シンジ君、眠くなっちゃった。

*ふるーつ・おポンチ～2*

「迷惑なんかじゃないよねえ、シンジ君。」
マナに続いてカヲルにも返事を促されてしまった。ここで沈黙を守るわけにも行くまい。しかし、どう切り返したものか。シンジのホンネとしては、カヲルの振るまいを決して迷惑と思ったことはない。・・・・・・・・ないのだが、もう少し何とかならないものかとは常日頃考えている。このあたりの微妙なニュアンスをどう表現したらいいのだろう。しかも、ここで発言したことで、二人を怒らせたり、傷つけたりするのも避けたい。要するに辺り障りなくこの場を収めたかった。だが、うまいコトバが思いつかない。シンジはそんな要領のいい少年ではないのだ。結果的には、沈黙してるのと全く同じことになってしまった。
「シンジ君、どうして黙ってるんだい？」
「早く、渚先輩に真実をはっきり言うべきだわ。」
二人のキビシイ催促を受け、ますます追い詰められるシンジ。
（ど、どう言ったらカヲル君も霧島さんも納得してくれるんだろう・・・・・。）
焦れば焦るほど単語一つ浮かばない。こんなに内心では葛藤しているのに、目の前の二人にはただ冷たく高みの見物をしていると思われるのもつらかった。
「だいたい、こんなものシンジ君に渡したってムダだよ。」
カヲルの攻撃対象がマナに移った。
「シンジ君の将来はもう決まってるんだから。」
もちろんマナも負けてはいない。
「決まってるって、どう決まってるの？シンジ君はまだ中２なのよ。」
「シンジ君はね、来年僕と同じ○○大付属高校へ入学して、そのまま○○大経済学部に進んで、コネで伯父さんのゼーレ商事に就職して、僕と結婚することに決定してるんだもん。」
（・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カヲル君、人の進学先や就職先まで勝手に決めるのは止めてくれ・・・・・・・・。しかも、結婚ってさあ・・・・・・・・・・・。）
シンジの心の叫びを全く無視して二人のやり取りは続く。

「渚先輩、あいにくね。男同士で結婚はできないわよ。」
勝ち誇ったようにマナが言った。しかし、その程度のことで怯むカヲルではない。
「法律は時代と共に変わるんだよ。僕たちが成人するころには、きっと男同士でも結婚できるようになってるに違いないさ。結婚式はどこでやろうかな？お色直しは何回くらいがいいかな？あ、そーだゴンドラにも乗ってみたいなあ。」
うれしそうにはしゃぐカヲルを見て、さすがのマナもちょっとあきれ顔だ。
「でもまずは○○高校進学だよね。大丈夫、シンジ君は僕と違って成績いいから楽勝楽勝。僕が落第すれば、シンジ君と同じクラスになるチャンスもあるし。」
「カヲル君、入学前から落第の話をするなんて。」
とうとう堪りかねてシンジが口を挟んだ。
「だって、ここ元々僕にはムリめのとこだったし。合格した時、誰もがビックリしてたもん。」
「それはカヲル君が頑張ったからだよ。」
「そーかなー？でも、寄付金で入ったとか裏金を積んだとかいろいろ言われてたじゃないか。」
確かに一時そういう心無い噂が飛んだこともあった。
「ふふふ・・・・・上手いコト言うよねえ。僕もてっきりそうじゃないかと思って伯父さんに聞いてみたんだけど、怒られちゃった。」
しかし、本人がこんな風だから噂はあっという間に消えうせた。
「みんなとっても喜んでくれて嬉しかったなあ。いつもバカだバカだと思ってたけど肝心なときはツイているとか、カヲルは運だけで生きているなんて、いっぱい褒められちゃったし。」
「・・・ホントにそれ褒めコトバだと思ってるの・・・？（ーー；）」
「えっ、もしかして違うのかい？」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
もはや突っ込む気力もなかった。

