*第三新東京モナムール〜21*
「ねえねえ、どれにしようか。」
襖の中のドレッサー一杯に掛けてある服をあれこれ物色しながら、あたかもこれからデートに着ていく衣装を選ぶかのようにはしゃぐカヲル。
「これだけ種類が多いと目移りしちゃうなあ。お客さんの嗜好も様々ってことなんだろうね。」
「カヲル君、こんなところを旅館の人に見つかったら大変だよ。ふざけてないで早く父さんたちのいる月光の間へ行こうよ。」
「シンジ君、僕はふざけてなんかないよ。少しでも効果的な登場をするために、それに相応しい仕度を整えようとしているだけさ。」
「・・・・・・・・・・効果的な登場っていうのはいったい何なんだよ(ーー;;)。」
やや棘の感じられる口調で尋ねたシンジだったが、カヲルはそんな彼の苛立ちにはまるっきりお構いなしで、得意げな表情さえ浮かべて胸を張った。
「先生は最愛の僕とおまけの君のことを冷たく置き去りにして、自分だけいけしゃあしゃあと海の幸満載の高級旅館へやってきたんだよ。こんな暴挙は絶対に許されないね。自分の仕出かした罪の重さを存分に思い知ってもらわなくちゃ。」
「だから、それと今、この部屋に忍び込んでいることといったいどういう繋がりがあるのか教えてくれよ。」
ゲンドウの実の息子でありながら、おまけ扱いされ続けて内心面白くなかったが、この辺のことに触れると話がますますややこしくなりそうだったので、ぐっとこらえてシンジは即本題を持ち出した。
ここは荒井旅館のコンパニオン控え室。旅館に飛び込むやいなや、カヲルとシンジはさっそくネルフ書院の面々がいる月光の間の場所を確認すべく、従業員から話を聞いたのだが、未だに彼らの無礼講の宴会が続いていることを知ったカヲルにはちょっとしたいたずら心が涌いて来たのだ。
「シンジ君、鈍いなあ。もちろん僕たちがコンパニオンのスタイルをして宴会場へ乗り込むのさ!きっと先生びっくりするぞ〜。ふふ、楽しみだな♪。」
シンジは我が耳を疑った。
「カ、カヲル君、今なんて・・・・・・・・・・(@@;;;;;;;)?」
「ちゃんと人の話を聞きなよ。」
シンジにははっきりと聞こえている。ただその衝撃的な内容を認めたくないだけだ。
「二人でコスプレコンパニオンに扮して、宴会たけなわのところへ派手に登場するのさ。どう?インパクト抜群だろ?」
この際インパクト云々は置いておいて、自らが女装コスプレをするということに対し、まるっきり抵抗のないカヲルに今更ながらシンジは呆れ返った。カヲルには普通の人間が持つべき躊躇いや恥じらいというものがこれっぽちもない。
「やっぱりこのカッコがいいなあ。」
一昔前の少女マンガのヒロインみたいに目をキラキラさせながら、カヲルが手に取った服を見て、シンジは驚きを通り越して脱力した。TVの深夜番組で人気のミニスカポリスの制服だ。本気でこんな衣装を身に纏った姿を一同に披露するつもりなのだろうか。
「・・・・・・・・・・わかったよ。でも、やるなら君ひとりで勝手にやってくれよ。僕は関係ないからね。」
仲違いした相手への訣別のセリフのような突き放した物言いも虚しく、シンジが高みの見物を決め込んだのはほんの一瞬だった。
「ふうん、残念だなあ。綾波さんは結構乗り気なのに。」
「えっ、ええ〜っ!?」
シンジが慌てて辺りを見渡してみれば、いつ入って来たのか部屋の隅にひっそりと綾波レイがいるではないか。彼女はハンガーにかかった服を一着一着手に取り、それを合わせた姿を鏡に映しては首をひねったり、うなずいたりしている。
「あ、綾波・・・・・・・・いつの間に・・・・・・・・・・・・(^^;;)。」
「碇君のお父さんにご挨拶・・・・・・・・・・・。」
要するにネルフ書院ご一行の部屋の場所が分からなかった彼女は、素直にカヲルたちの後をついて来て、ここまでたどりついてしまったらしい。
「君ひとりで来たのかい?」
「・・・・・・・・・叔母さんたちは荷物の整理をしてから行くって・・・・・・・・・。」
やっぱりあの女性も来るのか、とカヲルはちょっと見分からない程度に小さくため息をついた。けれども、同じ旅館に泊まっている以上、遅かれ早かれ出会うことは避けられないし、初っ端からキュートなコスプレ姿でゲンドウのハートをがっちりキャッチしておけば、後で誰に会おうと自分の引き立て役にしかならないはずだ。そのためにも一刻も早く仕度をして月光の間へ向かわなくては。
「さ、シンジ君、とっとと準備して。」
自分とお揃いのコスチュームをシンジに渡そうとするカヲルだったが、当然シンジはきっぱりと拒絶する。
「冗談じゃないよ。さっき言っただろ。やるなら君ひとりでやってくれよ。」
