*第三新東京モナムール〜9*
「言いたいことがあったらはっきり言ったらどうだい。」
とうとう堪りかねてカヲルが口を開いた。取材で殆ど朝帰りに近かったゲンドウも、味噌汁の香りに誘われるようにやって来て、息子たちと共に食宅を囲んでいる。けれども、今朝は三人が互いの顔色を覗いつつ、会話さえもない重苦しい時間が流れるばかり。昨日の玄関前での出来事以来、カヲルに対するゲンドウとシンジの態度は一変していた。カヲルから話題を振っても、気のない対応で必要最低限のことしか答えてくれないし、ましてや彼らのほうから語りかけてくることなどなかった。
(こーゆーの1番苦手なんだよ、僕は。)
理由はよく分かっている。あの時の加持の一言。ゲンドウもシンジも今までカヲルの素性が全く気にならなかったと言えば、ウソになる。ただ、この話題を極端に避けているかに見えたカヲルを慮って、見て見ぬ振りをしていただけだ。しかし、こんな身近にカヲルのことを知っていた人間が存在するとなれば、話は別。せっかく蔽い隠していたはずの探求心がまた頭をもたげて来てしまった。
(一体、カヲル{君}は何者なのだろう・・・・・・・・・・。)
といっても、昨日の様子では加持の口からは到底聞き出せそうにない。ならばカヲル本人に直に問いただすのが一番手っ取り早いのだが、それもまた躊躇われる。ゲンドウは言うに及ばず、シンジも決して口の上手い方ではないから、こういう場合にどう話を切り出してよいものやらわからないというのも大きいが、むしろ加持がカヲルについて軽々しくしゃべらなかったという点が問題なのだ。日常の加持はむしろ隠し事とは無縁な、何事にもオープンな男である。その彼が全く口をつぐんだままだったのは、当然仕事絡みだからであろう。二人とも加持のメインとなる仕事の性質を十分理解していた。それでもキーワードが皆無だったわけではない。
(ゼーレグループの催しに出席さえしていれば、もっと前にカヲルに会えたのか・・・・・・・・・・。)
しかも、加持の口調から察するにかなり知られている存在らしい。
(もしや冬月なら・・・・・・・・・・。)
ネルフ書院社長の冬月は律儀にグループ関連の行事には必ず足を運んでいる。だが、ここで彼に話を持ち掛けるのでは、何のためにいままでカヲルのことを隠してきたのかわからないので、連絡を取るのは思いとどまった。
一方、シンジもゲンドウとはまた別のキーワードから、カヲルについて考えていた。
(・・・・・自由って言ってたな、カヲル君・・・・・。)
いつだって勝手気侭、やりたい放題に振舞うカヲルだが、それは本来自分が置かれている環境に対する反動だったのだろうか。そう思うとカヲルが哀れにさえ感じられてくる。もっともカヲル自身は同情されたりするのを何より嫌いそうなので、口が裂けてもそんなことは言えないが。
ゲンドウもシンジも彼らなりにカヲルのことを思い遣り、その身を案じてくれているのだが、カヲルからすれば、逆にそれが心に波風を立てるのだ。いつも通りに接して欲しかった。ストレートに尋ねてくれた方がどれだけ良かったか。加持に見つかった瞬間から、もう全ての覚悟は出来ている。ほどなく、ちっとも望んでいないお迎えも来ることだろう。
「碇先生もシンジ君も昨日から何だい。余計な気遣いなんて要らないよ。僕に聞きたいことがあるんだろ!?」
しかし、こう切り出しては見たものの、これが無謀な要求だということはカヲルの方も重々承知の上だ。むしろ二人が思慮分別のある善人だからこそ、カヲルに対してあれこれ追及しないということもよく分かっていた。
「べ、別にカヲル君に聞きたいことなんてこれっぽちもないよ。ねえ父さん。」
あんまり無言を続けると、ますますカヲルの神経を逆撫ですると考えたのか、シンジがようやく一言発した。しかし、沈黙を守っていた方がよっぽどマシだったであろうお寒い内容。こんな場面でいきなり話を振られてゲンドウは閉口した。
(・・・・・シンジ、余計なことをしおって・・・・・(ーー;;)。)
だが、状況が状況だけに無視するわけにもいかず、ゲンドウは渋々言葉を返す。
