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*第三新東京モナムール〜4*
「・・・・・・・・・・・・父さん・・・・・・・・・・・・。」
振り向いたシンジの顔をもはや正視できない。カヲルとは別に何もないのだからもっと堂々としていても良さそうなものなのだが、元はといえば自分が毎日こっそり白金台公園に通っていたことが原因だと思うと、とてもそこまでは開き直れなかった。
「・・・・・・・僕は父さんの仕事や取材のことでいろいろ文句もいったけど、心の底では信じてたよ。あんな小説を書いていても根は真面目で道にはずれたことはしない人だって。だから雑誌にどんなことを書かれたって僕はぜんぜん気にしちゃいなかった・・・・・・・。それなのに何だい。愛人だって?しかも見れば僕と同じくらいの男のコじゃないか!!父さんそういう趣味があったの?だから再婚の話とかも断ってたの?・・・・・・・見損なったよ。軽蔑するな。」
汚らわしいものでも見るように息子に罵られ、ゲンドウの衝撃は大きかった。せっかく不器用ながら徐々に培ってきた父子の絆が一瞬にして断ち切られてしまったのだ。
しかし、シンジの表情をよく見るとセリフとは裏腹にそれほどショックを受けている様子もない。むしろ淡々としている。
(・・・・・・・・実はたいして気にしとらんのか?いやいや、得てしてこういうときの方が内に秘めた怒りは大きいものだ・・・・・・。あいつが腹を立てるのも当然だしな・・・・・・・。)
動揺しながらもまだ息子の心中を慮る余裕はあったゲンドウだが、シンジの次の言葉で腰を抜かしそうになるのだった。
「ま、世間一般のお子様のような言い回しも使ってみたし、取りあえずこんなものかな。」
そしてまるでお使いでも頼むようにさらっと続けた。
「父さん、この家出て行ってくれないか。」
「!!?い、い、い、今何と言った!?」
「だからこの家を出て、そのコと一緒に暮らしたらいいじゃん。父さんの人生だしさ、僕は一切タッチしないよ。ホモと罵られようが第三新東京市の淫行条例に引っかかってパクられようがもうどーでもいいよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
実の息子とも思えぬあまりに突き放した物言いに絶句するしかないゲンドウ。
「でも、巻き添えになるのはゴメンだね。どこか僕の目のとどかないところへ行って、勝手にやりなよ。」
「お、お前自分が何を言ってるかわかってるのか?そもそもこの家は誰のものだと・・・・・・・・。」
「共有名義だよね。相続対策でそうしてもらったんだよ。」
その提案をしたのもシンジである。シンジはゲンドウの確定申告の書類の作成さえ税理士のアドバイスなしで完璧にこなせるほどの会計知識を有していた。
「どうせ父さんが死ねばこの家は全部僕のものになるんだから、今手放したって同じことだろ。」
どうやらシンジは完全に父に見切りをつけているらしい。一片の情も感じられないシビアな表現。これなら激情をぶつけてくれた方がどれほど良かったか。
(こんな事態に陥ったのも全てはカヲルが・・・・・・・・・・・。)
自分の取ってきたアブナイ行動をすっかり棚に上げ、苦々しい思いでカヲルの方を振りかえると何と腹をかかえて笑い転げているではないか。
「あはははは(^O^)!!おっかしい〜、ケッサク〜♪碇先生って家では全然権力ないんだ。きゃはははは、あ〜もうお腹痛〜い(>o<)。」
(こ、こいつ・・・・・・・・・・・ーー;。)
さすがのゲンドウも腹に据えかねて一喝してやろうかと思った瞬間、シンジに先を越されてしまった。
「君、何がそんなにおかしいんだい?」
抑揚のない口調に静かな敵意が込められている。
「だいたいうちには狙うような財産なんてないよ。エロ小説家の稼ぎなんてたかが知れてるし。」
「・・・・・財産って?」
あまり笑ったのでまだ頬が少し紅潮しているカヲルだったが、突然のシンジの突っ込みにちょっと驚いたような表情を見せた。
「隠さなくってもいいよ。どう見たって君とうちの父さんとじゃ不釣合いだもの。父さんが君に岡惚れするのはともかくとして、君が本気でこのヒゲオヤジを好きになるなんて何か魂胆があるとしか思えないね。」
実の父に対して全く贔屓も容赦もないシンジ。ゲンドウは遠い目をして、自分の今までの教育方針について振りかえらずにはいられなかった。
「君は1番身近にいるくせして、碇先生の魅力が全然わかってないんだね。」
カヲルがこう切り返してきたので、さすがにシンジもこれ以上何も語れなかった。
「それに先生の職業を快く思っていないみたいだけど、職業に貴賎なんてないよ。官能小説家は世の中に夢と浪漫とときめきと興奮をいっぱい届けてくれるすばらしい仕事さ。僕もいつも先生の単行本、ドキドキしながら読んでるよ。」
「・・・・・・私の作品は全面18禁のはずだがな。」
