*+α*



「この壁紙がいいんじゃないか?字も読み辛くならないし。」
「あ、そうだね。キュートなのにシンプルでいい感じ♪」
今日も放課後、せっせとホームページ作成に勤しむカヲルとケンスケ。少しでも能率が上がるよう、費用を捻出して新たにパソコンラックを購入し、中古でようやく手に入れた応接セットや社長用の机が置いてある場所とは簡単な間仕切りで分け、落ち着いて作業に勤しめる空間もしっかり確保した。ケンスケの助力のおかげで、当初あんなに難航していたのが嘘のように最近は順調そのもの。これなら数日後にはだいたいの枠組みは完成しそうである。あとはカヲル自身をアピールする内容を巧みに盛り込むだけだ。
「お前の方はどの位進んでるんだ?」
「自己紹介や日記らしきものは毎日ちょっとづつ書いてるよ。写真は完全にケンスケ任せだからさ。」
「そろそろ写真も撮り始めないとな。」
「なんだかドキドキしちゃうな〜(*^。^*)。どんな写真になるんだろ?」
「僕の方でだいたいの構図は考えたけど、社長さんたちとも相談しないとね。プロダクションで推してるイメージというのがあるだろうし。」
「いいんだよ。オヤジたちはセンスゼロなんだから、無視した方がいい作品が出来上がるってもんさ。」
などと言いたい放題ほざいた瞬間、間仕切りからゲンドウの髭面がぬっと飛び出したので、ケンスケはもちろんカヲルまでビクッと肩をすくめてしまった。
「カヲル、すぐこっちに来い。」
「なんだよう。今、せっかく乗ってきたところだったのに。」
盛り上がっていた会話をいきなり中断されて、カヲルはあからさまに不服そうな顔をする。ケンスケが手伝ってくれることが決まった日から、オヤジたちはパソコンに触れようともしなくなった。それどころか難行苦行からすっかり解放されたつもりになって、あとはサイトが出来上がるのを待つばかり・・・・・という他力本願の姿勢に一変していた。
(最初は意欲的なセリフを吐いてたくせして、やらないでいい立場になった途端、これだもんね。ーー;;)
もっとも、契約等の面倒な手続きやスケジュールの調整、さらに細々とした雑事については彼らが全て滞りなくこなしてくれているのだから、そこまで文句を言われる筋合いはない。ほんの数ヶ月前まで、誰が見てもフツー以下だった小太りのビン底眼鏡の少年をデビューさせるために、ゲンドウや冬月がどれだけ足を棒にして歩き回り、下げたくもない頭を下げたかをカヲルは殆ど分かっていなかった。




「お前に客人なんだ。早くしろ。」
「え?」
そう言われてもピンと来ない。家族にはとっくの昔に見放されているし、前の学校で友人などただのひとりもいなかった。この先、カヲルが芸能界で成功して人気アイドルにでもなれば、自称親戚&親友が増えることもあろうが、まだアイドルの卵とも呼べない現状で、わざわざそんな名乗りをあげる酔狂な人間がいるとは思えなかった。
「カヲル、お客さんを待たせちゃ悪いぞ。このページは僕の方でこしらえておくからさ。」
「ごめん、ケンスケ。」
「気にするなよ。そうそう、写真撮影の日取りも決めなきゃな。」
「うん、戻ったら、相談しよう。」
にっこり笑ってうなずくと、カヲルは素早く立ち上がり、間仕切りの向こうで待つゲンドウのところに小走りで駆けていく。
「僕、忙しいんだから早く済ませてよ。ケンスケと写真関係のことについて相談しなきゃ。」
「もうその必要はない。」
「えっ、どうしてさ〜?曲がりなりにもネットアイドルを志すんだったら、僕の魅力を最大限にアピールするようなキュートなスナップが入ってなきゃお話にならないじゃん。」
「行けば分かる。」
いつもながらのそっけない口調だったが、心なしか声が弾んでいるようにカヲルには思えた。よくよく見れば、唇の端も微妙に上がっているようだ。
(どうしたんだろう。碇さんが喜ぶような景気のいい話なんて全然なかったはずだけどなあ・・・・・・・・・あっ!?)
事務所でもっとも太陽の恩恵を受けられる道路沿いの大きな窓の下、色褪せたテーブルを挟んで、冬月と談笑している人物にカヲルは見覚えがあった。真っ赤なオープンカーでアスカを迎えに来て、初対面のカヲルのことを品定めするように、じろじろ眺めていたちょっといい男。確か、ケンスケはこの人のようなグラビアカメラマンになるのが夢だと言ってたっけ。
「やあ、こんにちは、カヲルくん。」
「・・・・・・・加持・・・・さん・・・・・・・?」




