イラスト・小説 見国かや
森を護る者
羽虫の森・・・その森はそう呼ばれていた。
かつて、この森付近に街道が作られたことがあった。
主要街道に戦火が近づき、その迂回路として羽虫の森付近を通る道が整備されたのであ
る。
街道には小さな町が造られ、新たに開拓されつつあるその土地に、当初は人も集まっ
ていた。
だが、町に奇妙な噂が流れはじめた。
森でドラゴンを見た者がいるという。
炎を身にまとった魔神が、森に入った者を焼こうとした・・・あるいは、空を飛ぶ魚
のような生き物に襲われたなど。そんな噂が後を絶たず、町から人離れが目立ちはじめ
たのである。
焦ったこの町の監督官が、たまたまこの町に立ち寄った旅人である、高名なリスクブ
レイカーに森の調査を依頼した。彼は旅の途中でありながら、その依頼を受け、町で装
備を整えた後、一人で森に入っていったと言う。
これが、人々が彼、アシュレイ=ライオットの姿を目撃したという、最後の証
言であった。
アシュレイ=ライオットの名は、大抵の者が聞いたことがあるだろう。
凶悪な野盗や強盗団、犯罪者の大組織などを崩壊させたライオット数々の活躍は、世
に知れ渡っている。
奢りのない寡黙な態度や、端正な風貌も手伝って、人々の憧れともなっているアシュ
レイは、リスクブレイカーから引退し、旅に出ても、今回のように街々で頼み事を持ち
かけられることが多かった。
旅の目的地の名前ははっきりしている。
だが、それが何処にあるのか、正確な情報は、未だ入手できていない。
魔都市 レアモンデ
伝説に過ぎない、絵空事だと、誰もが嗤う。
アシュレイ自身も、実は魔都市の存在など、本当は信じていないのかも知れない。
けれど、彼にはどうしても、レアモンデを探さなければならない理由があった。
僅かな手掛かりに振り回される旅は長く、辛い。
けれど、また、こうして羽虫の森の噂にレアモンデの某かの手掛かりを感じて、アシ
ュレイは依頼を受けたのである。
羽虫の森は、迷いの森だった。真っすぐに歩いているつもりで、元に戻ろうとすると、全く見覚えの無い場所に出てし
まう。
方向感覚には絶対の自信あるアシュレイも、これには本格的に迷ってしまいそうだっ
た。木の根につく苔の片寄りで、何とか方向は知れる。が、霧が深く、樹木は生い茂っ
て見通しも悪い。
「?!」
足元近くで、生き物が動く気配を感じたとたん、その生き物はアシュレイに敵意をあ
らわにし、襲いかかってきた。
使い慣れたホプロンの盾で、攻撃をかわす。
「何だ、この生き物は」
それは犬くらいの大きさの、黒いサソリのような虫・・・に、アシュレイには見えた。
鋭い歯を持ち、素早い動きで噛み付こうとしてくる。が、反応の早いアシュレイは、
何なくそれを躱していく。
その生き物は、攻撃が効かないと分かったのか、距離を取って身構えた。その虫のよ
うな生き物の身体から、濃い紫の霧が、ビリビリとした波動とともに発せられる。
「!」
避けようとしても何故か足が動かず、アシュレイはその攻撃をまともにくらってしま
った。衝撃から立ち直ろうとしても身体が痺れ頭がクラクラする。
(これは・・・もしかすると・・・)
その特殊な攻撃が、普通のものではないと、攻撃を受けてみて理解することができた。伝説でしかないはずの、魔の力。
今の攻撃は、それしか説明のつけようがない。
とうとう、レアモンデの近くに迫っているのかも知れない。
アシュレイは身体が予感に震えるのを感じていた。
それでも数々の最悪な危機を切り抜けてきたリスクブレイカーとして、アシュレイの
対応は鋭かった。
特殊なソードで、連続攻撃をかける。奇妙な生き物は、何度か攻撃を食らうと、かん
高い叫びを一つ残して、その姿を死体も残さずに消してしまった。
その先も、進む度に奇妙な数々の生き物に遭遇した。
彼らはアシュレイの行く手を遮るように、攻撃をかけてくる。まるでこの先にある、
大きな秘密を守るように。
危険を覚悟でアシュレイは進み続ける。
いつしか森の中にぽっかりと空いた広場へと出た。
ビリっと、空気が震える。
「あれは!」
見たことも無い、巨大な生き物が、森の奥から、ゆっくりとその姿を表した。
堅い鱗に覆われた巨体。高さはゆうにアシュレイの3倍はあるだろうか。太い足が地
面を踏み締める度、辺りが大きく揺れる。
睨みつけてくる双眸は、金色にぎらぎらと輝いている。
立派な角と、大きな翼をもったドラゴンが、アシュレイの前に存在していた。
おとぎ話や、伝説の存在でしかないはずの、神聖な生き物、ドラゴン。
では、おそらく、この近くに、伝説の魔都市、レアモンデがあるのは、間違いないの
だろうと、アシュレイは判断した。
この先にどうしても進まなくてはならない。
アシュレイは、剣を構えた。とにかく、接近戦しかない。ドラゴンの首下に飛び込み
、連続で剣を繰り出す。堅い皮膚も、頭部への打撃にはダメージを受けるようで、低い
うなり声を上げて、ドラゴンは逃げを打つ。筋肉の固まりのような太い尻尾で、振り返
りざまにはたかれて、アシュレイは地面にひどくたたきつけられた。
「くっ!」
ドラゴンが態勢を立て直して、頭部の角で、アシュレイに止めをさそうと振り下ろす。アシュレイは渾身の力をふりしぼり、剣でその攻撃を受け止めた。
ガギッ!!!!
