*な・ま・い・きピグマリオン〜プレ・ステージ1*



「碇、何だ、これは?」
目の前に立ちはだかる学ランをきっちり着こんだずんぐりむっくりの少年。この時代ではもはや天然記念物ともいえる牛乳ビンの底のような分厚いメガネをかけている上に、顔は汚ならしいニキビだらけで、見ているだけで暑苦しくなってくる。
「わからんか?私が昨日原宿でスカウトしてきた我が事務所の救世主だ。」
「・・・・・・・・・・お前、正気か・・・・・・・・・・・・・(ーー;;)。」
ロマンスグレーの初老の男が呆れ返ったように大きくため息をつく。大型車が通っただけでガタガタ揺れるような安普請の建物の一室には、粗末な木の机に旧式のデスクトップパソコンが一台だけ無造作に置かれており、これまた年期の入った棚の上には埃をかぶったトロフィーやモニュメントが飾ってあった。
「あと半年で借金が返せなければ、このネルフプロダクションもおしまいなんだぞ。だからこそ最後の期待をかけて、お前に有望な人材を探させていたのにこの始末。いつからうちは相撲部屋になったんだ。」
ネルフプロダクションはこの二人、冬月コウゾウと碇ゲンドウが設立した芸能プロダクションで、主にアイドル系のタレントを養成している。かつてのアイドル全盛時代には一流タレントを輩出し、赤坂の一等地に自社ビルを構えるほど羽振りが良かったのだが、時代の変化に上手くついて行けず、最近手がけた新人が悉く大コケしたのに加え、残り少ないタレントやスタッフが、大挙して大手プロダクションに移籍してしまったため、現在では会社の存続自体が危うくなっていた。借金の額もかさむ一方で、このままでは半年後には住む家さえも失ってしまいかねない。そこで起死回生の一発を狙おうと、新たな才能の発掘を目指して、ゲンドウをスカウトに派遣したのに、彼が見つけてきたこの少年の容姿はどう見ても人並み以下だ。それどころか大相撲の新弟子と言われても全く違和感がないシロモノではないか。




「わかっとらんな、冬月。」
眉間にシワを寄せ、厳しく迫る冬月をあしらうようにゲンドウはニヤリと笑った。
「華やかで人目を引くような外見の若者には、他にいくらでもその手の話は来てるだろうから、わざわざつぶれかかったうちの事務所を選ぶとは考えづらい。それに容姿を鼻にかけ、人格的に問題があるケースも多いのだ。良いタレントは原石からじっくり育てるのが一番。」
「じゃあ、お前はあくまでもこの少年をアイドルに仕立て上げるつもりなんだな。」
「無論だ。第一、誰が見てもわかるような美形をスカウトしてくるなんて、あまりにも芸がなかろう。このコのような隠れた逸材を発掘してこそ一流のスカウトマンと言うものだ。このさらさらした白銀の髪を見ろ。単に年のせいで白くなったお前の白髪とは大違いではないか。それにこの瞳の神秘的なこと。」
ゲンドウはとうとうと語りながら、いきなりカヲルの眼鏡をひょいっとずらした。
「あっ(@@)。」
鮮やかな紅の瞳が露出した瞬間、冬月は思わず息を呑んだ。明らかに現在のこの少年には似つかわしくないパーツだった。だが、じっくり鑑賞するヒマもないまま、再びそれはビン底レンズに蔽われてしまった。
「どうだ。このコは大きく化ける可能性があるダイヤの原石だということがよく分かっただろう。」
上体をそらせ気味にして自信たっぷりに言い放ったゲンドウだったが、間髪を入れずに冬月は反撃する。
「・・・・・・・・・・確かにお前には人材を見つけ出す眼力はある。それは認めよう。けれども、あまりにも当たりハズレが大きすぎだ。思い起こせば、お前が連れてきた中には、箸にも棒にもかからず、デビューにさえこぎつけられなかった者が相当いたぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ーー;;)。」
鋭く事実を指摘され、一言もないゲンドウに畳み掛けるように冬月は続けた。
「その上、他所へ移籍して方向性を変えたとたんにブレイクした者も一人や二人じゃないだろうが。現在NO.1ニュースキャスターの赤木リツコも、売れっ子シンガーソングライターの青葉シゲルも、人気バラエティタレントの葛城ミサトも最初発見したのはウチだった。それが何だ?お前がアイドルの育成にこだわるあまり、あたら逸材に何年も不遇時代を過ごさせ、挙げ句の果てに新天地で大成功されては我々の面目丸つぶれではないか。お前には適材適所という感覚がないのか。」
「ま、そう言うな、冬月。今まではほんの小手調べ。今度こそ我々の手でスーパーアイドルを育て上げるのだ。」
「・・・・・・・・・・この新弟子をか(-_-;;)。」
ジト目でゲンドウを睨む冬月。
「だいたいどうしてお前はそこまでアイドルにこだわるのだ。ただでも今は“アイドル冬の時代”と言われて久しいというのに。」
その髭面で柄じゃないぞ、と付け足すのはさすがにやめておいた。
「世の中に夢と潤いを与えるのが我々芸能に携わる者の務め。それをもっとも体現している存在がアイドルなのだ。お前もそうは思わんか?えっ。」
「・・・・・・・・・・いろいろもっともらしいことをほざいてはいるが、単にお前がアイドル好きというだけなんじゃないのか(ーー)。」
「!!!!!(@@;;)」
ポツリと何気に突っ込む冬月だったが、これまで隠し抜いて来たはずの本音をストレートに突かれてしまい、ゲンドウは内心激しく動揺していた。さすが伊達に長年付き合ってはいない。その時だ。


