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 *第三新東京モナムール〜15*
 
 
 久々に訪れた白金台公園は鮮やかに生い茂った木々の緑が心なしか色褪せて来たかのように見える。だが、暑い夏の盛りは過ぎたとはいっても、あと3日間は8月。歩を進めるたびにじんわりと汗が滲んでくるのを止められない。熱風と陽射しの鬱陶しいことこの上ない置き土産。今日は最低限の荷物しか持って来なかったのだが、それでもショルダーバッグをその場に放り出したくなっていた。「パソコンだけにしとけば良かったかなあ。」
 取りあえずそれさえあれば、遅れに遅れたリライトの仕事はすぐに再開できる。今、碇家がカヲルに一番やってもらいたい作業といったら、言うまでもなくこれだろう。当時ゲンドウから聞いていた〆切りはとっくの昔に過ぎているのだ。
 「でも、この気候だから今日明日の着替えは絶対に必要だし、お気に入りのCDやゲームも捨て切れないし、それでもよく絞り込んだ方だよね。」
 ひとり勝手に納得するとカヲルは公園を通り抜けて、一直線に碇家へ向かった。ゲンドウにはもちろん、シンジにすら今日戻るとは露ほども仄めかしていない。自分がいきなり姿を見せたら、ふたりはどんなにびっくりすることだろう。彼らの驚愕の様子を想像すると少し楽しくなってくる。もともと他人を驚かせたり呆れさせたりするのが大好きなのだ。
 「さて、ここを曲がるんだったな。」
 丹誠込めて手入れされているのが一目でわかる正木の生垣が、いい目印になっている。この角を曲がれば碇家にはもう30メートルもない。
 「ふふふ、碇先生どんな反応をするかなあ。いくら直筆のメールを貰ったって、やっぱり本人と会って直接話をしなきゃつまらないよね。楽しくえっちも出来ないし。」
 さりげにとんでもないことを呟きながら、最短距離で右折するカヲル。その視線は見慣れた黒い屋根の二階建ての建物にストレートに向けられた。
 「あれっ。」
 しかし、カヲルの目に真っ先に飛び込んできたのは、門外で行きつ戻りつしている少女の姿。そのシャギーの髪型に気付いた瞬間、カヲルの頭の中はイヤな予感で一杯になった。
 「まさか・・・・・・・・・。」
 近づくにつれて、自分と酷似した色素のない肌、緋色の瞳がはっきりと分かる。もう、間違いない。綾波レイだ。なぜ、彼女がこんなところにいるのだろう。彼女がシンジに憎からぬ気持ちを抱いているのは察しているが、自分から押しかける行動力のある娘とは到底思えない。さりとて、現段階でシンジの方から家に招くような積極的なアプローチをしたとも考えづらかった。
 (どうしてよりによって、今日来ちゃうかねえ。)
 別にレイ自体に悪い感情は持っていないし、シンジとも中々お似合いだとむしろ好意的に受け取っているくらいだ。だが、今のゲンドウには最も対面させたくない。それはもちろん彼女がユイに生き写しといってもいいほど酷似しているからである。
 (でも、あんなセコイ手まで使ってせっかく戻ってきたのに、こんなことで怯んでいるわけにはいかないよね。)
 どうせいずれは通らなくてはならない関門なのだ。もし事が上手く運んで、この先シンジとレイが正式に付き合うようになればなおさらだ。第一、レイで怖気づいているようでは、いつまでたってもゲンドウからユイの影を払拭することなど出来はしまい。
 
 
 
