ホントに気が利かないんだから。

*第三新東京モナムール～7*

「あら！碇先生・・・・・・・・・碇先生じゃないですか？」
全く予期しなかった呼びかけに背筋に電流でも走ったかのようにビクッと反応してしまうゲンドウ。出来ることなら背後の声を無視して、このまま走り去りたかった。
（何故、よりによってこんなところで知人に・・・・・・・・・・・・・・・ーー；；）
スーパーの買い物カゴを片手にゲンドウは自分の間の悪さを呪った。こんな姿だけは見られたくなかった。いつも家事など男のやることではないと公言して憚らないゲンドウなのだ。もっとも、実際は一切を息子任せにしているのだから、何とも矛盾した言い草だということは自分でも十分承知の上だった。
「碇先生ですよね？」
なおも続く確認の言葉。しかも徐々に近づいて来る。さすがにゲンドウもその声の主に察しがついた。
（・・・・・・・・・・・・・・・・・もしや・・・・・・・・・・・・・・・・・。）
逃れられずに渋々振り返った彼の目にミサトの明るい笑顔が飛び込んできた。
「やっぱり、碇先生だったんですね。こんばんは(^o^)。でも先生、今逃げようとしてたでしょう。ヒドイわ～（＞＜）、こんないい女をシカトするなんて。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
本心をズバリ言い当てられ、一言もないゲンドウ。伊達に長年担当編集者はやっていない。
「先生がこんなところでお買い物だなんて・・・・・・・・・・・・・。あ、そうか。確かシンちゃん今日からクラスメートとキャンプだったんですよね。いいなあ～楽しそう(^ｏ＾）。あたしももう一度中学時代に戻りたいなあ。」
そこまで言うとミサトはふっと小さくため息をついた。
「・・・・・・・・・・・・・全く頭きちゃうわよねえ・・・・・・・・・・・・(｀ヘ´)。」
いつも陽気なミサトが、珍しく一瞬露骨に不愉快な表情を見せた。もちろん無神経に事情を尋ねるようなゲンドウではないが、気にならないといえばウソになる。気むずかしく癇癪持ちのゲンドウは編集者泣かせで、今までに担当が何人代わったか分からない。ある者はゲンドウが解任し、またある者は自らお役御免を申し出てきた。中にはわずか3日で交代させられた者さえいた。だが、ミサトは今までの誰とも違った。ゲンドウを恐れることも煙たがることもなく、正面から気さくに且つ誠実に接してくれた。大雑把でズボラな所もあったが、それがいい方に作用してゲンドウからキツイ叱責を受けても、翌日には何事もなかったようにケロリとしていた。修羅場ではいつも明るくゲンドウを励まし、原稿が完成したときには自分のことのように心から喜んでくれる。ゲンドウはミサトが気に入っていた。さすがに面と向かってねぎらいの言葉をかけたりはしなかったが、ミサトがゲンドウの担当になってから、すでに5年あまりが過ぎている。
（！？・・・・・・・・・・・・・・もしや・・・・・・・・・・・・・・・・。）
ミサトの不機嫌の原因として、たったひとつゲンドウに思い当たることがあった。なぜなら、それはゲンドウにも関わりのある内容だったから。でも、あくまで推測に過ぎないし、こちらの方から切り出すような話題ではない。

「何やってんだ、葛城。」
またもやお馴染みの声を聞かされてしまった。日頃、近所をうろうろしていてもそうそう知り合いと顔を合わせたりなどしないのに、何故、今日この場所に限ってゲンドウの柄でもない行動を嘲笑うように顔見知りと出会ってしまうのだろうか。
「あ、加持くん。それが偶然なのよぉ。碇先生がいらしてて・・・・・・。」
声の主はミサトの恋人の加持だった。彼らの住居の最寄り駅は、共にこの沿線ではないはずだ。つくづくめぐり合わせが悪いとしか言いようがない。
「碇先生、いったいどういう風の吹き回しですか？あれほど家事をする男のことを小馬鹿にしていたのに。まさかとは思いますが、とうとうシンジ君の権勢に屈して持論を取り下げることにしたんじゃないでしょうね。」
ゲンドウの反応を観察しながら、茶化すように言う加持。取材で碇家を訪れた際に、家事の出来ない人間はホントの意味で自立していないと息子からキツイ小言を浴びせられているゲンドウの姿を目撃したことは一度やニ度ではなかった。
「違うわよ。今日からシンちゃん、キャンプでいないのよ。」
「あ、道理で。それじゃあ仕方ないか。･･････････晩酌に備えて、酒のつまみでも買いにきたんですか？」