いちおう良識ある大人として言うべきことは言っておくゲンドウ。
「ふふふふ・・・・・いまどき18なんかにならなくたって、誰だってあのくらいのことはしているよ。」
誰だって・・・・・・ではないと思うが。
「確かに18禁なんてイミないよなあ。最近、漫画だってもっとカゲキだし。それに中学生の僕にリライトさせといて18禁もないもんだ。」
シンジにまで冷たくあしらわれてしまい完全にゲンドウの立場はない。
「あ、そうだ。」
突如、シンジが思い出したように一声発した。
「一昨日、職安行ったんだろう。誰か良さそうなひとは見つかったの?」
「あれ?一昨日って僕と碇先生が渋谷で楽しくデートした日だよね。このブレスレットも買ってもらっちゃったし♪」
(・・・・・・・・・・・これだけは隠しておきたかった・・・・・・・・・・・・TT。)
そういうことに限って、思わぬところからバレてしまうものなのだ。 シンジはカヲルの細い手首で得意げに光る装飾品をじっと見た。インポートの雑貨店や古着屋に友人たちとよく出かける彼がその価値に気づかないわけがない。
「父さん・・・・・・・これ、20万近くしたよね。」
その通り。さすが家計を預かる身だけあって、物品の価格には恐ろしいほど詳しい。
「そのお金があれば、雇った人への謝礼くらいにはなったはずだよ。それをこんなモノに使うなんて、全く呆れてものも言えないよ。要するに職安には行ってないってことなんだね。」
無言でうなずくゲンドウ。もはやどう取り繕おうとムダな抵抗である。
「単行本のリライト、どうするつもりなの?僕はどんなことがあっても手伝わないからね。」
それはそうだろう。シンジの頑なな拒絶にあったからこそ、わざわざ職安まで足を運ぼうとしたのだから。
「ねえねえ、ちょっと待ってよ。」
そこでなぜかカヲルが話に加わろうとしてきた。
「リライトって碇先生の手書き原稿をワープロか何かで打ち直すんだろう?」
「そうだけど、君には関係ないだろ。」
突き放したように答えるシンジ。
「僕がやってあげるよ、それ。」
「えっ!?」
意外な申し出にシンジのみならずゲンドウも内心びっくりした。
「こう見えても結構得意なんだよ、そーゆーの。」
確かに小脇に抱えたノートパソコンは相当使い込んでいるようだ。
「そうすれば君にとっても僕がここで暮らす理由が出来るだろ。同居させてもらうんだし、もちろん他にお礼なんていらないよ。新しい誰かを雇わなくて済むから、トーゼンお金の節約になるよねえ。・・・・・・・・・どうだい?悪い話じゃないと思うけど。」
そう締めくくってにっこりと艶やかな笑顔をシンジに向けた。しばらく考え込むシンジ。自分に都合のいい理屈だけで彩られたカヲルの戯言など、いつものシンジだったら一笑に付してとっととお引取り願うところだ。しかし、カヲルはシンジの数少ない弱点を巧妙に突いてきた。タダで人を雇えるということが碇家の台所を全面的に切り回すシンジの心をくすぐった。
(うーん、何だか正体不明のヤツだけど、タダでリライトを引き受けてくれるんだったら断る手はないよな。原稿が完成したとたんに追い出しちゃえばいいわけだし・・・・・・・。)
さらに、ここで早いとこ人手を確保して自分の夏休みの安泰を確実なものにしておきたいという個人的な事情もシンジの軟化に拍車をかけた。
「わかった。もう荷物も運ばれてきちゃったし、とりあえず父さんの単行本が完成するまでは君を受け容れることにするよ。」
とうとうシンジからもOKを貰ってしまった。その手腕の鮮やかさにゲンドウは心中舌を巻いた。だけど、一方ではこうもカヲルの思い通りに状況が展開していくのが、少し腹立たしくもあった。
(これだから世の中を甘く見るのだ。誰かがガツンと言ってやらねば、ロクな人間にならんぞ。)
ならばこんな風にぶつぶつ胸の中で呟いてないで、自らカヲルに意見してやれば済みそうなものだが、口下手なゲンドウがカヲルとの言い合いで勝てるはずがない。そのへんを十分承知しているからこそ、呟きを行動に移せないのだ。
「良かった。これで話はまとまったね。よろしく、シンジ君(^^)。」
自分のシナリオ通りになってすっかりご満悦のカヲル。シンジの右手をいきなり取って、握手とばかりに軽く上下に振る。
「ちょっ・・・・・・・馴れ馴れしいなあ。言っておくけど、あくまでも原稿のリライトが済むまでだからね。そのあとは二人揃ってどこにでも行ったらいいさ。」
シンジはまだゲンドウを家から追い出すつもりらしい。
「冷たいなあ。せっかく一緒に暮らすんだから仲良くしようよ。」
「どうして、君と仲良くしなきゃならないんだよ。」
「僕の名前はカヲルだよ。さっき言ったのに。」
この時、初めてシンジはカヲルの顔を正面からまじまじと見た。
(あれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?)
