ヴァン幸せルート小説26
									
										
										
										
										
										
										
											「気分が悪くなったりはしていませんか?」
											ガイがゆったりとバスタブに浸かっていると、ドアの向こうからヴァンが声をかけてくる。本当に心配性だなあ…とガイは苦笑しながら、大丈夫だと返事をした。
									ヴァンの譜術は他の譜術師に比べて格段に強力なため、副作用も強く出てしまうのだとヴァンは言っていた。
											具体的には身体の音素のバランスが崩れてしまうのだそうで、自然に元に戻るのを安静にして待つしかないのだそうだ。
											そのせいなのか、あれだけ眠ったにも関わらず、湯船に浸かっているだけで、何だかズシリと眠気が襲ってきた。
									あまり長く入っていても疲れてしまうようだと、汗も流せたので早めに湯船から上がり、バスタオルでぞんざいに身体を拭うとドアを開けた。
									「もう宜しいのですか?」
											「うん。さっぱりしたよ」
									そう会話する間にも、控えていたヴァンに、まだ滴の残る肌や髪を丁寧に拭かれているのがくすぐったい。
									「歩いて戻るからな」
									またお姫様だっこされる前にと、ガイはベッドまでの近い距離をさっさと戻る。
									ヴァンが用意してくれていた新しい夜着に心地よく袖を通してベッドに腰掛けると、隣に座ったヴァンに続けて髪を丁寧に拭われた。
											正直ちょっと疲れてしまったので、ガイはそれに抵抗せずに、されるままにヴァンの手を受け入れていた。
											柔らかいタオル越しにも分かる体温と秘めた力強さを持った掌と指とで、髪だけでなく、首の後ろから肩にかけても包まれる。熱が伝わってくるだけでも心地良くて眠りに落ちそうになる。
									「んー…」
									ガイはベッドに並んで腰掛けながら髪を拭いてくれていヴァンの、その肩にコトリと頭を立てかけた。
									「…」
									ガイの身体が腕の中に収まっている。柔らかいその金糸をタオル越しに撫でながら、腕の中のガイラルディアを抱きしめたい欲求を、ヴァンはぐっと堪えていた。
									腕の中に収まってくれている甘い存在。
											幼い頃から可愛らしく大切で、再会してからも守り続けたいと願ってきた。
									けれど、今のガイラルディアはただ守られているばかりの幼子ではなくて。
											無理矢理に抱いたヴァンのことを、逆に傷ついているのではないのかと、痛む身体で抱きしめてくれて。
									守るばかりと思っていた存在に、温かく包み込まれる。
											そんな経験は、共に過ごすようになってから何度も経験させられて、その度にヴァンは愛しさ以上のなにかに打ちのめされ続けてきた。
									大切な大切なご主人様。甘く、温かく。
											愛しさだとか大切さだとか、そんな想いが膨れ上がり過ぎて苦しいほどなのだ。
									想いを秘めていた頃には堪えていられた筈の熱。
											身を焦がしながらも、ガイラルディアに汚れた想いを向けてはならないと自分を律し続けることは当たり前だった。
											けれど想いを打ち明け、それがガイラルディアに受け入れられてからは、自分でも不思議な程に簡単に想いが溢れかえる。
											長年かけて築いてきた高く堅い堤防も、たった一カ所堰が切れてしまえば、何の役にも立たないようだ。
									それでも昨夜の暴挙への後悔は生半可ではなく、肉の味を知ってしまった獣を、ヴァンはどうにか押さえ込むくらいは出来た。
									それにヴァンには他に心配ごとがあって。 
									「ガイラルディア様………申し訳ないのだが………」
									折角腕の中で気を抜いていてくれるガイラルディアを怖がらせたくはないのだが………。
									
											言いよどんだヴァンが続けた申し出に、ガイは驚いて身を堅くした。
									「い、いや、ホントに大丈夫だから、もう全然痛いとか無いし! そんなことしなくっても!」
											「ですが、医者には診せた方が念のために…」
											「いや、ほんと平気!」
											「医者がどうしても嫌でしたら…」
											「ううっ…」
									ヴァンが自分で触診をすると言うのだ。
									何処をと言ったら、まあ、その、中を。
									
											ガイは辛い記憶を無かったことにする名人なので、昨夜のことを思い出す機能を、自分で停止させていたのだが。
											けれど指をまた受け入れるのは、どうしても昨夜のことを思い返させてしまう。
											身体を堅くするガイに、ヴァンもやはり昨夜のことはガイの心に傷を付けてしまったのだな…と改めて反省するのだが。
									それでもどうしても心配だからと、ガイを懸命に宥めた。
									「ガイラルディア様……お願いです…」
									真摯にそう言われて、その深い碧色の瞳に熱の無いことをようやく認めたガイは、
									「……わかった。……さ……さっさと終わらせてくれよ…?」
									ヴァンの熱心さとしつこさに諦めるという選択肢を選んだ。何だか疲れていて眠くて、抵抗が続けられない。
									
										
										
											
											「…力を抜いてください…」
									ヴァンはガイをベッドに横向きに寝かせると、夜着を少しだけはだけた。
											触れる度に緊張しようとするガイに気づかない振りをして、ガイの負担にならないよう早く終わらせてしまおうと思う。
									夜着から少しだけ露わにされた形の良い双丘にそっと触れる。傷は綺麗に治っているように見えた。
											薬でぬめらせた指で、そっとそこに触れる。
									「……」
									とたんにびくりと身体を跳ねさせ堅くするガイは、目の前にあった枕を抱いて堪えている。
											軽く曲げた膝を片手で押さえるようにしてガイの身体が不用意に動かないようにしてから、
									「っ…………」
									ヴァンは一定の力で、指をガイラルディアの中へと埋めていった。薬を塗り込めるように指を内壁に押し当てていく。
									「……痛みを感じるところはありませんか…」
											「んっ……な、ない…からっ」
									内壁は温かく包み込むようで、痛みの熱を持っていたりはしないようだった。
											治癒はされていると確認できて、ヴァンはホッと安堵した。
									ひくりと震えるガイを眼下に堪えながら、ヴァンは指をゆっくりと抜いた。
											安心させるように素早く夜着を整えてあげると、ガイはようやく息を大きくはいて身体の力を抜いた。
									「治癒はできているようで安心しました…」
											「だから大丈夫だって言ったのに……」
									ガイはすっかり疲れてしまい、もう眠りたくて仕方なかった。
											安心したらしいヴァンに髪を撫でられると、それでもう眠気にあらがうことも出来なくなって、ガイはすうすうと眠り始める。
									それをヴァンは、愛しいような堪えるのが辛いような複雑な笑みで、いつまでも見守っていたのだった。
									
										
										
										
										
										
											
											
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