは考えた。
いたずらっ子みたいに笑うガイの言葉に、ルークは申し訳ないと思いつつも甘えることにした。
「ならちょっと部屋に戻って夜着とかとって来るよ。ちゃっかり先に寝るなよ」
不安だった夜をガイと過ごせることになって幸せなルークは、そわそわしながらガイを部屋で待つことになった。
「ああ、ガイ、ちょっと良いですか?」
部屋に戻る途中、二階の廊下でジェイドに呼び止められる。
「マルクトへの報告書ですが、仮の報告書を先に出しておこうと思います。正式な報告書も後日出しますが、仮なものと正式なもの両方を貴方に書いてもらおうと思っているのですが」
使者としての正式な仕事なので、ガイはすぐに了解の返事をする。
「分からないことばかりだから、ジェイド大佐にご指導願っていいかな」
「もちろんです。丁寧に指導させていただきますよ」
ジェイドに礼を言いつつ、明日の午前中にその仕事をこなす約束をした。
部屋でいろいろと支度などを済ませてからルークの所に向かおうとドアを開けると
「何処かへ行かれるのですか?」
「あ、ヴァン」
ガイの部屋にヴァンが来ようとしている所に鉢合わせる形になった。
ガイは今夜はどうしてもルークの側についていてやりたいとヴァンに素直に話す。
それにヴァンはムッとした表情を一瞬したのだが
「……左様ですか。ならば私はまだ残した仕事がありますので、今から教団支部へと戻ります」
「今からか」
昨日も寝ていない様子のヴァンのことが、さすがにガイも心配になるのだが。
「早く片づけてしまいたい案件もありますからな。…それに」
今夜共にすごす時間を、養い子に奪われることに嫉妬を滲ませつつ、ヴァンはガイの耳元で、
「貴公の時間を、明日は独占させてもらえるのだろうな?」
有無を言わせないほどの熱を込めて、そう告げる。
「………っ」
ガイは、その逃がれられそうにない熱に、身体を震わせて。
「明日は午後には時間が空くはずだから…」
「分かりました。私もそれまでには戻れるようにいたします」
逃げられませんよ、とばかりに約束の口づけを額に受けたガイは、フラフラしながらルークの部屋にと向かったのだった。
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