*第三新東京モナムール〜11*



「シンジ、今日は登校日なのか?」
夏服を身にまとい、いつもよりひと回り小型のリュックを背負って、足早に玄関に向かうシンジ。しかし、ゲンドウの問いかけに答えるどころか、一瞥もせずに家を出ていってしまった。
(・・・・・・・・・・まだ怒っているのか・・・・・・・・・。)
カヲルが碇家を去ってしまって以来、シンジはゲンドウとまともに話をしようとはしない。最低限の家事だけはこなしているものの、食事さえも自室に戻って取っている始末だ。
(・・・・・無理もない。シンジからすれば、私がカヲルを見捨てたようにしか受け取れまい・・・・・。)
様々な大人の事情などシンジにはまだ理解できないだろうし、変に物分かりよく振る舞う必要はないとゲンドウは思う。むしろ、カヲルを手放したことに対して純粋に怒っているシンジは、若者らしくて微笑ましいとさえ感じられる。けれども、この反乱によって、家の中の雰囲気が、さらに重苦しいものとなってしまったことは否めない。ほんの十日ほど前までは、明るい笑い声が絶えなかった食卓も、今では会話ひとつない寒々しい空間と成り果ててしまった。ひょんなことからゲンドウの所に転がり込んできたカヲルだったが、それほど自然に碇家に溶け込んでいた。いや、それどころかカヲルの存在によって、ゲンドウとシンジの関係もよりよいものになりつつあったような気がする。口下手なふたりをカヲルが上手く取り持つ場面は、1度や2度ではなかった。もちろんメインのリライトだって手を抜かずにきっちりやってくれたが、それ以上にカヲルの存在自体がふたりに与えた影響は、遥かに予想を越えて大きかったのだ。
(・・・・・・・・・・今ごろどうしているのか・・・・・・・・・。必ず戻ってくると言ってはいたが・・・・・・・・。)
あんな形でキール・ローレンツの元に連れ戻されたからには、2度と好き勝手に抜け出したりできないように、厳重な監視が付けられているに違いない。その中で果たしてカヲルにどれほどのことが出来るのか。確かに頭は良いし、行動力も抜群だが、所詮は年端も行かぬ少年である。政財界の中を長年したたかに生き抜いてきた老獪なキールを屈服させて、再びここに戻って来るとは考えづらい。いや、そもそもカヲルの手腕に期待するようではいけないのだ。ここはゲンドウの方でカヲルをキールの管理化から解き放つ方法を考えるべきであろう。だが、果たして具体的に何をしたら良いのか。ネルフ書院のことが絡んでくる以上、ゲンドウ自身が派手に動くことは難しかった。かといって、裏から手を回すなどというのはゲンドウがもっとも苦手とする類の駆け引きだ。それでも、このままあきらめるわけにはいかない。カヲルを今の境遇に置いておくことが、彼の人格形成上マイナスにしかならないと思われるから、というのが表向きの理由だが、本音ではそんなことを抜きにして、ただただカヲルに戻って来て欲しかった。すでにカヲルは碇家にとって掛け替えのない人物になりつつあるのだ。ここ十日あまりの冷え切った空気で、今更ながらそのことを実感させられたゲンドウである。



「はああ・・・・・・・・・・。」