 
 「綾波さん、いったいこんなところで何してるんだい。」内心の葛藤を悟られないよう、カヲルはことさらに優しく声をかけた。予想もしなかった訪問者の存在に、さすがのレイも驚きを隠しきれない様子で、瞳を見開いたままカヲルの方をまじまじと見詰めている。しばらくは互いの動向を窺うかのように沈黙が続いたが、そんな二人を促すかのように、突如、隣家の樫の木から蝉の鳴き声がけたたましく響き渡った。
 「・・・・・・・・・・あなたこそ、どうしてここにいるの・・・・・・・・・。」
 「どうしてって僕は戻ってきただけさ。この夏休みからここは僕の家だもの。」
 「・・・・・・・・家・・・・・・・。」
 そこだけぽつりと繰り返すとレイは黙り込んでしまった。彼女なりに事の経緯について、あれこれ思いを巡らしているのだろう。うっかり声もかけられないような真剣な表情。こういう重苦しい雰囲気はカヲルが何よりも苦手とするところだった。
 「ちょっと野暮用があってしばらく実家に戻っていたんだけど、ようやく今日帰ってこれたのさ。なんたってこの家には僕の最愛の人がいるんだから。」
 その場の沈んだ空気を少しでもライトにしようと口にした言葉だったが、音声になってからカヲルはすぐにしまったと思った。同級生なのだから、碇家の家族構成くらいレイも知っているはずだ。父と息子、年齢からいってカヲルの想い人に相応しいのは果たしてどちらの方か。案の定、レイは横目でじいっとカヲルの顔を凝視し続けている。
 「・・・・・・・・・・まさか・・・・・・・・・・。」
 しかし、レイの結論が形にならないうちに、突如碇家の玄関のドアが勢い良く開け放たれた。
 「玄関前で話し声がするからなんだと思ったら綾波じゃないか。こんなところで何やってるんだい。もう、皆待ってるよ。」
 ひょっこり顔を覗かせたのはシンジだった。この口調だとどうやらクラスメート数人で碇家に集っているらしい。夏休みもドン詰まりのこの日付から推測するに、宿題の情報交換でもするのだろうか。
 「・・・・・・・・碇君・・・・・。」
 現われたシンジに何事か問いかけようとするレイだったが、遮るようにカヲルが声をかける。
 「酷いなあ、シンジ君。君、綾波さんしか目に入っていないのかい。」
 ま、僕もとっとと碇先生の方に会いたいけどね、とカヲルは心の中で付け加えた。
 「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 この瞬間だけはシンジはまるっきりレイのことを忘れていたかもしれない。それはどちらがより大切という次元の問題ではなく、来るべき予定の者と全く来る当てがなかった者に対する感激と喜びの度合いの差だろう。
 「カヲル君!!!!!」
 シンジがサンダルをつっかけて、外へ飛び出してきた。レイを通り過ぎて向かうのは一直線にカヲルの元だ。
 「ふふふ、ただいま。」
 「き、君・・・・・どうして?」
 「言っただろう。すぐに戻ってくるって。」
 「ヒドイなあ、一言の連絡もしないで。それにしてもあのキール会長相手にいったいどんな起死回生の技を使ったんだい。」
 「それは企業秘密だから言えないね。でも、もう誰も僕を連れ戻しに来たりはしないよ。」
 「・・・・・ホントに良かった。父さんもきっと喜ぶよ。さ、早くあがって。」
 と、ここまで会話を繋げて、シンジはふとレイの存在を思い出した。嬉しい誤算とも言えるあまりに思いがけない早い帰還に感極まってカヲルのところへと駆け込んでしまったが、考えればほんの数分前までシンジが本当に心待ちにしていたのは彼女のほうではなかったか。
 「あ、綾波も早く入ろうよ。」
 取ってつけたように慌ててこんなセリフを言ったものの、これまでの印象が悪すぎる。しかも、それ以前のカヲルの言葉からレイはある種の疑惑を抱いていたのだ。そして、今のやり取りを目の当たりにして、その疑惑は彼女の中でますます膨れ上がっていた。
 「碇君・・・・・・・・・そういう趣味があったのね。」
 「えっ、えっ?何を言っているのか分からないよ。」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホモ(ーー;;)。」
 目一杯冷め切った眼差しとともにこんな言葉を投げつけられて、シンジは焦りまくった。たとえグループ交際形式とはいえ、再三の説得の末ようやく渋るレイを家へ呼ぶことに成功したのに、ここまで来て怒らせてしまっては元も子もない。
 
