ヴァン幸せルート小説 21
翌日、午前中にガイはジェイドの指導のもとに、マルクトへの仮報告書の作成を終えた。
「ルークは朝から王宮に呼び出されたみたいだったな」
「今後のキムラスカの方針を話し合う議会が行われるそうですから、現場を見てきたキムラスカ人のナタリアとルークは、その議会には欠かせないでしょう」
「王の決めた大筋の方針は変わらないんだろ?」
今、仮の報告書を作成したばかりで、議会の後に大きな変更があることをガイは心配したが。
「キムラスカは王の権力が強いですから、王が昨日決めてくださった方針は変わらないでしょう。議会は細かい部分を詰める作業…といったところでしょう」
マルクトへの正式な報告書は、その議会を経た正式な書面を受け取ってから、の作成になる。その議会が今王宮では行われていて、ルークとナタリアが呼び出されて参加しているらしい。
それが済むまでの数日は、ガイ達はここで待つことになっている。
昼過ぎに、ガイはペールギュントの庭を訪ねた。
いつもルークが剣術の稽古をしていた中庭の、その更に進んだ奥の庭には、様々な花が咲き誇っていて。特に季節を通して薔薇が見事だった。
ルークが登りたがるような大木も無く、体調の良い日にシュザンヌがメイドを連れて散歩を楽しむ他は、あまり訪ねる者がいない場所だ。屋敷を訪れる客には、入り口正面の庭や、屋敷に面した中庭が目に触れるばかりで。ほとんどシュザンヌのための花園であるから、警備の騎士団も巡回ルートから外していて。
その中でも薔薇に幾重にか囲まれて、庭木などでうまく囲われ死角となる場所に、作業用の道具と、小さなベンチ。ファブレの屋敷での、ガイの息抜きの場所となっていた所に、ペールとガイは並んで座っていた。
「そうか、じゃあホドが襲撃されたときにはもう…」
「はい、マルクト兵の撤収は早く、街での戦闘もすぐに終わって、キムラスカ兵に制圧されるのはあっという間でした」
ガイは昨日、他のメンバーがいて聞くことができなかった様々なことを、ペールに聞いていた。
「じゃあファブレ公爵の軍は急襲過ぎるほどいきなり襲ってきて、簡単にホドを制圧して、軍そのものにも損害がほとんどない状態だったんだよな」
「一番被害の酷かったのはガルディオス家の周辺でした。個人使用の港などは無事で、それで私たちはホドを脱出できたのですが、一般の住民は街での戦闘の他に海戦も恐れていましたから」
「けど…ホドを落とすと決めたマルクト軍がすんなり脱出できたのはともかく、……ファブレ公爵の軍も被害はなく脱出したんだろ? 街の支配が目的だったら崩落に巻き込まれていてもおかしくないのに。公爵はああしてピンピンしてる訳だし」
「ガイラルディア様が先ほどおっしゃったように、キムラスカにはダアトから秘預言が伝えられていたのでしょう?」
「うん…。てことは、いつホドが落ちるのか知っていたってことか。キムラスカはホドを何でもいいから攻撃して預言成就の手伝いをして……。でもそれなら、どうして落ちると分かっているホドで……」
どうして幼なじみであったはずのガイの母親を含め、ガルディオス伯爵家の人間は短時間に全て殺されてしまったのか。ガルディオス伯爵家はホドの内陸にある。そしてガイは朧気ながらも、確かにあの屋敷で紅い髪の、あの男を見たのだ。
落ちると分かっている地にわざわざ上陸して、なぜあそこまで残酷な殺戮をしなければならなかったのか……。
(なにか…そうしなければならない目的があった…のか?)