気抜けしたようにとぼとぼと学校に向かって歩を進めるシンジ。本来なら久々に学友と顔を合わせて、夏休みの印象深かった出来事などを報告し合うことが出来るのだから、わくわく気分を抑えつつ目的地へ一直線!となるはずなのだが、カヲルのことが気になってそれどころではない。カヲルの姿が消えて半日も経たないうちに、どやどやと引越し業者がやって来て、彼の荷物はひとつ残らず回収されてしまった。あまりにもあっけない別れ。最初こそ”自称父の愛人”のカヲルに対していい印象は持たなかったが、ゲームをきっかけに少しずつ心を開くようになり、短い間にふたりはいろいろな事を語り合った。さすがに自分の素性に関しては一切口を閉ざしたままのカヲルだったが、それ以外のことは何でも明け透けにしゃべってくれた。カヲルの語り口は面白かったし、年に似合わず様々なことに詳しかった。それは一般的な知識、教養とは違う生きていく上での知恵のような事柄だったり、あるいは普通に暮らしていてはとても遭遇できないような特殊な状況下での経験だったりと、シンジにとっては何もかもが新鮮に映る内容で、話を聞いているだけで自分の世界も広がっていくような気がした。さらに、カヲルはシンジの手料理を毎食ごとに具体的な批評を添えて絶賛してくれた。父ゲンドウはその手の気の利いた言葉が全く出てこない男だったので、こんな風に手放しで褒められるのは、めったにない来客時だけ。もちろん、父の性格は知り尽くしているし、これまで不服に思ったことはなかったのだが、腕を振るった作品に正当な評価が与えられるのはやはり嬉しいものだ。張り合いも出て、料理をこしらえるのが前以上に楽しくなった。そんなこんなで、シンジは心の奥ではこのままずっとカヲルが碇家にいてもかまわない、いやむしろいて欲しいとまで考えるようになっていた。なのに突然すぎる別離。その上、最初はカヲルを返すことを拒んでいたはずの父が、結局はキール会長の権力の前に屈してあっさりとカヲルを差し出した・・・・・シンジにはこんな風にしか思えなかった。
(・・・・・父さんだけは、そこらへんの汚らしい大人とは違うと思っていたのに。やっぱり自分が可愛いんだな。)
父に対する嫌悪感は日に日につのる一方だ。そういう要領のいい立ち回りをしないところが父の一番の美徳と考えていただけに、シンジとしてはショックも大きかった。さすがのシンジも父が背負っているものの存在までは考えが及ばなかったし、ゲンドウはこの件に関して相変わらず一切言い訳をしていない。
(一対一で説得するとまで言っておきながら、あれだもんなあ。最低だよ。父さんは僕の気持ちを裏切ったんだ・・・・・。もう口も聞きたくないや。いっそのこと家を出て、自活しようかな。それでも、あと1年半は我慢しないといけないけど・・・・・。)
中学生を雇ってくれる職場はない。どんなにゲンドウに腹を立てていても、現状では今の生活に甘んじるしかなかった。
(・・・・・カヲル君、今ごろどうしているのかな。学校がわかっているのだから、新学期になったら様子を見に行ったり出来ないものかなあ・・・・・。)
学生という立場上、自分は少なくとも父よりはかなり身軽に動けるのではないだろうか。ただしキール会長がシンジの容姿まで事細かに取り巻きに指示していたらおしまいだが。人懐っこく呼びかけるカヲルの声が懐かしく思い出される。
「シンジ君。」
(そうそう、確かこんなカンジだったなあ。)
「シンジ君。」
(もう、こうやって回想するしかないのかなあ。)
「シンジ君ってば。」
(馬鹿にリアルだな・・・・・ってあれっ!?)
