群馬県某市に恋愛下手な一人の男がいた。
どれだけ下手かと言えば、異性と良い雰囲気かもしれないと感じる事が出来ても、そのチャンスを生かし切れずに結局何も無く終わってしまう有様である。
二十歳も過ぎるともう駄目かもしれないという諦めと、ずっとこのままだったらどうしようという焦る気持ちを心に秘めながら更に数年を無駄にしてしまった。
そんな男が頼るものと言えば神頼みしかない。
人生の先輩からアドバイスを聞いたって、実行出来なければ意味はない。
そうなると、神様になんとかしてくださいと泣き言も言いたくなって当然だろう。
そのためその男はあるナイトキッズメンバーから聞いた恋愛の神様がいるという木までやってきた。
半信半疑だがその木の前で告白をして結ばれたというカップルも多いらしい。
男のプライドを守るためにも人目を避けて真夜中に木の下へ来た男は木を見上げた。
「こんな木に御利益なんてあるのかよ…」
『人目合ったその日から恋の花咲く事もある』
「うわっ!!木がしゃべった!?」
『木ではない。私の名前は【ときめ木】だ。おぬしの名は何と言う?』
「俺は…中里毅だ」
胡散臭いと思いながらも毅は答えた。
『中里とやら、おぬしは恋愛の経験値が著しく少ないな。寧ろ0だな』
「ゼ、ゼロ?!そんな事まで判るのか?」
『神様だからな』
「俺はどうしたら良いんでしょうか?教えてくださいときめ木さん!」
『チュウしなさい』
「は…?もう一度言ってもらえますか?」
『誰かとチュウをする事で経験値が上がる。これは常識です』
「でも俺、女の人と付き合った事も無いのに、いきなりキスなんて…」
『経験なので誰でも良いんです。異性でも同性でも大人でも子供でも』
「え、でもそれって色々とマズいんじゃ…」
『信じるも信じないもおねしの勝手だ。チュウをしにくい相手であればそれだけ経験値はたくさん上がるぞ』
「でもどうすれば良いのか全然分かりません」
『明日、中里の経験値は少しだけ上がる』
「本当ですか?!」
『信じればいずれ分かる』
その言葉を信じ毅はときめ木の元を去った。
翌日。何事も起こらず夜になった。
もう数時間で日付も変わってしまうという頃、それは起こった。
今日はレッドサンズメンバーが数名妙義山へと来ていた。
正式なバトルをするわけでもなく、交流を深めるという名目でやってきて妙義山を走っている。
だがそんなことより昨日の事が気になって走る気が起こらない。
そこへ走りを終えたFCとFDがやってきた。
車から降りた二人は何か話ながら毅へ向かって歩いて来る。
「でさ〜、アニキ。俺思うんだけど…」
話に夢中の啓介は足元が見えていなかった。
涼介がそれに気付き声をかける。
「啓介、そこに…」
「え?何、アニ…うおっ!危ね…っ!」
「え…?」
声に気付いて毅が振り返るのと、啓介が躓いて倒れかけるのは同時だった。
チュ。
時が止まったような気がした。
柔らかい何かが毅の口を覆っている。
ギャーという野太い悲鳴が周囲から聞こえ、我に返った毅は目の前の啓介を突き飛ばした。
「テメッ、な、何しやがんだ!」
「バ、バカヤロ!俺は躓いただけで、不慮の事故だ!」
「うるせー!5m以内に近寄るな!」
こっから入るな、と腕全体でを左右に振って境界線を引く。
「フッ、段差があるから気をつけろと言おうとしたんだが、遅かったようだな」
「もっと早く言ってくれよ、アニキぃ!」
「大丈夫ですか!?中里さんっ」
わらわらとメンバーが集まり毅を守るように囲む。
動揺しているのを見せるのは男らしくないと毅はメンバーになんでもないと強がる。
「大丈夫だ。犬に噛まれたようなもんだ」
「犬…犬ですか…」
啓介へナイトキッズメンバーの批難の視線が集まる。
「誰が犬だっ!俺だって柱にぶつかった程度だ」
「啓介、よそ見してたお前が悪い。すまないな、中里。もう帰ろうと思って挨拶にきたんだ」
「そうか、帰るのか。今日は折角来てくれたのに何もしなくて悪かったな」
「いや、こっちこそ突然来て騒がせたようですまない。またの機会にはゆっくり話したいな」
「そうだな。ま、気をつけて帰れよ」
毅が啓介とのキス事件など何事もなかった様に振る舞うので、ナイトキッズメンバーも表面上では大人しく見送った。
その夜、毅は夢の中で再びときめ木の場所にいた。
『今日の中里毅は1チュウ。レベルUP「恋愛初心者」になった』
そう言われても、毅はそうなんだと思う程度で片付けた。