049: 何気ない一言



「ねえ。男って、抱ける?」

 今日。晴れて、よかったね? 
 あたかもそんな口調で言われ、一瞬、意味がつかめなかった。
 遅れて内容が頭に浸透して、俺は飲んでいたアイスコーヒーを思いっきりむせた。

「げほっ、けほっ……!」
「だいじょうぶ? 鵜飼」

 内川が心配そうに背中をさすってくれるのはありがたいけど、誰のせいだと思ってるんだ、誰の!!
 ようやく息が戻った俺は、隣を恨めしそうに睨みながら、言った。

「……ウッチー、脈絡なく問題発言すんの、ヤメテ」
「え。なんでもない、タダの質問だと思うんだけど」
「いやいや、全然、なんでもなくないから!」

 晴れた青空の元、健全な遊園地のベンチでふいに投げかける質問じゃ、絶対ないから、ソレ。
 内川は、そう? と首をかしげて、ソフトクリームをぺろりと舐めた。
 その仕草は、カッコイイのに可愛くてズルイ。
 黙ってれば正統派のイケメンなのに、内川は言動で微妙に外してきて、それが逆にいいんだと美術部の女子の先輩が言ってた。
 悔しいけど、確かにわかる。
 いわゆるギャップ萌えとか言うヤツだろう。
 イケメンは何をしてもカッコいいんだ、という意見は認めない。断じて認めないぞ……。
 俺はストローを咥えて少しぬるくなったアイスコーヒーをすすりながら、尋ねた。

「とりあえず、何がどう繋がって、その質問になったのか……経緯を、ハナシテクダサイ」

 いや、聞きたくないんだけどね?
 そんな思いが、語尾を片言ちっくにさせる。
 でも、スルーするにはやっぱ、気になり過ぎるっつーか。
 内川はそんな俺の内心の葛藤などお構いなしで、話し始めた。

「おれさあ、お前んとこの部活でモデルやったじゃん」
「ああ、やったな」

 俺と内川は、クラスは同じだが部活は違う。
 俺は美術部、内川はサッカー部だ。
 内川は2年になってレギュラーになり、その姿をグラウンドで見かけることも多くなった。
 それに目をつけたのが、美術部の某先輩だ。 
 ぜひあのサッカー部員をモデルにしたい! と同じクラスである俺経由で、内川にモデルを頼んだ。
 最初は渋っていた内川だったが、一度だけの約束で、何とか引き受けてくれた。
 もちろん、サッカー部の活動の邪魔にならない範囲で、だ。
 それは先日、絵の完成と共に終わったはずだが……。

「その美術部の先輩に、モデルのお礼って、えび天うどんおごってもらって」
「うん」
「咥えられたの」
「……待て。今の、超展開過ぎてついていけませんでした。もっと順を追って、ハナシテクダサイ」

 またしても片言になってしまった。
 つうか、咥えるって、何を!?

「えび天うどん食った後に、先輩に僕んち来ない? って言われて。ついてって」
「何故ついてった……」
「ハーゲンダッツのアイスあるよって言われたから。ほら、あったかいもん食うと、冷たいもん食いたくなるし」
「だからって、アイスごときでついてくか!?」
「だって、ハーゲンダッツだよ。おれ、普段、ホームランバーとかしか食わねえもん。がんばってジャイアントコーン?」

 そうか、ウッチー。
 ラクトアイスじゃなくて、ちゃんとしたアイスクリームが食べたかったんだな……。
 じゃ、なくて!
 いいやもう、そこ突っ込んでたら、話進まねえし。

「それで……、アイス食いに先輩んち、行ったの?」
「うん。たくさんあるから好きなだけ食べていいよって言うから。でもおれ、バニラとチョコしか食ってないよ。高いアイスを3つも食うのは気がひけるもんな?」

 褒めて! と言わんばかりの笑顔を向けられて、俺は反射的に内川の頭を撫でた。
 俺と同じクラスだから、同い年であってるんだよな、コイツ……。

「で、先輩の部屋でアイス食ってたら、先輩がベルトに手をかけてきて。何してんすかーって聞いたら、気にしないでいいよって言われて」

 この先は、出来ればあまり聞きたくないのだが、ここまで聞いてしまったからには最後まで聞かないわけにはいかないのだろう……。
 俺は、仕方なく、先を促した。

「えーと……そ、それから……?」

 ああ、聞きたくない。
 すごく、聞きたくない!