シンジがひょいと顔を上げると、そこにはなんと制服姿のカヲルがポケットに手を突っ込んで立っているではないか。
「ひどいなあ。せっかく会いに来てあげたのに、もう僕のこと忘れちゃったのかい?」
不服そうに大きな口をちょっぴり尖らせるカヲル。その表情には少しの影も感じられない。碇家に居候していた当時のままのカヲルがそこにいた。
「・・・・・・・・・・カヲル君。き、君どうしてここに・・・・・。」
驚いたやら喜ばしいやらでシンジは言葉を絞り出すのに一苦労だ。
「当然、そんなに長くはいられないよ。今の僕は24時間ボディーガードの看視つきっていうありがたくもないVIP待遇になってしまったからねえ。」
「やっぱり見張り付きなのかい?でも、よく抜け出せたね。」
「う〜ん、ちょっとお腹をこわしたことにしてあるから。だけど、すぐ戻らないと。連中も一応プロだからそうそう誤魔化せないし。」
しれっと言いながら、ポケットの中からメモ書きのようなものを取り出したカヲルは、それをシンジの右の手の平に握らせる。シンジがそっと握りこぶしを開いてみると、そこには”kaworu@xxxxx.ne.jp”とだけ書いてあった。
「これ・・・・・・・・。」
「そ、秘密のメルアドだよ。ここに送る分には誰にも見られないから大丈夫。キールは機械に疎いしね。」
「じゃあ、このアドレスを使えば、カヲル君と連絡が取れるんだね。」
「うん。シンジくんともしばらくはメル友で寂しいけど、ちょっとの辛抱だから。」
「カヲル君・・・・・ホントに戻ってこれるのかい?」
不安げなシンジを元気付けるように、カヲルは明るい笑顔で答えた。
「もう、そんな顔しないでよ。別にキールの所に連れ戻されたからといって、虐待を受けているわけじゃないんだから。ただ退屈なだけで。」
「うん。今日こうしてカヲル君の顔を見て、僕も安心したよ。さっそく帰ったらメールを書くよ。僕のメルアドはその時でいいね。」






カヲルの終始はきはきした受け答えにシンジの表情もようやく晴れてきた。何より、カヲルと定期的に連絡を取る方法を入手しただけでも大進歩だ。
「そうそう。碇先生にもメールに挑戦してもらってよ。」
「え〜・・・・・父さん・・・・・。」
この腰が退けた躊躇いがちな返事から、カヲルはすっかり碇家の現状を悟った。
「シンジ君、君、まさか先生に目一杯冷たい態度を取ってるんじゃないだろうね。」
図星だった。一言もない。
「あんなに先生を責めてはいけないって言っておいたのに。いいかい、先生が僕を返したのは自分のためなんかじゃなくて、ネルフ書院や先生と関わりを持つ他の会社のためなんだよ。先生がこれ以上抵抗して執筆不能状態が続いたら、確実にまわりの人たちに迷惑がかかってしまうじゃないか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
確かに父の原稿なしでは成り立たない、そこまでいかなくても確実に戦力ダウンする出版社は少なくない。不覚にもカヲルに指摘されるまで、全くそのことに思考が至らなかった。
「・・・・・でも、父さん何も言わなかったし・・・・・。」
「碇先生が自分からそんな弁解がましいことを言うわけないだろ。そこが先生の良いところなのに、息子の君が理解してやれなくてどうするのさ。」
声高にゲンドウ弁護の言葉をまくし立てるカヲル。
「・・・・・・・・うん・・・・・・・僕が間違ってた。父さんには帰ったら謝っとくよ。メールの書き方もなんとか教え込むから。」
シンジは素直に納得した。カヲルの言うとおり、不器用で口下手なため、ただでも世間から誤解されやすい父なのだから、家族たる自分くらいは暖かく見守ってやらなければと改めて心に刻む。もっとも、そんな結論に辿り着いたのも、今日ようやくカヲルの元気な姿に出会い、その上、お手軽な連絡手段まで手に入ったという安堵の気持ちあってこそかもしれないが。
「じゃ、そろそろ行かないと。久々に君と会えて嬉しかったよ。」
にっこり笑って踵を反そうとするカヲルだったが、ここで思わぬ人物と遭遇してしまうことになる。
「・・・・・・・・・・・碇君、その人・・・・・・・・。」
シンジの後方からぼそぼそっと聞こえてきた抑揚のない声にカヲルは思わず身を固くした。
(・・・・・この声、まさか・・・・・!?)
おそるおそるシンジの後ろを覗き込むとやはりそこにいたのは、ゲームセンターで出会ったユイに瓜二つの少女だった。それだけでもびっくりだったのに、そのあとのシンジの一言がさらにカヲルの後頭部を力任せに直撃した。
「あ、綾波。おはよう。キャンプ以来だね。」
(何だってえ!?綾波さんってあのコなのかよ!!!!!)