ガイは当時の現場を知っているペールに細かいことを聞いていったのだが、どう推理してもそれは推理でしかなく…
(機会があったら、直接本人に聞く…とかか…? すんなり話すとは思えないけどな…)
ガイの疑問には、まだそれを解くためのピースが足りない。
これ以上ペールを問いつめるのもよくないと、ガイは話題を変えることにした。
「それで、マルクトには伯爵家の財産がけっこう残ってるって、ジェイドが調べてくれてたんだ。爵位もいただいたし、今後はピオニー陛下の元で働くことになりそうだし、ペールも勿論、一緒にマルクトで暮らしてもらえたらと思って」
もし自分の世話を離れたいなら、セントビナーやエンゲーブ辺りののんびりした地で余生を送ってもらえるよう手配してもいい。今まで世話になり続けたので、何とかペールには恩返し、というか、親孝行のようなことがガイはしたかった。
だが
「それは嬉しいお申し出ですな。ガイラルディア様が立派になられて本当にペールは幸せです。マルクトには、……こちらで済ませねばならぬことを済ませてから、参ることにいたしたいのですが」
「済ますこと? どのくらいかかるんだ?」
今までとは違って、ガイがその身分を正式に明かしてしまっている以上、ペールも公爵家にいるのは難しくなるのではないだろうか。
その済ませたいことを自分も手伝わせてもらえたら。
「…ヴァンデスデルカは、まだその件についてガイラルディア様にお伝えしていないのでしょうか」
「ヴァン…?」
どうやらその話をペールがガイに話すには、ヴァンの許可が必要なようなのだが。
その時ちょうど
「こちらにいらしたのですか」
長身には少し茂りすぎている青い茂みの通路を通って、ヴァンが姿を現した。
「ヴァン、仕事もう終わったのか?」
「大まかなことは片づけて参りました」
「そうか。お疲れ。お前二日も寝てないんだろ、とにかくすぐに休んで……」
「ヴァンデスデルカ、例のことなのだが。ガイラルディア様にもう話しても良いのであろう?」
この機会を逃すこともないだろうと、ペールはヴァンに話すことを促した。
「そうだ、その話を今ペールから聞いたんだ。一体なんの話なんだい?」
ガイは簡単に話の流れをヴァンに説明した。
「……それではその話は、私からガイラルディア様にいたすことにしましょう…」
「なら儂は作業に戻りますかな。ガイラルディア様、また後ほどにでも」
「あ、ああ、ありがとうペール」
ペールが庭仕事に戻ると、ガイはヴァンと二人きりでベンチに並んで座ることになった。
「それで、その話ってのは? 俺には話すと不味いことなのか?」
ヴァンには秘密が多過ぎる。今まで主人という立場でありながら、騎士のその秘密に振り回されてきたガイだ。
「もっと早くにお話しても良かったのですが……」
とヴァンは前置きしてから。
「白光騎士団の中に、シグムント流の手の者が数名おります。ペール殿の直接の配下です。私が密かに騎士団への入隊を手配しました。今ペール殿が屋敷を離れてしまうと、彼らの梯子を外すようなことになってしまいます。まず彼らの処遇を密かに定めてから、それから自分の身の振り方をとペール殿はおっしゃりたいのでしょう」
「それ…は…」
聞くまでもなく、ガイを密かに守るために、ペールとヴァンが手を回してくれていたのだ。あるいは約束の日のための配下として。
「あ、だから王宮から脱出の時!」
殺されようとしたナタリアとルークを連れて王宮から脱出した際、ペールと一緒に白光騎士団姿の者達が助けてくれた。
あの時は逃げるのに必死で、彼らはナタリア派の騎士達なのだろうくらいに考えていたけれど。考えてみれば、その後もペールの正体がバレていないのは、その騎士たちがペールの協力者だったからに他ならないのだ。
「はー…… そうか、そういうことか」
相変わらず知らない所で、ヴァンとペールにがっつりと守られるばかりで、そのことに気づくことができない自分に、ガイはぐったりとうなだれた。
「申し訳ありません。早くにお話すべきでした」
「いや、気遣ってもらうばっかりで、俺は自分でもっとしっかりしなけりゃいけなかったんだ。…その、色々とありがとうヴァン。ペール爺さんにも礼を言わないとな」
「ガイラルディア様は十分にしっかりされていますよ。できればもっと……」
甘えて頼っていただきたいのだ…
と、ヴァンはガイの耳元で甘く低く囁く。
「…ぁ」
ふわりと強い腕に抱き寄せられて
「ペール殿が造られたこの場所で、貴公と密会をするのが、この屋敷での何よりの楽しみでした」
厳かとも言えるほどの重さをもってそう呟いたヴァンは、ガイを抱き締めてから腕をゆるめて、ゆっくりと愛しい主人の、照れた表情を眺めた。
屋敷では常に立場の違いから、話すこともままならず、中庭でも屋敷でもルークや他の使用人の目を避けるのが難しかった。
晩餐の後、屋敷に泊まるように勧められた時には密かにガイを部屋に呼んだりしていたのだが。それも毎回という訳ではなかったので、ガイラルディアと二人きりになれる場所は主にこの秘密の花園で、ということが多かった。
密かに白光騎士団に忍び込ませている者から、ガイラルディアが騎士団からどのような扱いをされているか報告を受けて、ファブレの全てに憎悪を深くした。
いっそ屋敷から離れてダアトに身を寄せてはどうかと何度も勧めたが、ガイラルディアは首を横に振るばかりだった。
復讐のため…と、その形良い唇が嘯く。彼の望みは語らずとも分かっていた。
どのような扱いを受けても、ガイラルディアがこの屋敷に居ることに拘った理由は……
「そ、そう言えば今日、ルークは議会の方に行ってるみたいでさ、あいつちゃんと焦らずに説明できるのか、心配で…」
「その名は今は聞きたくない」
ヴァンはガイの言葉を強く遮ると、その唇を強引に塞いだ。
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