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 *第三新東京モナムール〜25*
 
 
 「さあ、これからが僕らのパーティーの本番だよ。」他人を犠牲にする悪辣極まりない手立てで、恋敵を振り切ってゲンドウと二人きりになることに成功し、カヲルは大はしゃぎでゲンドウの太やかな腕に自分のそれを絡みつける。
 「ま、待たんか。」
 「やだよ。僕はこうして先生のことを皆に見せびらかすために、このパーティーへ出席したようなものだもん。」
 ベタベタと見苦しいほど自分にしなだれかかって、会場内を練り歩くカヲルにゲンドウはすっかり困り顔だ。もっとも、本当にイヤだったら無理矢理振りほどけばいいものをそれをしないところを見ると、内心は満更でもないのかもしれない。そして、こうしてカヲルとツーショで行動してみて、ゲンドウは先ほど感じた射るような視線の対象がやっぱりカヲルであるということを改めて確信した。
 「あ、先生、ちょい待ち。」
 「うわっ、何だ?」
 いきなりカヲルが立ち止まったので、意のままに引き摺られていたゲンドウはつんのめるような体勢になり、危うく公衆の面前でカヲルを押し倒すところだった。
 「もう、先生ったら気をつけなよ。・・・・・でもちょっと残念だったかも〜♪」
 自分の急停車のせいでゲンドウがこけそうになったとは露ほども考えていない。
 「・・・・・・・いつもながらこいつは・・・・・・ん?」
 この辺一帯のエリアにはどうやら芸能関係者が集っているようだ。最近、映画はおろかテレビドラマも殆ど見ないゲンドウでさえ見覚えがある往年の人気スター、一方、せっかく宝の山に踏み込んでいながら、その価値が1%もわかっていないであろう旬の歌手や俳優たち、さらに映画会社や芸能プロダクションの重鎮たちがオードブルや料理を摘みながら、なごやかに談笑している。
 「こんちわ〜。あ、おはようございますの方がいいのかな?」
 カヲルのあまりにもライトな挨拶に、ゲンドウは全身から一気に力が抜けていくのが分かった。
 (緊張感とか遠慮というものを知らんのか・・・・・・。)
 だが、これまでのカヲルの行動を思い起こしてみれば、こんな事を独白するだけ気力と時間の無駄というものだ。それにしてもカヲルは誰に挨拶したのだろうか。どうにか状況を把握しようと相手方の反応を見守るゲンドウだったが、次の瞬間、驚愕のあまり息が止まりそうになった。
 「おお、カヲルか〜!!」
 嬉しげに叫びながら、両手を広げて飛び出してきたのは、厳格かつ癇癪持ちな事で有名な大手製作プロダクションの社長ではないか。現在のテレビ番組のキャスティングの殆どを影で握っていると言われ、その権力は絶大。芸能界の親方とまで呼ばれているこの男のことは、さすがに世事に疎いゲンドウでも知っていた。しかし、今、目一杯格好を崩してカヲルの前にやって来た彼はどこから見てもただの色ボケオヤジだ。キール会長の愛人たるカヲルの機嫌を取ろうとして、殊更に愛想良くしているようにも思えなかった。周りの人々も信じられないものを目撃したという風に、目をこぼれ落ちんばかりに見開いて、その光景を呆然と眺めている。
 「久しぶり〜。元気してたぁ?」
 「お前も元気そうだな。・・・・・・・む、この汚らしい髭面は何だ?」
 カヲルがしがみついているゲンドウの姿はイヤでも目に入ってくる。
 「見てわかんない?僕の現在のダーリンだよ♪」
 「・・・・・・・・お前、趣味が大分変わったな・・・・・・・・(-_-メ)。」
 汚いものでも見るようにゲンドウを一瞥した後、ため息混じりで男は一言呟いた。
 「そ〜お?確かに見た目は救いようがないくらい最悪だけど、中身はとってもステキな人なんだよ。」
 初夏の空のように爽やかな笑顔と共に返されたカヲルのフォローの言葉を耳にしても、なぜだかゲンドウは少しも誉められてる気がしなかった。
 
 
 