「だめだよ。一緒にこの扮装で登場するからこそ、皆に与えるインパクトも倍増するんじゃないか。」
「どうして他人を巻き添えにするんだよ。」
二人の言い争いを尻目に、レイは相変わらず黙々と衣装合わせを続けていた。レイからすればコスプレというよりも日頃見慣れない服がたくさん掛かっていることに興味を惹かれたのだろうが、メイド服やスッチーやナースの制服などいかにもキワなコスチュームの怪しさをそれと感じずにいちいち律儀に合わせて真剣に見入っているところなど、いかにもマイペースの彼女らしい。いやひょっとするとやや天然入っているかもしれないが(^^;;)。
「そうだ、綾波さんも一緒にやらない?3人揃ったら印象度も400%増だよ。」
いきなりカヲルがこんな提案をしたので、シンジは焦りまくって真っ向から阻止に回った。
「い、いい加減にしてくれよ!!そんな突拍子もないことを思い付いて、しかも実行に移そうとするヤツなんてこの地球上で君くらいのものだよ。健全な常識のある人間だったら、そんなバカなことするはずないよ。なあ綾波。」
限りない期待を込めてシンジはレイに話を振った。これでこの鬱陶しい状況から脱出できるに違いない。ところが・・・・・・・・・・・・・・・。
「面白そう・・・・・・・・・・。」
なんと、レイのカワイイ唇からこぼれた言葉はシンジの気持ちを真っ向から裏切るものだった。致命的なダメージを受けたシンジは、顔面蒼白。今にもその場で崩折れてしまいそうだ。
「ほらほら綾波さんだってこう言ってるじゃないか。」
「あ、綾波は事情が飲み込めてないだけだよ。」
最後の気力を振り絞って、こう切り返したシンジだったが、さらに次の一言で完全に留めを刺されてしまった。
「碇君とお揃い・・・・・・・・・・・♪」
「すみませ〜ん、遅くなりましたあ。」
障子の向こうから聞こえる甘い蠱惑的な声は、ほろ酔い加減の一同を注目させるに十分だった。ちなみにフツーの人間だったらとっくの昔に救急車で運ばれているであろう夥しい数の空瓶がテーブルの上を始め、部屋のあちこちに転がっていたが、その中身の大半は現在ミサトの胃に納まっていることは言うまでもない。
「お?今ごろコンパニオンの登場か。」
「今年は高額なコンパニオンはやめて、その分料理の方に気合を入れるって聞いてたのに。」
「編集長が頼んだんですか。」
「いや、私は知らんぞ。」
「長年のお得意様ってことで、旅館の方で気を利かせてくれたのかな。」
「まあまあ、誰が頼もうといいじゃない。これで一層宴会も盛りあがるってもんよ。」
少々訝しく思ったものの、酔った勢いもあってあっさりこの状況を受け容れてしまう編集部の面々だったが、ただひとり酔いも覚め切って暗い予感に襲われている人物がいた。むろんゲンドウである。大輪の花が咲き乱れるごとくぱあっと明るくなっている部屋の中で、彼の周りだけどんよりした空気が漂っていた。
(あの声は・・・・・・・・・いや、まさか・・・・・・・・だが、あいつなら・・・・・・・・やりかねん・・・・・・・・・。)
柄にもなく人を出し抜くような行動に走ったことが裏目に出て、結局、自らの首を締める羽目になりそうだ。思えば昔から必ずそうだった。現状を打破するために、勇気を出して日頃決してやらないような大胆な策を講じると、100%失敗して、かえってどん底の状況に追い込まれてしまうのだ。
「は〜い、お待たせしましたあ〜。激キュートなミニスカポリスのカヲルちゃん+2名で〜す♪」
当然イミテーションであろうが銃まで構えて、ノリノリでポーズを取るカヲルの後ろではにかみながら佇むレイと不貞腐れるシンジ。揃いの紺色の制服で太股も露わに登場した3人が目に入るやいなや、編集部一同はそれぞれ激しいリアクションを示した。一気飲みした酒を吹き出す者、箸を取り落とす者、口笛を吹いて大声で野次る者、注いでいたビールを溢れさせてしまう者・・・・・・・・・etc。しかし、ゲンドウはそのどれにも当てはまらなかった。激しい衝撃と動揺のあまり、彼はその場で完全に硬直していたのだった。カヲルはともかく、シンジやそしてどういうわけか姿を見せたレイまでこんな愚挙に加担するとは悪い夢を見ているようだ。だが、そんな彼にもカヲルは一切容赦せず、側ににじり寄って強引に酌を始めた。
「先生、僕から逃げられると思ったら大間違いだからね。」
にっこりと極上の笑みを浮かべながら、カヲルが胡座をかいた脚の上に腰掛けようとしたので、ゲンドウは慌てて身をよじってかわそうとしたが、たちまち強引に押さえつけられてしまった。
「よ、止せ。こんなところで。」
「だ〜め。僕を置き去りにした罰だよ。」