大きな音を立てて竜の角が根元近くから折れる。
竜は苦しそうに呻いて、アシュレイから二、三歩遠ざかった。
素早く起き上がったアシュレイが、腕の痺れを堪えて攻撃にうつろうとした、その時
「ディート!!」
深い森の中で、人間の声が確かにした。
咄嗟に周囲の気配に気を配ると、アシュレイは、またも信じられないものを見た。
空から一人の青年が、ふわり・・・・と舞い降りてきたのだ。
色素の薄い金色の髪をした、どこか人間離れした美貌の青年だった。
腕と足以外は露にされた身体は、痩身ながらしなやかさを持っていた。
「ディート、大丈夫か?」
青年がすたすたと、何の警戒もなく、竜に近づく。
それまで怒りに満ちていた竜の双眸は、とたんに信じられないほど、柔らかい光を帯
び、まるで甘えるように、その巨体を、細身の青年に擦り寄らせるしぐさまで見せた。
「おい、アシュレイ=ライオット。ディートを苛めるなよ。可哀想じゃないか」
青年は折れた竜の角を、よしよし、と撫でている。
「なぜオレの名を・・・」
そうアシュレイが問いかけると、青年は、その美貌に見合った、魅力的な笑を、その
唇に乗せた。「オレは何だって知っているのさライオット」
青年は謎めいたことを言うと、口の中で呪文のようなものを唱えた。
すると、竜の姿が、ゆっくりと背景にとけこみ、間もなく跡形もなく消えてしまった
のである。「今のは一体・・・今の竜は幻だったのか?」
「いいや実体さ、戦った自分の手ごたえを信じられないのか?」
確かに実体だった。それは戦っていたアシュレイが一番分かるはずのことで、青年の
指摘にアシュレイは小さな衝撃を覚えた。「今の竜は、何処へいったんだ、消してしまったのか?」
「いいや、巣に返したのさ。この森は魔の霧のおかげで、彼らモンスターには居心地は
悪くないが、長時間存在するのは、やはり体力を消耗するからな。また召喚をかければ
、今度は角も元に戻っているだろう。今度は苛めるなよライオット」
青年はまるで長年の知り合い相手のように、アシュレイに話しかけてくる。アシュレ
イより二周りは細くて華奢な青年は、妙な存在感と、自信に満ちた美しい瞳を持ってい
る。アシュレイはこの青年に強い関心を抱いた。
そして、この青年なら、魔都市レアモンデの手掛かりを知っているはずだという確信
も。
「レアモンデの事を聞きたいのか?」
だから、まだ何も話していないうちに、青年がアシュレイに、そう話しかけてきた時
も、驚きはしなかった。
「ああ。レアモンデは何処にあるのか知りたい。教えてほしい」
「レアモンデに行って、何がしたいんだ?」
「オレについては、何でも知っていると言っていただろう」
何がしたいのか、と尋ねられて、実はもう、アシュレイにもどうしたかったのか、長
い旅の果てで、分からなくなっいた。ある男の言葉がきっかけで、アシュレイは旅に出たのだ。
魔都市、レアモンデ。
そこでは、死者が復活する。失われた魂と、話しをすることができるのだ・・・・と
・・・
「お前のことは何でも知っている。・・・けれど、お前が分からないことは、オレにも
分からない」
お前の心を見せてくれ・・・、と、小さく青年は呟いた。