ヴァン幸せルート小説27
									
											
											
											
											
											
											
											
											目が覚めるとヴァンの姿は部屋には無かった。時計を見ればぎりぎり朝食に間に合うくらいの時間。
											窓際にあるテーブルの上に手紙のようなものが置かれていて、ヴァンは早くから教団の支部へと向かうという連絡が書かれてあった。
									自分もいつまでも寝ている訳にはいかないと、ガイは身支度をして階下へと降り、朝食を頼んで食堂へ。すると
									「あっ!ガイ! 風邪大丈夫? 起きていいの?」
											「無理をしないで休んでいた方がいいんじゃないかしら」
									朝食を終えてお茶をしながらお喋りをしていたらしいアニスとティアに出会った。風邪で寝込んでいたことになっていることに、ガイは気不味くなりながらも、 
									「もうすっかり大丈夫なんだ。心配かけたね」
									と、ひくつく笑顔で答えることができた。けれど
									「早く治って良かったね! お見舞いしようかと思ってたんだけど、大佐が「おじゃまですよ〜」って言って」
									続くアニスの言葉に、また笑顔がヒキツる。
									「寝ているのを邪魔しちゃ悪いものね」
									ティアの心遣いにガイは曖昧に笑うしかなかった。
									「他のみんなは今日は…」
											「ルークは今日も早くから王宮に出かけたよ。イオン様は謡将と教団支部。あ、大佐から伝言だけど、会議は今日が最終日になるらしいから、ガイが起きてきたらそう伝えてって」
											「そうか、会議が終わったら直ぐに出立することになるだろうし、支度しないとな」
									報告書の下準備はしてあるので、徹夜で報告書の仕上げをすることになるのかなあ、とガイはこれからやるべき事をシュミレーションする。
									「あれ? ジェイドの旦那はそれで何処かに出かけてるのか?」
											「うん、会議が終わるまでは暇だし、街を見てくるって出かけてったよ」
											「そうか。君らも退屈だろ、出かけてきたらどうだい?」
									気楽にそうガイが言うと、アニスとティアは互いの顔を見合わせたまま、困った顔をした。
									「ガイには話してなかったんだっけ」
											「私たち、謹慎中だから屋敷からは出られないのよ」
											「モース派ってことになってるからねー。すごい大量の報告書書かされたんだから」
											「新しい配属先が決まったら、もう一緒に旅は…できないかもしれないから…」
											「そうか…」
									しんみりするアニスとティアに、ガイも上手く言葉をかけられない。
									「私、ルークに散々偉そうなこと言ってしまったけれど、一番反省しなくてはならないのは自分だったわ。報告書を書きながら改めてそう思ったの」
											「それは私の方だよ。ルークに酷いこと色々言っちゃったし。けど、言ったことは全部、自分自身に言いたかったことだったんだって、報告書書きながら思ったんだ…だから…」
									アニスとティアは、「ごめんなさい」という言葉をガイに告げた。
									「えっと、どうして俺に?」
											「ルークには昨日謝ったし」
											「ルークを大切にしてるガイだもの。大切な人のことを色々言われたら誰だって辛いものだから…」
									ガイは殊勝な二人を前に、少しあわてて言葉をかけた。
									「ルークにそう言ってくれたなら、俺には謝らないでいいよ。俺だって反省することは有りすぎるほどあるし」
											「ガイに反省することなんてあるかしら」
									仲間のことを誰よりも思いやるガイは、自分の家族を殺された憎しみや復讐の想いすら、自分自身で乗り越えてしまったというのに。
									「たとえば…俺はもっと早く、ヴァンと、ちゃんと向き合わなくちゃいけなかった。あいつの考えや想いを理解った気になって、けど本当は一つも分かっていなかったんだって、…この旅を始めてから、ようやく分かったんだから」
									もっと早く、ヴァンと本当の話をすることが出来ていたら、世界はこんな風になっていなかったかも知れない。
									けれど、この旅を始めるずっと前から… ヴァンが、ガイには分からない世界を見つめているような気はしていた。
									そして自分は、それを暴くことを、何処かでずっと恐れていたのだ。
									優しく頼もしい大切な仲間のヴァンの、自分には知らせないでいる顔を、知ることを無意識に避け続けてきた。
											復讐という接点で繋がることに甘えて。
									ガイはルークをいつの間にか大切に思うようになっていた、そんな気持ちの変化への後ろめたさもあって。
									ヴァンがどんな気持ちでこの世界に生きているのか、想いやろうと出来なかった。
									甘えていたのだ。甘やかしてくれる存在だから。
											そうして甘えると嬉しそうにヴァンが微笑うから。
											それに甘えきって…。
									だから、この旅が始まって、ヴァンが隠してきた数々の真実の欠片に触れて、勝手に裏切られたような気持ちになっていた。
									ヴァンも話そうとしなかったけれど、自分だって聞くのを恐れていたのだ。
									裏切りが決定的となる前に、自分から関係を切ろうとまで決心していたのが、ベルケンドでの邂逅だった。
									けれど、今ならその考えも間違いだったと思える。
									どんなにヴァンに裏切られても、真実を隠されても、自分はちゃんとヴァンに向き合って、真実を共有しようとしなくてはいけなかったのだ。
											どれほど拒否されても。
											そんな風に思えるようになったのは、けれどやはりこうして、ヴァンと一緒に過ごして、少しずつ真実の気持ちを共有することが出来たからだった。
									もしベルケンドでヴァンに別れを告げてしまっていたら……。
											今とは全く違う未来を想像しようとして、ガイは頭を振った。
									「それを言うなら私の方だわ。兄さんの手伝いがしたくて兄さんの反対を押し切って軍に入ったのに。結局私は、兄にいきなり斬りかかって皆に迷惑をかけたり、本心を聞き出せなくて世界をこんな風にしてしまうのを止められなかった。兄さんとこうして一緒にいられるのはガイのお陰だもの。ガイには感謝してもしきれないのよ。だから兄さんがこの世界にしてしまったことを背負うのは、私も一緒よ」
											「ティア……ありがとう。きみは本当にお兄さんが好きなんだね」
									ガイの柔らかい口調は甘くて、ティアは何だか今までの色々な辛さまでが甘く包まれるような感じがして、頬を染めて照れながら、熱くなる目頭を堪えるようにそっと瞼を閉じた。
									そうしてしばらく三人で話をしていると
									「失礼いたします。グランツ様、タトリン様。教団の方からこちらが届きました」
									ラムダスが封に入った書類を届けに来た。
											ティアとアニスはそれを受け取ると、恐る恐る封を切った。
									「新しい配属先が決まったから、直ぐに上官に挨拶しろって命令書だ〜」
											「私、シンクの部隊だわ」
											「アタシはラルゴの部隊だよ〜。ま、アリエッタの下じゃなかったのが唯一の救いだけど」
									イオン様の護衛役からは思いっきり外されちゃったなー、とアニスは苦笑でその場をごまかしながら。
									「ま、謹慎も解けたってことだし、地道に稼がないとね〜」
											「私も軍に入ると決めた時から、色々な覚悟はしてきたから。どんな配属でも、今なら世界のために働くことになるのが嬉しいわ」
											「じゃ、またねガイ」
											「別行動になってしまうけれど、一緒に世界のために頑張りましょう。兄さんが色々迷惑をかけるかも知れないけど、これからも宜しくね」
											「急なんだな。けど目的は一緒なんだし、これからも一緒に戦うことになるよな」
									ティアとアニスとの別れは急ではあったけれど、またいくらでも会うことは出来ると、ガイはあえて明るく二人を送り出した。
									