「そうか気にしなくていいのか、って思ってアイス食べ続けてたら、先輩が俺の咥えてきて。びっくりした」

 そりゃびっくりするだろうよ!
 聞いてる俺もびっくりだよ………。
 なのに、ウッチー。
 お前は本当に驚いたのか!?
 と、突っ込みたいくらい何でもないことのように話すもんだから、こっちも返すリアクションに困る。

「……なるほど」

 そして俺は、激しく動揺しているのに表面上は何事もなかったかのように、うなずき返してしまった。
 つか、あの先輩! (ちなみにウッチーの語りの中の先輩の一人称が『僕』であるように、美術部の某先輩は男である)
 ちょっと妖しいと思ってはいたんだけど、まさか本当にウッチー狙いだったとは!
 
『あの肉体美をキャンパスに描きたいんだ!』
 
 と熱弁されれば、確かにウッチーはいい身体してるからなあ。その気持ちもわかる……。
 とかつい思っちゃって、熱意に押されてモデルを頼んじゃったんだけど。
 俺、もしかしなくても、とんでもないこと、しちゃったんだろうか!?

「ウッチー、あの、俺、何て言えばいいか分からないんだけど……」

 ごめん、と謝ろうとしたら、内川はソフトクリームをぱくりと咥えて先っぽを崩してから、言った。

「結構、気持ちよくってさあ。で、先輩が、男も女も大して変わらないだろ、とか言うの。おれ、そうですね、って答えちゃったよ」
「………はい?」

 アイスにつられてとんでもないことになってしまった。
 そんなわが身の悲劇を、友人の俺に打ち明けたくなった。
 と、そういう流れじゃなかったのか、これ。
 なにその、新発見! みたいなカオ。

「考えてみれば、口は男も女も変わんねえじゃん? だったらその先も大して違わんのかもなーとか思って」

 コーンに垂れてきそうになったソフトクリームを慌てずゆっくりと舐めとって、内川はのんびりと言った。

「女の子としか、したことないけど」
「えっ! ウッチー、女の子とヤッたことあんの!?」

 俺は思わず食い付いた。
 知らなかったー!
 って、内川とは、2年になってクラスが一緒になってから仲良くなったから、そう言う事まではまだ話したことなかったんだけど。
 そうか、ウッチーはもう経験済みなのか。
 そうだよな、背ぇ高いし、肉付きもバランスもいいし、何よりイケメンだしなあ……うらやましい。

「うん。彼女、いたし。こないだ別れたけど」
「えっ! そうなの!?」

 それも知らなかったー!
 彼女がいたこともだけど、さらに別れたことも気付かなかった。
 いや、ウッチーに彼女いるのは不思議じゃない、つかいる方が自然なんだけど、彼女の存在を感じなかったって言うか……。

「だって、練習ない日は、だいたい、鵜飼と遊んでるし」
「ご、ごめん。言ってくれれば、俺も遠慮したんですけど……」

 サッカー部の練習のない休みの日を俺と遊んでたら、そりゃ確かに、彼女と遊べないよな。
 悪いことしてしまった……。

「なんであやまんの?」

 心から反省してるのに、内川はわからない、と言った風にきょとんと首をかしげた。

「ウッチーの貴重な休み、俺に付き合わせちゃって、そのせいで彼女と別れちゃったんだろ……?」
  
 ごめんな、と今頃謝っても遅いのかもしれないが、俺は頭を下げた。

「だから、なんであやまんの? おれ、彼女といるより、お前と一緒にいたいって思ってそうしてんだから、鵜飼があやまることないだろ」

 俺に気を遣って……といった感じでもなく、内川はさらりと言って、にこっと笑った。
 申し訳なさはまだ消えなかったけど、それを見て俺はほっとすると同時に、ちょっと嬉しくなった。
 そっかー、ウッチーは俺と一緒にいたいって思ってくれてるのか。
 照れるなー!
 とか内心思ってたら。

「でさ、おれも、鵜飼のなら、咥えられっかも」

 ソフトクリームを舐め舐め、内川は言った。
 先輩のはムリだけどさ、と付け加えて。
 俺はまたしても脳内がフリーズした。

「は……?」

 咥えるって、誰が、誰の、何を……?

「お前は、どう?」

 大いに混乱する俺にお構いなしで、内川はさっくり尋ねる。
 いや、だから何がどういう質問なのか、俺にはさっぱりワカリマセンヨ?
 ヤバイ、モノローグまで片言になってきたぞ。

「だからさあ……」

 内川はソフトクリームから口を離すと、ソフトクリームを持ってない方の手を俺に伸ばした。
 頬に、ウッチーの指先が触れる。
 イケメンは至近距離で見てもやっぱりイケメンだな、などと益体もないことを思っていたら、ますます顔が近づいてきて、そして。

「どう?」

 尋ねられた。

「男も女も、変わらないよね?」

 と。
 どうもこうも……。
 俺はまだよく回っていない頭を、何とか動かして、答えた。

「比較しようにも、俺、女の子と、したこと、ない」

 好きな女の子がいたことはあっても、彼女がいたことはないし……って。
 え、嘘、ちょ、待て……!
 今のはもしかしなくても!!

