*ふるーつ・おポンチ〜1*



決戦の日である。そう、2月14日は聖バレンタインデー。女のコからチョコレートと共に愛のコトバが貰える日。最近の女性はやたら積極的なので、こんなイベントの力を借りる必要などない気もするが、一方で合法的なきっかけに背中を後押しされることで、初めて勇気を出せる層も確実に存在する。そして、待つ方もまた複雑な気持ちで一日を過ごすこととなる。
お目当てのコの本命チョコをGETできるか?もし、どうでもいいコから熱い告白を受けてしまったらどうするのか?それどころか誰からも義理チョコひとつ貰えなかったら・・・・・各人さまざまな思いが交錯する中、第三新東京市立第一中学校の一日は終わろうとしていた。
(・・・・・バレンタインデーと言ったって、チョコが貰えなければフツーの日と同じだよ。)
ざわつく放課後の教室で、シンジはぼんやりとそんなことを考えている。
例年どおり静かに2月14日は過ぎていった。別に何かを期待していたわけではない。が、やはり一抹の淋しさは禁じえなかった。今日の戦利品は、クラスメートのアスカ、レイ、ヒカリから連名で送られた義理チョコ一個のみ。三人で一個いうのがまた泣けてくる。
(義理でもいいからさ・・・・・せめて一人一個ずつにして欲しいよな。三分の一人前かい、僕は。)
くれただけでも感謝すべきなのに、図々しく恨み言をほざくシンジ。その肩を後ろから軽く叩く白い手。
「シンジ君、一緒に帰ろう。」
「・・・・・カヲル君。」
そこにはレイの従兄妹、渚カヲルの人懐っこい笑顔があった。



「カヲル君は今日大変だったんじゃない?」
紅い瞳と白銀の髪。そのパーツだけで十分に目立つカヲルだが、その上、その全てが美しく整っているのだ。女のコに憧れるなという方がムリであろう。
「うん、いっぱいチョコレート貰ったよ。持ちきれないから宅急便で送ってもらったんだ。もう、嬉しくて。これから毎日ひとつずつ食べるんだ。」
喜色満面とはこのことを言うのだろう。でも、シンジは知っている。カヲルは女のコにチョコを貰ったことが嬉しいのではなくて、チョコレートが一杯手に入ったこと自体が嬉しくてたまらないということを。だから、いくら喜んでいてもちっともイヤミではなかった。もっとも、当の女のコたちにしてみれば酷い話だが。
「シンジ君は?シンジ君は誰かからチョコ貰ったのかい?」
思い出したように聞くカヲル。
「まさか。僕はカヲル君みたいにもてないからね。」
苦笑して答えるシンジを見てカヲルはさっきよりさらに嬉しげに笑った。
「良かったあ!!みんな見る目がなくて。」
「カヲル君、良かったって・・・・・そんな露骨に喜ばなくても(^^;)。」
「だって、シンジ君に悪い虫がついたら困るもの。僕、安心して卒業できないよ。」
シンジより一級上のカヲルはもうすぐ卒業だった。既に某私大の付属高校に進学が決まっている。
「シンジ君を残して卒業するなんて絶えられないよ。こないだの期末試験、全部白紙で出そうかと思っちゃった。」
「・・・・・・・そういうことはやめといた方がいいと思うよ(^^;)。」
「でも、心配なんだ。シンジ君を一人にしておくのは。」
(それは僕のセリフだよ、カヲル君。君を野放し・・・・・いやいや一人にするのは危険すぎる・・・・・。なにしろ君はストロベリーパフェ一つで誘拐されかねないようなヤツだからね。)
早くに両親を亡くし、大会社を経営する伯父のもとで何不自由なく育ったカヲルは良くいえばのびのびと天真爛漫な、悪くいえばワガママで野放図な少年だった。学友たちは多分前者の面しか知らないだろう。だが、シンジは後者の面をイヤというほど味わわされてきていた。




初めてレイにカヲルを紹介された時は、自分にとって雲の上の人とお近づきになれた気分だった。事実、校内で渚カヲルを知らない者はいなかった。あの美貌、明るくておおらかで人当たりの良い性格、裕福な家庭、傍から見る分にはカヲルは何でも持っているように思えた。しかし、実際親しく付き合うようになって、シンジはその認識が全く誤っていたことを悟った。明るいのは能天気で、おおらかなのはいい加減で、人当たりの良いのは要領がいいだけだった。いつも女のコたちがカヲルを褒める時に使うフレーズ「俗世から超然としている」に至っては、単に一般常識が欠落しているだけということを思い知らされた。本人に悪気がないだけに余計始末に負えない。カヲルが何かしでかした時、いつもその尻拭いをさせられるのはシンジなのだ。かつてはレイがその役を担当していたに違いないのだが、彼女は既に仕事の引継ぎを済ませたかのようにそしらぬ顔をしている。もちろん、シンジだってそれに甘んじていたわけではない。カヲルに待ち合わせを3回すっぽかされた時、とうとうキレて彼の家に怒鳴り込んだこともあった。いままでの鬱憤を晴らすかのように、たまっていた不平不満を全てぶちまけた。もう、絶交覚悟だった。いままで聞いたこともないような罵詈雑言を浴びせられたカヲルは顔面蒼白、ぶんむくれて部屋に閉じ篭ってしまい、完全に二人は決裂したかのように思われた。ところがなんと翌日、カヲルのほうからあっさり謝罪してきたのである。シンジが半ばヤケクソでとった行動がかえってカヲルの心を捕らえてしまったらしく、それ以来カヲルはシンジの側を離れようとはしない。「僕にホントのことを言ってくれるのは、君とレイだけだよ。」いつもカヲルはそういって微笑む。男同士これだけベタベタしていればヘンな噂のひとつやふたつ立ってもよさそうなものだが、あまりにも二人が(正確にはカヲルが)堂々としているため、むしろ笑い話で済まされていた。