「ちょっとぉ、話をすり替えないでよ。」
おぽんち話から取り残されたマナが、膨れっ面で会話に割り込む。
「シンジ君の考えを聞くんだったんでしょ。」
「聞くまでもないよ、そんなの。僕とシンジ君は運命のアンビリカルケーブルでがっちりと結ばれているんだから。君なんかが割り込むスキは0.0001㎜だってないね。」
「渚先輩の意見なんて聞いてないもん。」
また、元の状態に戻ってしまった。もう、逃れる術はない。覚悟を決めて、シンジはゆっくりと口を開いた。
「カヲル君、僕は君のことを迷惑なんて思ったことは一度だってないよ。」
カヲルの口元がほころぶ。マナにはありありと落胆の色が見えた。
「でも、僕の将来は僕自身が決めるから。コネなんかで就職しようとは考えてないし、ましてや結婚なんてまだまだ遥か先のことだよ。」
「シンジ君、偉い！！」
にっこりと微笑むマナ。魅力的な笑顔にシンジは我知らず見惚れた。
「やっぱり、男の人はこうじゃなきゃね。自分の道は自分で切り開く・・・・・カッコイイなあ。じゃあ、これ受けとってくれるよね。」
差し出された包みにシンジが手を伸ばした瞬間、ぴしゃりとその手が叩かれた。叩いたのはもちろんカヲルだ。
「シンジ君、こんな女からチョコレートが欲しいのかい。君はチョコさえ貰えれば、誰でもいいんだね。」
このセリフをカヲルからだけは言われたくなかった。
（チョコさえ貰えればいいのは、君の方だろう・・・・・・。さっきあんなに喜色満面で浮かれていたのはどこの誰だよ。）
「ジャマしないで欲しいな、渚先輩。」
「お邪魔虫なのは君の方だよ。」
またもや険悪な雰囲気の二人。この事態を収束することが出来るのはシンジしかいない。シンジからすれば、せっかく自分のために持って来てくれたマナのチョコレートを拒絶する理由は全くなかった。

「霧島さん、ありがとう。」
「シンジ君」
カヲルがいっぺんにぶーたれ顔になった。
「待ってよ、シンジ君。チョコなら僕がなんでも好きなのをあげるから、こいつのなんか受け取っちゃイヤだ。」
「カヲル君、無茶言わないで。だいたいカヲル君の分は、もう宅急便で送っちゃったんだろう。」
「このキスチョコがあるもん。」
「だめだよ。だいたいさっき言ったじゃないか。カヲル君が貰ったものを他人に回したりしちゃいけないって。」
「でも・・・・・・・・でも・・・・・・・。」
駄々をこねるカヲルの尖らせた口元が妙にカワイらしい。
「渚先輩ってコドモみたい。」
後ろでマナがくすくす笑っている。
「だけど、もうシンジ君はお礼のコトバまで言ってくれたんだものね。先輩が今さらどう抵抗してもムダよ。じゃ、ハイこれ。」
しかし、これで引き下がるカヲルではなかった。
「そのまま回さなきゃいいんだよね！！」
そういうやいなやポケットから出したキスチョコを口の中に投げ入れた。そして・・・・・。
「えっ・・・・・・ウ、ウソォ・・・・・・！？。」
なんと、カヲルはいきなりシンジに抱きついて唇を重ね・・・・・・つまりＫＩＳＳしてきたではないか。ちなみにここは校門前。呆然とするシンジの口の中に甘ったるい塊がコロンと放り込まれた。
（・・・・・・・どうしてこんなコトになるんだろうなあ・・・・・・。カヲル君・・・・・・頼むからもう少しモノを考えて行動してくれ・・・・・・。ホントに君を野放しには出来ないよ・・・・・・。）
頭の中でつらつらとこんなことを思い巡らしている間に、カヲルの唇が離れた。さすがに頬を上気させている。他の生徒たちはこの異常事態に気づいていたのかどうか。
「・・・・・・・・どうだった？美味しかった？」
少しはにかみながら、笑顔で尋ねるカヲル。
「実は僕、これがファーストキスだったんだ。良かった、相手がシンジ君で。」
「・・・・・・そ、そう・・・・・・。」
ここで言うべきコトバが見つからない。気の抜けた相槌で誤魔化すしかなかった。
「とうとう僕たちもＡの間柄になったんだね。これであとはＢ、Ｃと一直線さ。早く法律が改成されるといいねー。あ、でも僕、内縁カンケーでも全然かまわないよ。」
（だから、さっき言ったのに・・・・・・人の将来、勝手に決めるなって・・・・・。君はいつもそうさ。自分に都合の悪いコトはすぐに忘れるんだから・・・・・・。）
「シンジ君ももちろんファーストキスだよね？えへへ・・・・・バレンタインの日に初キッスなんていい思い出になるよ、きっと。」
仔犬のようにシンジにじゃれつくカヲル。もはやマナのことなんて全く眼中にない。ところが、次のシンジの一言で突然、地獄の釜の中に叩き落されるのだった。
「・・・・・悪いけど、僕ファーストキスは幼稚園の時にもう済んでるよ。」
「・・・・・・・・・そ、そんな・・・・・・・・・。」
カヲルの笑顔が一瞬にして消え失せる。握っていたキスチョコの残りが二つ三つ校庭にこぼれて、思い思いの方向に転がって行った。
「聞いた？渚先輩。」
いままであっけに取られて二人を見ているしかなかったマナだったが、
みすみすこの機会を逃がすはずがない。一気に攻勢に出る。
「シンジ君はもうキス経験済みなんだって。最初じゃなければ、２番目でも１０００番めでも同じよねえ。」
「・・・・・・・ひどいや、シンジ君。僕の気持ちを裏切ったんだね・・・・・・。」
よほどショックだったのだろう。言い終わるやいなやカヲルは二人を残して、校門から外へ駈け去っていってしまった。
「あっ！！カヲル君！！！」
間髪入れずにカヲルを追いかけるシンジ。
「シンジ君！待ってよ、ねえ。まだこれ渡してないのに！！」
マナの必死の呼びかけにもシンジは振り向きもしない。
「もう！！いったいどーなってるのよう・・・・・・。」
残されたマナは大きなチョコの包みを抱えながら、ただただ立ち尽くすしかなかった。