「カヲル、喜べ。なんと加持君がCDジャケットとは別にお前の写真を撮りたいと言うんだ。」
日頃あまり感情の起伏を示さない冬月社長まで、珍しくあからさまに喜色を漂わせている。
「ほえ?」
「そればかりか撮った作品の一部をうちのページに載せることも許可してくれたし、加持君のサイトとリンクも貼ってくれるそうだ。」
旬の人気アイドルの雑誌未掲載写真てんこ盛りの加持のサイトは、一日1000人以上来訪者があるほどの超人気ぶり。こことリンクすれば、出来たばかりのカヲルのサイトでもある程度のアクセス数は見込めよう。不特定多数の人々にカヲルという子の存在を知ってもらうためにこれ以上の環境はあるまい。オヤジふたりが浮かれるのも無理からぬことだ。だが、カヲルには事の成り行きがいまいち飲み込めなかった。やや興奮気味にオーバーアクションで言葉を発するゲンドウと冬月を怪訝そうに見つめながら、ここで確認すべき状況をゆっくりと切り出す。
「・・・・・社長、碇さん、一応この人一流カメラマンって話だよねえ。」
「こ、こら、加持くんに向かって失礼な。ちょっとは口のきき方に気をつけんか。」
慌てて注意する冬月だったが、この程度の無礼はまだまだほんの序の口だった。
「もしそんな人に僕の写真を依頼したら、当然撮影料も高額で、うちの貧乏事務所じゃ払い切れないじゃないか。ちょっとは考えなよ。」
「それがな、加持君は撮影料は要らないと言うんだ。」
「まさかぁ。」
「本当さ。俺は君を被写体として純粋に気に入ったんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「聞いたか、カヲル。さすが一流の芸術家は違うな。良い作品を完成させるためにはつまらない目先の利益などに拘らないんだ。事情が事情だけに、ここは我々も有り難く彼の好意に甘えようかと。」
「もちろん、いくらなんでも加持君に全くの無料奉仕をさせるわけにはいかんから、ささやかながら謝礼をして、残りは出世払いって形で・・・・・。」
オヤジたちが醸し出す不自然に和やかな雰囲気は、加持に対する媚びに満ち満ちている。いくら経済的に貧窮していようとも、ここまでプライドを捨てて卑屈にならなくたっていいのにとカヲルは考える。
(”無料ほど高いものはない”って言うじゃないか。そりゃあ、碇さんたちが会社存続のために必死なのは分かるけどさ。)
それにこの段階まで話を聞いても、カヲルは加持に写真を撮ってもらおうなんてさらさら思っていなかった。

「あのさ〜、せっかくだけどホムペの写真はケンスケが撮ってくれることになってるからいいや。」
「え。」
「だから僕の写真はケンスケが撮影してくれるから、オジさんに頼む必要はないって言ってるんだよ。」
これっぽちも予期しなかった拒絶のセリフにあっけに取られる加持。ゲンドウと冬月は目眩を堪えながら、あたふたとフォローに出る。
「バ・・・・・バカもの!何寝ぼけたことを言っとるんだ!!」
「お前はこれがどんなに大きなチャンスなのか分からんのか!グラビアカメラマン第一人者の加持リョウジがお前ごときの写真をぜひ撮りたいと申し出てくれているんだぞ。」
しかし、オヤジの絶叫も虚しく、カヲルは相変わらずあっけらかんとした表情のままだ。
「怪しいなあ。」
「え?」
「そんな高名な写真家が海のものとも山のものともわからないデビュー前の新人の写真を無料で写してくれるなんておかしいよ。何か裏があるとしか思えないなあ。でも、うちの事務所に恩を売ったところで、先々美味しいことなんてなさそうだし・・・・・・。」
ここまで言いさして、じっと考え込んでいたカヲルだったが、ふと何事か閃いたらしく、顔を上げると、いきなり加持に向かってぴしゃりと言った。
「まさかオジさん、僕のカラダ目当てなんじゃないだろうね。」
「お、お前は何ちゅう失礼なことを!!」
「だあって他に考えられないもん。この事務所で価値のあるものといえば、ベリキューな僕しかいないじゃん♪」
あっけらかんとこんなセリフをほざくカヲルの横顔を見ながら、ゲンドウは初めて会った頃の視線の定まらないおどおどした仕草を懐かしく思い出していた。あの初々しいカヲルはもういない。だが、困ったことに今の傍若無人なカヲルも実に魅力的だった。
「でも、そんなせこい手段使っても無駄だよ。だって僕のカラダを思いのままに出来るのはい・・・・・・ムググググ。」
ゲンドウは大慌てでカヲルの大きい口をさらに大きな手のひらで塞いだ。この後をばらされてしまってはカヲルの芸能生命は無論、オヤジたちの社会的生命も一巻の終わりだ。カヲルの後先を全く考えてない言動に、どうにか平静を装ってはいるものの、彼らの顔色は完全に青ざめている。一方、加持はカヲルの無礼な発言にも何ら動じることなく、薄ら笑いさえ浮かべながら、冷めかけたコーヒーを啜った。



