えっへん、僕って頭いいでしょ。

*ふるーつ・おポンチ～4*

駅前の商店街を抜け、十字路を左へ曲がり、緩い坂道をとろとろ登っていくとカヲルの家にたどり着く。カヲルはここで伯父のキールと数人の使用人に囲まれて暮らしているのだ。といってもトップクラスの商社経営者の住居としては、それほど華美とも思えない。落ち着いた渋いレンガ造りの建物は品のよさをたたえており、シンジも訪れるたびに好感を持って眺めていた。
「さーて、今日は起きてるかな？カヲル君。」
今日はカヲルと一緒に映画を見に行くのだ。それだったらわざわざカヲルの家になど行かずに、最寄りの場所で待ち合わせでもすれば良さそうなものだが、カヲルとの間に待ち合わせなど成立しないのは今までの経験でさんざん思い知らされている。ゆえにカヲルと外出するときは必ずこうしてシンジがお迎えにはせ参じるのであった。

「こんにちは、伯父さん。カヲル君は？」
大企業の社長だけあっていつも多忙なキールだが、今日はめずらしく在宅していた。
「おお、シンジ君、いつも済まないね。カヲルはまだ寝てるようだが。」
やっぱりね、とシンジは内心ため息を漏らした。彼がカヲルを誘いに行くようになってから、ただの一度だってカヲルが玄関で出迎えてくれたことなどない。もっともちゃんと起きて待っていてくれるくらいなら、わざわざこんなことをする必要もないのだが。
「そうですか。」
「悪いが、起こしてやってくれないか。」
「・・・・・・・・はあ・・・・・・・。」
いつも通りの展開に気の抜けた返事で対応するのがやっとのシンジ。
（だいたいキールさんだってお手伝いさんだっているのに、どうして今の今までカヲル君を寝かせておくのかなあ。）
まるでカヲルのことは全面的にシンジに委ねているかのような雰囲気に、シンジの心は強烈な圧迫感に襲われた。この間のレイとのやり取りが鮮やかに頭によみがえる。どうも、シンジにはカヲルの関係者が彼をシンジに押し付けたがっていると感じられてならないのだ。一言でいうと”厄介払い”だろうか。
（いや、憶測でものをとらえるなんて良くないことだ。実際聞いたわけでもないのに。）
だからこそシンジは、もし今日伯父キールが家にいるようなら、その辺りについて具体的に尋ねてみようと考えていた。そしておあつらえ向きにキールは在宅していた。・・・・・・・・それなのにシンジはどうしてもその話題に触れることができなかった。可能性を事実にしたくはなかったのだ。そう、本当はいままでの経緯を振り返れば、カヲル一族の目論見など聞かずとも全て丸分かりである。しかし、たとえ現実逃避と言われようと、決定的な宣告を聞くのだけはもう少し先に延ばしたかった。

