*ハンカチとサンドウィッチ〜たとえばこんなエンディング/前編*



優勝すればどんな願いでも叶えてもらえる、というガイナックス麻雀大会。休憩時間のたびにその話題で盛りあがる部下たちを、冷笑しているかに見えたネルフ総司令碇ゲンドウだったが、実は皆にナイショで密かにエントリーしていた。彼の望みはもちろん”ユイを蘇らせること”である。研究生時代には雀豪として鳴らした彼も、さすがに最近は卓を囲む機会が著しく減ってきており、このままでは、激戦を勝ち抜くのは困難だ。そこで彼は、終業時間後、裏通りの怪しい雀荘に通いつめることにした。賭け麻雀は当たり前、その担保も金品に限らず、親・兄弟果ては自分の命まで・・・・・と噂されて久しい闇世界の雀荘。でも、ゲンドウは決して臆することなどなかった。全てはユイをこの手に取り戻すためなのだ。最初のうちこそ身ぐるみ剥がれて店外へ放りだされることもしばしばあったが、そこでの厳しい戦いはムダにならなかった。おかげですっかり昔のカンを取り戻したのである。準備は万端。たとえ誰が参加して来ようと自分が負けるはずはない。
「もうすぐだよ、ユイ。」
すでに彼は妻に再会できることを確信していた。




いよいよ大会の日。部下はもとより息子のシンジまで大会に出場するという情報を得たゲンドウは、わざと極端に早い時刻に会場を訪れることにした。むろん知り合いと顔を合わせないようにするためだ。実際、試合が始まってしまえば、対戦相手として対面するのも止むを得ないが、こんなところで捕まってしまって、あれこれ探られるのは御免蒙りたい。さすがに集合時間2時間前ではまだ誰も来ていなかった。応援してくれる仲間も励ましてくれる友もいない、一人きりでの寂しい入場となったが、自分にはそれが相応しいとゲンドウは思う。その時だ。ひらひらと白い布切れが彼の足元に舞い降りた。
(何だ?)
しかし、訝りながらもゲンドウが歩みを止めなかったので、彼の右足はまともにそれを踏みしめる形となってしまった。よく見れば、どうやら木綿のハンカチのようだ。
「あ〜!!ひどいなあ!!!!!」
誰もいないとばかり思っていた場内にこんな叫び声が響き渡ったので、さすがのゲンドウもちょっと驚いた。即座に振りかえると、そこにはやせっぽちの少年がぽつねんと立っているではないか。柔らかそうな白金の髪と悪戯っぽくくりんと動く紅い瞳が印象的だ。どことなくユイに似ているような気がしたのは、ここ数週間ずっとそのことばかり考えていたせいだろうか。
「ここで拾ってくんなきゃダメじゃないか〜。」
不服そうに口を尖らせて訴える少年。それからゲンドウのすぐ隣までやって来るとしゃがみ込んで、ゲンドウの靴が乗っかったままのハンカチの端をちょいと引っ張った。
「早くどいてよ、オジさん。」
「う、うむ。」
少年は全く物怖じしなかった。確かにゲンドウがネルフ総司令だということを知らなければ、自分のハンカチを踏んづけたただのオヤジに過ぎない。だが、普通だったら礼儀知らずなだけの少年の態度が、なぜかゲンドウにとっては新鮮だった。常に部下から畏敬の念を持たれ、というよりむしろ恐れられ、敬遠されてるゲンドウだ。こんな風に相手から何の抵抗もなく、自然に話しかけられることなど本当に久々のことだったのだ。
「もお!しっかり足跡ついちゃったよ。こんなはずじゃなかったのになあ。。。。。。。」
「・・・・・・・・・・・・こんなはず?」
「そうだよ。こうすれば相手がハンカチを拾ってくれて、そこから会話が進展するはずだったのに〜。」
「いったい何のつもりでこんなことをしたんだ?」
どうも今一つ話が見えてこないので、ついつい少年に尋ねてしまうゲンドウ。
「わかんないの?しょーがないなあ。ナンパだよ。ナ・ン・パ。絶対これで上手くいくって習ったのに〜(><)。」
さすがのゲンドウも絶句した。
(・・・・・・・・いつの時代のナンパ術だ・・・・・・・・・・ーー;;)
自分の学生時代でさえ、こんな見え見えの手を講じる愚か者はいなかった。そんな超古典的な作戦をシンジと同年代の少年が使ってくるとは、いったい誰の手ほどきなのか。いや、そんなことよりも・・・・・・・・・・。