「・・・・・・・・・・そうだ。お前に気など使った覚えはないぞ。」
このそらぞらしい受け答えがカヲルの苛立ちを増幅させた。
「ど・こ・が(-_-メ)。昨日から僕とまともに話すらしてくれないくせしてよく言うよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」(×2)
二人を睨みつけるカヲル。やや顔を伏せ加減で焼き魚に箸をつけるゲンドウ。しらじらしく窓の外に視線を走らせるシンジ。
「あくまで白を切りとおすつもりらしいね。」
彼らを詰るようにカヲルの紅い瞳が一層煌く。こんなにいきり立っているカヲル自身、あの出来事からこっち、微妙に平常心を欠いているのだが、もちろん本人にその自覚はない。
「あっ、ほらほら凄い車だなあ。あれリンカーンコンチネンタルかな。本物見たのは初めてだよ。」
どうにかして攻撃の鋒先を逸らすためにシンジは目に入った黒塗りの高級車の話題を持ち出した。まさに苦し紛れの作戦だったが、その車がなぜか碇家の前で止まったではないか。
「!?」
訝るゲンドウとシンジを横目で見ながら、カヲルはゆっくりと伸びをした。
(キール、早過ぎ・・・・・・・・・・。)
間髪をいれずに呼び鈴がけたたましく鳴り響く。
「はい。どなたですか。」
「ゼーレグループ会長、キール・ローレンツだ。カヲルを返してもらおうか。」
ダージリンティーと手作りクッキーが客間の机の上に並ぶ。キールとゲンドウは対峙するかのように向かい合わせて座っており、そんな二人の様子をカヲルとシンジが扉の隙間からこっそり窺っていた。
「やれやれ、まさかこんなに早く、しかも本人が来るとはね。仕事はどうしたのかなあ。」
「あれがゼーレグループのキール会長かあ・・・・・。よく雑誌とかに載ってるし、父さんから話は聞いたことあったけど実物を見るのは初めてだよ。やっぱ、貫禄あるなあ。」
「そう?僕から言わせれば、どこにでもいるただのオヤジだけどね。」
くすくすと笑うカヲルの横顔をまじまじと見つめるシンジ。今日のカヲルは馬鹿に大人びて見える。日によって時によって、カヲルにはいくつもの顔が存在するように感じられた。
「カヲルもいったい何を考えているのやら。よりによってこんな所に転がり込んでいたとはな。」
苦虫をかみつぶしたような顔でキールが言う。
「・・・・・私には一向に話が見えてこないのだが・・・・・あなたはあの子にとって、いったいどういう存在なのですかな?」
内心の不快さを必死に押し殺して、ゲンドウはとうとう核心に触れる質問を投げかけた。
「カヲルは私の養子だ。もう引き取ってから8年になる。このゼーレグループを譲り渡してもいいと思っているくらい大切な息子なんだ。」
その言葉が終わらないうちに扉の向こうからカヲルの笑い声が響いた。
「あっはははは!!!!!キール、碇先生にウソついちゃいけないなあ。」
「カ、カヲル・・・・・・・。一体何がおかしい。」
すでにカヲルは客間に足を踏み入れている。
「養子だったのは2年前まで。今じゃ立派な愛人だよねえ。碇先生は俗世のことに疎いから知らないけど、ゼーレグループの関係者だったら誰でも知ってるよ、そんな事。」
「・・・・・・・な、なんてことを・・・・・・・・・。」
もう開き直ったのか、明け透けに真実をぶちまけるカヲルにさすがのキールも当惑した。
「・・・・・・・・・・キール会長、私は他人の趣味についてあれこれ言おうとは思いませんが、いくらなんでも14の少年をそういう対象にするというのは、人道的にいただけませんな。」
間髪入れずにぴしゃりとキールを窘める発言をするゲンドウ。相手の地位も権力も一切関係なく、自分の発言すべきことをきっちりと形にするこの男がキールは苦手だった。
「貴様には関係なかろう、碇。とにかくカヲルは連れて帰る。もう一刻もこんな薄汚いところには置いておけん。」