もうすっかり見慣れたカヲルの部屋のドア。”只今カヲルちゃんはおやすみ中”のプレートが掛かっているのもいつも通りだった。
「カヲル君。」
ノックもせずに扉を開くシンジ。カヲルはぐっすり眠っていた。かなり寝相が悪い。布団は半分以上はだけ、上半身が完全に出てしまっている。大きめ・・・・・というより、ぶかぶかの木綿のパジャマもちょっとたくし上げられた感じになってお腹がちらりとのぞいていた。
（あーあ、しょうがないなあ。昨日、今日と暖かかったからいいようなものの。）
やたらシアワセそうな顔をしてるカヲルの半開きの口元によだれが光っている。これも幾度となくお目にかかった光景だった。
（また、美味しいものを食べてる夢でも見てるのかな？）
微笑するシンジの耳にカヲルの寝言が聞こえてきた。
「・・・・・・うーん・・・・・・もう食べられないよう・・・・・・・・。」
かなり驚かされた。
（カヲル君でも食べられないなんてことがあるのか！？）
このことである。実際カヲルと付き合い始めてからというもの、その食欲に驚愕させられることばかりだった。「お腹空いた。」のセリフは数え切れないほど聞かされたが、「お腹一杯。」という言葉を未だかつて聞いたことがなかったのだ。でも、これ以上カヲルの寝姿を見ているわけにもいかない。映画の上映時間まであと１時間を切っている。ちなみに今日見に行くのはカヲルのたっての希望により「ポケットモンスター～ミュウツーの逆襲」だった。
「カヲル君、カヲル君。」
カヲルの肩に手をかけて、軽く揺するシンジ。でも、カヲルは一向に目を覚ます気配がない。まさによく食べてよく眠るを日々実践しているカヲルであった。
（仕方ないなあ･･･････。）
このままじゃ埒があかないと悟ったシンジは、カヲルの鼻をむにゅっとつまんでみた。苦しげに口をパクパクさせるカヲルの様子が縁日で買った金魚にも似て、思わず吹き出してしまうシンジ。
「・・・・・ぷっ・・・・・・・。」
それに呼応するようにカヲルの目がぱっちり開いたので、あわててシンジはカヲルの鼻から右手を引っ込めた。
「・・・・・・・・シンジ君・・・・・・？」
焦点のあっていない眼差しでとろーんとシンジを見つめるカヲル。
「やっと起きたね、カヲル君。今日はあんなに楽しみにしていたポケモンの映画に行くんだろう。早く仕度しないと始まっちゃうよ。」
そこまで言われて、ようやくカヲルも状況を把握したらしい。もぞもぞとベットから出てきた。髪はボサボサ、よだれの付いた顔にだらしなく着崩れたパジャマ。とてもこの春から高校に進学する少年とは思えない。シンジも内心苦笑していた。
「映画、何時からだっけ？」
「10時20分の回の整理券を貰ってあるよ。」
なにしろ日本中で大人気のポケモンである。映画もあらかじめ整理券を入手して行かないと座席の確保は不可能だった。だから、シンジは今日6時起きして一旦映画館で並び、整理券を貰ってきたのである。
「あ、もう50分くらいしかないや。早く準備して行かなきゃ。テレカや絵葉書を買うんだもん。」
映画館では劇場限定のグッズを販売している。映画のみならず、それもカヲルの大きな目的のひとつだった。特に同時上映の「ピカチュウのはるやすみ」のテレカの図柄がお気に入りらしく、ぜひゲットしようと張り切っていた。そのわりには目一杯お寝坊さんなのであるが。

