◆2 観戦当日。 夕方も近くなってからメンバーのワゴンに同乗させてもらい、プロDのバトルがあるという峠へと向かった。 それでもワゴンの中ではくだらない話題が尽きることはなく、同じ関東の茨城県まではさほど時間はかからなかった。 「バトル開始まではまだ時間ありますけど、先にコース見て、観戦ポイント決めてから、どっかで晩飯にしませんか?」 地図を見比べて、ようやく目的の峠の入り口近くまで辿りついた時は日もすっかり暮れてしまっていたが、バトルが始まるまでにはまだ時間があった。 そしてバトルのコースとなる峠の入り口に入った時、ワゴンの中にオオというどよめきが満ちた。 「おお!いますよプロジェクトD!! FDとハチロクっすね!」 峠の入り口の駐車場には、プロDの戦闘マシンが2台、メカニックたちによって調整されていた。 薄いスモークの貼られた窓からそんな光景を眺めていると、ワゴンは今日のコースとなる峠へと入っていく。 峠は、Rの大きめなカーブが連続する、かなりの高速コースだった。特徴が少ない分、コーナーの連続を一つのリズムでクリアできなければ、大きくタイムを落としかねない難しいコースとも言えた。 丁度要となりそうな地点に、いくつかのコーナーを見渡せる開けた場所があり、低いコンクリート壁の上には既にかなりの観戦者が集まっていた。 「うわー、もう良いポイントには人がいっぱいっすね」 興奮するメンバー達と相談して、ドライバー以外の同乗者は、この一番観戦するには良さそうなポイントで降ろしてもらい、バトルまでの時間を待つことにした。 「俺たちばかり済まないな」 運転手役の二人は駐車場へと戻り、俺たちはコンクリート壁を登って、既に大勢いる他の観戦者たちを避けて空きスペースを探し、草むらを均して観戦場所を確保した。 プロDは前日の夜から走りこみをして、当日に微調整してからバトルするのが通例らしい。 だらだらとメンバーと喋って時間をつぶすうち… ウォン…と麓からロータリーサウンドがこだました。
鮮やかな黄色い車体が滑らかなラインを描いて駆け上ってくる。
今の走りを見ただけで、高橋啓介の成長を実感する。 その走りに見惚れると同時に、心に熱く湧き上がってくる何かを感じた。
思わずそんな言葉がこぼれていた。
隣にいたメンバーの返答が、自分が考えていたことと全く同じで、思わず笑いがこみあげてきた。
今は実力的にも水を開けられ、あの雨の妙義でのバトルも遠い過去とされてしまっていても、自分が高みを目指すことで、思い出させてやる機会もあるかも知れない。 いや、新しく記憶を刻みつけてやれば良いのだ。 新しく目指すべき頂を見つけ、新たな高揚感に包まれている自分がいた。 FDは下りでも素晴らしい走りを見せつけ、ついでハチロクが調整に入る。 相手チームも慣らしを始めているが、こちらはさほど強いオーラを感じることはできなかった。おそらくバトルはすぐに決着を見ることになるだろう。 近くにいた他のギャラリーが他の地点にいる仲間と無線で連絡をとっているのを横から聞いていると、間も無くスタートらしい。 下り担当のハチロクは、後追いスタートからあっさりと相手を抜き去り、それでも手を抜くことなく全開の走りでギャラリーを沸かせた。 次いで高橋啓介の上り。 「やっぱスゲーなプロジェクトD!」 あっさりと終わってしまった感のあるバトルだったが、ギャラリー達からはそんな言葉が尽きない。 バトルの後は、ハチロクとFDのタイムアタックになる。 全員で同じ熱い気持ちを感じていることを少しくすぐったく感じながら タイムアタックを終え、ロータリーサウンドを響かせながらFDが下ってくる姿が見えてきた。 その時 「あ?」 ギャギャッというタイヤの音。 「え?今何かあったんか?」 目の前のFDの謎な動きに大勢いるギャラリーが注目を高める中、FDは上りへと加速することなく、ゆるゆると目の前で車体を停めた。 「???」 ギャラリー達にとっては全く謎なFDの行動だ。 更にそのFDのウィンドウが開き、ドライバーの高橋啓介が肩から先の姿を覗かせた。 「あれがFDのドライバーの高橋啓介か」 ざわざわと場がざわつく中で、高橋啓介の視線が定まって、驚愕が嫌な予感へと変った時、 「中里!」 FDのエンジン音にも紛れない、高橋啓介のよく通る声が響いた。 高橋啓介の視線の先にいる自分に、この観戦ポイントにいたギャラリー達の視線が一気に自分に集中するのを感じる。 「おい、中里だろ?」 「……毅さん、高橋啓介に呼ばれてますよ……?」 「やっぱ中里だったんだな。チラっと見えたから。観戦に来てたのかよ」 チラっと見えたから停まったのか!? どんな動体視力してるんだと周囲のギャラリー達もどよめきながら、こちらのやり取りを興味深々で伺ってくる。 走り屋のチームリーダーとして自分も多くのギャラリーからバトルを観戦される立場であるから、大勢に注目されるのは慣れている方だが、今は一人の観戦者という立場である。 に返事を返すことにした。 「まあな、チームのメンバーに誘われたんでな」 腕を窓にかけて顔を半分乗り出しながら、壁の上にいる自分に大きな声で問いかけてくるので会話が周囲に丸聞こえである。だが啓介はそれには頓着がないというか、他を全く視界に入れていない勢いで話しかけてくる。 啓介にはこちらの存在など忘れられているのだろうとすっかり思い込んでいたので、この展開にはどうにもついていけない。 「今日はRじゃねえ、メンバーの車で来たからよ」 それはその通りである。 「あんまここに停めとく訳にもいかねーだろ、早く乗れよ」 急き立てられて考える猶予もなく、FDの助手席側のドアを開いた。 「毅さん…連れてかれちまったけど……」 |