事情を聞いて納得すると、ゲンドウの持つ黄色いカゴの中を覗き込む加持とミサトだったが、入っていたのはももの缶詰ただひとつ。さすがに二人とも二の句が継げなかった。
（なんだ？まさかこれをつまみにするとも思えないし・・・・・・・。この先生、ときたま意味不明の行動に走るからなあ・・・・・・・。）
（碇先生、もものシロップ漬けなんてお好きだったかしら？そもそも先生、辛党だったんじゃあ・・・・・・・。）
だから誰にも会いたくなかったのだ。加持の指摘通り、本当に乾きものでも買いに来たのであれば、まだ良かった。シンジ不在という立派な大義名分があるのだから。だが、カゴの中で自己主張している唯一の品物がももの缶詰では、たとえどんな事情があるにせよ、第三者からは奇異の目で見られるだけだ。もちろんカヲルのことは一切喋っていない。ネルフ書院の社長でゲンドウの親友でもある冬月コウゾウにさえ、まだ何も知らせてはいなかった。ゆえに加持もミサトも今夜はゲンドウひとりで寂しく留守を守るのだと思い込んでいる。
「・・・・・・・・・・君たちこそどうしたんだ？」
自分に対するこれ以上の追求をかわすため、ゲンドウは苦し紛れにこんな質問を発してみた。事実、この辺りは二人の行動半径から大きく外れているのだ。
「ドライブ帰りにたまたま前を通りかかったんですよ。そしたら昨日からお酒を切らしてたのを思い出して。せっかく車だし、ちょっち買いだめしておこうかな～な・ん・て(^o^)。」
今日、ミサトは休みだったらしい。フリーで比較的時間の融通が利く加持と示し合わせて、デートと洒落込んだのだろう。
「まだまだ解放してもらえそうにないですよ。」
苦笑いする加持だが、それでも大量のビールと数本のワインが無造作に放り込まれたカートを巧みに操って、快くミサトに付き合っている。
「当たり前じゃない！今日は朝まで飲みまくりよ。ああ、全く頭来るったらないわ、あのクソジジイ！！」
このミサトの悪態を耳にした瞬間、ゲンドウはさっきの自分の想像が正しかったことを悟った。
（また、キール会長が来たのか・・・・・・・・・・・・。）
ゼーレグループ会長のキール・ローレンツはわずか一代で巨大なコンツェルンを築き上げたやり手の男だ。年齢はすでに60を越してはいたが、まだまだ現役バリバリ。エネルギッシュに世界各地を飛び回り、なおも事業の拡張に尽力している。それに加えて、傘下企業のマメな視察も欠かさなかった。
（あの様子ではいつもにも増して酷いことを言われたようだな・・・・・・・・・・・。）
富や権力を手中に収めた昔の成り上り者が、次には必ず名誉や地位を欲するように、ここまで大きくなったゼーレグループに現在必要なのは、上品且つ高潔なイメージだとキール会長は考えていた。最近、慈善事業や文化振興にやけに力を注いでいるのもその一環なのだろう。そんな彼にとって官能関係の出版物専門のネルフ書院が邪魔なのは言うまでもなかった。だが、こんな不景気にもかかわらず、確実に利益を計上しているこの子会社を切り捨てるわけにはいかない。そういったジレンマが視察時の容赦ないイヤミ攻撃と化して、社員たちを直撃するのだ。一体いつまでくだらないエロ雑誌や小説の発行を続けているのか。もっと世間の人々にとって有用な出版物を作成すべきではないか。つまりは路線変更を強要しているのである。むろん、そんな迫害に負ける編集部員たちではない。社長の冬月は一見温厚で円満な印象を与えるが、内面は一本筋が通った気骨のある勇士。キール会長の罵詈雑言をその場では上手く受け流しながらも、決して今の編集姿勢を崩すことはなかった。他の社員たちも同様である。たとえキール会長に睨まれていても、誰一人退社する者はいなかった。むしろ皆の結束が深まったくらいである。

「もうこのくらいにしておけよ、葛城。碇先生の前だろ。」
激昂するミサトをなだめる加持。
「わかってるわよ、それくらい。でも、あの男、碇先生のことまで・・・・・・・・・(｀ヘ´）。」
なおもおさまらないといった様子でミサトが吐き捨てるように続ける。
（・・・・・・・・・・またか・・・・・・・・・・。）
坊主憎けりゃ袈裟までの論理でネルフ書院の看板作家であるゲンドウに攻撃が及ぶことも珍しくなかった。しかし、もうすっかり慣れっこになっていたし、正面から相手にするのもバカバカしいだけだ。けれども、そのような仕打ちを受けて、ゲンドウがキール会長に良い感情を抱いているはずがない。毎年、冬月と一緒に招待されるゼーレグループ主催のパーティーにも未だかつて出席したことはなかった。もっとも、それは元々華やかな席が苦手だということも大きな理由の一つだったが。