シンジが好意を抱いてるらしいクラスメート、それが”綾波さん”だ。客観的に見ても、かなりドライな性格のシンジの心をがっちりとらえた女のコについて興味が湧き起こらないはずはなく、その容姿や性格などをあれこれ想像していたカヲルだったが、目の前にいる少女がそうだとは俄かには信じ難かった。それに、何よりも彼女は・・・・・。
「ちょっとシンジ君。」
思わずシンジに詰め寄るカヲル。
「な、なんだい、カヲル君。もう行かなくていいの?」
「彼女が綾波さんなのかい。」
「・・・・・そうだけど・・・・・・・・・・。あ、カヲル君は初対面だよねえ。じゃ、紹介するよ。こちら綾波レイさん。」
「碇君、この人と知り合いなの?」
まるでカヲルを知っているかのようなレイの口ぶりに、シンジのほうが面食らった。
「えっ?この人って綾波、カヲル君と面識があるのかい?」
「・・・・・この前、私に話しかけてきたわ・・・・・。」
「シンジ君、そんなことは後回しにして、僕の言うことに答えてくれないか。」
レイを押しのけるようにして、カヲルはずいとシンジの前にしゃしゃり出る。彼女とも話したいことはあるが、どうしてもこれだけはシンジに言っておきたい。だけど、話の内容上、レイに聞かれてはちと都合が悪いので、声はぐっと低くしたが、凄みさえ感じさせる口調でぴしゃりと切り出した。
「君、言ってることとやってることと全然違わないかい?」
「どういうことだよ、カヲル君。」
カヲルの怒気さえ含んだ激しい物言いに思わず後ずさりするシンジ。
「いつも言ってたじゃないか。碇先生が亡きユイさんのことをいつまでも忘れないでいてくれるのは嬉しいけれど、そろそろ自分自身の新しい幸せを考えてもいい頃だって。」
「確かに言ったよ。僕だっていずれは結婚して独立するだろうし、その時父さんひとりきりじゃ心配だもの。でも、そのことと・・・・・・・・あっ!!!!!」
どうやらシンジもカヲルが何を訴えたいか思い当たったらしい。気まずそうにゆっくりと視線を逸らしていく。
「・・・・・・・・今、目の前にいる綾波さんって女のコ、僕にはどう見てもユイさんにしか見えないんだけど。全く、君たち父子はいつまでたってもユイさんから離れられないんだね。」
頭から湯気が立ち上りそうな勢いでいきり立つカヲルに、シンジは返す言葉もない。
「感じ悪い・・・・・・・・・。」
自分を置いてきぼりにして、ひそひそ話を続けるカヲルとシンジを横目で眺めながら、レイがポツリと言う。いつも通りの無表情だが、内心快く思っていないのは明らかだし、当然だ。このまま、カヲルと内緒話を続けるのは非常にまずいとシンジは焦った。自分の評価まで下落してしまいそうだ。彼女にだけはつまらないことで嫌われたくない。もちろん、シンジは速攻で話題を逸らしに入った。
「カ、カヲル君、そのことについてはあとでゆっくりメールで話し合うとしてさ、綾波がどうしてカヲル君を知ってるんだい?」
巧妙に話をレイに振る。このあたりの技は父ゲンドウがまるっきり持ち合わせていないテクニックだ。上手くやられてしまったな、と苦笑いするカヲル。でも、確かに事情はどうあれ、相手にとってこんなに失礼な行動はない。せっかくメルアドも渡したことだし、シンジの言う通り、心置きなくメールで意見をぶつけ合おうとカヲルは考え直した。



「・・・・・駅前で会ったの。」
「そうそう、ゲーセンで踊ってたんだよ。」
カヲルの補足説明にレイはめずらしく露骨に不機嫌な顔をした。余計なことはやめてという叫びが伝わってくるような忌々しそうな表情だ。
「えっ!綾波がゲーセン?しかも踊ってたってことはDDR?へえ、綾波にそんな趣味があったなんて意外だなあ。」
「ふふふ、女のコとは思えないクールなダンスを決めてたよ。」