 
 それを皮切りにカヲルは次々と昔なじみに声を掛け、ゲンドウのことを新たな恋人として紹介しまくる始末。もちろんゲンドウに反論の暇など与えない。カヲルがテーブルをひとつ過ぎるごとに、周囲の視線はますます鋭く厳しく二人を突き刺す。
 「お、おい。いい加減にせんか。」
 実のところ、”いい加減”などとうに超えていた。すでにゲンドウをお披露目した人数は両手に余る。
 「ダメ、ダメ。まだ半分も紹介してないよ。さ、今度は窓側のエリアを回らなきゃ。」
 相変わらず絡みつけたままの腕をぐいっと引いて、お目当ての場所にオヤジの向きを変えさせるカヲル。ゲンドウの戸惑いも照れもまるっきり理解していない。いや、仮に分かっていたとしても、他人の気持ちなんてどうでもいいのだろう。
 「・・・・・・・・・・・・(ーー;;)。」
 しばらくは自分の身に降りかかった災難にただあたふたするばかりのゲンドウだったが、落ち着いて考えてみればいろいろと気になることも多い。カヲルがゲンドウを紹介して回っている連中といえば、製作会社社長から始まって、アパレル業界の寵児、美術界の重鎮、政界の派閥のボス等、皆、世事に疎いゲンドウでさえどこかで見知っているような各界の有力者ばかり。しかも、誰もがカヲルの姿を目にするやいなや、待ってましたとばかりに下にも置かない持て成しようだ。いったい連中はカヲルとどういう関係にあるのだろう。それが妙に気になるのだが、まさか直接本人に訪ねるわけにもいかない。第一、そんな質問をしたら、
 「ふうん、いつも関心なさそうにしてても、やっぱり先生は僕のことが気になるんだね。うふふ♪」
 とか言って、カヲルがますます図に乗るのは目に見えている。だから、殊更気のない素振りをして、カヲルの為すがままにさせているのだが、それはそれでカヲルをお調子に乗せているような気がしてたまらない。その上、これでは結局何の解決にもなっていないのだから、ゲンドウの胸の中のモヤモヤは大きくなる一方だった。
 「みんな先生があんまりステキなんでびっくりしていたね(*^。^*)。」
 満面に笑みを湛えて、ゲンドウに寄り添うカヲルだったが、ゲンドウの方は完全に白けている。
 (・・・・・・・・・・・どこがだ・・・・・・・・ーー;;。)
 確かに誰もが驚いていたが、それは”選び放題なのになぜこんな冴えないヒゲダルマを”とか”寄りによって三文エロ作家の相手をしなくても”とかいう呆れにも似た類のもので、カヲルの連れが自分より格段に優れていたことに対する驚愕とはほど遠いものだ。
 「う〜ん、あと誰か先生を紹介しなきゃいけない人はいたかなあ??そろそろキールのところに行こうかな〜♪」
 もういい、もうたくさんだ、と心の中で絶叫するゲンドウを尻目に、心当たりの人物をあれこれ考えるカヲル。と、その時だ。
 「久しぶりだな、カヲル。」
 いきなり声を掛けられて、ゲンドウの方が思わず身を固くしてしまった。振り向くと、そこに佇んでいたのは趣味の悪いブランドスーツを着用し、品のない金ピカのアクセで身を固めたいかにも軽薄そうな30代後半の男だった。
 
 
 