「キール会長も虫の居所が悪かったんじゃないか。なにしろ・・・・・・・・・・・・おおっと、これはオフレコだったな。」
「何よ！？言いかけて止めるなんて。」
「守秘義務ってものさ。」
いつもゲンドウの取材に同行してくれる加持ではあるが、ライターとしての彼の真骨頂はむしろ政財界の暗部を切り口鋭く抉るような硬派なルポにあるといっても良かった。親しい間柄の政治家や実業家も多く、キール会長ともかなり懇意にしていた。
「そうそう碇先生、確か今週の土曜でしたね。またヨロシク頼みますよ。」
「お（＠＠）・・・・・・・そうだったな・・・・・・・・・。」
加持の言葉で初めて土曜の取材の予定を思い出したゲンドウ。なにしろ、ここ暫くカヲルのことで神経をすり減らし、それどころではなかったのだ。
「碇先生、しっかり見張っていてくださいよ。こいつ、人の目が届かないとこじゃ何やってるかアヤシイもんなんだから。」
ちくりとクギを刺すミサトに、加持はいかにも心外といった風に切り返す。
「考えすぎだよ。オレはいつどこへ行っても品行方正。ロクに口もきけずに大人しいものさ。そうでしょう、碇先生。」
言葉とは裏腹な数々の行ないを目の当たりにしてるだけに、ゲンドウは沈黙を守った。それなりにカッコ良いだけでなく、大人の余裕を持ち、話題も豊富で話術も巧みな加持が女性にもてないわけがなかった。どこの店に取材に行っても、必ず女のコたちに二重三重に取りかこまれる。ミサトの懸念も無理からぬところだ。とは言うものの、学生時代からの気の置けない恋人同士である二人は客観的に見ても似合いのカップルだった。その若さ、美しさからはとてもそうは思えないが、ミサトもすでに29歳。女性としては微妙なお年頃である。
（・・・・・・・・加持君もそろそろきちんと考えたほうが良いのだがな・・・・・・・・・・・・。）
加持の性格だったら、結婚したからといってミサトに家庭に入れとはまず言わないに違いない。ゲンドウもせっかく得たお気に入りの担当編集者を失いたくはなかった。

（・・・・・・・・・はっ！まずい・・・・・・・・・・（ーー；；）。）
ほんの一時で買い物を終わらせるつもりだったのに、店内に入ってからすでに20分以上は経っている。ひとり残してきたカヲルのことが心配だ。
「じゃあ、碇先生、オレたちはこれで。また土曜に会いましょう。」
「イヤな話を聞かせてしまってホントに済みませんでした、先生。」
幸い、加持とミサトの方から先に別辞を切り出してくれたので、彼らを振りきる口実を考えないでも済んだ。
（・・・・・・・・・まだ眠っているとは思うが・・・・・・・・・・・戸締りもしてきたし・・・・・・・・・・・だが・・・・・・・・・・。）
一旦気になりだすと懸念材料が次から次へと湧いて出てくる。レジで代金を支払うとゲンドウは小走りで店外へ飛び出した。着物の裾をさばきながら、急ぎ足で家へ向かう。ホンの５分くらいで着く距離のはずなのに、何時間も歩かされているような錯覚に陥りそうだった。
（・・・・・・・・・・・・・・・・妙に遠く感じてならんな・・・・・・・・・・・・・・・・・。）
見慣れた玄関の姿がようやく目に入ると、ゲンドウは扉に突進してカギを開け、ドアを乱暴に跳ね飛ばした。少し息が弾んでいる。
「・・・・・・・・・・・・・・・あっ！？（＠＠；；）」
帰宅した彼の目が最初に捉えたのは、うつ伏せに倒れたカヲルの痛々しい姿だった。
（・・・・・・・・・・起きてしまったのか・・・・・・・・・・。）
目覚めたもののゲンドウの姿が見当たらないので、病躯に鞭打って捜しに出たに違いない。しかし、家のどこにも発見することが叶わず、そのうち熱と痛みで力尽きてしまったのだろう。ゲンドウはスーパーでムダ話をしてしまったことを心底後悔した。呼び止められた時に構わず逃げ出してしまえば良かったのだ。ミサトだったら後日事情を話せば、きっと解ってくれたはずだ。
（・・・・・・・・・・カヲル・・・・・・・・。）
ゲンドウは手に持ったスーパーの袋を下ろすと、倒れたままピクリとも動かないカヲルに駈け寄り、その肩を優しく揺すってみた。反応はない。仕方なくカヲルの身体を仰向けにして、その頭を自分の膝枕に乗せた。汗で銀色の髪が三筋ニ筋両頬に張りついている。その乱れ髪を整え、額に手を置いた。熱さは先程の比ではない。