微笑みながらいちいち解説するカヲルにレイの表情はますます険しくなる。ついにはカヲルの口を塞ぐための必殺技を使ってきた。
「・・・・・・・・・・胸触ったわ・・・・・・・・・・。」
「げっ(@@;;)!?」
さすがのカヲルも笑顔が凍りついた。シンジには一番聞かせたくない事実をあっさりばらされてしまったのだ。カヲルに疚しい気持ちが全くなかったとしても、好きな女のコにそういう仕打ちをされて、シンジが黙っているとは思えない。ややもするとふたりの仲も決裂してしまいかねなかった。
(まいったなあ。これで碇先生と直で連絡が取れると思ったのに。まさか、こんなところであのコに会うとはね。)
恐る恐るシンジの顔色をうかがうと予想に違わず、こっちをジト目で睨んでいる。
「・・・・・カヲル君、今の話本当かい(ーー;;)?」
今度はシンジが厳しく追求する番だ。語り口こそ穏やかだが、射るような目つきの鋭さがカヲルを息苦しく締め上げる。けれども、結果的にレイの胸を触った形にはなってしまったが、カヲル自身には不純な動機は皆無だったのだ。そう考えると、そこまで後ろめたい境地に自分を追い込むこともなかろうとカヲルは気を取り直した。
「シンジ君、あれは事故だよ。不幸な事故。」
「でも触ったことは確かなんだね。」
「そ、そりゃあ、まあそうだけど。でも、もののはずみっていうのがあるじゃないか。彼女には申し訳ないことをしたけどさ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
シンジは無言のまま、カヲルの方を凝視している。
(やっぱ、怒ってるのかな。万事休すか、ついてないなあ。)
己の本日の運命を呪いかけたカヲルだったが・・・・・・・・・・。
「綾波、それは何かの誤解だと思うよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・碇君・・・・・・・・・・・・・。」
「カヲル君は悪意があってそんなことをするようなヤツじゃないよ。僕が保証する。」
意外にもシンジの口から出たのは暖かなフォローのセリフ。カヲルは驚きとともに心の底から嬉しくなった。普通、惚れた女のコにあんなことを訴えられたら、無条件で彼女の味方をしてしまうのが、悲しいかな、イマドキの男というもの。だが、シンジは公平に判断して、自分の擁護をしてくれた。ゲンドウの息子がシンジのような少年で本当によかったとカヲルはしみじみ思う。
「・・・・・・・・・・碇君がそこまで言うのなら、きっとそうなのね・・・・・・・・・。」
レイもあっさり納得してくれた。もともとあの出来事を持ち出したのも、カヲルを咎めるというより、これ以上余計なことを語らせないようにするためだったようだ。そこまでしてゲーセンでのことを隠そうとするレイの真意は未だに測りかねるが。
「あの時は悪かったね。君がシンジ君のクラスメートというのも何かの縁だし、これからもよろしくお願いするよ、綾波さん。」
「・・・・・・・・・・・こちらこそ・・・・・・・・・・。」
シンジの顔見知りだということが判明したので、レイもカヲルに向かって前回のような拒絶反応は見せなかった。
「カヲルだよ、渚カヲル。こないだだって名乗ったじゃないか。」
「・・・・・・・渚さん・・・・・・・・・・。」
「いやだなあ、カヲルでいいよ、綾波さん。」
「・・・・・・・・・そう。なら、よろしく。カヲル。
「えっ(@@;;)!?」
いきなり呼び捨てにされて、カヲルはちょっと、いや、かなり面食らった。
「あ、綾波、殆ど初対面なのにファーストネーム、しかも敬称略っていうのはマズイんじゃないか(^^;;)。」
「・・・・・・・この人がカヲルでいいって言ったわ・・・・・・・。」
(言った。確かに言ったよ。でも、まさかいきなり呼び捨てにしてくるなんて思わなかったよ。・・・・・・・・・妙な女のコだなあ。)