お前に呼び捨てにされるいわれはない、とゲンドウの心の中は怒りにも似た感覚で一杯になった。ゼーレグループ会長たる自分は、多少横暴なことをしたとしても当然許されるべきだ、とキールは本気で考えているに違いない。そのような思い上がりがゲンドウの気に障るのだ。二人の仲の悪さは業界のみならず世間でも有名で、ゲンドウがゼーレグループ関連の行事を頑ななまでに拒否するのは、キール会長と顔を会わせたくないからだと本気で信じている人々も多かったし、確かにそういう面もないとは言えなかった。
「イヤだよ。僕はまだここにいたいんだ。」
カヲルはキールの意向をあっさり拒絶すると、紅茶に口をつけようとしたゲンドウに駈け寄って、後からぎゅっと抱きついた。
「碇先生と離れるなんて絶えられないよ。」
この非常時での思わぬアタックにゲンドウも焦ったが、それ以上に目を剥いたのはキールだった。
「カ、カ、カ、カヲル。お前本気で言ってるのか。こんな無骨な三文作家のどこがいいんだ。」
「ふふふふ・・・・・・・碇先生の良さは一言では語り尽くせないね。今まで僕のまわりにはいなかったタイプだよ。もう少しこのひとと遊んでいたいんだ。」
「そうだ。これまでのお前の戯れの相手とはどこにも共通点がないではないか。この男に何か特別なものでも貰ったのか?」
「・・・・・・・・うーん、初めて話した時にアクセサリーをちょっと買ってもらったけど・・・・・・。それくらいかな。碇先生の稼ぎじゃこれが精一杯だもんね。僕も経済的には過大な期待はしてないよ。」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ーー;;;;;。)
ただでさえキールとの会話で不愉快な思いをしていたのに、カヲルにまでこの言われよう。ゲンドウはますます気分を損ねた。
(私だって普通のサラリーマンと比べれば、それなりの収入はあると自負しているのに・・・・・・・・。でも、どおりでカヲルの経済観念がおかしかったはずだ。あのキール・ローレンツの愛人だったら、それこそ贅沢三昧。手に入らぬものなどなかっただろうからな・・・・・・・・。)
カヲルの素性がはっきりしてみると、これまでの言動もいちいち納得できることばかりである。どこか浮世ばなれした感覚、根拠のない自信に溢れた態度、あきれるほどの自己中ぶり。
「・・・・・・・・やはり物品目当てではないのだな。だったら何故そこまでこいつに・・・・・。はっ!!まさか、お前碇と寝たのか!?」
うろたえるキールを前にしてもカヲルは余裕綽々だ。これではどっちが連れ戻しにきたのか分からない。
「キール、何言ってるの?碇先生をそこらへんのスケベオヤジと一緒にしないでよ。それどころか僕たちまだキスもしてない清い仲なんだよ。」
この答えはキールの脳天をまともに直撃した。気の利いたプレゼントもなし、肉体関係もなし、なのにカヲルはここにいたいと主張している。頭のあちこちからこれは危険だ、との声が乱れ飛ぶ。これまでもカヲルのお遊びの浮気は数知れずあった。仕事でちょっと屋敷を空けたスキにどこへともなく姿を消してしまう。立場上表だっては動けないキールは、そのたびに懇意にしている探偵やライター達にカヲルの捜索を頼み込むのだ。秘密裏に事を片付けたいので、決して警察などには依頼しない。でも、これまでは居所さえつき止めれば、敢えてそれ以上のアクションは起こさなかった。放っておいてもそのうち飽きて戻ってくる事が分かっていたからである。好奇心が強い反面、淡白で気まぐれなこの若い愛人の性格はよく知り尽くしているキールだった。そんな彼がこうして初めてじきじきにカヲルを迎えに来たのは、相手が天敵碇ゲンドウだったからに他ならない。そもそもカヲルがあのゲンドウに心惹かれて、家にまで転がり込むということ自体が理解できなかった。見てくれはあの通りだし、カヲルを満足させる財力があるわけでもない。精力のほうは噂だけが一人歩きしている状態で実際のところは不明だが、ゲンドウとの間にはまだ何もないというのだから、問題外である。だったら、カヲルは果たして何に引き寄せられてこの家にいるというのだろう。
「今ねえ、純愛がマイブームなんだよ。刺激的なアヴァンチュールも結構楽しかったけど、何だか飽きちゃった。これからは心の触れ合いかな。」
どこまで本気かは怪しいものだが、カヲルはこんな風に嘯く。