「俺のファーストキス〜〜〜っ!!」

 ウッチー、どさくさに何てヒドイことを……っ!
 あんまりだっ!!
 もう何と罵ればよいものか、言葉が思い浮かばなくて、俺は涙目になって内川を睨んだ。

「そっか。そうだったんだ。ごめんな?」

 内川は明るく笑って、言った。
 こんなに誠意の見えない謝罪もめずらしいぜ……。

「でもおれ、彼女とするより、鵜飼とした方が楽しいってわかったよ。今夜ちゃんとやりなおそうな。はじめてだったら、もっと丁寧にしたのに」

 言ってくれればよかったのに、と笑顔で付け加えられる。
 それはどうもすみませんね、と反射的に言いそうになって、いやいやそうじゃなくて! と本日何度目だという突っ込みを返す。

「なんだよ、その今夜って!」
「あれ? だって、今日おれ、鵜飼んちにお泊りだろ?」
「あ……」

 そうだった。
 うっかり、忘れかけてた。
 今日俺んち、親いないから、一緒にリビングのテレビでDVD鑑賞しようぜーと、内川を誘ってたんでした。
 
「ちょうどよかったな」

 にっこりと微笑まれて、なんだか急に心拍数が上がった。
 ほら、イケメンってのは、笑うと破壊力が上がるんだよ!

「と、とにかく!」

 俺はベンチから立ち上がると、園内にある時計を指した。

「そろそろ行かないと、始まるだろ!」
「でもおれ、まだソフトクリーム食べ終わってない」
「食べながら見ればいいだろ。ほら、早く!」

 そう急かして、内川を立ち上がらせた。
 連れだって、園内に臨時に設置された会場へ向かう。
 俺はこんな不毛な会話するために今日、ここに来たんじゃないんだよ……!
 フェムレンジャーのヒーローショー見に来たんだよ!
 ちょっと早く来過ぎたから、ソフトクリーム食べたいって言うウッチーに付き合って、アイスコーヒー飲んでただけなのに。
 何故こんな展開に……!?

「だいじょうぶだって。そんなに急がなくても、間に合うって」
「い、いい席取りたいから、早めに行くんだよ……!」

 ソフトクリーム持って、のんびりとなりを歩くウッチーに、俺はさっきっから上がりっぱなしの心拍数のせいで、よく回らない口で答えた。
 俺の空になったアイスコーヒーの紙コップは、途中で屑かごに捨ててきた。
 どんだけ大事に食べてんだよ、そのソフトクリーム!

「……ねえ。今日、鵜飼んち、泊りに行ってもいいんだよね? おれ」

 振り向くと、やっぱりウッチーは、笑っていた。
 なんだかやたら、楽しそうに。

「いいよ。そういう約束だろ。フェムレンジャー第一シーズンDVD全話鑑賞会するって」

 そうだ。
 ウッチーは、孤独な特撮マニア(オタクではない、断じて)だった俺が、2年になってようやく見つけた特撮仲間なのだ!
 ネットの中じゃなく、リアルで! しかも学校で! 同じクラスで!
 なのでファーストキスごときで――夢も希望もあったけど!――、失うわけにはいかない。

「だよな。よかった」

 だから何故そんなに上機嫌……。
 あ、ウッチーも今から始まるショーが楽しみなんだよな!
 もしくはフェムレンジャー第一シーズン一気見が楽しみなんだよな!
 そう言う事だよな……!
 と、内心必死で言い聞かせていた俺の手を、内川は何でもないように自然につかんだ。
 思わず内川を見上げると、ウッチーは俺を見て、首をかしげた。

「どうしたの? 全席自由なんだから、早く行っていい席、取るんだろ」

 それがあまりにいつもと変わらないので、つられて俺もいつもと同じように、うなずく。
 そしてちびっこ達が集まり始めた会場に――何故かウッチーと手を繋いだまま――向かいながら、俺は思った。
 帰り、絶対アイス買っていこう。
 ウッチーがまた、なんかわけわからんことを、当たり前みたいに言ってきたら。
 うっかり流される前に、すかさずその口に、ピノを突っ込んでやろう。
 いや、雪見だいふくの方がいいかな……。


Fin.


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