「・・・・・・・・・まさかとは思うが・・・・・・・・この私を・・・・・・・・。」
ナンパなどという単語は間違っても口には出せない。
「そうだよ(^o^)。だって僕、あなたのこと一目見て気にいっちゃったみたいなんだもん♪」
「!!!!!(*ーー*)」
全然悪びれることなく、少年はにっこりと満面の笑みで答える。その笑顔がまともにゲンドウの懐にヒットした。胸の鼓動が徐々に大きくなっていくのがわかる。疎まれることには慣れ切っている彼だが、それだけにこのような好意の表現には極端に抵抗力がなかった。
「大会に出場するんでしょ?あなたも。」
”も”、ということは彼も参加者のひとりなのだろうか。しかし、少年には誰も連れがいない。こっそり参加している自分はともかく、当然家族なり友人なりが応援で来ていても良さそうなものだ。
「君もかね。」
だが、初対面の人間に対して、余計な詮索はしないのが大人の流儀。ゲンドウは必要最小限の返答で応じた。
「ふふふ・・・・・じゃ、ライバルだね。」
そう言うとまた、少年は顔をほころばす。それは敵意などかけらもない、嬉しさいっぱいの表情だった。あまりにも屈託のない笑顔についゲンドウの口元も緩みかける。が、その瞬間、こちらに聞き覚えのある声が近づいてきた。どうやらシンジとその応援団の一行らしい。最も見つかりたくない連中の登場で、これ以上、ここに長居するわけにはいかなくなってしまった。
「君と話している時間はない。」
「・・・・・・・・えっ・・・・・・・・・。」
そっけなくそれだけ言うと、まだ会話を続けていたそうな少年を残して、ゲンドウはさっさと自分の控室へ向かって歩き出した。



特訓の成果が見事に実り、ゲンドウは破竹の勢いで勝ちつづけた。その上、すべて見ている観衆を白けさせるほどのワンサイドゲーム。実力の半分も出すことなく、彼はベスト8入りを果たした。けれども、昼食のため、ここで大会は一時中断。ゲンドウにとってはこの時間さえ、ムダに感じられた。とっとと残りの試合を行ない、優勝を決めてしまいたかったのだ。
(せっかく以前のカンを完全に取り戻したところなのに・・・・・・・。この感覚が食事などで中断されるとはな・・・・・・・。)
しかし、大会主催者の意向に逆らうわけにはいかない。ゲンドウは渋々食堂へ向かった。気持ちが張り詰めているせいか、殆ど空腹は覚えなかったが、喉の渇きはごまかせない。ところが、食堂の入り口から中を覗くと、なんとシンジがいるではないか。
(・・・・・・・勝ち残っていたのか・・・・・・・。)
加持とミサトの特訓を受けたとは漏れ聞いていたが、まさかシンジがベスト8に入るとは夢にも思っていなかった。でも、悪い気はしない。シンジはシンジなりに今日まで努力してきたに相違ないのだ。ただし、もう食堂には入室不可能となってしまったが。
(・・・・・会場の外に自動販売機があったな。)
飲み物だけならそれでも用が足りる。というわけで、やむなくゲンドウは自販機を捜すため会場外に出た。
(あそこか。)
目当てのものを発見して、移動しようと思った瞬間、後からぎゅむっと抱きつかれて、ゲンドウは仰天した。不覚にもビクッと反応してしまった。
「あはははは。驚いた?」
さっきの少年だった。血管が浮いているため、白いというよりも蒼く見える細っこい腕をゲンドウの胴に絡めて、笑っている。
「・・・・・・・離せ・・・・・・。」
「イヤだ。」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ーー;;)
無言のまま、少年の手首を掴み、振りほどくゲンドウ。
「痛〜い。何だよう。」
「それはこっちのセリフだ。」
露骨に不機嫌な態度を示すゲンドウだったが、少年はそんなことにはお構いなしで、人懐っこいスマイルとともに次の言葉を続ける。
「ねえねえ、あなたも勝ち残ったんだよねえ。僕もだよ。」
麻雀になど全然縁のなさそうな年頃なのにたいしたものだ。でも、若い子たちはゲーム慣れしているので、ルールはもちろん、コツを飲み込むのも早いのかもしれない。考えてみれば息子のシンジだって勝ち残っているのだ。
「このままだとあなたと対戦することになるのかなあ(^o^)。楽しみ〜。」
やっぱり子供だなとゲンドウは思った。優勝すればどんな願いでも叶えられる。それがどれほどスゴイことなのか、彼はこれっぽちも理解していないのかもしれない。それこそ遊び感覚で参加したというところだろうか。しかし、逆にこのような軽い気持ちで対戦に臨む相手は侮れない。プレッシャーがない分、実力を余すとこなく発揮してくるだろうし、焦りからの凡ミスも期待できそうにないからだ。
(だが・・・・・・・・プレッシャーを克服してこそ、真の強さが身につくもの。この子はまだまだその域までは到達していないということか。)
自分はそこまで達したという自負がゲンドウにはあった。もちろん相手をなめてかかったりするつもりは毛頭ないが、たとえどんな敵が現れようと、最後に勝利を手にするのは自分しかいない。ゲンドウは堅くそう信じていた。