「一生戻らないと言ってるわけじゃあるまいし、大人しく待てないのかい?」
世間的にいえば、キールに”囲われてる”立場のはずなのだが、完全にカヲルの方が力関係が上だ。カヲルの態度に媚びは微塵もない。ドア越しに様子を見ていたシンジもさすがに舌を巻いた。
(凄いな、カヲル君。あのワンマンで有名なキール会長を完全に手玉に取ってるじゃないか。これじゃうちの父さんごときが太刀打ちできるはずがないよなあ・・・・・・。)
だが、多忙な中、わざわざ碇家まで足を運んだキールも、ここであっさり引き下がったりはしない。
「今日という今日はお前のワガママを許すわけにはいかん。さあ、さっさと来るんだ!!カヲル。」
そう怒鳴ると強引にカヲルの細い手首を掴もうとしたが、その前に立ちはだかったのはゲンドウだった。
「この子を渡すわけにはいかん。」
「な、何だと。碇、貴様には関係ないだろう。それともまさか貴様もカヲルのことを・・・・・・・・・。」
「馬鹿をいうな。だいたい本人が帰りたくないと言っているではないか。」
それもあったが、カヲルとキールとの真の関係を知ってしまった以上、まだ14歳のカヲルをみすみす愛人としての立場に戻すわけにはいかないとゲンドウは考えたのだ。たとえ自分のところに引き取れないにしても、然るべき居場所を見つけてやるのが、彼と関わりを持った大人としての仕事だろう。
「碇先生、やっぱり僕と離れたくないんだね(^o^)。こういった有時の際こそ、初めてホンネが出るものだよ。だけど、これからは日常でももっとその気持ちをはっきり表わして欲しいなあ。」
「・・・・・・・・・・違うと言っとるだろうが(ーー;;)。」
「またまたぁ〜、無理しちゃってえ(#^.^#)。」
「誰もしとらん(ーー;;;;;)。」
こんな二人のやり取りがキールの神経をますます逆撫でしたのは言うまでもない。
「・・・・・・・・・碇、どうしてもカヲルを渡さないというのだな。」
明らかに怒気を含んだ口調でキールは言った。しかし、ゲンドウは1歩も引かない。
「無論だ。」
「三流作家風情が、このキール・ローレンツに立てつく気か?」
「ねえねえ。だったらどうしてその三流作家の単行本を全巻持ってるんだい?」
「カ、カヲル(@@;;;;;)!!!!!」
今までひた隠しにしてきた秘密を、思わぬところからばらされて焦りまくるキール。3人の攻防をドアの外から眺めていたシンジも、ここぞとばかりに客間に飛び込んできた。
「ふうん、今までキール会長は父さんやネルフ書院のことを批判してばかりだって聞いてたけど、実は父さんのエロ小説の愛読者だったなんてね(^.^)。」
それならカヲルがゲンドウの全作品を読破したというのもうなずける。
「これはこれは・・・・・。まさかキール会長に拙作を呼んでいただいていたなんて・・・・・光栄の至りですな。」
日頃にもない茶化すような口調で皮肉たっぷりに言うゲンドウ。
「べ、別に好きこのんで入手したわけではないぞ。出版社の方から勝手に送ってくるから・・・・・・・・・・。」
「でも、ホントにいやだったら捨てるか売るかすればいいよねえ(^o^)。」
全く容赦のないカヲルのセリフにキールはぐうの音も出なかった。
「(__;)・・・・・・・・・そろそろ行かなければ。会議の時間が迫っている。私は貴様とは違って忙しい体なのだ。」
いくら勿体つけて偉そうに言ったところで、時すでに遅しの感は否めない。
「あ、そう。じゃあ、僕、まだここに居ていいんだね。」
ゲンドウの隣でにっこりと微笑むカヲル。
「・・・・・今日のところは止むをえん。だが、いつまでもお前のワガママが通ると思ったら大間違いだからな。」
「そんなに怒らないでよ。一生戻らないわけじゃないんだからさあ。」
さっきも聞かされたこのセリフが、どうもゲンドウの心に引っ掛かる。とすると、カヲルの自分に対する気持ちは、やはり一時的な好奇心なり物珍しさなりに引き摺られたものに過ぎないのだろうか。
「碇ゲンドウ。これで済んだと思うなよ。私に盾突いたらどうなるか、思い知らせてくれるわ。」
こんな捨てゼリフを残すと、キールはそそくさと待たせてあった専用車に乗り込んで、碇家をあとにした。