ようやくカヲルの身支度が済み、二人は映画館に向かって出発した。
「シンジ君、早く早くう。」
グッズのことが気になって、どんどん早足になっていくカヲルに取り残されつつ、シンジは内心不愉快になっていた。
（ギリギリまで寝てたくせしてこれだよ。そんなにグッズが欲しいんだったら、人任せにしないで自分で整理券を取りに行けばいいのに。だいたい8時からの回というのもあるんだよ。）
ホントに目当てのグッズを手に入れたければ、初回に入るのが筋だろう、とシンジは考える。自分だったら絶対そうするはずだ。
「シンジ君、元気ないね？どうしたんだい。この間の小テスト、できなかったの？」
どことなく浮かない顔をしているシンジにカヲルが立ち止まって声をかけてきた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
確かに先日の小テストの出来映えは散々だった。しかし、それは氷山の一角に過ぎない。シンジの黄昏る理由はもっと根本的なところにあるのだ。カヲルとの友人関係のあり方、カヲルたちが勝手に決めているに違いない”碇シンジの人生ルート”からなんとか上手く逃れる方法等々。だけど、これをカヲルに語ったところで何の解決にもならないのは分かりきっているから、自分からあえて言おうとは思わない。最近、極力人生のムダを避けるように勤めるシンジであった。
「へーき、へーき。小テストのひとつくらいどってことないよ。僕なんていっつも赤点ばっかりだけど全然気にしないよ。こんなに元気♪」
「・・・・・・・・ちょっとは気にしたほうがいいと思うよ。高校に行ったら、勉強ももっと難しくなるし。あ、そうそうちゃんとノートは取らなきゃだめだよ。」
どうして自分より年上のカヲルにこんなことを注意しなければならないのかと思うと少し情けない気分になってくる。
（今日の映画だってさあ・・・・・・・・ポケモンはないだろうよ。イヤだなあ。子供に混じってあんなもん見るの。知ってる人に会わない事を祈るよ。）
客観的に見れば14歳はまだまだ立派な子供だろうが、そこはちょっと背伸びをしたいお年頃。早熟な友人のファッションや考え方や体験がひどくカッコいいものに感じられる今日この頃、シンジもいっぱしの大人気取りで世の中に接していた。それがよりによってポケモンの映画である。もちろんカヲルの提案を聞いたとき、シンジはあの手この手でなんとか阻止しようと試みた。でも、しょせんカヲルのおぽんちパワーに敵うはずがなかった。
「え～、ノート取るのめんどくさいよ。どうせあとでコピー貰えるし。」
「高校の勉強はそれじゃ通用しないよ。しっかりノートを取って、予習復習もして・・・・・・・・。」
「そんなのイヤだ～。僕、勉強キライだもん。そんなんだったらもう高校行くのやめようかな～？」
相変わらず短絡的な思考のカヲルに沈黙で応ずるしかないシンジ。
そうこうしているうちに映画館が見えてきた。前売り券を出して、中に入る二人。
「シンジ君、僕グッズ買って来るから席取っといて。」
この言葉が終わらないうちに売店へダッシュするカヲルの後ろ姿をシンジはもはや保護者のような気分で見つめていた。

「すいませーん。絵葉書セットとレターセットとピカチュウのシャーペンとシールとテレカ3種類くださーい。」
元気一杯に言うカヲルだったが・・・・・・・・。
「あー、ごめんなさいね。”ピカチュウのはるやすみ”のテレカだけたった今売り切れになっちゃったのよ。」
「え～～～～！！そんなあ～。これが一番欲しかったのにい～。」
あまりのことに愕然とするカヲル。しかもタッチの差で買い損ねたらしい。
要するに自分がもう少し早起きしていればよかったということなのだが、スーパー自己中のカヲルにそんな正論が通用するわけがない。
「ど、どんな人が買って行ったの？」
こんな事聞いてどうするつもりなのだろう。買店のお姉さんもちょっと困ったように笑っている。
「キミと同じくらいのカワイイ女のコだったわよ。」
「・・・・・・・ふうん・・・・・・・・。ねえ、また入荷しないの、そのテレカ。」
「残念だけど限定版だからこれっきりだと思うわ。」
「そ、そう・・・・・・・・・・。」
カヲルはがっくりと肩を落とした。
（ヒドイや、神様。僕、こんなにいいコなのに、どーして意地悪するんだよ。ピカチュウのテレカ、ホントにホントに欲しかったのに～・TT。）
でも、いくらここでごねていたって、もはやテレカは手に入らない。カヲルはしぶしぶ他の購入グッズを受け取った。
「えーと、あとポテトチップとポッキーとクラッカー下さい。」
これほどショックを受けていてもお菓子を買うことだけはしっかり忘れないカヲル。この記憶力をもっと別のところに・・・・・・いや、言うまい。