「そーだ、シンジ君にもあげるよ。一緒に食べよう、チョコレート。」
カヲルがズボンの左ポケットから銀紙に包まれたキスチョコを出した。宅急便を手配する前に確保しておいたものらしい。
「カヲル君、それは君が誰かに貰ったものなんだろう。あげた女のコの気持ちを考えたら、僕が食べるなんてできないよ。」
「いいんだよ。もう僕の所有物なんだから、どういう食べ方をしようが僕の勝手さ。」
相変わらず自己中な理屈を胸を張って言うカヲル。
「・・・・・カヲル君、そういうものじゃないんだよ。もし、君が誰か好きな人に心を込めてプレゼントしたものを他人に回されたらどう思う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悲しいな。」
「そうだろ。だったら、もうこれを僕にあげるなんて言ってはいけないよ。」
「うん、わかったよ。」
こういう素直なところはカヲルの美点だとシンジは思っている。確かに世間の認識とは遥かにかけ離れているが、カヲルにはいいところもたくさんあるのだ。そうでなければ、いままで付き合ってはいないだろう。ただし、彼が自分より一級上だということは、シンジの心の中ではすでに忘れ去られているが。





運動部の生徒たちの活発な掛け声の間をすり抜けて、二人が校門を出ようとした時だ。
「シンジくーーーーーーん!!」
シンジには聞き覚えのある、カヲルには耳慣れない少女の声が近づいてきた。
「シンジ君、待ってえ!!」
彼女は二人の前に回り込んで、シンジの真正面に立った。栗色のショートヘア、小動物のような悪戯っぽい瞳。快活な感じの美少女だ。カヲルはいっぺんに不愉快になった。
「これ・・・・・受けとって。」
彼女がシンジに差し出した包みを見て、カヲルはさらに不愉快になった。この気合の入ったラッピング、大きさ、一目で分かる本命チョコだ。
「ゴメンね。もっと早く渡そうと思ったんだけど、教室ではちょっと恥ずかしくて・・・・・・・。」
おまけに当のシンジがまんざらでもない顔をしているではないか。カヲルの腹立ちは頂点に達した。
「シンジ君、こいつ誰?」
露骨に刺々しい口調で尋ねる。初対面の女のコに「こいつ」呼ばわり、すっかり地が出ていた。
「カ、カヲル君。彼女はクラスメートの霧島マナさんだよ。」
苦笑して答えるシンジ。しかし、カヲルの記憶の中に彼女の姿はない。
「・・・・・こんな女、君のクラスにいたっけ?修学旅行の写真、見せてもらったけど見覚えないよ。」
「そりゃあそうだよ。霧島さんは先月転校してきたばかりなんだから。」
(・・・・・・・たかだか一ヶ月かそこらしかいないくせして、僕のシンジ君に本命チョコを持ってくるなんてこの女、どういう神経してるんだ?)
カヲルの内心の苛立ちを見ぬくかのようにマナが声をかけてきた。
「始めまして、霧島マナです。あなたが渚先輩ね。いつもシンジ君に付き纏って、彼を困らせてるって聞いてます。」
「!!!!!」
火に油を注ぐようなこのセリフ。マナも始めから戦闘体制だった。
「・・・・・霧島さんだっけ。誰に聞いたか知らないけどそれは全然違うよ。シンジ君はね、僕に困らされるのが嬉しいんだよ。僕のために心を砕いて、僕の世話を焼くことこそシンジ君の生きがいなんだよ。」
それは違うよ、カヲル君・・・・・とシンジは訴えたかったが、今この場で何を言ってもおそらくムダだろう。
「それは先輩が勝手に思い込んでるだけじゃないですかあ?シンジ君はすっごく迷惑してるんですよ。」
「君こそ推測でものを言うのはやめてくれないか。シンジ君がいつ迷惑なんて言ったんだい?」
「シンジ君は優しいから・・・・・先輩を傷つけまいとしてホントのことが言えないだけなんです。ねえ、そうでしょ?シンジ君。」
最も振って欲しくないところで話を振られてしまった。静かに終わるはずだったバレンタインデーが、今予想外の盛り上がりを見せている。しかし、こんな盛り上がり方だったら何事もないほうがよっぽどマシ・・・・・そう思わずにはいられないシンジであった。



TO BE CONTINUED


 

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