「す、済まないな、加持君。我々の指導が行き届かなくて。どうか気を悪くせんでくれたまえ。」
「全く生意気盛りでこっちの言うことをちっとも聞かなくて困っとるんだよ、はは・・・・。」
殊更ハイテンションに取って付けたような言い訳を繰り出すオヤジたちの無様な姿を横目で見ながら、カヲルはぷうとほっぺたを膨らませる。
「いや、むしろその位生きのいい方が、被写体としては魅力的ですから。それにこの世界で成功するようなコは、客観的に見ても気の強い小生意気な性格の持ち主が多いですよ。」
「そう言ってもらえると助かるよ。ふう。」
冬月は安堵したように古ぼけた椅子に座り直した。が、ゲンドウの方はまだ気を抜いていなかった。カヲルのことではない。加持リョウジは妙に勘が鋭くて、なかなか食えない男だという評判を幾度となく耳にしている。
(まさかとは思うが、今の短いやり取りの中で何か気付いたのでは・・・・・・。)
それが気になってたまらないのだが、まさか直接本人に問いただすわけにもいかない。
「それにしてもネルフプロは本当にいい人材を発掘したものですな。な〜に、歌なんて関係ないですよ。彼は別の部分で十分に大成する素質を秘めていると俺は思います。」
「カヲルのことをそこまで見込んでくれるとは・・・・・・。」
さんざん大物タレントを見て来た超売れっ子カメラマンから最大の賛辞を貰って、じ〜んとしている冬月を尻目に、ゲンドウは不吉な予感が拭いきれない。
「だいたいオジさん、僕のどこがそんなにいいっていうのさ。震い付きたいくらい愛らしいのはよ〜くわかるけど、外見だけならもっと美形な人材はいるよ。アスカだって僕より美人だしさ。」
おや、とゲンドウは思った。スリムな美少年に変身して以来、言いたい放題、完全にお調子に乗っているとばかり思っていたカヲルだが、結構客観的に己を見ているではないか。
「確かに顔立ちだけなら君以上の子はざらにいる。」
「ちぇっ。はっきり言うなあ。」
「でも、君には美貌を超えた+αの部分が飛び抜けて多いんだ。それに俺は惹かれてる。」
「・・・・・・+αだって・・・・・・・?」
この評価を聞き、ゲンドウは理屈抜きで納得してしまった。確かにあの日、ついふらふらと魔が差して、どう見ても規格外な小太りの少年をスカウトしたのは、その+αの部分に強烈に魅せられたからである。うっかりデビュー前の商品に手を付けるというプロにあるまじき行為をしたのもきっとそのせいに違いないと、オヤジはいつのまにか自己弁護に走っていた。