さっきまでは事態のめまぐるしさに紛れて、この”自称父の愛人”をゆっくり値踏みする余裕もなかったが、落ち着いて眺めるとゲンドウがカヲルに引っかかった理由がすぐに飲み込めた。
「父さん、彼、母さんに似ているね。」
しかし、この指摘に顔色を変えたのはゲンドウではなくてむしろカヲルの方だった。
「・・・・・・・・・母さんって、先生の亡くなった奥さんのことかい・・・・・・?」
「そうだよ。君、どことなく面影があるよ。だから父さんもついフラフラっと・・・・・・。」
そのシンジの言葉が終わらないうちにカヲルがあからさまに不機嫌になっていくのが見て取れた。
「碇先生。」
ホントにカヲルがしゃべっているとは思えないような厳しい口調で呼ばれ、ゲンドウは思わずぴーんと背筋を伸ばした。
「じゃあ、この1ヶ月余りずっと白金台公園で僕に熱い眼差しを送っていたのも、インポートの店で助けてくれたのも、遊びに行ってもいいって言ってくれたのも、全部全部僕がそのひとに似ていたからなんだね?」
「・・・・・・・う、うむ・・・・・・・・・・・。」
歯切れの悪い答えを返すゲンドウ。でもここで嘘をついても仕方ない。
「・・・・・・・・・・・どんな女性?写真とかないのかい?見たいな。」
露骨に棘のある口調でカヲルが言葉を続ける。
「母さんの写真はもう家に一枚しかないよ。あとは全部処分してしまったんだ。」
「どうせ処分するなら潔く全部処分すればいいのに。一枚だけ残しとくなんて未練がましいね。とにかく見せてよ。」
シンジがゲンドウの書斎へ入り、古ぼけた写真立てを持ってきた。その中で柔らかく微笑する女性こそゲンドウの亡き愛妻ユイだった。
「貸して。」
シンジの手から写真立てをもぎ取るカヲル。そのまま写真に視線を落とした。
唇をぎゅっと噛んで、しばらく身じろぎもせずに見入っている。
「・・・・・・・・・・僕の方がキレイだよ。」
吐き捨てるようにそう言うとくずかごにゴミでも捨てるように写真立てごと放り投げた。
「!?」
慌ててそれをキャッチするゲンドウの姿がカヲルをますます不愉快にした。
「・・・・・・・・こんなにバカにされたのは初めてだよ。この僕が誰かの代わりだったなんてね。要するに奥さんに似てさえいれば、僕じゃなくてもよかったってことだよね。」
今まで見たこともない険しい表情にゲンドウは射竦められるような気持ちになった。もうカヲルは帰ってしまうかもしれないな、と思った。結局ゲンドウが追いかけていたのは自分ではなく、亡きユイの面影だったということがはっきりしたのだから。でも、これで良かったのだ。やっとこの馬鹿げた状況から解放される。リライトの求人はまた明日にでも職安に行って申し込めば済む事だ。
(そうだ。これで全て丸くおさまるではないか・・・・・・・・。)
それなのに、心の中で落胆のため息をついている自分がいる。さっきシンジからOKが出たとき、実はちょっとウキウキしてしまったのだ。カヲルの性悪な部分をあれほど熟知しているにもかかわらず。
カヲルはうつむいたまま一言も発しない。いったい何を考えているのか。シンジはと見れば、カヲルの引越し荷物をてきぱきと居間の隅に並べている。これはゲンドウとカヲルの問題で、自分とは無関係だとさっぱり割り切っているらしい。
(・・・・・・・わが息子ながらクールなヤツだ・・・・・・。)
自分にはとても真似できないなと苦笑しつつも、一方で感心するゲンドウの耳にカヲルの呟きが入ってきた。
「・・・・・・・・・せないよ・・・・・・・。」
しかし、小声すぎてよく聞こえない。聞き返そうとしたゲンドウだったが、その前にカヲルが顔を上げて、真っ直ぐにゲンドウを見据えながら言った。
「そーゆー後ろ向きな思考って許せないよ。死んだ人間をいつまでも追いかけて、生きてる相手に目を向けないなんてサイテーだね。だいたい僕みたいな魅力的なコは三界のどこを探したっていやしないのに。」
ここで一息つくとさらにこう続けた。
「最初はあんまりムカついたから先生に往復ビンタ3発くらいかまして、このまま帰っちゃおうと思ったんだけど、それじゃあなたのためにもならないし、僕のプライドも許さないからね。」
いったい何を伝えようとしているのか。ゲンドウはカヲルの真意を測りかねた。でも、この話の流れだとどうやら出て行くつもりはないらしい。
「碇先生、僕がリハビリしてあげるよ。」
「リ、リハビリ?何のことだ、それは。」
「だから先生が過去を振りきって新しい恋に生きるためのリハビリさ。今は亡くなった奥さんのことなんてウジウジ考えているけど、ごく近い将来、あなたはもう僕のことしか目に入らなくなるんだからね。」
ここまで言い切って、初めてカヲルにいつもの笑顔が戻ってきた。その表情を確かめつつ何故かホッとしている自分に戸惑うゲンドウだった。
TO BE CONTINUED
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