（・・・・・・・・可哀相なことをしてしまった・・・・・・・・。）
病気でただでも気弱になっている時に、前触れもなくひとりぼっちにして外出してしまったのだ。いかにカヲルのための買い物だったとは言え、結果的にはむしろカヲルに不安な思いをさせ、その心を傷つけてしまった。それが悔やまれてならない。
（･･･････････････････････････････････。）
なおも身動ぎさえしないカヲルの身体をそっと抱き上げ、ゲンドウはそそくさと書斎へ向かった。余分な肉が一切ついていないその肢体からは、骨と関節の硬い感触だけが伝わってくる。
「･･････････････････碇先生？･････････････････。」
ふと、全神経を集中させていなければとても聞こえないほどのか細い声が耳に入ってきた。カヲルが一瞬意識を取り戻したらしい。
「･･･････････よかったぁ･･････････････････帰ってきて･･･････････････。」
今にも消え入りそうな声でやっとこれだけ呟くと、また目を閉じてぐったりしてしまった。でも口元には微かに笑みが浮かんでいる。
（･･････････････とにかく早く横にさせなくては･･･････････････。）
カヲルを書斎のベッドに静かにおろすと、ゲンドウは台所へ行き、氷枕に新しい氷を入れて、さっきのように濡れ手拭いを額に乗せてやった。もう、カヲルは一言も発さなかった。ただ昏々と眠り続ける。そんなカヲルの様子にほっと一息ついて、ゲンドウも再び執筆活動に戻った。机に向かい、一心不乱にペンを走らせるゲンドウが気づくことはなかっただろうが、その後もカヲルは何かの拍子にうっすらと意識を取り戻すことがあった。けれども、熱に浮かされていた彼に当然その時の記憶はない。ただ、目の前のゲンドウの広い背中とひんやりした後頭部と額の感触だけは妙に鮮明に覚えていた。

「あー、もうお腹ペコペコ（＞＜）。何か食べるものないの？」
丸２日近く眠り続けて、ようやく目覚めたカヲルの第一声がこれだった。あんなに苦しんでいたのがウソのように殆どいつもの元気を取り戻している。さすがに頬の赤みは完全に引いてはいなかったが、熱は３７度近くまで下がっていた。
（・・・・・・・・・・・どうなることかと思ったが・・・・・・・・・・・・・。）
ようやくももの缶詰の出番だ。ゲンドウは台所へ入り、冷やしておいたもものシロップ漬けを小皿に二切れ乗せるとフォークを添えて、カヲルのところへ運んで行った。
（・・・・・・・・・・・・・・・・２日遅れだが、きっと喜ぶことだろう・・・・・・・・・・・・。）
一昨日、往路で思い浮かべていた光景を再び頭に蘇えらせるゲンドウ。想像の中のカヲルの嬉しげな笑顔をもうじき直に見ることが出来るのだ。なぜかそわそわしつつ、ゲンドウは書斎のドアを勢い良く開けた。カヲルはゆっくりと半身を起こして、ゲンドウの方に向き直った。ゲンドウが手に持っている小皿の中身に視線を落とすカヲル。次の瞬間のカヲルの反応を待ち侘びるゲンドウ。しかし、彼の期待を無残に裏切って、カヲルはそっけなくこう言っただけだった。
「何、これ？」
ゲンドウは絶句した。てっきり皿の中身を見て、目を輝かせて喜んでくれるとばかり思っていたのに。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ももの缶詰だ。」
仕方なく、そのままストレートに返したゲンドウだったが、内心では相当落胆している。
「そんなの見ればわかるよ。僕が言いたいのはどーしてこんなもの持ってきたのかってことさ。」
「・・・・・・・・・・・・・お前が食べたいと言ったんだろうが・・・・・・・・・・・・。」
だからこそゲンドウは日頃の信念を曲げてまでわざわざスーパーへ行き、ももの缶詰を買ってきたのだ。
「・・・・・・・・・・・・・今更何いってんの？あの時はそうだったかもしれないけど、今はもっとお腹にたまるものが欲しいんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・（ーー；；）。」
ゲンドウのこめかみに青筋が立っている。なんという自分勝手な言い草だろう。