 
 「碇先生たち全然戻ってこないわね〜。」「もういいよ。好きにさせておけばさ。」
 この日のために温存しておいた一張羅を台無しにされて、シンジはいまだに怒りが冷めやらぬらしい。もっとも、傍らにいるレイのおかげで煮えたぎった気持ちもかなり静まってはいるが。
 「・・・・・・なんだかあちこち移動してるみたい・・・・・・・。」
 散乱した食器類やぶちまけられた飲食物がどうにか片づけられた後、テーブルでは何事もなかったようにネルフ書院一同が飲み食いし、関係会社の役員たちも交えていろいろ語り合っている。幸い、割れたガラスの破片で怪我をした者もいなかったようだ。ローレンツ総合研究所の部課長たるナオコとリツコは既にレイを残して他のエリアに移動してしまった。けれども、シンジたちはカヲルに連れ去られたゲンドウの運命を見届けなくてはと、一流シェフが腕をふるったご馳走も程々に、彼らの動向から目を離してはいない。
 「あれ?誰かに声を掛けられているようだけど・・・・・。」
 シンジの指摘にミサトとレイも目を凝らして新たな登場人物を確かめる。
 「げっ!あいつは(゜◇゜)!?」
 真っ先に反応したのはミサトだった。
 「ミサトさん知ってるの?」
 「知ってるも何も・・・・・・・・私、最近あの男に付きまとわれて偉く迷惑してるのよね〜(-_-メ)。」
 あからさまにゲッソリした表情で己に降りかかっている災難を語るミサト。
 「ええっ?いったいあの人、どういう関係の人なんですか?」
 「シンちゃん、”お気楽市場”って知ってる?」
 「最近、急成長しているネットショッピングモールですよね。ときどきサイト覗くこともありますよ。」
 「・・・・・先月、そこでラタンのマガジンラックを買ったわ・・・・・。」
 「一応そこの取締役って肩書きなんだけど、実はあの男の父親がゼーレコンツェルン傘下でも一二を争う大手商社の会長だから、そのネームバリューが欲しくて名目上役員に据えただけらしいの。なのに、本人は完全に勘違いしちゃって、会社内外で増長しまくり。加持君から聞いた話でも仕事はまるっきり出来ないくせに態度だけはやたら尊大だし、女出入りも激しいって評判最悪なのよねえ。」
 「・・・・・・そのバカ息子が身の程知らずにもミサトさんに言い寄っているのね・・・・・・・。」
 「あ、綾波・・・・・結構キツイな・・・・・(^^;;)。」
 表情も変えずに容赦のない現状認識を口にするレイに、シンジは限りなく困惑に近い苦笑を禁じ得ない。でも、本人は思ったことを素直に言っただけのつもりなのだろう。
 「私には付き合っている相手がいるって再三断っても全然聞く耳持たないのよ。うちの出版物もあそこで扱ってもらっているだけに、あんまり手ひどい拒絶も出来ないし、ストレス溜まるったらありゃしない。全くいい女は辛いわ〜。」
 冗談めかしてはいるものの、心底うんざりしている様子がひしひしと伝わってくる。にしてもミサトに迫っているような男がなぜカヲルに声をかけたのだろう。
 「カヲル君たちといったいどんな話をしているのかな?」
 「残念ながらここからじゃ察する術はないわね。」
 と答えながらも、ミサトは内心あるひとつの可能性について考えていた。
 (あの男、実は女出入りだけじゃなくて男出入りの方も相当って噂なのよね。曲がりなりにもキール会長の愛人たるカヲル君が、あんな小物と関係があるなんて思えないけど、まあ、碇先生の例もあるからねえ・・・・・・・。)
 職業柄か元々の性格からか男同士のカップルにも殆ど拘らないミサトである。とは言うものの、それも対岸の火事だからかもしれず、万が一加持が♂に手を出したなどと聞いたら、秘奥義炸裂間違いなしであろう。ただし、この場合たとえ相手が女性でも、加持は同じ目に遭うのだが。
 
 
 
 
 「誰だっけ?」真顔でカヲルにこう言われて、思わずずっこけるスーツの男だったが、気を取り直してオールバックの髪を撫でつけながら次を切り出す。
 「私のことを忘れたのか?」
 「忘れちゃったあ。。」
 「な、何だと!?高輪プリンスホテルのスイートルームで甘い一夜を過ごしてからまだ3ヶ月も経っていないだろうが!!」
 「うるさいなぁ。とっとと消えなよ。だいたい一度寝たくらいで恋人気取りなんてバッカみた〜い。」
 このセリフを聞いた瞬間、ゲンドウは脳天逆落としからギロチンドロップを食らったようなショックを受けていた。これまで挨拶に出向いた錚々たるメンバーとの間にも、多かれ少なかれそんなアヴァンチュールがあったに違いない。キール会長が出張する度に、カヲルが屋敷からプチ家出をして、相手を取っ替え引っ替え遊んでばかりいるということは加持からも聞かされていた。別にカヲルに純情可憐さを期待するつもりは毛頭ないし、どんな生き方をして来ようと、少なくともゲンドウにとって、今、目の前にいるカヲルの評価が変わることはない。それにもかかわらず、バリウムでも一気に飲まされたような重苦しい気分が蔓延しているのはどうしたことだろう。しかも、ゲンドウの頭の中では、顔見せに回った連中とカヲルとの生々しい絡みのシーンが次から次へと浮かんで止まらなくなっていた。不快感を募らせる妄想を掻き消すので精一杯のゲンドウを置き去りにして、カヲルと男とのやり取りは尚も続けられる。
 「な、なんてヤツだ。」
 「今の僕はこの人に夢中で他の相手なんて眼中にないんだよ。特にあんたみたいなダッサダサのスカシ野郎はね。」
 「キール会長の持ち物のくせして、金品目当てで各界の実力者と次々関係を結ぶ節操無しが。そのくせ恬として恥じることもなく、公式の場に堂々とやって来るなんて全くたいした度胸だな。」
 「ふん。あんたには関係ないじゃん。それに、みんなが僕と遊びたいって言うから遊んであげてるんだよ。プレゼントだってみんながどうしても僕にあげたいって言うんだもん。お互い納得してるし、誰にも迷惑掛けてないんだから、部外者にあれこれ言われる筋合いはないね。」
 「お前はそのつもりかもしれないが世間様は違うぞ。お前がキール会長のお気に入りだから黙っているだけで、本音は金のためなら男娼まがいのことも平気でするとんでもないすれっからしだと皆、軽蔑しているんだ。」
 「皆って誰さ。この会場の一人一人にわざわざ聞いて回ったのかい?」
 「聞かなくたって分かるとも。さっきから誰もがお前の姿を見ると眉をひそめているじゃないか。」
 「ふうん、そう。でも、僕は僕のやりたいようにやるだけさ。」
 男の言ってることは当たらずといえども遠からずだった。招待客がカヲルに向ける突き放したような冷ややかな眼差しがそれを物語っていた。だが、カヲルはピンと胸を張り、これっぽちも気に病む様子がない。その堂々とした態度が、ますます男の勘に障った。
 「だいたい今度の相手は何だ。聞けばさしたる資産もない三流エロ小説家だっていう話じゃないか。容姿だってヤクザの方がまだ善良に思えるようなグラサンに髭面だし、こんな男のどこがいいんだ?お前の元パトロンたちも一様に呆れかえっていたぞ。」
 「僕がいいって思ってるんだから他人の評価なんて関係ないね。それにあんたなんかの一億倍はステキな人だよ。」
 「何ィ・・・・・・・(`_・)!?」
 