											
											
											
											二人がいなくなってしまうと、ファブレの屋敷に客はガイ一人になってしまった。
									庭仕事をしているペールとしばらくまた先日の続きを話してから、ガイもジェイドにならって少しバチカルの街を歩くことにした。
									親善大使となったルークと共に街を出てから、そう月日が経ったわけではないけれど、あまりにも色々な出来事があった。
											今の立場でバチカルの街を改めて眺める事に、何か深い感慨が生まれてくる気がする。
									屋敷で使用人としてルークの世話をしながらも、ガイは色々な用事を言いつかって、街に降りることがよくあった。
									海に近い下町の空気が好きで、入り浸っているうちに下町の口調が伝染ってしまい、それがルークに伝染ってしまうという不味いこともあったものの。
									天空客車で下町へ向かい、よく通っていた音機関の店に入ってみる。
											それから街中に戻って、ミヤギ道場に挨拶に伺ったり。街を何となく歩いていると
									「ガイ! 久しぶりじゃないvvv」
											「きゃあ〜会いたかったぁvvv」
											「や、やあ…きみたち…」
											「もう、最近会えなくて寂しかったんだからぁ」
									きゃっきゃと集まってきたガイファンの女の子達に取り囲まれてしまった。
											無駄に感慨に浸っていたせいで油断していた。
											彼女達は、優しくてカッコ良いガイが女性恐怖症で涙目で震える様が可愛くて仕方ないという、ドSメンバーばかりだった。
											なので遠慮なく距離を詰めてくる。
									「ヒッ」
									ガイはじりじりと壁に追いつめられていく。
											女の子は好きだし、恐怖症の原因も分かって改善に向かっ……てはいるようないないようなだけれど、やっぱりどうしても身体が震えてしまう。
									恐い。誰か助けて! と強く心の中で叫ぶと、それが届いたのか…
									「おやあガイ、モテモテで幸せそうですねーv」
											「だっだっだっ…だん…旦那ッ! 助け…」
									普段だったら絶対に助けを求めたくない人物の登場に、つい縋ってしまうガイなのだった。
									ジェイドは恐怖に震えるガイを、やはり心から、本当に心から楽しそうに眺めていたのだけれど。助けを求められたので、「やれやれ」と形ばかりの苦笑を浮かべたあと、女の子の群からガイを引っ張り出してくれた。
											メガネの美形に華麗に連れ去られたガイの後姿に、女の子達はやはり、楽しそうに黄色い嬌声をかけたのだった。
									