だけど、なぜかそんなに不愉快ではない。それに、初めて会った時と違って、今日のレイの表情はどことなく穏やかで柔らかかった。カヲルには、どうもそれはシンジと一緒だからというような気がしてならない。
(彼女もシンジ君に対して悪い感情は持っていないと見た。これは結構可能性あるかもな。)
でも、ここでカヲルがしゃしゃり出るわけにはいかない。恋愛はあくまで当事者同士の問題で、第三者としてアドバイスは可能でも、実際の進展は全て当のふたりの行動如何にかかっているのだ。だから、喉まで出かかっている”シンジ君は綾波さんにらぶらぶ〜”という事実も、カヲルの口からは教えるつもりはない。シンジが勇気を出して、自ら告白するのが一番だ。
(何とか上手くいくといいけどな。シンジ君が自分のらぶらぶで夢中になっていれば、その隙に僕は碇先生と・・・・・ふふふふふ♪)
とは言うものの、根が自己中なカヲルはどこか自分の都合を捨て切れないらしい。




「あ!!あんなところに!!!!!」
「全く油断もスキもないな。」
「逃がしたらキール様から大目玉だ。」
口々にこんなことをわめきつつ黒服の男たちが走ってくるのが見える。どうやらカヲルは長居しすぎてしまったらしい。
「やべ〜、タイムアウトだね。じゃ、僕はこれで。シンジ君、メール待ってるから。」
言い終わらないうちにカヲルは招かざるお迎えの方に向かって駆け出した。最後にくるりんと振り返って一声叫ぶ。
「碇先生にも絶対書いてもらってよ〜(><)。」
黒服に取り囲まれて連行されるカヲルの後ろ姿が段々と小さくなって、最後には背景に溶け込んで消えていった。小さくふうっと息を吐くシンジ。その横顔をしばらく無言でじっと見つめていたレイだったが、ふと腕時計に視線を落とすとこんな風に呟いた。
「・・・・・・・碇君。学校、遅れる・・・・・・・・。」
レイの言葉に自分の時計をのぞき込めば、こちらもタイムアウト寸前ではないか。
「わっ!!ホ、ホントだ。ゴメン、綾波まで巻き添えにして。じゃ、走るよ。」
レイはきょとんと目を見開いたまま動かない。そんな彼女の様子に気付き、かえって提案したシンジの方が照れくさくなってしまった。つまりは、仲良く一緒に学校まで走ろうと誘ったのも同然なのだ。
「あ・・・・・な、何だか変なこと言っちゃったかな、僕。」
しかし、レイは細い首を大きく左右に振って、微かに口元を綻ばせた。
「・・・・・そうするわ・・・・・。」
きまり悪そうだったシンジの顔が一気に明るくぱあっと輝く。そのまま学校までダッシュするふたり。むろん、シンジはレイのペースに合わせて速度を調節している。後から着いて来るレイは心なしかうっすらと微笑みをたたえているように思えた。家を出る時はあんなに重苦しい気分に支配されていたのがウソのように、今は足取りも軽く、歩道橋の長い階段を駆け上がっていく。
(・・・・・・・・カヲル君、必ず今日中にはメールを送るよ。・・・・・うーん、問題は父さんだな・・・・・・。)
喩えようもなく機械オンチのゲンドウにどうやってメールの書き方・入力方法を教え込むか。未だにワープロさえ頑なに拒否している父である。でも、カヲルが何よりも期待してることだし、たとえどんなに道のりは遠くても前向きに対処していこうと、シンジは決意も新たに両の拳を握りしめた。
(八方塞りだった昨日までに比べたら、事態は遥かに好転したよな。とにかく今は僕に出来ることを全力でやって行くしかない。待っててよ、カヲル君。)
超初心者向けメール作成マニュアルを、早くも頭の中で組み立て始めるシンジであった。


TO BE CONTINUED


 

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