「・・・・・・・・カヲル君、どこかな？」
本気で競争したら、カヲルにはとても敵わない。「１００メートル１１秒で走れるよ。」と本人もいつも豪語している。
「カヲル君は行動半径が広いからなあ。」
要するにいつも道草をしてるということだ。学校帰りなのに家とは反対方向の河原や公園でぼんやりしているカヲルの姿を何度となく見かけたことがあった。
「あ・・・・・・・・。」
どうやらそこまで行く必要はなかったらしい。コンビニの電話ボックスの前で、銀髪のうしろ頭が揺れていた。
（まさか・・・・・・泣いてたりしてないだろうな・・・・・・。）
余計な心配をしつつ、後ろから恐る恐る声をかけてみる。
「カヲル君。」
くるんと振りかえったカヲルはもちろん泣いてなどいなかった。それどころかニッコニコでシンジを迎える。
「やっぱり、僕のほうを追いかけて来てくれたんだね。トーゼンだよね。僕たちは運命の相手なんだから。」
「・・・・・・カヲル君。」
「僕、別にシンジ君がいままで何人とキスしてようが何人とヤッていようが全然気にしないよ。これから未来永劫僕一人だけを愛してくれればいいんだもん。過去のことなんてどーでもいいよ。」
（いつもながら全くしょーがないなあ・・・・・・・・・・・。）
苦笑するシンジ。でも、決して不愉快な気分ではなかった。実を言うと、こんな風にカヲルの後を追いかけて世話を焼くのは、結構楽しかったりするのだ。それはきっとカヲルのことが好きなんだろうと思う。でも、現時点では、カヲルいうところの”好き”とは残念ながらズレているようだが。

「さっ、邪魔者は追っ払ったし、帰ろう。」
結局、マナにチョコレートを渡すことさえさせなかったのだから、カヲル完勝である。
「そーだ。今、角のラーメン屋さんで特盛りラーメン３０分以内で食べると１０，０００円貰えるんだってー。行こう、行こう！！」
「カヲル君、あのラーメン見たけどさ、確かどんぶりの大きさ洗面器くらいあったよ・・・・・・・・。」
「僕、バケツくらいあっても楽勝で食べぬく自信あるけど。１０，０００円あれば、今度一緒に出かけるとき美味しいものたくさん食べられるしさ。」
「せめていったん家に帰ってからにしようよ、ねっ。」
なんとかなだめようとするシンジの手をカヲルはぎゅっと掴んで、強引に引っ張った。
「ヤダ。もう、お腹空いちゃったよ。今食べたい！即食べたい！！」
言い終わらないうちに、ラーメン屋に向かって早足で歩き出す。ただ、引きずられるだけのシンジ。
（今、自分で帰ろうって言ってたくせに・・・・・・・・・・。）
シンジ、１４歳のバレンタインデーはこうしてラーメン屋を終焉の地として過ぎて行くのであった。

TO BE CONTINUED

back