「カヲル、せっかくのチャンスじゃないか。この際、僕のことは忘れて加持さんに写真を撮ってもらうべきだと思うよ。」
唐突に後方から発せられた声に、カヲルたちは一斉に振り向く。そこにはケンスケがいつもと変わらぬ様子で佇んでいた。
「ケンスケ・・・・・聞いてたのかい?」
「そりゃあ、いくら間仕切りがあるって言っても同じ部屋の中だからね。こんな良い話、断る理由なんかないよ。社長さんや碇さんの言う通りさ。」
がっくりした様子も見せず、むしろ淡々と語るケンスケの胸中を考えると、カヲルはますますゲンドウたちの提案に従う気にはなれなかった。
「ダメだよ。僕だけのために、ケンスケのチャンスをむざむざ捨てさせるなんて出来ないよ。サイトがどうにか形になって来たのだってケンスケのおかげなのに。」
「でも、僕と加持さんじゃ、最初から勝負になりっこないし。」
「そんなことやってみなけりゃわからないじゃん。」
自分だってまだ覚束ないものの、芸能界のスタートラインに立てるなんて夢にも思わなかった。外見も冴えなくていじめの標的にされていた頃は、どうせ誰にも期待されていないのだからと、何事もすぐ諦めて、途中で投げ出してしまっていた。しかし、思いがけなくスカウトされて、これこそ自分を変える最初で最後の機会だと一念発起したことが、カヲルの心身両面をがらっと一変させた。幸い、今のところはその新生が全ていい結果に結びついているようだ。もちろん、この先、挫折することも多々あろうが、もう昔のように何もしないうちに後退りしたりはしない。たとえ、痛い目にあおうと顔を上げて前進あるのみだ。
「カヲル、お前の気持ちはわかるが、我々は趣味でサイトを作ってるんじゃないんだぞ。お前を売り出す大切な最終兵器としてこしらえているんだ。プロの手助けを受けることこそ、この場合最善の策と言うものだ。」
「ふん、偉そうなこと言ってるけど、碇さんも社長もサイト作りに関しては何にもしてないじゃん。ぜ〜んぶケンスケに任せっきりだったくせして、このオジさんが現れたら手のひらを返したようにケンスケをお払い箱にするなんてひどいよ。」
「それがプロのビジネスだ。」
「プロが聞いて呆れるね。デビュー前の僕に手を・・・・・・ムググググ。」
年齢を少しも感じさせない素晴らしいダッシュで、ゲンドウは再びカヲルの口に大慌てで蓋をした。いかにも納得行かないといった風に手足をばたつかせるカヲルだったが、ゲンドウの必死の目くばせが通じたのか、なんとか大人しくなった。含みのある表情で彼らの様子を観察し続ける加持の瞳に一瞬キラリと光が走る。
「とにかく、僕の写真はケンスケに撮ってもらうからね。」
「・・・・・カ、カヲル、お前、そこまで僕のことを・・・・・。」
厚い友情に思わず目頭を押さえるケンスケだったが、カヲルはしれっとした面持ちでこう続けた。
「だって、このオジさん胡散臭いんだもん。僕をいやらしい目で見るしさ〜。そんなんだったらいくら素人でもへたっぴでもケンスケの方がまだましっていうもんさ。」
「・・・・・・・・・カヲルぅ・・・・・・・(;;)。」
ケンスケの涙は感動のそれから、たちまち落胆の涙に変わった。




「カヲル!サイト上の写真の出来映えがお前の将来を決定するんだぞ。これまでの努力がフイになってもいいのか?」
暴露スレスレのカヲルの発言に振り回されっぱなしだったゲンドウだが、ここが正念場とばかりに、きっと表情を引き締め、厳しい口調で問いかける。
「・・・・・・・じゃあ特別に一枚だけ撮らせてあげるよ。でも、それ以上はダメだからね。」
曲がりなりにも恩人(&恋人)たるゲンドウの意向を全く無視するのはさすがに心苦しかったのか、カヲルはあっさりと妥協策を提案して来た。とはいうものの、妥協率はほんの1%といったところだろうか。けれども、加持は不快な様子をこれっぽちも見せずに、あっさりとこの図々しい提案を受け容れた。
「いいだろう。ただし、俺の写真については全面的に指示に従ってもらうよ。」
「しょうがないなあ。まあ、一枚くらいならオジさんの好きにさせてあげるよ。」
「あああ・・・・・千載一遇の機会になんということを・・・・・。」
がっくりを通り越して泣きそうな顔をする冬月だが、カヲルは一瞥もしていない。ゲンドウも基本的には盟友と全く同じ気持ちだったが、落胆していられないほど気がかりなことが出来てしまったので、共に肩を落としている暇はなかった。
(・・・・・あの男、何か勘付いてるような気がしてならん・・・・・・・。)
加持は単なるカメラマンの域を超えてこの業界に通じているし、ファインダーを通して被写体を見抜く鋭い眼差しはあらゆる場面で侮れない。それに加えて、先ほどからゲンドウとカヲルを比較するようにちらちらと眺める仕草もほの見え、どうしてもただの取り越し苦労とは思えない。
(やれやれ、また頭痛のタネが増えるのか・・・・・・・ーー;;。)
自業自得の部分が大とは言え、デビュー前からゲンドウのストレスは溜まる一方であった。


TO BE CONTINUED


 

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