「だいたい、どーせ買うんだったら最初僕が食べたいって言ったときに買ってきてくれれば良かったじゃないか。ホントに気が利かないんだから。」
これだけ好き放題言われて、根は気の短いゲンドウが平静でいられるはずがなかった。
「・・・・・・・・・・・・・わかった、もういい。これは私が食べる。」
言うやいなやゲンドウは皿の上のシロップ漬けにフォークを突き刺し、自分の口に放り込んだ。ももの果肉はあっという間にゲンドウの胃袋の中に消え失せた。
「な、なんだよ。僕のために買ってきたんだろ？どーして自分で食べちゃうんだよ。」
カヲルが身を乗り出してきた。どうやら残った一切れだけでも奪おうと目論んだらしい。しかし、ゲンドウは巧妙に身をかわして、カヲルの急襲をあっさり退けた。
「お前なんかにやる物はない。」
語気も荒くそう言うと、残りの一切れに食いつこうとするゲンドウだったが、その腕にカヲルがしがみつく。
「これは僕のだよ！！」
「・・・・・・・・・・・・・ふざけるな。」
たかだかもものシロップ漬け一切れを巡って揉み合う二人。カヲルはともかく、ゲンドウはいい年こいて大人げないと笑い者になっても仕方のない振る舞いだった。
「あっ！？」
カヲルの肩先を押え込もうとしたゲンドウだったが完全に目測を誤り、カヲルに体重を預ける形となってしまった。日頃ならいざ知らず、病み上がりのカヲルにそれを支え切る力はない。たちまちカヲルの体勢が大きく崩れ、二人はそのまま折り重なってベッドに倒れ込んだ。
「・・・・・・・・・・・・わあ、碇先生ダイタ～ン・・・・・・・・・・・（*＾＾*）。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・（*ーー*）。」
倒れたはずみでゲンドウの身体は完全にカヲルに覆い被さっている。つまりちょっと見は"カヲルを押し倒した状態"にしか思えない。
「ふふふふ・・・・・・・・・・・せっかくだからこのまま一発やってみる(^ｏ＾）？」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・　(ーー；；）。」
にっこり笑って、からかうように言うカヲルだったが、ゲンドウはそれには答えず、さっさとカヲルから離れるべく身体を起こそうとした。ところが。ドサッ。床に荷物の落下する大きな音。それはまだ半開きの扉の真ん前から聞こえてきた。
（・・・・・・・・ま、まさか・・・・・・ーー；；。）
ゲンドウの胸の中で不吉な予感が輪になって踊っている。振り返った彼の目に移ったのはキャンプから帰ってきたシンジの凄みさえ感じさせる侮蔑の眼差しだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・父さん、ただいま(ーー）。」
妙に冷静な口調がゲンドウの恐怖を倍増させる。
「あ、おかえり～、シンジ君(^ｏ＾）。キャンプどうだった？」
それに引き替え、カヲルはあっけらかんとしたものだ。結局、残念ながら（ＢＹカヲル）二人の間には何も起こらなかったのだから当然であろう。けれども、現在のシチュエーションではゲンドウに弁解の余地は４００％ない。第一に何故カヲルがゲンドウの書斎のベッドで寝ているのか。第二に今の二人の体勢。第三にカヲルのなぜか紅潮した頬。そしてとどめに焦りを隠し切れないゲンドウの姿。これらを総合して一般的に導き出せる結論はただひとつ。
「・・・・・・・・・僕が留守の間、ずいぶんとお楽しみだったようだね。」
「な、何を言ってるんだ、シンジ。お前は勘違いしているぞ（＠＠；；）。」
しかし、シンジの冷ややかな表情は微塵も変わらない。
「別にいいんだよ。出発前に言った通り、出ていってもらうだけのことだから(^-^)。」
そう締めくくると乾いた笑みさえ浮かべているではないか。二人っきりの２日半をどうにか乗り切れたと安堵していたゲンドウだったのに、最後の最後でこの始末。しかも、カヲルのために取った行動がすっかり裏目に出たと思うと泣くに泣けなかった。もちろん、ここでカヲルのフォローなど期待するだけムダだ。
（・・・・・この誤解をとくのに、何日かかることやら・・・・・ーー；；。）
いっそ自分が熱を出して寝込んでしまいたい。そんな情けない考えすら浮かんでくる今のゲンドウであった。

TO BE CONTINUED

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