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No.2248 テリー・レノックス |
2012/02/07(Tue) 01:13 |
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すみません。いらいらしていてミスタイプが多いです。ロス・マクドナルドの『動く標的』が発表されたのは1949年、昭和二十四年でした。スピレインの処女作『裁くのは俺だ』は1947年に発表されています。スピレインという亜流が出現した後、二年の間を置いて正統派が息を吹き返した。その後、マクドナルドは徐々に初期の荒っぽさを抜け出て枯れて行き、アメリカ家庭の悲劇を中心に扱うようになる。矢作俊彦はマクドナルドは大嫌いであんなのはハードボイルドじゃないといつも言っていたそうです。私は必ずしもそうは思わないものの矢作さんの仰ることにも同意せざるを得ません。1950年代以降、ハードボイルドは明らかに変質した。チャンドラーの『長いお別れ』は1954年、昭和二十九年の発表です。昭和三十年はいわゆる日本の高度経済成長期が始まった年であり、自民党一党支配がスタートした年でもあります。大藪春彦の『野獣死すべし』は昭和三十三年、1958年の発表で、スピレインより十一年遅かった。フレミングの処女作『カジノ・ロワイヤル』が1953年、昭和二十八年発表であり、1963年、昭和三十八年に映画化が始まり、60年代はスパイ小説の時代と言われた。私は1966年の生まれですがこの年、ビートルズが来日している。1970年代半ばまでは血腥い事件が続いており、1975年あたりからそうした事件は少なくなる。そして1970年代末に校内暴力世代が反乱を起こす。1970年代のハードボイルドは周知のようにネオ・ハードボイルド派の台頭と共にヒーローの影がどんどん薄くなっていく。現代日本では幼児虐待が深刻な問題となり、中学校では不登校の生徒を学校の敷地内で別の校舎に集めて指導しなければならない事態が生じています。総理大臣は続けて五人、辞任している。人材払底の時代です。一体、今の日本はどうなってしまったというのでしょうか。
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