「そーだ、さっきも連れがいなかったみたいだけど・・・・・ひとりなのかい?」
そう尋ねている少年のほうだって、ずっとひとりきりではないか。
「・・・・・・・・君こそ。」
「あ、僕は別にひとりじゃないよ。でも、来ても嬉しくない奴ばっかだから、単独行動してるだけの話さ。」
(なんだ・・・・・・・・・連れがいたのか・・・・・・・・・。)
我知らず、ちょっとガッカリしてしまうゲンドウ。家族や友人と共に動かないのは、この年頃にありがちな照れに過ぎないのかもしれない。
「ご飯、食べないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ダメだよ。腹が減っては戦は出来ぬってコトバもあるじゃないか。あ、それとも持ってきてないのかい?」
無言のゲンドウを置き去りにしたまま、少年はどんどん話を進めていく。
「じゃあ、僕と一緒に食べようよ。あっちのベンチにおべんと置いてあるんだ(^.^)。」
少年の指し示す方向に視線を向けると、彼の骨ばった身体には不釣合いな大きさのバスケットがでんと鎮座していた。
「いや・・・・・・・・私は・・・・・・・・。」
固辞しようとするゲンドウの言葉を全く聞かずに、少年は強引にゲンドウの手を引っ張って、ベンチまで連れてきた。
「ほら、美味しそうでしょ?」
少年が蓋を開くと一面に並んだサンドウィッチから漂ってくる焼き立てのパンや新鮮な野菜や香ばしいベーコンの匂いが鼻をくすぐった。
「僕が作ったんだよ。他の料理は出来ないけど、サンドウィッチなら簡単だもんね。あ、でもいろいろ自分なりに工夫してるんだから。」
確かに栄養のバランスのみならず彩りにも気を配った様子が見て取れる。
「さ、こっちに腰掛けて。飲み物もちゃんと用意してあるからね。」
立ち去るタイミングを完全に逸してしまったゲンドウは、結局、少年の言葉に従って手作りサンドウィッチをご馳走になることにした。
(・・・・・・やれやれ・・・・・・とんだことになったな・・・・・・・。)
いつものゲンドウだったら、これから対戦するかもしれない敵から情けを受けるなどという状況には、断じて甘んじなかっただろう。それ以前にこれはワナで、もしやこのサンドウィッチの中に毒物が・・・・・・・・などという穿った見方さえしかねない男だ。なのに、どういうわけか彼に対してはまるっきりそんな気持ちが湧いてこなかった。
「どう?美味しい?」
「ねえねえ、こっちは?」
ゲンドウが何かつまむたびにいちいち感想を聞いてくる少年。普段なら鬱陶しく思えるこんな態度すら気にならない。実際、見た目以上に少年のサンドウィッチはデキが良く、日頃うまいものを食べつけているゲンドウでさえ感心せずにはいられなかった。だからといって、それを口に出して褒め称えたりするようなゲンドウではないのだが。



サンドウィッチを残さず食べ終わると、散歩に誘う少年を振りきって、ゲンドウは控え室に戻った。思いがけなく和やかな昼休みを過ごしたゲンドウだったが、午後の対戦に備えてイメージトレーニングに余念がない。残る試合はあと3回。これさえ乗りきれば、ユイが自分のもとに戻ってくるかと思うと、柄にもなく心が躍り出す。はやる気持ちを抑えつつ、ゲンドウは愛しいユイの面影を思い浮かべようとした。ところが・・・・・・・・・・。
(・・・・・・・・う?)
紅い瞳の少年が笑いながら手を振っている。
(・・・・・・・間違いだ。今度こそ・・・・・・・・。)
かの少年がウインクして、ゲンドウを手招きした。
(やめだやめだ。どうもさっきの昼食がいけなかった。)
すっかり不機嫌になって、瞼に映ったイメージを打ち消すゲンドウの耳に、選手集合のアナウンスが聞こえてくる。
(よし!!!!!)
ゲンドウは両の拳をぎゅっと握り緊め、自分に気合を入れた。そう、長年の夢が叶うときまであとわずか・・・・・・。



TO BE CONTINUED


 

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