 
 
  二人の声が高くなるに連れて、徐々に周りの注目が集まってくる。これ以上ことを荒立てまいと、カヲルの袖を引っ張ってどうにか止めようとするゲンドウだったが、カヲルが素直に言うことを聞くわけがない。「だいたいあんたはこれまで遊んだ相手の中でも最低最悪だったよ。品もセンスもないし、金に汚いし、えっちも自分本位で下手くそだし。あ〜あ、僕としたことがこんなゴミをつまみ食いしちゃうなんて、思えば若気の至りだったなあ。」
 「・・・・・こ、こいつ、甘い顔をしていれば・・・・・もう許さん!!」
 「ちょっと離してよ。」
 「うるさい!お前のような性根の腐ったクソガキは私が天誅を下してやる!!おい、あんたもこいつと切れるなら今のうちだぞ。可愛い顔して性悪で淫乱で取るもの取ったら、はい、サヨ
                  ウナラさ。」
 とことん拒絶された怒りで、男は完全に逆上している。言い終わらないうちにカヲルの二の腕を乱暴に掴んで、そのまま羽交い締めの体勢に持ち込もうとした。男はカヲルの武術の腕前をまるっきり知らない。無理矢理体勢を変えられているかに見えるカヲルだったが、実のところ、相手の懐に入ってしまえば、どうとでも反撃可能だった。
 (せっかくの祝いの場だし、あんまり手荒なことはしたくなかったけど、言ってもわかんないんだから仕方ないね。)
 しかし、カヲルがその卓越した技量を披露する前に、男はカヲルから強引に引き離され、次の瞬間、数メートル先に吹っ飛んでいた。
 「うわっ!?」
 「・・・・・・ウソ・・・・・碇先生・・・・・。」
 拳を握りしめて仁王立ちするゲンドウの迫力満点の形相には、カヲルでさえ息を飲むものがあった。その背には紅蓮の炎が燃え盛っているような怒りのオーラが漂う。ちょうど男が叩き付けられた先は祝いの花籠が並んでいた場所だったので、スタンドの倒れる派手な音に続いて色とりどりの花びらが舞い上がった。さすがに会場中の殆どの視線が彼らに集中する。その中には当然シンジやミサトやレイもいた。
 「あちゃ〜、碇先生やっちゃったわねえ(でもちょっちスッキリ^^)。」
 「と、父さん何てことを・・・・・(やれやれまた尻拭いは僕か・・・・・ーー;)。」
 「・・・・・・・・・・・・(・・・碇君のお父さん、ス・テ・キ*><*・・・)。」
 一部的はずれな感想もあるものの(^^;;)、シンジたちがこれからの事態収集を考えて暗澹たる気持ちになったのは想像に難くない。曲がりなりにも男が役員に名を連ねる会社はネルフ書院の主要得意先のひとつなのだ。
 「こ、この私にこんなことをして、このまま済むと思ってるのか!?」
 ニヤけた顔も自慢のスーツも鼻血でベトベトに汚れた情けない状態ながら、居丈高に叫ぶバカ取締役だったが、ゲンドウは全く動じない。
 「・・・・・・・失せろ。」
 もはや周囲の視線さえ気にせずに、たった一言凄みの効いた太い声でゲンドウは男に言い放った。
 
 
 
 TO BE CONTINUED 
  
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