たじたじのゲンドウに構わず、すんなり伸びた両腕を大きく広げて、ふとやかな首筋に絡み付こうとしたカヲルだったが、そこで思わぬ邪魔が入った。
「いや〜、色っぽいな、カヲル君。こっちに来て酌くらいしてくれよ。」
加持のよく通る声が耳に入り、カヲルはたちまち不機嫌になるが、さすがにシカトするわけにもいかない。逆にゲンドウはふうっと大きく息を吐いて、座り直した。
「ちぇっ、仕方ないなあ。僕は碇先生専属コンパニオンなのに。」
カヲルは面倒くさそうに席を立つと、加持の座っている向かい側の席まで移動する。
「ふ〜ん。こんなかわいい娘・・・・・・・・・・シンちゃんも隅には置けないわね〜。」
カヲルに先を越されてしまったのに加え、この姿で父の眼前に行くのも気が引けて部屋の入り口近くでうろうろしていたシンジはミサトに捕まってしまった。彼女はすぐ傍らにいたレイとシンジを見比べながら、冷やかし混じりの言葉を投げかけて来る。
「あ、綾波はそんなんじゃないですよ、ミサトさん。偶然、電車の中で会っただけで・・・・・。」
「こんな都合の良い偶然があるものかしらん。アヤシイわね〜。こらっ!碇シンジ、潔く本当のことを白状しろ!!」
さすがのミサトもかなり酔いが回っているだけにますます始末が悪い。レイは困り果てて恥ずかしそうに俯いているだけだし、誰かに助けを求めようとしてあたりを見渡しても、ミサトの周囲だけぽっかりと穴が開いたように人の輪が途切れているではないか。
(皆、これまでに多かれ少なかれ酔っ払ったミサトさんの被害にあったんだろうな・・・・・・・ーー;;;;;。)
万策尽きたかと思い、肩を落としかけたシンジだったが、ふと目に入った光景に最後の望みを託すことにした。
「あ、ミサトさん!ほらほら加持さんがカヲル君と!!」
「人の気を逸らして逃げようとしてもムダ・・・・・・・・んんっ?!」
シンジのその場凌ぎと思いきや、必要以上に親密そうなふたりの様子にミサトも見過ごせない何かを感じ取ったらしい。気付かれないように徐々に近づくと彼らの会話に耳を傾ける。
「お酌だったら僕なんかよりミサトさんにしてもらえばいいのに。」
「退屈な日常から脱却してこその旅じゃないか。誰だって時には別の風景が見たくなるものさ。」
「そんなカッコつけたセリフは自費で参加してから言いなよ。」
毎月の給料の中から旅行の積立をしている社員とは異なり、外部参加のゲンドウや加持は社に多大な貢献があったということで、旅費は全額会社負担なのをカヲルは知っていた。
「なかなか手厳しいなあ。まあ、それはそれとして早く注いでくれないか。」
カヲルはおざなりな手付きで加持のコップにビールをぶちまけた。一刻も早くこの不毛な奉仕を終わらせて、ゲンドウの元に帰ろうという気持ちに満ち満ちている。
「おいおい、もうちょっと色気を見せてくれたっていいんじゃないのか。」
「イヤだよん。」
あくまでソフトに、しかしきっぱりと断って、もう踵を反しかけているカヲルの右手を加持は強引に引っ張ると、そのまま自分の方に引き寄せた。
「確かに魅力的だが、もう少し太股にボリュームがあった方がいいな。」
「わっ!!」
加持の右手がカヲルのスカートの中に忍び込む。
「ちょっと!あんたなにやってんのよ!!」
斜め後ろで身を潜めていたミサトが駈け寄ろうとしたのとほぼ同時に、向かい側でこっそり様子を覗っていたゲンドウも腰を浮かしかけたが、その瞬間びしぃっという小気味良い音が部屋じゅうに鳴り響いた。
「イテテテテ、ひ、ひどいな、カヲル君。」
加持の手の甲にはそれとわかるくらいはっきりとビンタの跡が着いている。カヲルはそっぽを向いて、軽く口笛など吹いており、これっぽちも反省の色はなかった。
「何いってんの、当たり前じゃない。それともあと3発くらい殴られなきゃわかんないの?」
右手をグーに握って軽くスナップさせながら、我が意を得たりといった表情でミサトがやって来た。すっかり目が据わっている。かなり出来あがっていることもあって、ここでこれ以上彼女の機嫌を損ねるのは危険極まりない。渋々自分の席に戻って行く加持。その後ろ姿に畳み掛けるようにカヲルが言い放った。
「これ以上は碇先生以外からは金取るよ!!」
キッと婀娜っぽい眼差しになったカヲルのしなやかな肢体を眺めながら、ゲンドウはなぜか安堵すると同時に、非常に嘆かわしく思って心の中で絶叫せずにはいられなかった。
(・・・・・・・・・・カヲル・・・・・・・・金さえ貰えばいいのか〜;;。)
TO BE CONTINUED
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