 
 
 
 「ちょ、ちょっと待ってよ。どうして僕がホモなんだよ。」「・・・・・・・・・・自分の胸に聞いてみたら?」
 いつも自分の考えを殆ど主張しないレイから、思わぬきつい物言いをされ、シンジはますます焦った。これでは完全に逆効果ではないか。その時だ。
 「ぷっ!!あはははは、君、誤解にも程があるよ。」
 カヲルがもう笑いを堪え切れないといった風に大げさに吹き出した。もちろん、ふたりの視線は一気にカヲルに向けられる。
 「・・・・・・・・・・何がそんなに可笑しいの・・・・・・・・・・。」
 「カ、カヲル君、よりによってこんな場面でやめてくれよ。」
 慌てて止めにはいるシンジだが、カヲルはまるっきり意に介していない。それどころかまだ笑いを噛み殺している。口元を綻ばせながら、カヲルは改めて二人の方に向き直った。
 「綾波さん、僕がこの家に同居しているのはシンジ君のお父さんの小説のリライトをするためなんだけどな。」
 ついでにお父さんのハートをゲットするため、と付け加えてもよかったのだが、別の意味でレイの疑惑を深めるだけなのでやめておいた。
 「・・・・・・・・え、碇君のお父さん?」
 「小説家なのは知ってるよね。」
 無言でうなずくレイ。少し頬が赤らんだのを見るとどんな類の小説を書いているのかも知っているのだろう。
 「カヲル君が僕の家に住みこんでリライトをしてくれたから、僕はキャンプに参加することが出来たんだよ。いつもだったら夏中どこへも行けずに父さんの手伝いさ。」
 もっともらしいことを言ってカヲルの言葉をフォローしたシンジだったが、まだ怪しいところは残されている。単にリライトをこなすだけなら何もわざわざ碇家に同居する必要はないのだ。だが、そのあたり、カヲルは抜け目なかった。
 「僕、実はシンジ君の母方の親戚なんだよ。小さいころはよく一緒に遊んだものさ。ねえ、シンジ君。」
 軽くこっちに目配せするカヲルの意図をシンジもすぐに見抜き、愛想よくこくこくと相槌を打つ。
 「・・・・・・・・・・でも、最愛のひとって・・・・・・・・。」
 まだ訝しげな顔つきのレイにカヲルは明るく笑いかけた。
 「いやだなあ、軽い冗談みたいなものさ。だいたいそれはシンジくんじゃなくてお父さんの方を指していったつもりだったんだけど。でも、ちょっと大げさだったかな、ふふふ。」
 実は冗談でもないんだよなあ、とシンジは密かに脱力している。
 「・・・・・・・・・・そうだったの。ごめんなさい。私、また勘違いしたのね・・・・・・・・。」
 ピント外れの言動を思い起こし、恥ずかしそうに俯くレイ。見かけだけだったらカヲルとレイが親戚という方が相応しいような気もするが、レイは案外あっさりと納得した。カヲルのおかげでシンジのキャンプ参加が叶ったという事実が大きかったようだ。
 「いや、ムリもないよ。カヲル君って誤解を招く表現が多いもの。綾波は全然気にする必要ないからね。」
 「・・・・・それが久々に戻ってきた人間を迎えるセリフかい。」
 ジト目でシンジを睨み付けるカヲルだったが、当のシンジはもうレイへのフォローに夢中だ。そんな一所懸命なシンジの様子を見ると、カヲルもこれ以上突っ込む気にはなれなかった。
 「さ、わかったら早くおいで。もう、皆揃ってさっきから綾波を待ってるよ。」
 無論、一番待っていたのはシンジそのひとであることは言うまでもないだろう。
 
 
 