											
											
											
											
											
											
											
											
											「た…助かったよ…。ありがと旦那」
									今は動いていない工場方面への天空客車の方へと連れられて、ようやく気持ちが少し落ち着いてきたガイが、救ってくれたジェイドに素直に礼を告げた。
									「ちゃんと貸しにしてあげますよ♪」
											「くっ…助けられる相手を間違ったな…」
									悔しそうにうなだれるガイを、ジェイドはやはり楽しそうに眺める。
									「それより身体の方は大丈夫なのですか?」
											「え? ああ、その…平気だよ。風邪ひくなんて、疲れてたのかな」
											「風邪ねえ」
									何とも言えない視線をジェイドから向けられる。
									「辛い思いをしたりしていませんか?」
											「え」
											「貴方にばかり、色々しわ寄せが向かってしまっていますからね」
									ガイはジェイドの言葉に目を丸くしてから
									「はは、何か旦那に心配してもらうなんて、空から槍が降ってきそうだよな」
											「ご希望なら降らせることもできますが」
											「いやいやいやいやいや」
									ジェイドならニコニコしながら槍を降らせそうなので、ガイはあわてて首を降った。そして
									「辛いことなんかないよ。俺は……すごく今、幸せなんだと思う」
									落ち着いた目をジェイドに向ける。
											そんなガイに今度はジェイドが少し目を丸くしてから、
									「貴方には敵いませんねえ」
									と素直な笑みを向けた。
									「そう言えば、旅立ちはここからでしたね」
									動いていない天空客車を前に、親善大使のルークとの旅の始まりを思い出す。
									「貴方は卓上旅行のお陰でセントビナー辺りの地理にも詳しかったですが、廃工場に詳しかったのもそのお陰ですか?」
									ニヤつくジェイドにガイはわざとイヤな顔を作ってから苦笑する。
									「あー、こっちは道場にも近いからさ、見張りが居ない時は天空客車動かせるってのも下町の裏情報で知ってたし。廃工場なら、許可を取って街の外に出なくっても、魔物に出会えるだろ」
											「なるほど、密かに通っては実戦を重ねていた訳ですか」
											「魔物には気の毒なことしちまったけどな」
									苦笑するガイに、ジェイドも笑い返してみせる。
									そうやって研ぎすませた刃で、来るべき復讐の時を待ちながら、ただ堪えて。そうやって育ってきたはずの、この青年の笑みがこれほど温かで歪みのないことに。ジェイドはいつでも心地良い敗北感に満たされるのだ。
									「そういえぱ、伝言は聞きましたか?」
											「ああ、会議は今日には終わるんだろ。報告書の準備はしてあるよ」
									ついで、ティアとアニスが新しい配属先に向かったこともジェイドに伝えた。
									「そうですか。教団の方は大体落ち着いたんですね。さすがヴァン謡将、この短期間で組織を立て直すとは」
											「うん」
									幼馴染みとは言え、ヴァンの方が年上で世話役でもあったけれど、それでも再会した時は、ガイはファブレ家の使用人で、ヴァンはローレライ教団の要職に既に在った。
											剣の腕もまだ敵わない上にヴァンは譜術もほとんどの音素を使いこなしてしまう。
											男としての能力の差みたいなものには、常々ヴァンに嫉妬していたかも知れないなと、ガイは自分をちょっと内省してみたりした。
									「では貴方の顔で、ローレライ教団に鳩を借りてもらえませんかガイ」
											「鳩?」
											「先日あなたに書いてもらった仮の報告書を先に飛ばしておきたいんです。会議中のキムラスカ側に頼むのも時間がかかりそうですし、かと言って既にある裏ルートを使うのは、体面的に適切とは言いがたいので、教団に借りられるなら最適ですからね」
											「ああ、なるほどな。ってことは、バチカルからマルクトへ飛ばすマルクトの鳩ってのも、実はあったりするのか」
											「大きな声では言えないことですけどね。今度紹介しますよ」
											「今は微妙な時期だからな。正式なルートが使えるなら、そっちが良いもんな。じゃあ今から頼みに行ってみるか」
									ガイはヴァンとの関係を隠すために、使用人をしていた立場では、これまで教団の支部に近寄ったことが殆ど無かった。
									…ちょっと緊張するな…
									ガイはジェイドと連れだって、街でも特に目立つ壮大な教会の隣奥に続く、ローレライ教団支部へと向かったのだった。
									
											
											
											
											
											
											続く→