「こっちだよ、カヲル君！！」
両手一杯に収穫物を抱えて戻ってきたカヲルに気づいて、シンジは大きく手招きした。
「たくさん買い物したんだね。とりあえずここに置けばいいよ。」
たまたま二人の席の左隣が開いていたので、シンジはカヲルから受け取った荷物をその上に乗せた。もし誰か来たらもちろん撤去するつもりだったが、カヲルの荷物の整理が済むまででも暫定的に置かせてもらおうと思ったのだ。
「でもね、一番楽しみにしていた”ピカチュウのはるやすみ”のテレカがなかったんだよ～。それもほんの一瞬の差で買われちゃったみたいなんだ。えーん、あんまりだよう。」
「そ、それは残念だったね。」
「僕、どーしてもあきらめられないよ。こうなったら伯父さんの会社の人に頼んで、出張の時とかに探してもらおうかな？第三新東京市ではもう無くなっちゃったかもしれないけど、遠くの街なら残ってるかもしれないもん。なるべく郊外が狙い目だよねえ。えっへん、僕って頭いいでしょ？」
確かに言ってることは的を獲ている。しかし、それ以前の問題があった。
「・・・・・・カヲル君、会社の人は仕事でよその都市に行ってるんだよ。映画館に行ってグッズを買う時間があるわけないだろ。」
「だからそこをちょいちょいっとさあ。」
全く事態を把握していないカヲルにまいどのこととはいえ、どっと疲れが押し寄せてくる。
「さ、早くこっちのグッズはリュックにしまって。」
「はーい。」
「お菓子はあまり音を立てないようにして食べるんだよ。周りの人に迷惑だからね。」
「はーい。」
ごそごそと戦利品をしまい込むカヲル。そのときだ。
「ごめんなさ～い、ここ空いてますか？」
不意に声をかけられた。
「あ、こちらこそスイマセン。すぐ荷物どけますから。」
慌ててお菓子を抱え込むシンジ。やはり人気映画だけあって人数以上の空席を確保するのはムリのようだ。
「ありがとう。じゃ失礼して。」
シンジの隣に座る人影。同世代の女のコのようだ。しかし、よくよく見ると・・・・・・。
「あれ？・・・・・・・誰かと思えば霧島さんじゃないか。」
「げっ！霧島マナ！！」
「あっ！！ウ、ウソ・・・・・シンジ君と渚先輩・・・・・・・。」
思いがけないところで出会ってしまった3人。もちろんマナが今日のシンジとカヲルの外出予定を知るはずもないから、全くの偶然である。マナのばつの悪そうな表情がそのことを物語っていた。いつもの彼女ならこれ幸いと間髪入れずにシンジに強引なアプローチを仕掛けてくるはずだが、一向にそのような動きは見られない。むしろ落胆の色さえ浮かんでいる。
「こんにちは、霧島さん。」
「・・・・・・こ、こんにちはシンジくん。今日は渚先輩のお供？」
「そうなんだよ。カヲル君がどーしてもポケモンが見たいっていうから。霧島さんは？見れば一人みたいだけど。」
春らしいパステルピンクのトップスに白のフレアスカート。しかし、マナに連れはなさそうだ。
「霧島さん、一人で来たの？じゃ、ポケモンのファンなんだ～。僕と同じだね。」
めずらしくマナに友好的なカヲル。同好の士と見てのことだろう。
「えっ、そうなの？意外だなあ。霧島さんにそういう趣味があったなんて。」
ファッションや音楽・芸能関係に詳しく、クラス内でも大人びたイメージで売っていたマナだけに、まさかこんなところで会うなんてシンジも夢にも思わなかった。
「し、趣味っていうか、なんていうか・・・・・・。」
いつもと違って実に歯切れが悪い口調のマナ。
「ほーらご覧よ、シンジ君。君は僕がポケモン映画に行きたいって言ったときに、中学3年にもなってこんなもの見に行くなんてみっともないだとか幼稚だとかさんざん言ったけど、ちゃんと来てる人がいるじゃないかあ。」
大威張りで胸を張るカヲル。マナはなんとかこの場をやり過ごそうとひたすら無言を通している。そのポシェットから半分顔をのぞかせているカード状の物体をカヲルの視線が目ざとくとらえた。
「あっ！！そ、それは！！！！」
次の瞬間、カヲルの叫び声が館内中に響き渡っていた。

TO BE CONTINUED

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