 
 クラスメートへのお茶とお菓子の用意をする二人。これをきっかけにシンジは正式にカヲルをクラスメートに紹介することに決めた。その方が何かと都合が良さそうだ。明らかにユイの面影を宿しているカヲルを母方の親戚と言っても、そこまで違和感はないだろう。「全く、君のおかげで危うくホモのレッテルを貼られるところだったよ。誤解を招くような表現はやめてくれよ。しかも君、内心楽しんでないか?」
 端っこにチューリップが並んだ小皿に手作りクッキーとチョコレートを均等に並べながら、カヲルに抗議の言葉を訴えるシンジ。上手く収まったからいいようなものの、一歩間違えたらレイとは二度と話すら出来ない羽目になってしまったかもしれないのだ。
 「おや、シンジ君は同性愛者を差別するのかい。外国では同性愛者が正式に結婚できる国だってあるのに。」
 「ここは日本だよ。」
 「はいはい。ま、僕は碇先生に会えさえすれば文句なしだけどね。」
 茶化すような表情で、締めくくったカヲルだったが、不意に真顔になって、小声で核心に触れる質問に移った。
 「ところで、今日碇先生は?」
 「父さんだったら、徹夜明けで寝てるよ。さすがに最近原稿の催促が厳しくなってさあ、書けないとか泣き言をほざいている場合じゃないって自覚してるみたい。」
 「書けないって・・・・・・・・・それってスランプってこと。そんなに深刻な状態なのかい。メールでは一言も触れてなかったのに。」
 触れるもなにもあの一行コピー状態の文面では不可能だろう。
 「少なくとも僕が物心ついてからは、〆切りに遅れるという形で関係各位に迷惑をかけたことはなかったのに、今回だけはまるっきり筆が止まってしまったんだ。」
 どうやらユイを失った当時のゲンドウの作家生活最大のスランプは、幼すぎたシンジの記憶にはないらしい。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 こんな状況で不謹慎極まりないのだが、カヲルはちょっと嬉しくなった。自分が碇家を去ったことでゲンドウが執筆さえままならない状態に陥ったということは、ゲンドウにとってカヲルの存在がかなり大きくなっている証拠ではないか。
 「まあ、寝ててくれて助かったけどね。」
 「えっ。どういうことだい?」
 「現状では父さんと綾波を対面させるのは避けたいよね。」
 なんと!シンジも先程までのカヲルと全く同じ事を目論んでいたらしい。
 「僕自身はたとえどんなに容姿が似ていても、綾波は綾波で母さんとは別存在だと思うけど、父さんは多分そういう反応はしないような気がするからなあ・・・・・。」
 「でも、一生そのままっていうわけにはいかないだろ。考えてもごらんよ。万が一、将来君と綾波さんが結婚することになったら、嫁と舅だよ。」
 「・・・・・・・・・カ、カヲル君、ふざけないでよ。いくら何でも気が早すぎるよ。」
 そのくせ妙に嬉しそうにしているシンジの表情をカヲルは見逃さない。ちょっと悪戯心が沸き起こってくる。
 「ふふふふ・・・・・嫁と舅の密通ってよく人生相談で見かけるねえ。」
 「カヲル君!!!!!」
 改めて考えてみれば我ながらバカなことを言ったものだとカヲルは苦笑する。そんなことになったら、自分だって困るのに。
 
 
 