「見直したよ、父さん。てっきりカヲル君をキール会長に渡しちゃうかと思ったよ。」
手放しでゲンドウに賞賛の言葉を送るシンジ。久々に息子に父の威厳を示せて、ゲンドウもまんざらでもなさそうに口元をほころばす。
「ふふふふ・・・・・・・・。やっぱり碇先生は心の底では僕のことを愛してくれていたんだね。今日、よ〜くわかったよ(#^.^#)。」
カヲルもすっかりご満悦でゲンドウの腕に自分のそれを絡めて、うっとりと寄り添っている。
「・・・・・・・・・いい加減に離れろ・・・・・・・(ーー;;)。」
「え〜っ!?どうしてさ。シンジ君が見てるから?だったら、早速寝室へ行って二人きりでさあ・・・・・。」
カヲルの独り善がりな誘いの言葉など相手にせず、ゲンドウは力任せにその腕を振りほどいた。
「そういう態度はよせ。私はキールとは違うぞ。」
あまりの馴れ馴れしい態度に、つい口をついて出てしまったセリフだったが、ゲンドウはすぐに後悔した。カヲルとて何も好きこのんでキールの愛人になったわけではなかろう。まだ幼いときに養子として引き取られたと話していたではないか。育ての親の無謀な要求を拒みきれなかったのかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
改めてカヲルの顔をまじまじと見つめるゲンドウ。その眼差しが意味することをカヲルは敏感に察した。ふとシンジの方を見ると彼もまた気遣かうような眼差しでカヲルを見詰めているではないか。カヲルは大きくふうっとため息をついた。
「ねえ、どうしてそんな目で僕を見るのさ。君たち何か勘違いしてないかい?」
「・・・・・勘違いって何だよ、カヲル君・・・・・。」
「だから、僕が泣く泣くキールの愛人にならざるを得なかったとか、キールの元では籠の鳥のような生活を強いられて、夜な夜な凌辱されているとか、いつも明るく振舞っているけど、ホントは可哀想な子なんだとかそんな風に勝手に想像してないかい?」
あまりにも図星だったので、ゲンドウもシンジも一言も返せなかった。
「全然そんなんじゃないからね。僕とキールは対等なんだよ。今の様子を見ていたってわかるだろ?キールの方が僕にベタぼれなんだから。キールは僕の言うことなら何でも聞いてくれるし、どんなものでも買ってくれるよ。こんな風なお遊びも許してくれるしね。」
カヲルはあっけらかんとしたものだ。今の境遇を恥じる様子もなければ、自分を嫌悪している様子もない。利用できるものは最大限に利用して、世の中上手に渡って行こうとしている。呆れるくらいしたたかで逞しい子だとゲンドウは思う。しかし、その完全無欠の強さになぜかいじらしさを通り越して、痛々しささえ感じてしまうのはどうしてなのだろうか。
キール・ローレンツが今日の地位を築いた大きな一因として、誰もが真っ先に挙げるのは、打つ手の早さ、行動の迅速さだ。事実、状況を的確に見極めた上で、やるべきことを決断してからの彼の行動は常に驚くほど早かった。そして、今回もまた彼の長所は遺憾なく発揮されたと言えよう。おそらくゲンドウにとっては最悪の形で・・・・・・・・・・。
「あ、電話だ。何だろう、こんな時間に。」
すでに時計は夜の11時を回っている。たたみかけた洗濯物を座布団の上に置き、受話器を取るシンジ。今朝の嵐をやり過ごし、また3人のそれなりに刺激的な日常生活が戻ってきたかのように見えた。
「父さん、電話だよ。冬月編集長から。」
「うむ、今出る。」
親友の冬月からの電話だ。単行本の進行具合のチェックだろうか。次回の企画の打ち合わせだろうか。それとも・・・・・。いそいそと受話器を取るゲンドウ。ところが・・・・・・・・・。
「おお、冬月か。今ごろ何の用だ?・・・・・・!!!!!な、何だと!?それは一体どういうことなんだ!!」
晩酌でほろ酔い加減のゲンドウの耳に入ってきたのは無情の”連載打ち切り”の宣告だった。
TO BE CONTINUED
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