「ねえねえ、僕はこれからどーすればいいの?」
今までずっと沈黙を守ってきた件の少年がはじめて口を開いた。集中してなければ聞き取れないほどの小声。おどおどとして自信のなさそうな様子。外見から受け取れるイメージ通りの語り口だ。
「カヲル。お前は心配しなくてもいい。」
少年の名を冬月は初めて知った。とても自分から尋ねる気にはなれなかった。
「私の目に間違いはない。お前は最高の素材だ。周囲の連中もお前自身も”渚カヲル”の本当の魅力を知らないだけだ。うむ・・・・・まずやらなければいけないのは痩せることだな。」
「それだけ?」
「あとはニキビを治して、メガネをコンタクトにして・・・・・ま、それは後でも済むことだ。」
ゲンドウの言葉をこくこくと軽くうなずきながら、じっと聞いているカヲル。
「でも、どうやったら痩せるの?僕、小さいときからずっとこんな体形なんだよ。体質なんじゃないかなあ・・・・・。」
「いや、適度な運動とバランスの取れた食事を地道に続ければ、必ず体重は落とせるものだ。ただし・・・・・お前の場合は時間がないから、ちょっとハードなものになるかもしれんがな。」
「・・・・・・・・・碇・・・・・・・そうか・・・・・・・・・・。」
冬月はゲンドウの本気を改めて確信した。こうなったらもう何を言おうとムダだ。昔から頑固で一徹な男なのである。彼はふうっと軽く息を吐くと、覚悟を決めたように真正面からゲンドウを見据えて切り出した。
「2ヶ月。それ以上は待てんぞ。こちらはこちらでデビューの準備を進めておくが、本人不在ではどうにもならんからな。」
「・・・・・わかった、任せておけ。」
盟友の全権委任の言葉にゲンドウは力強くこう返すと、踵を反して扉の方に歩き始めた。
「カヲル、帰るぞ。」
「・・・・・う、うん。」
慌ててゲンドウのあとを追いかけようとするカヲルだったが、自分の身体の重さにてこずり、よたよた無様に動いている。
(・・・・・・本当に大丈夫なのか・・・・・・・。)
こんな光景を目の当たりにすると、不安がふつふつと沸き起こってくる冬月だったが、矢折れ刀尽きた現状では、たとえどんなささやか、且つ不確かな可能性であっても、それに縋りつくしかなかった。


TO BE CONTINUED


 

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