 シンジがあんまり大きな怒鳴り声を出したので、客間でくつろいでいたクラスメートたちが不審に思って、ぞろぞろとやってきた。「うっるさいわね〜。何大声だしてるのよ。バカシンジ。」
 「何かあったんかいな、センセ。」
 「どうしたの、碇君?」
 「碇らしくないなあ、こんな大声出すなんて。」
 皆にやや遅れて、レイもおずおずと台所に顔を見せる。
 「・・・・・・・・・・・・碇君?」
 そこに佇んでいる見慣れない銀髪の少年の姿に期せずして目が止まる一同。
 「誰や?コイツ」
 「あ、彼は渚カヲル君。僕の母方の親戚の子なんだけど、いろいろ事情があって、この夏休みからうちで暮らすことになったんだ。」
 打ち合わせ通りの説明を寸分違わずシンジは全員に語った。
 「初めまして、カヲルだよ。いつもシンジ君が世話になってるね。彼、どうも要領の悪いところがあって、皆に迷惑かけてるかもしれないけれど、これからも頼むよ。」
 どうしてカヲルにここまで偉そうに言われなければならないのかと、シンジはかなり不愉快になっていた。けれども、うっかり怒ったりして真実を気取られては、これまでの努力が何もかも水泡に帰してしまうので、黙って耐えるしかない。ムカつきをぐっとこらえて、シンジはクラスメートそれぞれをカヲルに紹介した。
 「こちらこそヨロシクね。それにしてもシンジ君の同級生はカワイイ娘が多いなあ。うちは男子校だから羨ましいよ。」
 さりげなく女のコに対するサービスもしっかりと欠かさないカヲル。
 (確かに君は僕と違って要領いいよ。いいけどさあ・・・・・・・・。)
 シンジはどうにも納得いかない心持ちで、ため息をついている。と、そこでいきなり廊下側の書斎のドアがガチャリと開かれたではないか。
 (ええっ!!)
 寝癖の残る頭を撫で付けながら、のそのそと姿を現わしたのは当然、父ゲンドウ。
 「シンジ、うるさいぞ。これではおちおち眠ることも・・・・・・・・・あ、客人だったのか。」
 台所にずらり並んだ少年少女たちの姿を見て、ゲンドウは慌てて寝巻き代わりの着物の前を会わせ直した。自分に似て、友人を作ることがどうも苦手だったシンジにも、ようやく家に呼べるような友達が出来たのかと思うと、それだけで感慨深いものがある。
 「お、お父さん、はじめまして。お邪魔しています。」
 見た目、着流しのヤクザを連想させるゲンドウの姿に緊張を隠せないクラスメートたち。しかし、ひとりだけは違った。
 「碇先生!!」
 「!!!!!」
 信じられない光景を見て、ゲンドウはその場で硬直した。カヲルと出会ってからというもの、ゲンドウは様々な理由でたびたび地蔵状態にさせられてきたが、初めて嬉しげに固まることが出来た。
 「先生!帰ってきたよ!!」
 カヲルが満面に笑みをたたえて立っている。身近にいたときにはちっとも価値に気付かなかったその笑顔のなんと眩しいことか。あの境遇からどうやってキール・ローレンツを振り切って来れたのかは全く謎だ。でも、今はとにかくカヲルが、この場にいることの喜びを噛み締めるべきではないか。他のことはそのあとゆっくり考えよう。
 「カヲル・・・・・・・・・・。」
 それでも、ここで軽々しく嬉しがったりしてはカヲルをつけ上がらせるだけだと考えて、相変わらず仏頂面を崩さなかったゲンドウだが、その目がカヲルの斜め後ろにいる少女の姿を捕らえた瞬間、混乱の面持ちに一変した。
 (まさか・・・・・・・・・・・・・・。)
 ゲンドウの心の推移に気付かないカヲルではない。
 (碇先生、とうとう見つけてしまったね。これからあなたがどんな反応をするか、いかなる行動を取るか、分からないけれど、たとえどんな事態になろうと僕は絶対負けないからね。)
 レイ自身に敗れるのならまだしも、すでにこの世にいない人間の幻影には負けたくない。カヲルは決意も新たにぎゅっと拳を握り締めた。だが、そんなカヲルの心情も知らず、ゲンドウは吸い込まれるようにレイの姿を瞬きもせず見つめ続けている。
 (こんなことがあっていいのか。)
 その喫驚は先程までの比ではなかった。連れ戻された人間ではなく、死んだはずの人間を見ているのだ。亡き妻そのものの顔貌の前には、もはや髪と目の色の違いなど全く気にならない。
 「ユイ・・・・・・・・・・・・・・。」
 声こそ誰にも聞こえなかったかもしれないが、無意識のうちにゲンドウの唇は確かにこう動いていた。
 
 
 
 TO BE CONTINUED 
  
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